#122 一点突破 Ⅳ
赤黒い砲弾のような魔法攻撃が次々と空を飛び交う中、戦闘機を操る操縦士たちは縦横無尽に攻撃を誘導しながら避けていく。
時折避けきれずに被弾する事もあるものの、ジュリーより提供されている数少ない『魔力障壁発生装置』のおかげでどうにか耐えられている。
しかし被弾する回数が増える度に取り付けられたメモリの数値が減っており、これが尽きれば魔力障壁は発生しなくなってしまう。
離脱時間も考えるとあと五分と耐え続ける事さえ厳しい状況であった。
それでも、操縦士たちは泣き言を口にはしなかった。
魔法少女が――自分の娘と言えるような年代の娘たちが命懸けで戦い続けたこの七年という時間。
兵器が通用せず、歯が立たないルイナーと呼ばれる異形の敵に立ち向かい、時には戦いの中で命を落とす魔法少女もいた。
戦いが始まる度に、自分たちが何のために軍人になったのかと何度も拳を硬く握り締め、魔法少女が命を落としたと聞く度に、どれだけ変わってやりたいと思ったか。
そんな自分たちが、二年前から少しずつ牛歩のように戦う力を再び取り戻そうとしている。
魔物という新たな異形が現れるダンジョンで魔力に目覚めた【覚醒者】となり、その力で今度は魔法少女を守ってやるのだと息巻いて、何度も、何日もダンジョンに篭もり続ける者もいた。
それでもルイナーという存在には届かず、魔法少女が如何に厳しい戦いに身を置いてきたのかを改めて知る事になった。
魔王城などという、まるでゲームのような存在が現れた。
聞けば、あそこにいる魔王なる存在を倒せば、今後ルイナーの襲撃を防げるかもしれないと聞いた。
――迷う事はなかった。
自分たちがもしも死んだとしても、魔法少女という希望を送り届ける事さえできれば。
それは延いては、己の守りたいものを守るための最善の方法になると信じて。
己の命を使ってでも成し遂げるべきこと。
しかしただみすみす死んでしまっては意味がない。
無力な大人でしかなかった自分たちが道を切り拓くためには、できる限り生きて飛び続け、ルイナーの注意を逸らすこと。
命を燃やし、その最期を迎えるとしても、それすらも利用しなくては報われない。
故に最期の瞬間まで、彼らは諦めるつもりはなかった。
凄まじい重力に意識が飛びそうになる中で、それでも彼らは意識を手放そうとはしなかった。
唇を噛み切り、その痛みで無理やり意識を覚醒させながら戦闘機を操縦し続け、少しでも浮遊大陸に近づけさせる。
「――ッ、邪魔すんな、化け物がああぁぁぁッ!」
すでに魔導砲弾は使い切っている。
浮遊大陸まではおよそ三百メートル程度といったところだろうか。
もはや目と鼻の先だった。
魔力障壁発生装置の目盛りは最低値に届いた。
一撃でもあの赤黒い魔法攻撃を喰らえば、眼下に広がる海に向かって一直線に墜ちていくであろう事を理解していた。
それでも、手を伸ばせば届きそうな距離なのだ。
あとは己の身体を、この機体を壁にしてでも魔法少女たちをあの場所まで届ければ――と、そこまで考えたところで、前方の景色が歪んだ。
「……おい、おいおい……」
その光景は初めて見るものではなかった。
これまでに映像でも何度か見た事もある。
そして先程、ほんの数十分程度前にも目にしたものと、全く同じものである事に気が付いて、つい口を衝いて言葉が漏れる。
冗談であってほしい。
見間違いであってほしい。
――――願い、虚しく。
そんな淡い願いが脳裏を過ぎるその中で、しかし無情にも現実が突きつけられる。
歪んだ空間から、次々天使型のルイナーが次々と姿を現した。
「……ん、だよ、それ……」
あと少しで、届くはずだった。
どうにか時間を稼いで、必死でしがみついて、訓練でも想定されていないような重圧の中で意識を意地で、どうにか耐えていたというのに、それを嘲笑うかのように天使型ルイナーが姿を見せる。
その数は、当初の倍以上の数だった。
たった十体も落とせないのに、そこに五十近い天使型ルイナーが増援として現れたのだ。
浮遊大陸まで近づいた事に危険を覚えたのか。
あるいは、僅かに見えた希望を敢えて打ち砕くために、この時まで待っていたのか。
天使型ルイナーという名の悪魔たちの姿は、まるで後者であると宣言しているような気がしてならなかった。
《――『魔力波撹乱装置』発動します! 護衛対象の前方では魔力障壁が発生しなくなるため、散開してくださいッ!》
それは、少女の声だった。
魔法庁所属、魔法少女オウカ。
絶望に唖然と、呆然としていた操縦士たちの意識を強引に引き戻すような力強い声に、操縦士たちはハッと我に返って、叫ぶ。
「――構わねぇ! やれ! 連中が散る前に!」
叫びつつ、彼ら操縦士たちは回避よりもむしろオウカらの乗るヘリコプターとルイナーの射線上に機体を進めた。
《――皆さん、何を!?》
「いいから早く! 迷うな、嬢ちゃん!」
ジュリーが取り付けた『魔力波撹乱装置』がルイナーにどれ程の効果を生み出すかは分からなかった。ただ、魔力波というものを撹乱させる事によって、魔法で空を飛んでいると思しきルイナーたちが墜落する可能性があり、それを期待して取り付けてはいるものの、「上手く行けば」という希望的観測に基づいた保険のようなものだ。
効果があれば散開すればいい。
しかし失敗すれば、あれだけの数から集中攻撃の的になりかねない。
ならば、少しでも弾除けがあった方がいい。
そうすれば、魔法少女はその間に逃げる事もできるだろう。
《……ッ、『魔力波撹乱装置』、照射開始!》
――すまない、と操縦士たちは思う。
もしもこの作戦が失敗した時、この判断を下しているオウカが自分たちの命を落とさせたと思わせてしまうかもしれない。
それでも、こんな方法しか取れない不甲斐ない大人たちで、申し訳ない、と。
そんな事を考えながら前を見やる。
魔力波という人間には不可視の物に干渉するためか、自分たちには何も見えないが、ハウリングしたかのような甲高い音が鳴り響いてビリビリと大気を震わせている事ぐらいは感じ取れた。
――ルイナーからの魔法攻撃が、止んだ。
けれど、ルイナーは一体たりとも墜ちなかった。
「……ッ、飛び道具は封じれたが、墜ちないのか……!」
天使型ルイナーたちは槍のようなものを手に持つと、遠距離魔法を諦めたのか真っ直ぐ突っ込んできた。
魔力生命体とでも呼ぶようなルイナーは見た目からは想像できないような膂力を有しており、戦闘機やヘリを叩き落とす程度ならば苦もない。
――打つ手が、ない。
今も起動したままの『魔力波撹乱装置』のせいか、戦闘機の魔力障壁も作動していない状態だ。
そんな中でルイナーの直接攻撃を喰らえば、一溜りもない。
そして現状、反撃をしようにも反撃する方法が見当たらない。
もはやどうする事もできないような状況だった。
しかし――
《――各戦闘機。死にたくなければ、そのままヘリとの距離を保ってください》
――涼やかな声が聞こえたかと思えば、戦闘機に最も近かった一体のルイナーの身体に銀閃が走り、その身体を両断した。
何が起こったのかも分からないまま唖然とその光景を見つめていた操縦士だが、ドン、と何かの音が聞こえて自身の操縦する戦闘機の横に目を向ける。
――――そこには、先程ヘリに乗り込んだ際のドレスのような姿ではなく、まるでライダースーツのようなピッチリとした黒い服を着込み、黒い長髪を靡かせた少女が平然と立っていた。
重力すら一切届いていない様子で、悠々と。
まるで地上に立っている時と何ら変わらない様子で、少女は僅かに届いているらしい風に靡いた黒髪を煩わしそうに掻き上げた。
唖然としながらその姿を見る操縦士の視線を一切気にする事もなく、黒髪の少女――フルールはイヤホンマイクに手を当てて、ゆっくりと口を開いた。
《――あとは私がやります。そのまま前進してください。できればヘリにもっと近づいてもらえると助かります》
軍の中でもその名を知られる魔法少女、フルール。
――――『最強』と呼ばれる少女が、空の舞台へと躍り出た。




