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幕間 英雄の軌跡 Ⅴ

 謎の女性ことルキナと僕の師弟関係は、こうして始まった。

 僕は彼女から魔力制御から魔法の基礎知識、魔法の使い方や戦い方というものを住み込みで教えてもらえるようになったのだ。


 ちなみに、彼女の住処であるこのログハウスは、僕がいたラグエ王国の王都近郊からは離れており、師匠は僕を転移魔法で連れて来てくれたらしい。

 人里離れた樹海とでも呼ぶような深い森の奥に佇むログハウスの周辺は木々がなくなっていて、森の中にぽっかりと穴が空いたようになっているが、空から見ると結界と幻影を組んであるそうで、ただただ森が繋がっているようにしか見えないらしい。


 ルキナが僕の存在に気が付いたのは、やはりあの狼のおかげだったようだ。

 僕の【天眼】に気が付いたあの狼はルキナの召喚獣であり、普段は僕がいた森の奥を住処にした森の主という役割を果たしているのだそうだ。

 師匠に救助を求めたあの女性はそれをルキナから教えられていたからこそ森の奥に向かったらしく、狼を通して窮状を知った師匠が助ける事になったのだけれど、あの女性は今はラグエ王国のあった大陸から別の大陸に移され、そこのとある貴族家のメイドとして働いているとの事だ。

 あの女性と僕が会う事はないだろう。


 さて、こうして僕の修行が始まった訳だけれど……こんな辺鄙な場所に居を構えている師匠が僕に課す修行は、一言で言うならば地獄だった。


 基礎的な魔力制御方法を教わり、初歩的な魔力を手に入れた段階で山の麓まで転移魔法で飛ばされ、短剣一本だけ渡されて帰ってこいというもの――つまり、実戦を含めた課題を出される。

 魔法を覚えれば覚えるほど遠くに飛ばされて、その度に強い魔物が大量にいる地帯を挟んでいたりと、本当に命がけの特訓だ。

 そういう場所にいる魔物は非常に強く、正面から戦って勝てないような魔物も珍しくはない。

 そんな中で気配を殺し、【天眼】と魔法でどうにかやり過ごし、時にはおびき寄せて進路を無理やり作ってという具合に帰り道を模索しつつ、時には無理をしてでも狩って食べなきゃいけないという、まさにサバイバルである。


 正直、我ながらよく生き残ったものだ。


 魔力を制御できるようになったおかげで【呪縛眼】の効力があがり、大型種とかにも通用するようになるまでは、何度死にかけた事か。

 酷い目に遭う度に師匠を殺してやりたいと本気で思ったぐらいだ。


 もっとも、そんな暮らしも五年程で落ち着いた。

 僕が飛行魔法を覚え、行って来いをしても空を飛んで帰ってこれるようになったからだ。


 それからは素材の採取と町への買い物だったり、手紙を届けたりという小間使いをしつつ、家事全般と畑の手入れをしつつ、魔法の修行と共に身体も出来てきたので近接戦闘に対応できるよう剣を使った訓練を並行するようになった。




 ――――そんな日々を過ごして、気が付けば僕が拾われて七年が過ぎた。

 当時は五歳程度であったため正確な年齢は判らなかったけれど、とりあえず師匠から「キリがいいから五歳にしときな」と言われ、僕にも否やはなく。

 結果として、推定十二歳になった。




「――師匠、夕飯の肉獲ってきた」


 狩りを終えて帰ってきた僕が師匠の部屋をノックして声をかける。

 返事があったので扉を開けて顔を覗かせると、師匠は空中に魔法陣を浮かべて何やら難しい顔を浮かべつつ、ふよふよと浮かんだ本に目を通してみたりと忙しそうにしていたものの、ちょうどキリが良かったのか作業をそのままにこちらに顔を向けた。


「あぁ、ご苦労さん。何の肉だい?」


緑大蜥蜴(ラウン・セズ)の肉。煮込み料理向きだね」


「あぁ、いいね。最近は寒くなってきたからね」


 季節はすっかり秋になって、冬が近づいてきた。

 魔物も冬眠するタイプのものは珍しくなく、冬に備えて必要以上に狩りをしてまるまると太っておこうとする魔物が多くなる時期だ。

 こちらとしても一匹の魔物でかなりの量の肉が手に入ってありがたい。


 ログハウスの横に魔物の肉を保管する保冷庫が建っているのだけれど、そこには既に冬を超えられる程度の肉があるし、そろそろ余剰分は町に売りに出る頃だろうか。毛皮とかも溜まっているし。


 基本的に魔物は狩ったその場で血抜きして、その間に他の採取等に回る。

 血抜きが終わったら解体してからそれぞれに浮遊魔法をかけて持ち帰り、ログハウス横の保冷庫に突っ込むのだ。

 当然、持ち帰れないのに無駄に殺しても利益がないし、ゲームよろしくレベルがある訳でもないのでサーチ・アンド・デストロイとはいかず、なるべく無駄な戦闘は避けるようにしている。


 最近は自分の転移魔法と転送用の魔法の練習と開発を進めているのだけれど、そっちができるようになったらもっと移動や狩りも楽になる。

 転移魔法は実在しているものを学んでいるけれど、転移魔法は存在しているのに転送魔法というものは存在していない。

 どうも術者がいないと座標指定が狂うのか、魔法が発動しないらしく、構想はあっても実現していないらしい。


 そんな訳で師匠に開発を相談していて、師匠がこうして研究してくれているのだけれど、なかなかに難航しているようだ。


 夕食時に改めて進捗を確認させてもらおうかな。


「というか師匠、ちゃんと片付けてよ」


「あぁん? なに言ってんだい、何処に何があるか分かってるんだからいいじゃないか」


 家事全般をやる僕に対して、師匠はこの調子である。

 師匠は俗に言う、「散らかしてあるけど何がどこにあるか分かる」というタイプであり、あまり部屋の綺麗さには頓着しないタイプである。しかし僕は家事を担う立場としてはそれが許せるタイプではなく、「何をどこに置くべきかルールを設ける」というタイプだ。


 つまり何が言いたいのかと言うと――決して相容れないのだ、価値観が。


 僕が片付けるのだから僕に従ってほしいところではあるのだが、師匠は自分の部屋については片付けなくても良いと豪語して、だいたい散らかしっぱなしになりがちだ。

 現に部屋の中には本があちこちに散らばっていて、机の上には羊皮紙だのが乱雑に積み上げられている。


 ……この部屋、一昨日掃除したばかりなんだけど……?

 たった二日でこれって……。


 げんなりとした気分で部屋の様子を見ている僕に気が付いたのか、師匠が所在なさげに頬を掻いた。


「……一段落するまではこのままでいいからね。落ち着いたらまた頼むよ」


「……はいはい。じゃ、夕飯の準備してくる」


「はいよ」


 さすがに七年も同じ屋根の下にいれば、相容れないものがあっても妥協点というものは見つかるもので、これもまたいつもの流れと言える。


 ともあれ、夕食の準備だ。

 緑大蜥蜴(ラウン・セズ)の肉は少し筋があるので筋切りをする必要があるし、少し手間がかかるのだ。

 今はまだ太陽も傾いている程度だけれど、煮込んだりする時間も考えると陽が沈んで少ししたぐらいで夕飯にありつける、というぐらいだろうか。

 圧縮鍋とか欲しいけれど、物理法則が明らかに地球とは違うし、そもそもなんとなくでしか原理も分からないから僕には作れそうにない。wikiとかないし。


 実際、魔法というのはある意味非常に使い勝手が悪い。

 師匠に色々教わっている身ではあるものの、今まで教わった魔法は基本的にテンプレートというか、決まった魔法を構築するだけ。それだけでも難しいは難しいのだけれど、これをオリジナルの魔法にして作り直したり作り変えたりってなると、更に圧倒的な知識と経験が必要になり、一朝一夕でできるようなレベルじゃなくなる。


 魔法の開発がラノベのように簡単に調整やちょっとしたアレンジだけで可能だったら良かったんだけど、なかなかどうして上手くいかないものだ。


 魔法創作とか楽しそうなんだけどなぁ……。

 科学知識があるからって何でもできる訳じゃないし、イメージでできるような代物ではない以上、諦めるしかないけど。


 色々と考え事をしながら料理完了。

 師匠を呼んで皿に料理を盛り付けて椅子に据わったところで、師匠もやってきて向かいに腰掛けた。


 日本では「いただきます」と口にするように、この世界では信心深い家庭では神へのお祈りの後で食事を開始する。師匠は特にそういった事はしなかったけど、僕が「いただきます」と口にするものだから真似るようになった。


 お互いに無言でスープを飲んで、ほっと溜息を吐く。

 薬草と香草、それに胡椒なんかをしっかりと使えるおかげで料理の味は日本かそれ以上かというぐらいに美味しい。

 師匠も僕の料理は下手な料理屋で食べるより気に入っているらしく、食事の量が増えてしまったらしい。作っている側としては嬉しい評価である。


「進捗どんな感じ?」


「ふむ……、なかなか難しいとこだね。転移魔法自体が高位の魔法なだけあって、魔法式が複雑過ぎるよ。それを一度解体して意味を調べなきゃならないってのは、さすがに骨が折れるってもんさ」


「そっかぁ」


「ま、面白い魔法だし、転送する対象によっては魔力をそう使わずに運べるようになるかもしれない。これが世間に出ようもんなら、物流や情報の伝達なんかにも物凄い影響が出るだろうね。そうなれば、軍事行動なんかにも影響が出る。完成したとしても、それを世間に流すのは考えものだね」


「……そう言われるとそうだね」


 あまり考えていなかったけれど、物資の転送が簡単にできるようになったら、確かに色々な分野に影響が生まれる、か。


「転送先を自由に指定できてしまうとあまりよろしくない事態になりそうだし、可能であれば固定させないと使えない、みたいな制約を設けた方が良さそうだね」


「だろうね。ま、結局は使い道なんて人次第さ。一足飛びに便利なものを準備しようとしてもしょうがないし、最初はそれでアタシとアンタが使えりゃ充分だよ」


「うん、まあね。広めるつもりもないし」


 実際、それを世間に普及したい訳じゃないしね。

 僕が楽になればそれでいいと思っている。


 ラノベにあるように、日本にあるような技術やシステムをこちらの世界で生み出し、それでお金を稼ぎたいとは考えていない。

 そもそも今日本にある技術は様々な試行錯誤の上で出来上がったものであり、その過程をすっ飛ばしたが故に、過程の中で生まれていたはずのものが生まれず、問題が生じたりする事だって有り得るからだ。

 加えて、利権が関わってきて騒動になったり、なんていうのに付き合いたくないし、お金を稼ぎたいなら魔物を狩ってきた方が遥かに気楽だからだ。


「それより、アンタも十二になって第九階梯まで魔法をマスターして、魔物だって狩れるようになった。年相応に外の世界を見てみたいとは思わないのかい?」


「え? 思わないけど?」


 …………。


「……思わないのかい?」


「うん、別に。用事がある時は町にだって行ってるし、魔法の研究も楽しいしね」


 そもそも僕はそこまで外に出かけてみたいとか、力が欲しいとか、冒険したいとか、そういう感情はあまりないのだ。

 今こうしてそれなりに充実して楽しんで生きている時点で、かなり満足できていたりするからね。


「……ま、いいけどね。アンタにはまだまだ教える事もありそうだし、追々考えればいいさ」


「うん、その内ってことで」


 そんな会話をした、三年後。


 必要な魔法を覚え、魔法合成やら何やらを試したり魔法開発を続けていつまで経っても外に行きたいとか冒険したいとか、旅をしたいとすらも言い出そうとしない僕に痺れを切らした師匠によって、僕は「いい加減、外の世界を見てこい馬鹿弟子」と放り出される事になる。


 そして、その旅立ちが、僕と師匠の最期の別れだった。

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