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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
173/220

#120 一点突破 Ⅱ

「我が主様、動き出したようです」


「ずいぶん早いね」


 ジルから声をかけられたのは、水平線上に太陽が浮かび上がってきたばかりといった、朝の早い時間だった。


 指を鳴らして空中に水鏡を出現させる。

 これは今現在唯希の見ている映像が送られてきて映り込むようになっているのだけれど、どうやら唯希たちがヘリに乗り込んで移動を開始しているその瞬間であるらしい。


 唯希も魔力で繋がった事を感じ取ったのか、バレないようにそっと手元に視線を落として膝の上でピースサインを作ってそれを見ている。

 楽しそうだね……陽気かい?


「ふむ、やはり少数精鋭による一点突破を目的としているようですな」


「ジルが見事に調整してくれていたおかげだね」


「いえいえ、なかなかに面白い試みでございました。さすがは我が主様です」


 過剰に褒め称えるようなジルに苦笑を返して水鏡を見つめる。


 連邦軍はこの魔王城、そして浮遊大陸をどうにか調べようと何度か調査しにやって来ている。そこで僕らが取った妨害作は、翼持ちルイナーを戦闘機の数に合わせて地下の邪神ダンジョンから転移させ、襲わせるというものだ。


 もっとも、外に放り出しただけでは魔力がより大きい僕らがいる魔王城に戻って来ようとしかねないのだけれど、大陸もろとも結界を覆い隠しているのでルイナーが狙うのは必然的に最至近距離の存在――つまりは空を飛んで自分たちの方向へとやってくる軍隊となる。

 戦いが終わったら、外に飛ばす前にルイナーにつけている針をマーカーに強制転移で再び邪神ダンジョンに呼び戻すので、おそらく外から見れば「防衛する目的を果たしたら消える特殊なルイナー」とでも思われていることだろう。


 もっとも、戻したルイナーは当然ながら戻した張本人であるジル達の魔力に気が付き、襲いかかってくる。

 僕の場合、邪神の力を一時的に多めに吸い上げて実験をしていたせいか、敵として認識されないのだけど、さすがにそんな僕の眷属であってもジル達は攻撃対象になってしまうらしい。


 まあ、ジルが振り返って攻撃しようとしていた翼持ち人型ルイナーの首を一瞬で飛ばしたり、影で締め上げてそのままバキバキと砕くアレイアだったり、そもそも強制転移してきて姿を見せたその時には四肢を切り落としてしまうリュリュだったり。

 もしもルイナーじゃなくて魔物とかが相手だったとしたら、ただのグロ映像注意みたいな事になりかねない結果を招くだけなんだけどね。

 ルイナーはその点、実体はあるけど生物とはちょっと違うからそういう配慮もいらないよ、多分。


「それで、今回は何体出すつもりだい?」


「そうですな、今までは戦闘機一機あたり三体か四体程度にしておりましたが、演出とやらも大事ですので五体程度で良いかと」


「ん、増やすのかい?」


「えぇ。人間にとってこの戦いは最終決戦と言えるようなもの。であれば、それなりのイレギュラー、苦労というものも演出を行う上では良いスパイスになるのではないかと」


 ……大丈夫なのかな、それ。

 難易度上がっちゃう気がするけど。


「あぁ、ご安心を。ここぞというタイミングまで生きていれば魔力を放出してルイナーをこちらから誘導いたしますので」


「……それ、もしも『ここぞというタイミング』とやらまでにやられちゃったらどうするんだい?」


「さて、その程度もできないのであれば、お引き取りいただくしかございませんなぁ」


 ほっほっほ、と好々爺然として笑いながらそっぽを向いたジルを見て、僕は確信した。

 うん、これ相当ハードル高そうだな、と。


「ご安心を、我が主様。向こうには唯希も同乗しておりますゆえ」


「そうだね……って、ジルって唯希のこと、呼び捨てにしてたっけ?」


 どちらかと言えばジルは誰にでも基本的には敬称をつけて呼んでいたはずだ。

 それが「様」だったり「さん」だったりは相手によって使い分けてみたいだけれど、呼び捨てにしていたのは彼の娘であるアレイアとリュリュの二人だけだったはず。


「今、あの娘はアレイアとリュリュからも手解きを受けております。私の娘であり、技術を学んだ二人から薫陶を受けるというのであれば、それは即ち私の孫弟子。それに、我が主様を支える眷属の一人となるのであれば、いつまでも外様の対応では如何なものかと思いまして。遠慮なく同列に扱おうかと」


「あぁ、なるほど」


 なんだかんだでジルはそういう線引きはしっかりというか、ハッキリしている。


 ジルにとってみれば僕は仕えるべき主。ルーミアはかつての主であり、今もまだルーミアは上司というべきか、長い付き合いからすっかり身内と言えるような相手だ。娘であるアレイアとリュリュは言わずもがな。


 けれどリグレッドやジュリー、唯希という他の面々に対しては一定の線を引いてそれ以上は近づかないというか、近寄らせないようにしている印象だ。


 そんな彼が呼び捨てにするというのは、決して相手を見下しているとかじゃなくて、親しみを込めての事だと言える。

 もしくは、ようやく『お客様扱い』から『身内として認めた』とも言えるかな。


「さて、向こうも飛びましたな」


「うん、お手並み拝見といこうか」


 唯希の目に映る映像がヘリの内部に固定され、窓の外に映っていた地上が遠ざかっていく。

 ヘリに同乗している二人の魔法少女、オウカとアルテ、だったかな。

 二人は明らかに緊張した面持ちをして外の様子を警戒しているようだった。


 人間の視線っていうのは割と緊張とかを如実に表すものだ。

 緊張状態の人間の目の動きは大体二通りに分かれる。

 視線をそわそわと落ち着かせないタイプか、その逆で一点を見つめたまま思考だけを巡らせるというタイプだ。それに加えて瞬きが多くなったり、逆にずっと瞬きすらしなかったり。


 どうやらオウカとアルテの二人は視線を彷徨わせるタイプであるらしく、一方で視界を借りている唯希の方は、何も変化がなく落ち着いた様子で周辺の景色を楽しむかのようにゆっくりと視線を巡らせているあたり、平常心そのものといった感じだ。


 しばらくはオウカとアルテの二人が何かを話している姿が映っていたりはするんだけれど、さすがにこの魔法は音声までは拾わないから何を話しているかまでは分からない。

 たまに唯希に対してもオウカが話しかけている事もあるみたいだけど、唯希は一言二言で返しているのか、あまり会話が弾んでいるように見えない。


 ……なんだろう、この盛り上がってない感。

 視界を借りて見ているだけの僕ですら若干の気まずさみたいなものを感じる。


 こう、もうちょっと盛り上がってもいいのに。

 だいたい二十分から三十分ぐらいかかる道のりなのだから、こう、もう少しぐらい盛り上がってもいいと思うよ。

 じゃないと僕が空気を読めていない人になっている気がするよ。


「そういえば、我が主様」


「ん?」


「唯希は飛行魔法を覚えていたはずでは?」


「あぁ、うん。でも唯希も魔力量はそこまで多い訳じゃないからね。可能なら飛ばない方がいいと思うよ」


 飛行魔法は基本的に魔力を放出し続けるような魔法だ。

 僕も前世ではたまにしか使わずに滑空するような使い方しかできなかったし、短距離転移や転移魔法を使う方が魔力の節約もできたぐらいだし、戦闘時に滞空したりしながら魔法を放ったりと、あまり頻繁には使っていなかったしね。


 もっとも、現人神になってからは一切気にせず魔力を使いっぱなしにしていても大丈夫なぐらい魔力には余裕があるけどね。


「そういえば、眷属化してから魔力って増えたりしてるの?」


「はい、かなり」


「へー、体感で五割増しとかしちゃったり?」


「いえ、体感では五倍といったところではないかと」


 …………うん?


「五倍?」


「五倍です」


「五割じゃなくて?」


「五倍ですな」


 ……え、そんなに上がるの?


「もっとも、最低でもそれぐらいは上がっていると確信できる、というところですので、実際はもっと高くなっている可能性の方が高いかと」


「……そっか」


 知らなかったよ、眷属化がそこまでの変化になるなんて。

 僕、人間から神なんてものになっちゃったせいで、「減らないなぁ」ぐらいにしか感じられなくて人間時代と比べようもないし。


 となると、唯希も眷属化したら一気に魔力量が上がって強くなるんだろうなぁ――なんて水鏡をぼんやり見ていると、唯希が何かに気が付いたようにヘリの前方のガラス越しに浮遊大陸に目を向ける。


 何もないはずの中空の景色が渦巻くように歪み、蜃気楼のようにその奥に映る浮遊大陸の輪郭が歪む。そして元に戻ると同時に、そこには翼持ちの人型ルイナーが姿を現した。

 次々に現れるルイナーたちの姿に、ちらりと唯希が目を向けたおかげでオウカとアルテの表情がぐっと引き締まったのが見えた。


 ――さあ、戦いの始まりだ。

 これから始まるであろう戦いに対して人間の抗う姿を悠々と見物しようとしている僕は、確かに魔王のような気分であった。

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