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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
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#117 決行前夜 Ⅲ

「――ついでに(・・・・)世界を救う、ですか。ふふ、相変わらずですね」


「……もう。聞いてたの?」


 明日架と馨の二人が会議室で話を終えて出てきた後、先に寮へと戻っていった明日架を見送った馨に愉快な様子で声をかけたのは、先に部屋を出て行っていたはずの桜花であった。

 声の主が旧友であり親交のあった桜花のものであると気が付いた馨が呆れた様子で苦笑して、小さくため息を零しつつ、そのまま明日架が去って行った方向を見つめているような、それでいて虚空を見つめているような遠い目をしながら小さく息を吐いた。


「ねえ、桜花」


「なんでしょう?」


「……なんだか、凄い事になっちゃったね」


「……そうですね。もうすぐルイナーが現れて八年。その間に私たちが魔法少女になり、ルイナーと戦い、連邦軍と軋轢が生まれ、停滞しつつあった世界の流れは、この三年ほどで大きく動いていますから」


「正直、びっくりしたよ。私や私の仲間たちが眠っている間に、魔導具なんてものが生まれたり、ダンジョンなんてものまで生まれてさ。なんだか置いてけぼりにされた気分だったもの」


 ルオがこの世界にやって来て間もない頃、この大和連邦国内で密かに起こっていた犯罪の被害者であったのが馨を含めた複数の魔法少女だ。

 隙だらけで連携も取れない魔法少女という存在を野放しにしていたこの国に目をつけた海外の犯罪組織が暗躍し、精霊を魔力源として兵器を生み出そうとしており、その結果として魔法少女が襲われるという事件が多発した。


 ルオが唯希を見つけた事で事件も発覚し、ルーミアに釘を差され、リュリュによって組織を壊滅させられる事となったにも関わらず、懲りもせずにダンジョン隠蔽にまで走った結果、神の怒りに触れた国アルビシア。

 全世界の誰もの頭の中に響いた神託が起こったあの日は、今では『裁定の日』と呼ばれている。

 その余波を受けて魔法少女を神の使者として崇めるような国まで出てきてしまったりという騒動もあるにはあったが、それはともかく。


 犯罪に巻き込まれる事になり、精霊の力を奪われた結果、常に魔力不足から昏睡状態に陥った馨たちは、次世代魔力学研究所のジュリーが魔素濃度を高める酸素カプセルならぬ魔素カプセルを作り出したおかげで、それから三ヶ月程で目を覚ます事となった。


 見知らぬ男たちに襲われ、失意の中で意識を失った少女たちが目を覚ませば、世界の在り方が様変わりしていた。

 魔導具、ダンジョン、そして【覚醒者】と呼ばれる魔法少女でなくとも魔力に目覚めた者達すらいる。

 まるで別の世界に迷い込んでしまったようだ、というのが馨たちの正直な感想であった。


「あなたや私の見知った魔法少女たちが標的にされたのは、恐らく第一世代としてメディアに露出してしまい、顔を知られていたからでしょうね。被害者は顔を隠すようになるまでの期間に顔をメディアに晒されてしまった魔法少女たちばかりでしたから」


「私もそう思ってるわ。って言っても、メディアを恨むつもりはないけどね。あの時――ルイナーが出てきたばかりのあの頃、社会には私たちという希望は確かに必要だった。兵器という兵器が通用しない未知の存在を相手に戦える、私たちという希望が」


「……そう、ですね」


「なぁに、桜花ったらまだ気にしてるの?」


「気にしている、というのは少し違いますね。受け止めて、彼女たちの死を無駄にしないために、前に進まなくてはならないと思っていますから」


 魔法少女を引っ張り出したが為に命を落とさせる事になってしまった、桜花の過去。

 かつて葛之葉奪還作戦の折、唯希に厳しく冷たい言葉を浴びせられた事もあったが、今ではそれもしっかりと受け止めている。

 散っていった魔法少女のためにも、未来を掴み取る。

 それが自分にできる贖罪であり、自分がやるべき使命であると考えて、桜花はあれ以来、常に前を見て進み続けている。


 その変化も、馨の知らないものだった。

 馨が知っていた桜花という少女は、どちらかと言えば面倒見が良く――いや、良く思われるように努力して過剰に周囲に気を遣っていた、不器用な少女だったからだ。


「変わったね、桜花」


「そういうあなたも変わったと思いますよ?」


「……そうかな?」


「はい。さっきの言葉だって、かつてのあなたからなら想像できない言葉ですよ? むしろあなたは……」


「そうね。だからこそ、かしらね。私だからこそ、変わってしまったからこそ、あの子には人間の汚さみたいなものを伝えておきたかったのかもね。もっと自分に正直になってもいいんだ、ってさ」


「……ありがとうございます」


 かつての馨は、明日架に非常に似た想いを抱いていた。

 全てを守りたいという気持ちを純粋に抱いていて、そう考える事が真っ直ぐで、正しくて、それでいいと思っていた。その為なら自分が犠牲になってもいいとさえ、本気で思っていたのだ。


 しかし、その危うさ(・・・)を奏や桜花は危惧していた。

 かつて鯨型ルイナーと対峙し、ルオに助けられた際にも、己の命を賭してしまう事に迷わなかった姿を知っている。仲間を助ける為なら自分の命なんてと、どこか他人事のように受け止めてしまっている事を知っていた。


 明日架は真っ直ぐな気質をしている。

 故に、両親がいなくなってしまったせいか、自分の命を自分では気付いていないだろうが、軽んじていると言えた。

 幼いながらに両親を失ってしまったが故に、自分の命を優先しようという気持ちや生きる事への執着といったものがどこか薄い。

 たかが十二という年齢で、普通であればそんな風に割り切る事などできるはずもないというのに、明日架はいつだって他人の為に動くだけで、自分に執着しないという危うさを有した少女でもあるのだ。


 そんな想いを込めてお礼を告げる桜花に、馨はきょとんとした表情を浮かべた。

 なんでそんなお礼を桜花が言うのか分からないといった様子であった事を察した桜花が、改めて続ける。


「華仙防衛戦の事は、馨も耳にしていますよね?」


「あの魔王城とやらが出てくる前の戦いでしょ? 一応資料に目は通してあるわ」


「大量のルイナーが現れ軍勢と化して一箇所に向かっていく、あの激しい戦い。状況が分からないまま消耗戦を仕掛けられてしまう状況を避けられなかった。だからこそ、私と教官は、明日架さんを待機させる事にしました」


「待機、ね……。命を(なげう)ってしまいかねない子だからこそ、そういう戦いには向かないってことかしら」


「えぇ。その他の理由もあるにはありましたが、あの状況で明日架さんを連れて行く訳にはいかないと、そう考えたのです。あの子は激しい戦いになればなるほど、自分の優先順位を下げてしまうのではないかと、そう考えて。いざという時は、自分を犠牲にして仲間を生かそうとするあの子の危うさを、私も教官も善しとはしていません」


 戦線が山間部で維持されていたこと、炎が得意の魔法であることを理由に挙げて明日架の参加を見送り、実力のある明日架は待機に回った。

 表向きにはそう指示していたが、桜花と奏の二人はそれ以上に、明日架が無理をしようとしなければならない場面が来た時に、明日架が生に執着していないが故に命を投げ出してでも戦おうとしかねないという危うさこそが、明日架を待機させる事を決定した本当の理由だ。


「なるほどね。じゃあ、もし可能なら今回だって待機組にしたかったんじゃない?」


「……今回の魔王城への侵攻作戦は、あの子の力に頼らざるを得ません。敵は――()は、強すぎる相手ですから。ルーミアさん曰く、力が安定しない早い段階で叩かないと手が付けられなくなるだろう、との事でしたので短期決戦を想定しています。であれば、魔法少女の中でも最高火力を有する一人となる明日架さんを温存するという選択はありません」


 苦いものを噛みしめるように表情を歪めて桜花は告げる。


 ルーミアから桜花たちが聞かされているのは、ルオが魔王として覚醒した今、力を安定させるために時間が必要だということ。それに加えて、魔王城のある浮遊大陸内では、恐らくその力を集めるための機構があり、それを破壊すればルオの力を削ぐ事ができるのではないか、というものであった。


 ルーミアは魔法少女たちとは行動を共にしないが、あの浮遊大陸の結界内に基点さえ作れば自分も追いかける事ができるとだけ告げて姿を消している。

 どちらかと言えば敵という立場を貫いてきたルーミアが、今回に関しては味方であるという理由を桜花たちは詳しく聞いていないが、おそらくはあの少年――ルオがこのまま魔王となってしまう事を避けたい、助けたいというのが本音だろうというのが桜花たちの見解である。


 ――もちろん、真相は全く異なるが。


 ルーミアはルオに対し、まるで手が届かない事を嘆きながら、諦めきれなくて手を伸ばし続けているような相手――のように桜花たちには見えている――だ。

 そんなルオが、邪神の力に染まってしまい、墜ちていく――ように見える――姿を、ルーミアとて放ってはおけないのだろう、と。


 ――繰り返すようだが、真相は全く、これっぽっちも掠っていないが。


 そんな真相を知る由もないままに、馨は告げる。


「……明日、か。必ず、あの子たちを生きて帰してあげなくちゃね」


「……えぇ、必ず」


 改めて強い決意を胸にして、前夜の夜は更けていった。


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