表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
169/220

#116 決行前夜 Ⅱ

 侵攻作戦前夜、私――火野 明日架――たちは早めに休むように告げられたけれど、私はどうしてもあの人の、ニクスさんの話が聞きたくて、寮には戻らずに防衛作戦の打ち合わせという事で、移動したニクスさん、鳴宮教官、桜花さんの三人がいる会議室前の廊下で待っていた。


 年が明けたばかりで寒い廊下で一人でいるせいか、妙に心細いというか、時間が長く感じる。

 フルールさんから教わった【精霊同化】を行っている間、精霊は特に何もしなくてもいい。要するに、眠っていようがなんだろうが構わないのだ。

 そのおかげか、前から妙に眠たそうにしていた夕蘭様も眠る時間が取れると喜んでいて、今日もずっと眠り続けている。


 おかげで、時間を潰せるような話し相手もいないけど。

 しょうがないかな、と思いつつ待ち続けていると、ようやく扉が空いて、鳴宮教官と桜花さん、それに続いてニクスさんが姿を現した。


「ニクスさん!」


「……? あなたは……火野さん、だったかしら」


「はい、火野明日架ですっ。えっと、魔法少女ロージアって名前で活動してます!」


「凛央の秘密兵器、ロージアね。噂は聞いているわ」


「ひ、秘密兵器……?」


 な、なんだろう、それ。

 私、そんな呼び方されてるの? え、なんで??

 聞き覚えのない呼び方をされて困惑する私を前に、ニクスさんがくすりと笑った。


「改めて、魔法少女――なんて年齢じゃなくなってきた気もするけど、ニクスよ。本名は雙葉(ふたば) (かおる)。よろしくね」


「はい、よろしくお願いします! それで、その、少しだけお話できたらって……」


「積もる話もあるようならこの部屋を使っていいわよ。ここは廊下だし、他人の目もあるわ。話しにくい事もあるでしょうから」


 何から言えばいいのか分からなくて、そもそも明日は大事な作戦を決行するのに時間を作れるかも分からなくて困っていたら、鳴宮教官が横から声をかけてくれた。


 た、確かに周りから結構見られてしまっていたみたいだった。

 鳴宮教官に言われるまで気付かなかったよ……。


「ありがとうございます、鳴宮さん。明日架ちゃん、中でお話しましょうか」


「あ、はい。でも、ニクスさんはお時間大丈夫ですか……?」


「さすがに長編映画を見終わるような時間だと困るけれど、そこまでじゃなければ大丈夫よ。あぁ、それと今は私たちも魔装を解いているから、名前で呼んでもらえる?」


「わ、分かりました。えっと、雙葉さん」


「馨でいいわ。それじゃあ教官、東雲さん。明日はよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いしますね、雙葉さん。ふふ、あなたとまたこうして一緒に肩を並べる事になって、楽しみですね」


「御手柔らかに。なんせ私は一年以上のブランクがあったんだから」


 くすくすと短く桜花さんとやり取りしてから、ニクスさん――ううん、馨さんが私を先導するように再び部屋の中へと入って行く姿を見て、私も慌てて後を追いかけた。


 部屋は小規模な会議室で、六人がけのテーブルとスクリーンが置かれたシンプルな部屋。

 私はあまり入った事もないけれど、桜花さんや楓さんは教官との軽い会議や報告なんかでよくこの部屋を使っているイメージがあるけれど、ここで話すのってなんだかお仕事っぽい。

 いや、えっと、私も魔法少女だし、そういうお仕事と言えばお仕事なんだけど。


 なんだかよく分からない事を考えている内に奥に進んだ馨さんが椅子を引いて、私も座るように促されて向かい合う形で座ると、馨さんは優しく微笑んだ。


「それで、噂の秘密兵器ちゃんが何の用かしら?」


「あ、えっと……。七年前、ルイナーを撃退してくれた事にお礼を言いたくて……」


「七年前……。ルイナーが現れたばかりの頃ね。お礼って?」


「……お父さんとお母さんが、ニクスさんが倒してくれたルイナーに……。でも、ニクスさんが――馨さんが倒してくれたので……」


 お父さんとお母さんが死んでしまった、あの日。

 ただただルイナーが現れたこと、そして多くの被害者が出ていることをテレビで見て呆然としていた私の目に映ったのは、ニクスさんが元凶であったルイナーを倒す、その映像だった。


 当時はルイナーが出たばかりで魔法少女っていう存在も珍しかったし、今みたいにプライバシーを守るための隠蔽魔法もなかったから、私はテレビ越しにニクスさんを見ていた。


 お父さんとお母さんが死んだ事実を受け入れられず、心が砕けてしまいそうになる中で私は夕蘭様に出会い、私もまた魔法少女になる事になった。


 まだ小さくて、お父さんとお母さんが死んだ事がどうしようもなく悲しかった。

 でもきっと、私も当時はお父さんとお母さんが死んでしまった事の本質というか、意味なんて理解できていなかったと思う。

 もう会えないから悲しい、寂しいという感情の方が大きかったぐらいで、自分の感情ばかりが溢れていたように思う。


 そんな私の見ている映像越しにルイナーを倒してくれたニクスさんが、凄く私には眩しく見えた。


 純粋に憧れた。

 私も魔法少女になれば、私みたいに悲しい想いをする人は減るはず。

 大切な家族を失わなくて済むようにできるはず。

 なんでもできる魔法少女に、私もなりたい、という憧れ。


 そんな時、夕蘭様に出会った。

 私と一緒にいてくれると言ってくれた。

 魔法少女として戦う力を与える事ができると言ってくれた。


 あの時、夕蘭様は戦いに身を投じる事をあまり快く思っていなかったようにも思うけれど、きっと私は魔法少女になれなかったら、今みたいに笑ったりもできなかったと思う。

 心細くて、消えてなくなってしまいそうな、そんな寂しさだけが胸を埋め尽くしていたから。


「……そう。辛かったわね」


「……辛かった、と言えば辛かったです。でも、私が魔法少女になろうって思えたのは、ニクスさんのおかげです。お父さんとお母さんみたいな被害者を出したくない、守りたいって、そう思えましたから。だから、ありがとうございましたって、どうしても伝えたかったんです」


 きっと馨さんがあのルイナーを倒してくれなかったら。

 そして、あのルイナーがもしも、『都市喰い』のように町を占拠してしまっていたりしたら、私の時間はきっとあそこで止まったままだったんじゃないかなって、そう思う。


 葛之葉から避難していた人が葛之葉が解放された時に多くのSNSを投稿していた。

 町が壊れ、家族を失って、けれど『都市喰い』なんて化け物がいるせいで、いつまで経っても葛之葉が奪われたままっていうのはずっと心の中で引っかかり続けていた、と。だから、奪還してくれた連邦軍と魔法少女に感謝を伝えたい、と。


 きっと私も、馨さんがあのルイナーを倒していなかったら、夕蘭様と契約して即座に真っ直ぐ復讐しに行ったと思う。

 お父さんとお母さんを殺したルイナーがどれだけ強かったとしても、自分が未熟だなんて思わずに、無謀に。


「馨さんがルイナーを倒してくれたから、私はあの時、前に進めたんだと思います」


「……そう言ってくれると嬉しい、かな。私はてっきり罵倒されるのかと思ったわよ」


「え、えぇっ!? なんでですか!?」


「冗談よ。でもね、あなたみたいな立場になった人は、魔法少女を恨む事も珍しくないのよ」


「え……?」


 魔法少女を、恨む? なんで?

 馨さんの言葉に意味が分からなくて固まってしまった私を他所に、馨さんは机の上に置いて両手の指を絡ませながら、それをじっと見つめたまま続けた。


「私もね、魔法少女として活動していた訳だし、あなたのその真っ直ぐな気持ちはとても嬉しいわ。でもね、ちょうど私が今のあなたぐらいの年齢の頃。もう五年ぐらい前からかしらね。段々と、魔法少女に対する誹謗中傷とか、文句とか、そういうのが増え始めた時期があったのよ」


「どうして……」


「単純な話ね。一つは、魔法少女が戦いに慣れてきて、ルイナーに簡単に勝てるようになったからよ。だから、そんなに簡単に勝てる相手なのに、どうしてそんなに対処が遅かったんだとか、助けてくれなかったんだとか、言いたい放題言う人もいた。魔法少女は常に戦えるように待機しろ、なんて声もあったわ」


「……そ、んな……」


 そんなの、勝手過ぎる。

 私たちだってなるべく早く討伐に向かっているし、なるべく早く倒すよう心がけている。

 被害を抑えるために隔離結界だって使うようになったぐらいだ。


 なのに、なんでそんな事を言えるの……?


「人間って、酷く勝手なのよ。それを他人との付き合いの中では上手く隠して表には出さないようにして、人間社会は成り立ってきたとも言える。でも、今はネットで、匿名で言いたい放題言えてしまうでしょう? だから、そういう汚い部分を取り繕わないで、ただただ身勝手に、傲慢に他人を傷つけるような事を言うようになったと、私は思うわ」


「……そんなの……」


「えぇ、酷い話だと思うわ。あなた達も見たことあると思うんだけど、『まほふぁん』って非公式サイトなんて、その最たるものだわ。何も知らない一般人が好き放題魔法少女を評価して、評論して、勝手な印象を押し付けてくる。貶してくるような人はもちろん、称賛している人も一緒よ。そんなつもりはないかもしれないけれど、どっちも同じ。私から見れば高みの見物で他人を好き勝手評価してるような人間の一人に過ぎないもの」


 ……それはさすがに、私も考えたことなかった。

 そういう評価とか応援とか、私には無関係な世界だなぁって、なんとなくそんな風に思ってたから。


「だからね、明日架ちゃん。明日は絶対に無理をしちゃダメよ」


「え?」


「ここで頑張らなきゃとか、人類のために倒さなくちゃいけないとか、そういう事は考えなくていいの。命を懸けてでもなんとかしなきゃなんて、そんな風に絶対に思わないで。あなたはあなたの帰りを待っている人の事だけを考えて戦いなさいね」


 ――正直に言うと、そう思っていた。

 絶対に勝たなくちゃって。


「赤の他人なんてどうでもいい、とまでは言わない。でも、あなたが戦うのは、あなたの大事な人のため。そんな大事な人を守りたいっていう、あなた自身のためよ。だから、大事な人を遺してしまわないように、絶対に帰らなくちゃダメ。誰かのための犠牲なんて、そんなものにはならないで」


「……はい」


「ま、私も受け売り、というよりお父さんとお母さんにそう言われちゃったのよね。心配させちゃったからね、私。一年ぐらい眠りっぱなしになっちゃったから」


「え? 何か大きな怪我、とか……?」


「ううん、人間に襲われて、よ。その話は解決したから細かくお話する訳にもいかないけど、明日架ちゃんは絶対に覚えておくといいわ。人間は必ずしも綺麗じゃない。汚い事をする人間もいるし、綺麗なフリをして無意識に他人を傷つける人間だっていっぱいいる。だから、そんなものの為に自分を犠牲にしてはダメ。自分にとって大事なものを、大切な人を最優先にするために、生きて帰るの」


 馨さんの言葉は冷たく他人を切り捨てているようにも聞こえるけれど、でもそうじゃなくて、しっかりと区別をしているからこそ言える言葉なんだと理解できた。


 明日の戦いの為に頑張らなきゃって意気込んでいたけれど、なんだか不思議と肩の力が抜けていくような気がして、思わず表情が緩んでしまった。


「うん、それでいいのよ。ついでに(・・・・)人類を救う、それぐらいでちょうどいいんだから」


「つ、ついでに……」


「あはは、それでいいのよ、うん。私は有象無象の為に死んでなんかあげないんだから。だから明日架ちゃん、私に恩を感じてくれているのなら、あなたも絶対に生きて帰るようにしなさいね」


「……っ、はいっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ