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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
171/220

#118 決行前夜 Ⅳ

予約投稿しないでそのまま投下してしまったのがこちらです()

1/7投稿分です。




「――ジュリー博士」


「ん? やあ、鳴宮女史じゃないか。こんな時間までご苦労さま」


 大和連邦軍の凛央基地内、つまりは魔法少女訓練校のある敷地内。

 その一角にある戦闘機用の格納庫内は夜間であるというのに慌ただしく人々が行き交い、忙しない様子で動き回っているような状況であった。

 その一角でタブレット端末を手に持ちながら片手をポケットに突っ込み、何かを確認するように視線を行き来させていたジュリー・アストリーは、後方から聞こえてきた声に振り向くと、驚きと憐れみのようなものを混じり合わせた苦笑を浮かべつつ声をかけた。


 すでに時刻は深夜を回っており、あと六時間弱で作戦が決行されるような時間帯だ。

 こんな時間になってもなおゆっくりと休む事すらできないのかと考えるジュリーの心情を察しつつ、奏はジュリーの横に並び、明日使われる戦闘機の整備に追われている整備士らに目を向けた。


「あれは……?」


 よくよく見ればパラボラアンテナにも似た何かがヘリに取り付けられているのが見えて、奏が訊ねる。

 するとジュリーは手に持っていたタブレットを操作すると、とある画面を表示した状態にして奏に手渡した。


 タブレットを受け取り内容に目を通す横で、ジュリーは淡々と続けた。


「魔導砲弾は三発以上作れない。けれど、あの天使型ルイナーとでも言うような連中がたった三発で道を譲ってくれるとは限らないだろう? 少しでも足止めできるようにと考えたのが、あの装置という訳だ」


「……『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』?」


「あぁ、そうだよ。魔力は独特の波と言えるんだけどね、その波を同じく魔力を乗せた音波の波で撹乱する。実はこれ、対【覚醒者】犯罪用に作っている試作品なんだけど、これを上手くぶつけると魔法が発動しない空間を生み出す事ができるんだ」


「そんなものまで……?」


「当たり前じゃないか。私は次世代魔力学研究所の所長だよ? 魔力を悪用するというのはつまり、私の研究の邪魔をする事に繋がるかもしれないじゃないか。それは即ち私の敵さ」


 暴論というべきか、極端過ぎる発想と言うべきか。

 奏は真顔でそんな事を宣うジュリーを前に辟易としつつ、「さすがは天才か」と天才と呼ばれる存在は常識から見ると理解に苦しむ存在である事を思い出して言葉を呑み込んだ。


「天使型のルイナーは翼を持っているけれど、あの翼の大きさで空を飛べる等ということはない。おそらくあれは飛ぶ際の補助装置、あるいは魔力を放出するための器官とでも呼ぶような代物だね。ま、真相はともかくとして、そうであるのなら、魔力が乱れてしまう事によって制御ができなくなれば、どうなると思う?」


「……そうなれば、必然的に答えは一つになるかと」


「うん、キミが考える通り空を飛び続けることはできない訳だね。さしずめ私は、空を飛ぶ天使を無様に地上に引きずり落とす悪魔というところだねぇ」


 くつくつと笑いながらジュリーは自らをそう評してみせたが、しかし奏としては非常に有意義な作戦であるように思えてならなかった。


 魔王城への侵攻作戦で最も大きな課題は、空に佇むあの城がある浮遊大陸上に到着する点だ。それさえできてしまえば転移で行き来できるようになり、戦力の保有も可能になると考えられている。

 最大の障害とも言える魔王城への侵入を阻む翼を持った人型ルイナー対策は充実していれば充実している程にありがたい。


 翼を持った人型ルイナーの最も厄介なところ、それが空中を自在に動き回れるという事だ。地上であれば魔法少女が戦えるというのに、空中であってはそうはいかない。

 そんなルイナーを大地に引きずり落とす事ができるのであれば、その間に魔王城への接近は容易になる。


「ただし、あの『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』は長時間使い続けられる程の運用がまだできていない、試作品に過ぎないんだ。容量を最大にした『純魔力液(エーテルリキッド)』を使っても、照射可能時間は一分にも満たない。その時間を過ぎると『純魔力液(エーテルリキッド)』は無事でも『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』本体が魔力の影響を受けすぎて変質してしまい、魔力波を発生させる事ができなくなってしまう」


「……時間があれば、増産は可能ですか?」


「それが一ヶ月程度という意味での質問なら、無理だね。半年や一年程度ならまだなんとか、というところかな。『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』に使っている素材はダンジョン産、それも【覚醒者】じゃなきゃ潜れない程度の深いポイントで取れる鉱石でね。なかなか手に入らないんだ」


「そう、ですか……」


 もしも増産できるのであれば、数を揃えて安全に魔王城に辿り着けるよう作戦を遅らせる事もできただろう。しかしそれだけの時間的な余裕はない。

 魔王となったとされる存在は、魔王としての時間が経過すればする程に力を増すであろう事が想定されているという話だ。ただでさえ手強い相手が、更に手が付けられない程の力を得てからでは手遅れだ。


 魔導砲弾を各一発ずつ乗せた戦闘機が三機、『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』がついている魔法少女を乗せたヘリを護衛して空を飛ぶ。

 陽動で囮を増やす、あるいは盾になる為に複数台で動く事も考えはしたのだが、それでは徒に被害を増やすだけであり、下手に自由に動けない体制を取る方が危険だと考えられ、結局は少数で一点突破を図る方向に落ち着いている。


「……怖いかい?」


「……魔法少女たちを戦地に送ること。そして、今回の戦いの行く末が世界全体にも大きな影響を齎す事を考えれば、怖くないと言えば嘘になりますね」


「なるほど、実に真面目だ」


「真面目、ですか?」


 何故今そんな言葉が、と目を丸くする奏に、ジュリーは笑った。


「私はこの戦いが、少し楽しみでさえあるよ。いや、戦いが、という訳ではないか。私たち、魔力というものに関しては完全に後塵を拝した存在が、魔力と共に在る存在にどこまで手を届かせる事ができるのかが、私は楽しみですらある」


「……人の命がかかっているのに、ですか?」


「人の命、ね。そういう感覚に対しては、私とキミは相容れないだろうね」


「あなたは人の命を軽んじている、と?」


「いや、そういう意味で言っているんじゃないよ。棄民街にいた人間と、棄民街を知らない人間の差異、とでも言うべきだろうね」


「――ッ、それは……」


 ジュリーはかつて棄民街にて生きていた。

 そこで腐る程の他人の死は見てきたし、放置された死体等も目にし、さらには自分も油断を招けば死ぬような環境にいたのだ。

 箍が外れ、『本能のままに暴れる知恵のある生き物』という人間を見てきただけに、どうしても人間に対して優しく、綺麗なままではいられないというのが棄民街で生きてきた者たちの他者に対する印象だ。

 もしも棄民街で生きておきながら、それでもなお、他者をただただ慈しむ事ができるとするのであれば、それは余程の聖人――ではなく、余程の愚か者だろう。


 ジュリーがそれらを指して相容れないと口にした事に気が付いて、奏はじっとタブレットに表示された画面を見つめていた。


 ――これもそうだ。

 ジュリー・アストリーという女性は、決して人間を救おうとか人類を救おうとか、そんな考えからこの『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』を作り、提供しているのではない。

 徹頭徹尾、自らの研究の為に、自らが知りたい事を知り、埋めたい知識を埋めようとしている過程で生み出してきているのだと、奏はここに至って初めて理解したような気がした。


「……あなたが人類にとっての敵にならない事を、私は祈っています」


「くくっ、面白い事を言うね。私は人間の敵になりたいとは思っていないよ。ただの破滅願望もなければ、人間をモルモットにしたいと考えた事もないんだからね」


「……本当ですか?」


「えぇっ? 私ってそんなに危険な人物に見えるのか……」


 ジュリーにとってみれば甚だ心外な評価ではあるが、奏にとってみればジュリーは充分にマッドサイエンティストに見えてならなかった。

 どこか腑に落ちない様子で奏の手からタブレット端末をひったくるように奪い取り、ジュリーはフンと鼻を鳴らしてみせた。


「ほらっ、もういいだろう? どうせキミがここにいたってやれる事なんて何もないんだ。さっさと帰って寝た寝た。明日が本番なんだからね」


 しっしと犬を追い払うように手を振ったジュリーは、奏をその場に置いてさっさと歩いて行ってしまう。そんなジュリーに背を向けて奏が自室に戻ろうとしたところで、ジュリーが「あ」と何かを思い出したかのように声をあげる。

 その声に何かあったのかと振り返った奏に、ジュリーは背中を向けたまま頭を掻いた。


「あー、まあ、なんだ。心配しなくても、私の作った『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』はきっとうまくいく。だから、ありがたいと思うのなら今度飲みに付き合っておくれよ」


「……えぇ、是非。いいお店を用意しておきますね」


「楽しみにしておくよー」


 ひらひらとそのまま手を振って、ジュリーが再び歩いて行く姿を見送ってから、奏はくすりと小さく笑って自室へと向かった。




 ――――それぞれがそれぞれの想いを胸にしながら過ごす夜。

 この世界の命運を左右する戦いを前に訪れた最後の夜が、遂に明けた。


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