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幕間 英雄の軌跡 Ⅶ

 冒険者になって二年が過ぎた。

 これまでに三つの国を渡り歩き、その間も誰かと定期的にパーティを組んだりという事もなけければ、拠点をどこかに構える事もなくソロで活動を続けている。


 時折依頼の関係でそれなりの付き合いに発展する事もあったりして、複数の依頼を一時的に手伝うなんて事もなかった訳じゃないけれど、それでも固定のメンバーとは組まず、春から秋までを移動に使い、冬は一つの町に留まる、という自由な旅暮らしを続けていた。

 護衛の依頼を見繕っては次の町へ、という当て所のない旅を続けて楽しんでいる。地域によって色々な食べ物を楽しんだり、国によって建物の傾向が違ったりもするし、見た事のないような魔法技術を町に活かしている町があったりと、旅は楽しみが多い。


 自衛の手段もあるし、移動でお金を稼ぐ事さえできる上に、一期一会を楽しみながら世界を旅するっていうのは、前世の僕じゃ考えられなかった事ではあるけど、意外と僕には合っていたらしい。


 幾つかの依頼を共にしたりする機会がある時に固定のメンバーとして誘われる事もあったけれど、そういうのは断らせてもらった。

 冒険者で固定のメンバーと組んだり、氏族(クラン)という集まりを生み出したりする人たちは、どちらかと言えば拠点を設けていたりするので、僕の当て所のない旅とは合わないのだ。


 特にパーティを組まなくちゃいけない程の難易度の高い依頼を受ける事もないし、ラノベお約束展開よろしく奴隷少女なんて都合のいい女の子も連れ歩きたくない。

 変に気を遣うのも面倒だし、そもそも僕は奴隷を使うなら誰かを雇いたい。

 面倒を見続けるより雇用関係の方が圧倒的に気分が楽だ。

 他人の人生なんて背負いたくない。


 それに加えて、僕の場合は戦い方を選べる事も関係している。

 師匠曰くの「器用貧乏の極地」である僕は、近距離戦闘から遠距離での剣と魔法を使った戦いも、遠距離から範囲殲滅を行う魔法使いらしい戦い方も、師匠の修行のおかげで魔物の痕跡を調べたり隠れたりという技術も持ってしまっている。

 要するに、誰かに頼る必要がなく、完結している、とでも言うべきだろうか。


 そんな僕だから、複数の人間と組む時も空いた役割をこなす事ができてしまうのだ。

 人数が必要な依頼の時だけ臨時で誰かのパーティに加わるという方法も取りやすく、誰かと組み続ける事にこれといったメリットを感じないのである。

 そのため、誰かとずっと組んでる方が楽とか、そんな感覚も特にないし、観光気分――ゲフン、見聞を広めるために世界を巡るのに誰かと歩調を合わせるのがしんどい。


 我ながら、根っからのぼっち気質だと思い知ったよね。

 変えようとは思わないけど。


「――なあ、聞いたか? 黒い魔物の話」


「あぁ、また出たんだろ? 倒しても金にならねぇし、割に合わねぇよなぁ」


 オルクリンド帝国のとある町。

 冒険者ギルドの隣にあった食堂で一人ご飯を食べていると、近くに座った冒険者たちの会話が聞こえてきた。


 ――黒い魔物で、お金にならない。

 そんな話題から「あぁ、アレかぁ」とつい先日遭遇したおかしな魔物を思い出す。

 黒い体表に赤い線が入ったおかしな魔物で、倒しても素材らしい素材が取れずにさらさらと霧のように消えていく、おかしな魔物だ。


「最近ちょいちょい聞くようになったよなぁ」


「だな。生息地もまばらで、種類も色々あるらしいが……金にならない魔物なんていちいち相手にするのもなぁ」


「ま、俺らみたいな冒険者はそうなっちまうよな」


 三人組の男性が言う通り、あの黒い魔物はなかなかに面倒な一方で実入りが少なく、冒険者にとっては不人気極まりない存在である。


 冒険者は危険な魔物と戦ったりもするけれど、それは依頼料と報酬、そして魔物の素材や魔石といったものがしっかりとお金になるから受けているというのが実状な訳で、対してあの黒い魔物は何も素材が落ちず、唐突に現れ、しかも僕が見かけた時なんて、他の魔物を襲っていたぐらい見境なく暴れる厄介な存在だ。

 冒険者がそんな存在を率先して討伐するかと言われれば……まあ、気付かれていなければ無視する、というのが妥当なところだろう。


 僕だってあの面倒臭い魔物をいちいち率先して倒そうとは思わないしね。

 理由は他の冒険者と同じで、単純に実入りが少ないからだ。


「この国じゃ第三騎士団があの黒い魔物の対策を担当するって話だぜ」


「へえ、騎士サマがねぇ」


「いやいやお前、騎士なんかどうでもいいじゃねぇか。それより、神聖国ルククアだよ」


「ルククア?」


「おう。なんでも聖女様が勇者選定をして、民を守る為に神聖騎士団を連れて見回るって話だぜ?」


「聖女様ねぇ。成人したてのガキだろ? かーっ、俺はガキなんざよりもしっかり育った()女様とお近づきになりたいわ」


「ぶはっ。おいおい、溜まってんのかぁ? 娼館でも行ってろ、バーカ」


 くだらない話で終わったみたいだけれど、なるほど、神聖国ルククアの聖女か。


 僕も聖女の存在は聞いた事がある。

 最初はてっきり神聖教会のプロパガンダに選ばれた少女でもいるのかと思っていたのだけれど、どうやら本当に神の神託を聞く事ができ、神聖魔法を使えるらしく、その噂はこうして他国の、それも冒険者という存在でも耳にするぐらいには有名な存在だ。


 僕が転生する際に会った神であるイシュトアとの関係はいまいちよく分からないけどね。

 イシュトアが神託……?

 うーん、一方的な電報みたいなものになってそう。

 ほら、「チチキトク スグカエレ ハハ」みたいな。


 それに勇者選定、ねぇ。

 ラノベなんかを知っている身としては、勇者と言えば異世界転移とかもあったりする気がしてしまう。

 日本人で勇者っていうと大抵噛ませ犬みたいな扱いになりがちだし、同郷とは言え前世の話だから特に助けるつもりもないけど、まあそれでも聖女って存在には興味がある。


 ルククアはこの帝国の隣だ。

 この調子で移動していれば冬になる前に首都である神都とやらにも着くし、せっかくだからルククアに行ってその聖女と勇者とやらの動向を探ってみるのも面白そうだ。






 ――――なんて、そんなくだらない考えで向かったものだから、僕は面倒事に巻き込まれたのであった。






 神聖国ルククアの神都に向かっている最中。

 僕はそれなりに大きな町で魔物暴走(スタンピード)に巻き込まれる事になってしまい、辟易とした気分で町中で魔物を狩って回っていた。


 人々の叫び声が、泣き声が響く。

 町の中には魔物が溢れていて、今もまた、一人の男性が黒い魔物に殺されて力なく倒れた。

 間に合わなかったか、と思いつつも男性を殺した魔物を炎で焼き尽くすと、今度は子供の泣き叫ぶ声が聞こえてそちらに走ると、母親と思しき女性がその子を守ろうと強く抱き締めて黒い魔物に背中を向ける。

 一切の容赦なく振るわれた魔物の腕は、しかし僕の放った風属性魔法によって吹き飛ばされ、母親と少女の命はどうにか守られたらしかった。


 また黒い魔物か。

 この魔物暴走(スタンピード)、黒い魔物しかいないのかな。


「――冒険者ギルドで避難民を受け入れてます。行ってください」


「ぁ……、ありがとうございます……!」


 冒険者ギルドまで護衛してあげた方がいいかもしれないけれど、幸いこの大通りを真っ直ぐ進めばすぐに着くし、ギルドの周りには他の冒険者たちも防衛に当たっているし、どうにかなるだろう。

 僕は僕で、今も町の入り口であり、決壊してしまったらしい門から駆けてくる魔物の軍勢を食い止めるという作業があるので、送ってあげる余裕はないしね。


 数十体にも及ぶ黒い魔物の軍勢が迫ってくる中、魔力を節約するために第三階梯の風魔法である【風刃乱舞(クァド・エシト)】を三つばかり合成させた省エネ魔法を放とうと魔力を込め、魔法を構築。

 そしていざ放とうとした、その瞬間。


「――加勢するよッ!」


 僕がちょうど魔法を放とうとしていたその場所へ、横合いから声をかけて一気に駆け抜けていく、一人の青年。

 その青年はやけに小綺麗な格好をしていて、ほんのりと光った剣を持っていた。


 ……邪魔なんだけど。

 これから魔法を放とうとしていたのに真っ直ぐ突っ込むものだから、広範囲に一気に処理するという選択肢が取れなくなってしまった。

 思わず、いっそあの青年諸共ふっ飛ばしてしまおうかと考えていると再び横から声がした。


「こら、シオン! 戻ってきてください!」


「えぇっ!? なんでさ、ルメリア!」


「あなたが突っ込んだら魔法で足止めできないじゃないですか! いつも言っているでしょう!」


「あ……。あ、あはは……。ご、ごめん!」


「――【風刃乱舞(クァド・エシト)】」


「へ――うわぁっ!?」


 真横でコントじみたやり取りをする、恐らくは僕と同世代と思しき男女。

 ルメリアと呼ばれた少女は僕の隣で何故か立ち止まって叫んでいるし、シオンと呼ばれた青年が謝りながら慌ててこっちに戻ってきた。

 なんとなく茶番でも見せられているような気分だったので、ちょっとイラッとしたので魔法を容赦なく発動させた。


 安心するといいよ、シオンくん。

 キミはギリギリ魔法効果範囲から外しておいたから。

 ちょっと髪が切れたりしたかもしれないけど、悲しい事故だったということで一つ。

 まあ、当たったらどんまい。


 慌てて駆けてくるシオン青年の後ろでは、魔物が不可視の風の刃に切り刻まれていく。

 振り返っていたシオン青年はその光景を見た後で、こちらに向かって顔を蒼くして振り返り、ほぼ同時に、ルメリアと呼ばれていた少女が怒った様子で僕の前に躍り出た。


「あなた、何を考えているのですか! シオンを巻き込むつもりですか!?」


「魔法を放とうとしたところに突っ込んだのはあっちの青年の方だよ。そんな文句を言う暇があったら、しっかりと手綱を握って教育したらどうだい?」


「な……ッ!?」


「……はあ。あのさ、魔法で一掃しなければ抜ける魔物が多くなって、被害も増えるかもしれない。それにまだ戦いは終わってない。なのに魔物に背を向けてキミまで僕の邪魔をしている始末だ。何しに来たんだい、キミたち。ここは戦場であって、遊び場じゃない。戦い慣れてないなら引っ込んでなよ、迷惑だ」


 短く告げてルメリアという少女の横を駆け出す。

 僕が魔法で斬り刻んだ事で、黒い霧が広がる向こう側からまだまだやってきている黒い魔物の姿が見えたところで、【呪縛眼】で動きを止めて斬り込んだ。


 これが、僕とシオン、そしてルメリアとの出会いであった。

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