#123 一点突破 Ⅴ
フルールさんが舞う度に道が切り開かれていく。
まるで重力を無視しているかのように動き回りながら、真っ直ぐ浮遊大陸に向かうにあたって邪魔なルイナーだけを選定して攻撃を行っているようだった。
堅牢に閉ざされたかに思えた空の道が、まるで重厚な石扉のように閉じられていたそれが、僅かに動いて光が漏れ出してくるように。
少しずつ、しかし確実に私――東雲 桜花――たちの眼前には道が開かれていた。
「――ッ、フルールさん、『魔力波撹乱装置』はあと十数秒程度で効果が切れます!」
《――速度をあげて。このまま私が切り開く》
淡々と抑揚なく、気負いもなく『最強』が答えた。
一体どれだけの力を持っているのか、どうして『魔力波撹乱装置』の効果範囲にありながら魔法を使えているのかも分からない。
――でも、今はそんな事はどうでも良かった。
「全機前進! 一気に突き進んでくださいッ!」
《――了解ッ!》
私とフルールさんの通信はこのヘリの操縦士にも、戦闘機に乗っている彼らにも聞こえている。だからこそ、彼らは迷う事もなくフルールさんを信じ、了解と答えて真っ直ぐ突き進む。
「アルテさん、フルールさんは?」
「ん、あんなの反則。斬り刻んでる」
「……はあ。どれだけ私たちと隔絶した力を持っているというのです、あの人は……」
切迫した状況だった。
ルイナーの増援がやって来た時はもう無理だと、いつ撤退を告げるべきかと迷いすらしていたというのに、フルールさんが外に出ただけで、状況が大きく変わった。
いや、本当なら称賛を贈るべきなのかもしれない。
けれど今の私の頭の中にある感情は、そういう次元を通り超えていっそ隔絶した力を見せる彼女に呆れが生じているというのが正しい。
昔から、彼女は私たちのような魔法少女とは違っていた。
今や仲間として交流を深めているクラリスさん――序列第一位の『不動』と呼ばれる彼女の力は確かに凄まじく、あらゆる魔法を学んでいるという意味では私たちの上位にいる存在だと言えたのは確か。
けれどフルールさんの場合は、一般的な魔法少女という存在の埒外、規格外にいるような存在だと私は思っていた。
ジュリー博士が作った『魔力波撹乱装置』内では魔力を放出するという事が非常に難しい。
おそらくだけれど、あの天使型ルイナーたちが墜落せずに済んでいるのは、『魔力波撹乱装置』が撹乱している場を己の内側から放出した魔力で常時上書きし続けているような状態なのだろうと思う。
それ故に効果範囲である自身の浮遊は維持していられるけれど、攻撃魔法は『魔力波撹乱装置』でかき消されてしまうという状況が生み出されているのだと思う。
フルールさんはきっと、あのルイナーが飛び続けている姿を見てそれに逸早く気が付き、それならば自分も外に出られるだろうと踏んだのだと思う。
あの一瞬で、絶望にも似た状況においてもなお冷静に戦況を見つめ、自分に何ができるのかを考えていた。
流石としか言いようがない。
《――『魔力波撹乱装置』の効果を切るのと同時に、結界をお願いするわね。大きめの魔法で直線上のルイナーを一掃するわ》
「分かりました。それに合わせて一点突破、ですね」
《えぇ、その通りよ。時間をかけていると更に増援がきそうだもの。――まったく……ジルさんね、この嫌らしさは……》
「はい? すみません、最後が聞き取れませんでした」
《独り言よ。こちらも一掃する為に魔力を練るから、十秒ちょうだい》
「かしこまりました。――総員、『魔力波撹乱装置』を停止、結界を張りますのでそのまま真っ直ぐ進みます。カウント、七、六、五……」
カウントを口にしながら魔力を練り上げて、結界を張る準備を進めてアルテさんに目を向けると、すでに彼女は『魔力波撹乱装置』のスイッチに手を伸ばして切る準備をしてくれていて、こちらを向いて頷いてくれた。
「――ゼロ!」
アルテさんがスイッチをオフにすると同時に、私も私たちの乗るヘリと周囲を飛ぶ戦闘機までの範囲を結界で覆う。
それとほぼ同時に、前方の空間が再び歪んだ。
《クソッ、あれはまた増援か!?》
《あと少しだってのに――》
戦闘機の操縦士たちが苛立ちと絶望を綯い交ぜにしたような声を漏らす中、私はふっと口角をあげて口を開いた。
「皆さん、このまま真っ直ぐ進んでください。彼女が道を切り開くと言っているのであれば、疑う必要はありません」
――そうですよね?
言下にそんな問いかけを含んだ声をかける。
私たちを狙って前方に集まったルイナーたちがこちらに魔法を放とうと幾つもの魔力弾を放とうとこちらに手を翳し、魔力を集める。
しかしその魔法攻撃がこちらに向かって放たれる、その直前。
膨大な魔力の放出を感じると同時に、涼やかな声がヘッドセット越しに聞こえた。
《――【穿空】》
短い声とほぼ同時に、ルイナーの集団がいたその場所を黒が広がり、塗り潰し、消失させた。
「……え……?」
何が起きたのか、理解できなかった。
ほんの一瞬。
たった一瞬で、広がった黒い何かはその場にいた全てのルイナー諸共消え去っていて、瞬きの間にルイナーも何もいない空が広がっていた。
――何が、起きたの……?
唖然としながらその光景を見つめて動けずにいた私の横にフルールさんが転移して姿を現して、大粒の汗を流しながらその場に崩れるように座り込んだ。
「フルールさん!?」
「……魔力の、枯渇……よ。いいから……、進んで……」
すでに先程着替えていた魔装すらも解けて、レギンスにパーカーを着た私服姿。
いつも私たちの前では常に魔装を身に纏っていたというのに、先程の奇妙な魔法はそれ程の魔力を消費する代物だったらしい。
何が起きたのかなんて、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
意識を切り替えなくては。
この好機をもたついて無駄にする訳にはいかないのだから。
「……ありがとうございます。アルテさん、フルールさんを」
「ん」
ぐったりとした様子でその場に座り込んだフルールさんをアルテさんが支えるのを見届けて、私はヘッドセットに手を当てた。
「今しかありません! 進んでください! このまま上陸しましょう!」
《――了解ッ!》
先程の魔法で、天使型のルイナーは全て全滅したらしい。
どれ程の威力だったのか、そもそもどんな魔法でどんな効果であったのかも判らない私には理解できないけれど、あれこそが彼女の奥の手。
何が起こったのかも私には理解できなかったけれど、ここまで消耗するという事は先程の魔法はフルールさんにとっても奥の手と言えるような魔法だったのだろう。
それ程の魔法を使ってくれたおかげで訪れた、絶好の機会。
立ち止まらず、進む。
追加のルイナーが現れる可能性もあるけれど、これ以上は打つ手もない。
元々、フルールさんが空を飛びながらも戦うなんて真似ができた時点で、私たちはすでに追い込まれていたのだから。
慎重に、けれど迅速に。
私たちは音すらも消え去ったような空を進んでいく。
《あれは……。隊長、やっぱり結界みたいなのがありますね。光の膜みたいなのが見えます》
《ふむ、物理的に障害になるようなら進めないが……。試しに機関銃を撃ってみろ》
《了解》
通信が聞こえて前方に目を向けてみれば、確かに虹色に光が揺らめくような光の膜と言える何かが浮遊大陸の周辺に張られているみたいだった。
放たれた機関銃の銃弾数発が光の膜をあっさりと素通りして、そのまま浮遊大陸の地表にぶつかって砂塵を舞い上げたのがこちらからも見える。
《……地表への着弾確認。どうやら物理的なものじゃないみたいです》
《了解。オウカ殿、どうします?》
「……アルテさん、あれはもしかして……」
「ん。多分、あれが私の転移を阻害していた正体。どこからどうやって張られてるか判らないし、無視でいいと思う」
「ですね……。――全機このまま進んで浮遊大陸へ向かいましょう。光の膜は恐らく外部からの魔力干渉のみを弾くものと思われます」
《了解。万が一に備え、先行します》
何かが起きた時のために戦闘機が私たちより先行して、そのまま結界に接触――素通りした。
《特に異常ありません。通過しても問題ないかと》
《了解》
もしも何かおかしな事があったらと考えていただけに、無事に通れたようでほっと胸を撫で下ろしつつ、私たちの乗るヘリもまた他の戦闘機に続いて結界の内側へと侵入する。
私たちはようやく上陸を果たしたのであった。




