#121 一点突破 Ⅲ
《――前方に天使型出現! 数は――二十!?》
《な……ッ! 想定より多い……!?》
《作戦は継続! 誤差の範囲だ、怯むなよ?》
《了解っ!》
浮遊大陸への侵攻を行う私――東雲 桜花――の頭に取り付けられたヘッドセットから聞こえる通信の音声。それは現在、私たちをあの場所へと連れて行くべく命を賭して進む戦闘機を操る操縦士たちの声だ。
戦況を把握できるよう私の耳にも通信が聞こえるようにと配慮してくれた教官のおかげで、何が起こっているのか把握できないような状況は回避できている。
もっとも、この通信を聞いているのは私だけで、アルテさんやフルールさんはヘッドセットをつけていない。
場合によっては断末魔の叫び声を耳にしかねないという事もあり、アルテさんがそれを聞いてトラウマになってしまう可能性もある。
フルールさんはどちらでも良かったのだけれど、「魔力の動きで戦況ぐらい把握できるから、いらないわ」と素っ気なく断られてしまった。
魔力の動きで戦況を把握できるって、凄い。
混戦状態だと魔素が広がり過ぎてしまうせいか感知はどんどん難しくなるし、私には到底できない技術だ。
ともあれ、ついにこれから戦いが始まる。
騎士種と呼ばれる人型ルイナー。
あの華仙防衛戦でも苦戦した相手であり、私やこの場にいるアルテさんは面と向かって戦った事はない。
でも、その強さは聞いている。
そんな騎士種のルイナーが大量に発生している今の状況に緊張するなという方が無理な話だ。
実際、アルテさんはぎゅっと私の手を握って真剣な表情を浮かべていて、万が一の時には即座にこのヘリから転移で逃げれるようにと身構えている。
しかしその一方で、フルールさんは平時となんら変わらない様子で表情も変えず、慌てる様子もなく目を閉じていた。
魔法少女として最強の呼び声が高い少女。
あの『まほふぁん』では序列第一位のクラリスさんこと魔法少女リリスと同じく、その順位がいつまでも変わらず、絶対的な強さを持った少女。
もしも『まほふぁん』に知名度や人気というものが関係なかったのだとしたら、間違いなく序列第一位は彼女だと言われていたぐらいに、圧倒的な力を見せつけていた。
そして一時は『活動不明』とされて行方が分からなかったものの、あのルオと名乗る少年と共に葛之葉に現れ、圧倒的な力を私たちに見せつけた人物。
この二年、私たちはクラリスさんに様々な魔法を教わり、二年前とは比べ物にならない程の力を得たと言える。
だというのに、私はどうしても目の前にいるフルールさんには到底届いていないような、そんな気がしている。
この状況にありながら、この冷静さ。
一体どれだけの戦場を駆けてきたら、それだけの実力を手に入れ、それだけの胆力を得られるのか、私には想像もつかない。
《――プラン通り縦列飛行。目標を密集させる》
《魅惑の女博士のお手製プレゼントだ、派手にぶちかましてやれ》
《羨ましいプレゼントだ。魔導砲、射程距離まで五秒、四、三、ニ……――発射!》
通信越しに聞こえる程よい緊張感と緊迫感を押し殺しながら交わされる軽口を聞きながらヘリの中から前方を見つめる。
ルイナーたちとの距離が魔法攻撃の射程範囲よりも、こちらのミサイルの射程範囲の方が広い。
縦列で飛べるのはルイナーの魔法攻撃の射程範囲に入るまでの間だけ。
それでもルイナーはやっぱり知恵がないのか、罠を警戒して散開したまま攻めてくるような事もなく、最短距離を進むようにこちらに接近するおかげで徐々に密集していく。
私が爆発の衝撃を受けないようヘリを結界で囲むと同時に、ミサイルが空を駆けた。
放たれたミサイルがルイナーたちに当たって青白い炎の爆発を引き起こす。
《――プレゼント成功! 散開!》
《了解!》
ちょうどルイナーの集団のど真ん中、その直線上に放たれたミサイルが爆発すると同時に、私たちの乗るヘリの前に並ぶように飛んでいた戦闘機が左上、右上、左下へと進路を即座に変えて、ヘリもまた右に逸れるように進路を変えた。
ここまでは順調だ。
あとはジュリー博士が作った魔導砲弾がルイナーにどれだけの効果を与えるかだけれど――と思いながら見つめていると、二体の天使型ルイナーが力なく煙の中から墜落していくのが見えて、中空でさらさらと崩れるように消えていくのが見えた。
《効果確認! 二体墜落中に消失!》
《ははっ、さすが美女のプレゼントだ! そりゃ落ちるわな!》
《素晴らしい成果だが、軽口も程々にな。残り二発で全滅は難しい。ここからは敵の攻撃も来るぞ、気を引き締めろ》
魔法じゃなくても効果があった。
その事実は軍人として、戦う者としてこうして成果が得られたというのは、凄まじく喜ばしい事だと思う。何せ今までは手も出せずに指を咥えて見ている事しかできなかった相手なのだから。
今じゃダンジョンという存在も生まれて、【覚醒者】も徐々に増えてきている。
でも【覚醒者】になったからって、魔法少女のようにルイナーと直接戦える程の力を有した人は、まだまだ少ない。軍部でも【覚醒者】を増やす方向で動いてはいるが、今回の戦いには無力であると言わざるを得ない。
それでも一矢を報いる事ができた喜びは、さぞ大きいものだと思う。
そんな中――
「状況はあまり変わっていないみたいね」
――冷や水を浴びせるように現実を指したフルールさんの一言に、ハッと我に返った。
そうだ、そうだったんだ。
喜んでいる余裕なんてない、状況は変わっていない。
ただ通用した、それだけの話でしかなくて、まだ終わっていない。
「フルールさん、これからどうなると思いますか?」
「これから?」
「はい、フルールさんの意見を聞かせてください」
「どうして私の意見を聞きたいの?」
「……おそらく、今もっとも冷静にこの状況を見ているのは、他ならぬあなたですから」
正直に言って、私は今、浮かれてしまっていた。
ヘッドセットをずらして片耳だけ当てている今も、どうも熱に浮かされているような声色が拭えきれていなくて、流されてしまいそうになっている気がする。
だから、冷静に状況を見れる人の意見がどうしても欲しかった。
そしてそれはきっと、フルールさん以外に今は誰も持ち合わせていないはず。
そう考えて私が真っ直ぐフルールさんを見つめていると、フルールさんは小さくため息を吐いた。
「……二体撃墜という事は、その程度で耐えられる攻撃という事に他ならないわ。そもそも天使型ルイナーとやらは今までにもっと大量に出てきたケースもあって、接近してくる相手に合わせて数がある程度決まっているのよね。なら、撃墜された以上、減った分を補充される、もしくはそれ以上の数が投入される可能性もあるという事よ」
「――ッ、それは……!」
――そんな事にすら思考が回らない程に、私たちは浮かれていた……?
フルールさんの一言に気が付き、私はヘッドセットのマイクをオンにするべく足元に備え付けられたスイッチを踏みつけた。
「魔法庁、魔法少女オウカです。敵ルイナーが補充、あるいは増援が来る可能性があります! 油断しないでください!」
《――ッ、了解! 作戦通り一点突破で送り届けるぞ!》
《了解!》
《天使型ルイナー、分散しました! 来ます!》
《残りの二発は採掘用だ! 機関銃で注意を逸らせ!》
幸いにも気を引き締める事には充分に間に合ったようで、油断してこちらが撃ち落とされるような事態は避ける事ができた。
確かにフルールさんが言う通りだった。
今までに戦闘機をもっと多く飛ばした事もあるけれど、その時は五十以上の天使型ルイナーが現れていた。その映像を私は鳴宮教官に見せてもらっていた。
つまり、保有しているルイナーの戦力は最低でもそれぐらいはいるということ。
何せこれまで一体も倒せていないのだから、減っているはずもない以上、撃墜した事による補充、増援も可能性としては充分に有り得る。その可能性を除外してしまっていた。
舞い上がらずに冷静に判断してくれるフルールさんがいてくれて良かった……。
「ありがとうございます、フルールさん」
「お礼は結構よ。今後の動きは変わっていないのよね?」
「はい、このまま一点突破を優先します。私たちは護衛されながら真っ直ぐ最短距離を進みつつ、私の結界で持ち堪えられるところまで進み、最後は『魔力波撹乱装置』を使って一気に突っ込む予定です」
「『魔力波撹乱装置』、ね。いざという時に私たちの脱出を阻むような事態にならなければいいけど」
「指向性を持たせてあるので、このヘリ内は大丈夫との事です」
実際、そこは私も危惧していたのだけれど、ヘリ内に影響はないとお墨付きをもらっている。これについては開発者であるジュリー博士という有名な博士が実験も行った事があるそうなので、そちらについては心配いらないと思っている。
「そう、ならいいわ。浮遊大陸が近づいた後の数分程度なら、私があの羽虫共を落とすわ。好きなタイミングで使っていいわよ」
「え……?」
「浮遊大陸さえ近づけば、あとは私が出ると言っているの」
「ん、出る……?」
ヘリの中から魔法攻撃をするという意味かと思っている私の横から、アルテさんが言葉の意味を問いかけるように声をかけると、フルールさんは当たり前のような顔をして告げた。
「空に出る、という意味よ。私、数分程度なら飛びながら戦えるもの」
「……え?」
「空を、飛ぶ……?」
唖然として訊ね返す私たちを見て、フルールさんは小さく微笑んだ。




