幕間 英雄の軌跡 Ⅸ
僕にとってみれば聖女と勇者を見に行くというのは特に急ぐ必要もないただの野次馬根性なので、どうしても会わなきゃいけないとか、そういう感覚は一切ない相手であった。
一応神聖国ルククアにはやって来たけれど、もう後回しでいいかなと思いつつ、僕が直接助けた母娘を故郷まで連れて馬車で連れて旅している時。
「――まさか聖女様と勇者様がいらしてくれるとは思っていませんでした」
「え? いたんですか?」
「え? えぇ、はい。若いお二人ですよ?」
……若い二人。
詳しく聞けば、聖剣という教会に眠っていた剣を持っている金髪の青年と、聖女の法衣に身を包んでいるとの事で、聞けば聞く程にあの町で会った「突進馬鹿」と「過保護ヒステリック」のペアを思い出す。
……アレかぁ。
まさか聖女と勇者だとは思いもしなかった。
もうちょっとこう、勇者様と聖女様っぽい感じなのかなって勝手にイメージを抱いていたのだけれど、まさかアレかぁ。
「あの、どうかなさいましたか……?」
「あぁ、いえ。ちょっとアレだっただけです」
「アレ、ですか……?」
「えぇ、アレ、です」
なんとなく非常にガッカリしたというか、拍子抜けだった感が拭えずにどっと疲れた気がしつつ、僕は母娘を彼女の両親がいるという辺境の村まで送り届ける事になったのであった。
――――それから、二年ほど。
徐々に黒い魔物の目撃、襲撃が増えている中で僕は久しぶりにルククアへとやって来ていた。
というのも、二年前に送った母娘を送り届けた町が無事かを確認しに来たとも言える。
「エルト、お久しぶりです。少し相談したい事があります」
偶然立ち寄った町で黒い魔物の討伐依頼を受け、その依頼を終えた後。
宿で夕飯を食べていた僕に声をかけてきたのは、この二年ですっかり有名になったせいか、顔を隠すようにフードを目深に被ったルメリアとシオンの二人だった。
なんだかんだで様々な場所で遭遇する事もあったのでそれなりに顔を突き合わせてきた相手である。それだけに、妙に深刻な空気を醸し出していた事に気が付いて、僕もあしらおうとはせずに向かいの椅子に腰掛けるように促した。
「できれば、あまり周りには……」
「……厄介事かい?」
短く問いかけてみれば、ルメリアは頷き、その隣でシオンが俯いた。
お気楽直情馬鹿のシオンと、見た目詐欺の激しいルメリアの二人がここまで神妙な表情を浮かべて僕に話を持ちかけてきたって事は、まぁそれなりに厄介事ではあるのだろう。
「じゃ、部屋に移動しようか」
食事もちょうど食べ終わる頃だったので店員に声をかけてお金を渡し、二人を僕が取っている部屋まで連れて行く事にした。
冒険者としてそれなりに稼いでいるからこそ、基本的に僕はそれなりにいい宿に泊まっている。
安い宿はなんていうか……うん、汚かったりするんだよね。
今回の宿も町の中ではそれなりの上級宿にあたり、部屋の中にはベッドだけじゃなく、ソファーとテーブルなんかもしっかりと置かれていて、来客にも対応できる広さを持っている。
シオンとルメリアに座るように促して、ついでに部屋にあった魔道具のポットで紅茶を淹れて用意してあげてから、向かい合う位置へと腰をかけた。
外套とそれについているフードを外した二人と向かい合い、お互いに紅茶を飲んで一服していると、不意にシオンが口を開いた。
「エルト、僕らと一緒に組んでほしい」
「唐突過ぎます、シオン」
「あ、ごめん! 邪神討伐の為に力を貸してほしい!」
「飛躍しすぎてます、シオン」
「うぐ……」
……なんだろう、僕はコントでも見せられているのだろうか。
もう黙っていた方がいいんじゃないかな、シオンは。
呆れ混じりにどういう意味かと問いかけるようにルメリアへと視線を向けると、ルメリアもまたどこか申し訳なさそうに目礼してからゆっくりと口を開いた。
「……エルト。最近増加傾向にある黒い魔物と呼ばれるモノ。あれの正体がようやく分かりました」
「ふぅん? やっぱり、ただの魔物じゃなかったんだ」
「その通りです。どうやらあの黒い魔物は正確に言えば魔物ではなく、邪神という存在の尖兵とでも呼ぶべき眷属のようです」
「……あぁ、それでシオンが邪神討伐なんて話をした訳だね」
「ご、ごめんよ。つい……」
この背景がありきでの説明であったのなら、まあ僕とてシオンが言わんとしている事ぐらいは推測できただろうけれど、突然邪神討伐に力を貸してくれなんて言われたものだから、てっきり宗教戦争に巻き込まれるのかと思ったよ。
もしそうだとしたら人として距離を置こうかと本気で考えた程だ。
宗教戦争なんて碌でもない印象しかない。
「それで、ルメリア。その邪神の眷属とやらであるという根拠は?」
「神の神託です」
「ア、ハイ」
疑いようのないヤツで言葉を失った。
神の神託って事はまず間違いなくその通りなのだろうし、間違っていても僕らには確認しようがなさそうだもの。
「最近、邪神の眷属による攻勢が強まっている事は、エルトも気が付いていますよね?」
「そりゃあね。魔物暴走みたいな現象があちこちで起きている訳だし、小さな村なんかはなくなっているぐらいだからね」
この二年で旅をしていて、小さな村が廃村となってしまっているという話をよく聞いている。
魔物は人の営みに無闇に攻め込んでこないものだけれど、黒い魔物――邪神の眷属はむしろ積極的に人の生きる町村などへと攻め込む傾向にある、というのが僕を含めた冒険者ギルド側の見解だ。
「邪神の眷属は普通の魔物や獣のように、住処というものを固定していません。空間を割るようにして大量に発生しており、戦線を維持する、という選択が取れない相手です」
「あぁ、確かに。その話は僕も冒険者ギルドで耳にしたよ。そのせいで、高ランク冒険者である僕なんかはあちこちの領主やら何やらに町に留まってくれと請われて夜逃げ同然に移動する事もあるぐらいだ」
領主側の気持ちも分からなくはないんだよ。
町に戦力がいるに越した事はないのだから、できる限りは町にいてほしいというのは至極当然の帰結とも言える。
けれど、僕は別に旅を辞めるつもりはないし、そこで捕まり続けるというのは勘弁してもらいたい。
なので基本的に夜逃げ同然にそっと町を出るような事もちょくちょくあって、犯罪をした訳でもないのに犯罪者になったような気分を味わう事が少しずつ増えていて、旅しづらくなってきていたのは事実だ。
「で、空間を割ってやって来るような相手だ。そんな邪神を討伐するなんてできるの?」
「はい。エルトは、神をどこまで知っていますか?」
「どこまで、と言われると答えに困るな。正直、僕は神は信じているけど宗教に興味ないから」
「では、一から説明を――」
「――パス。必要な事を必要なだけでいい」
さすが聖女、得意分野である神に関する情報は詳しいという事であるらしい。
けれど、僕はそんなものには興味ない。
僕が知っているのはイシュトアというあの神だけ、それだけでいいのだ。
そんな感じで取り付く島もないままに教えを拒絶した僕にシオンは苦笑し、ルメリアはむすっと頬を膨らませていたようだけれど、僕の知った事ではない。
「……邪神は、この世界とは違う場所、世界と世界の境界を彷徨いながら、世界に侵食しようとしています。そこは私たちのいるこの世界の神では手が届きません。ですが、そこに届く存在が力を貸してくれるという事になりました」
「つまり、神様のさらに上役みたいなものが出張ってきたんだね」
「はい。一つの世界ではなく、時空そのものを司る神イシュトア様です」
「――ぶふっ」
「うわっ、エルト!? 大丈夫か!?」
紅茶を口にしながら説明を聞いていたせいで、思わず噴き出してしまった。
……え、イシュトアってそんなに偉い神様なの?
いや、確かに神様は偉い存在と言えるかもしれないけれど、あの無機質無感情なプログラムみたいな存在かつ、ただただ興味を持ったという理由で僕の魂を蘇らせた、割とハチャメチャな神が、神様の上の神様、ねぇ。
……まあ、イシュトアが絡んでいるなら僕も信じていいかもしれないけど。
「この世界でその、イシュトアって知られていなかったの?」
「当然です。この神の創造神様でさえ、滅多に関われないような御方であるとの事ですし。というかエルト、様をつけてください。不敬です」
「えぇ、イシュトアに……?」
あのシステムでできているような存在に様付けしろなんて言われても、僕はぶっちゃけ信仰心もへったくれも持っていないし、多分、イシュトアが聞いていたとしてもそんなものはいらない、と言われるのは間違いなんだけど……。
「まあ、そのイシュトア様とやらが力を貸してくれるというのは分かったよ。それで、本体を叩きに行くから力を貸してほしいって事かな?」
「……そこはかとなく信仰が足りていない気がしますが、まあいいでしょう。本体を叩く前に、核に近い存在をこの世界に喚び出させ、そこで叩く形になります。それまではひたすら黒い魔物との戦いのために世界各地を回る事になるでしょう」
「……なるほど。ちなみに、神聖騎士団なんかと一緒に動くような大々的な作戦なのかい?」
「神聖騎士団はルククアの守備があるので、なかなか動かせないのです。ただでさえ黒い魔物のせいで各国が打撃を受け、情勢が不安定な中で騎士団を他国にまで派遣してしまうのも何かと問題が……」
「……侵略しにきたと思われかねない訳だ。だからキミ達が二人で動く、と」
「そうなります。これまでは神聖騎士団と共に各国の応援に回っていましたが、すでに私とシオンだけで戦えます。なので、国の守備は神聖騎士団に任せ、私たちは各国を回る予定です。しかし、私たちだけでは不安もあるのであなたに助力いただければ、と」
「……なるほど」
基本的に神聖騎士団が二人をバックアップしていたけれど、どこもかしこも邪神の眷属対策で人手不足。冒険者たちもお金になりにくいので邪神の眷属は後回しになりがちだから、というのもあって、余計に人手は足りないまま。だから二人があちこちを回る、というのもあるんだろうなぁ。
別に僕としては付き合う義理もないし、付き合う必要もないと言えばない。
けれど、この二人だけじゃ……うん、なんというか、不安は不安になるんだよなぁ。
なんかこう、擦れていなさ過ぎて。
「……ま、しばらくは付き合うよ。けど、やり方が合うか合わないかもあるから、とりあえずお試しで、でいいかな?」
「ホントか!? 良かった、よろしく、エルト!」
「……分かりました。よろしくお願いします」
こうして、僕はシオンとルメリアの二人と旅を始める事になったのだ。
結果として、僕は同行して様々な面で尻拭いをする事になったりもしたのだけれど……でも、真っ直ぐ人を助けたがるシオンとルメリアの二人に絆された、とも言えるかもしれない。
だから、僕はイシュトアに告げた。
「イシュトア。終わるなら、二度目の人生なんて数奇な人生を歩む事ができている、イレギュラーでしかない僕が終わるべきだ。だから、僕に力を貸してほしい」
それが、僕の旅路。
まさか三度目の神生に繋がるとは思ってもみなかった、僕の二度目の人生だった。
お読みくださりありがとうございます。
今年の夏頃から連載を始めて、なんだかんだで今日で2022年も終わりですね。
毎日更新なんとか継続できたのも、偏に応援してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました。
明日は実家に帰省している都合もあり、投稿をお休みさせていただきます。
幕間はこのお話にて終わりとなるため、最終章より再開をお待ちください。
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もしも「実家に帰っていてやる事ない! 暇!」だったり、「新年特番すでに飽きた」という方は、そちらもご覧いただけますと幸いです。
それでは皆様、良いお年を!




