幕間 英雄の軌跡 Ⅵ
師匠に蹴り出されるように放り出された僕は、十五歳という日本で言う義務教育年齢で旅立つ事になった。
日本基準で考えれば中学三年生を放り出すなんて育児放棄もいいところではあるのだけれど、こちらの世界では成人年齢は十五歳であり、家業を継がない限りはとっくに親元を離れて働いている子供も多いため、珍しくもなんともない。
まして僕の場合、魔法も必要なものをしっかりと覚えたし、合成魔法という方法で階梯以上の威力を発揮できるようにもなっている。自分で言うのもなんだけど、すぐにでも何処かの国の宮廷魔法師とかにだってなろうと思えばなれてしまう実力である、らしい。
らしい、というのは師匠の言であるからで、僕が周りと比較しようがない環境にいたせいだ。
常識を知れ、とまで言われた。
酷い言い草である。
ともあれ、僕は確かに異常な分類に当てはまる。
この年齢で第十階梯魔法までを使えるようになっているし、合成魔法という師匠が言うところ「常識外魔法」とやらも使えるようになったのだ。
それだけ聞くと最強に聞こえなくもないけれど、本当の天才、異端児、或いは麒麟児と呼ばれるような存在たちには届かない。
第十一階梯以上の魔法は、魔法式こそ理解できて構築できるものの、僕の場合はそれを発動させる事ができないからだ。
この原因は、偏に魔眼という存在を持ったデメリットであった。
というのも、普通ならば許容量に見合う魔法を放てるものではあるのだけれど、僕の場合、魔力量が自分の最大量のおよそ半分を切れないのだ。
どうやら、魔眼といういわば常時発動型の魔道具を待機状態にしている僕という存在は、魔力を一定量以下まで減らさせないように自動的に魔力の供給をカットしてしまうらしい。
このせいで、巨大な規模の攻撃魔法でごっそりと魔力を喰らうような代物は、僕には使う事ができないのである。
更に性質の悪い点が、僕自身、自分の魔力量を感覚的に理解できないところだろう。
本来、魔力が減ってくると疲労感を覚え、身体に力が入らなくなり、気持ち悪くなったり目眩を覚えたり、吐いたり、気絶したりというように、身体が不調を訴える。
しかし僕の場合は魔眼セーフティーとでも言うようなストッパーのせいで、感覚的にそれを感じる前に自動的に魔力の供給が止められてしまい、魔法が発動しなくなるのだ。
そのため、僕は典型的な攻撃的な魔法使いらしい戦い方はできないのである。
大事な場面で使えると思っていた魔法が不発になったりすれば目も当てられないしね。
そんな訳で、僕は基本的に魔力消費量の少ない魔法を効率的に使うようにしている。
身体強化と強化付与魔法、弱体化魔法や足止め系の簡単な魔法とちょっとした牽制に魔法を使い、前線で戦うという、魔法剣士さながらの戦い方がメインとなるのだ。
うん、魔法剣士と言うと格好良く聞こえるよね。
実際のところ、師匠曰く「器用貧乏の極地」という評価である。
素直にカッコイイとは思えない。
そんな事をつらつらと考えながらやって来ました、冒険者ギルド。
魔物の討伐から魔物の生息している地域での貴重な素材採取、護衛など、なんでもござれの何でも屋、便利屋の代名詞である冒険者。
冒険者という名の由来は、未踏の地に足を踏み入れ、その地の素材やお宝、情報を持って帰ってくる事からそう呼ばれるようになったそうだけど、僕から見れば何でも屋、便利屋の個人事業主、という印象だ。
「ここはガキの来るところじゃねぇぜ!」
なーんてテンプレよろしく絡まれる事はない。
何故って、基本的に依頼者だってやって来る訳だし、子供から働く方がむしろ普通だからだ。子供が来るのは珍しくないのである。
ちなみに、ギルド内に飲食店、なんてものはない。
バーになっていたり酒を提供していたり、なんて事もない。
事務作業やってる職員たちの前で酒飲んで馬鹿騒ぎなんてさせる最悪な職場環境を作るはずがないのだ。
どんな職場なのさ。
その代わり、近くにそういう飲食ができるお店なんかもあるけどね。
もっとも、メニュー表なんてものはないけど。
そういうのは保存と物流が確立して食材を保存できる現代だからできるのであって、基本的にはその日の料理はその日の食材で左右されがちだからだ。
ま、そんな事は置いておくとして、だ。
「冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました。こちらに記入をお願いします。代筆も可能ですが、いかがなさいますか?」
「いえ、自分で書けるので大丈夫です」
差し出された紙に書くのは、名前と年齢、性別。その下には戦闘スタイルを記載する。
ささっとそれだけ書いて手渡した紙を職員の人が確認した。
「ありがとうございます。強化付与、それに弱体系の魔法と剣ですね。では早速ですが、そちらの扉の部屋に進んで、テストを受けてきてください」
「はーい」
テストというのは、今しがた紙に記入した内容の真偽を確認しつつ、戦闘能力がどれ程あるのかなどを一通り確認するためのものだ。
変な話、第十二階梯魔法が使えます、なんて書いてあっても見せてもらわない事には信憑性もないし、その情報を基に依頼をしようとしても実際にはできませんでした、では意味がないからだろう。
うーん、現実的な異世界。
こう、水晶とか触って魔力量を測ったり、犯罪歴を証明したり、冒険者証のカードにステータスが反映されたりとか、そういう超ハイテクならぬハイマジカルチックなものが出て来てくれないあたり、なんだか夢を壊される気分だ。
……まあ、魔力量で水晶が光るっていうのは百歩譲ってありそうだと思うけど、犯罪歴を水晶が判定するって何、とは思わなくもないけどね。法律に照らし合わせて過去を参照するとか、どんな技術なのさ。
冒険者証にステータス反映とかも、そもそもステータスなんてものが存在してないしね。ゲームじゃあるまいし。
そんな事を考えながら横の扉から進んだ先には、数名の男女と、僕みたいに新しく冒険者として登録にやってきたらしい少年少女の姿があった。
「新規登録テストの方はこちらに。受付で書いた紙を見せてください」
「どうぞ」
「名前は、エルトくんだね。歳は十五……? 本当に?」
「……十五歳ですが何か? 背が低くても年は止まりませんが、何か問題でも?」
「んっ、あぁ、いや、すまない。ははは、てっきり書き間違いかと思って、確認しただけだとも。他意はないんだ」
明らかに僕の身長を見て年齢に相応しくないと判断したっていう他意しかないでしょ、それ。
そう、僕は小さいのだ。
師匠にも時折「アンタ、小人族の血でも引いてるのかね。クオーターぐらい」とか言われた事もある。
ハーフと言う程小さくはないけど、普通に比べれば小さいのでクオーター、ということらしい。
知らないけどね、僕の両親とか家系なんて。
ただ、少なくともそういう特殊性はないと思うよ。
だって、前世の僕とほぼ変わってないもの。
「戦闘スタイルは、なるほど。バフデバフ系を使える前衛系、か。器用なタイプだけど、打ち合えるのかい?」
副音声に「その小さな身体で打ち合って大丈夫か」と言われている気がする。
気がするというより、そう言われている。
この人、敵かな?
「……身体強化魔法を使いますし、基本は受けずに避けるタイプですので」
身体強化魔法は確かに身体を強化する魔法だけれど、その基となる身体が小さかったりすれば、当然ながらパワー負けする事もある。
いくら魔法という不思議パワーによる強化とは言っても、結局のところ掛け算なので、身体強化魔法だけでどうにかなるというのも限界というものがある。
そのため、何故か筋肉のつかない僕の場合、基本的に防御面は魔力障壁と回避がメインで、「耐える」という方法は取れないし、取るつもりはない。
「なるほど、スピード型なんだね。小人族の剣士もそういう人が多いね」
……敵だよね、この人。斬ってしまいたいぐらいだよ、ホント。
思わず苛立ち混じりに男の人を睨みつけ、同時に魔力を放出して威圧してみせると、男の人の顔がみるみる強張っていった。
「ご、ごご、ごめんよ! えっと、試験は……あぁ、ジェスターさん! この子の試験、お願いします!」
「えぇっ? 俺、前衛向けの試験官だぞ? そっちのちびっ子、前衛するのか?」
…………この後、ぼっこぼこにしてあげた。
こうして、僕は冒険者デビューを果たしたのである。




