閑話 組織設立 Ⅰ
閑話が続いていますが、本編で作中時間が4ヶ月程経つ形となる(凛央魔法学園の開校から2ヶ月ほど)ため、ブランク期間にあたる期間を閑話として記載してます。
こちらの「組織設立」は3話構成なので、それが終わり次第本編開始となりますため、本編以外に興味のない方は読み飛ばしていただいても問題ございません。
「――とある人の部下になる事にした。仲間を連れて来てもいいって言ってくれているから、一緒に来ないか?」
古い友人であるリグレッドの突然の申し出に、私はついつい首を傾げた。
彼は以前拾われた組織の一員としてこの棄民街の治安を向上させたグループに所属していて、そこは弱い者たちの拠り所となっていた。
しかし、組織のトップが代替わりした事をきっかけに組織の方針まで変わってしまったようで、内部の構成員も多くが入れ替わっていたはずだ。
リグレッドもまた組織を抜ける事を考えていた事は知っている。
以前までの組織のメンバーと合流するのかとも思っていたが、しかし武闘派と呼ばれるような者達は今の組織に残っており、組んだとしても淘汰されると助言したのだ。
それ以来悩んでいたようだが……とある人の部下に、ね。
しかも、わざわざ私のような変わり者にまでわざわざ声をかけている理由が判らない。
「……さて、唐突に来ていきなり何を言うのかと思えば、急にどうしたと言うんだね? わざわざ私に声をかけずとも、キミならば顔も広いだろう。そういった若い連中を引き連れ、箔を付ける程度に数を用意できるのではないかい?」
「そんなんじゃねぇよ。というか、有象無象はいらねーんだ」
「ふむ、有象無象、ねぇ。数とは力の象徴としては分かりやすく、単純に脅威に繋がるものだと思うけれどね。そうではない、と。……ふむ、部下になる、つまりは組織の一員になるという見解であったが、違うのかい?」
「いや、なんつーか、な……。確かに組織は組織なんだがよ……。俺の上になるヤツは表に出て来ない予定でな。表向き、俺に組織の頭を張れって言われてんだよ」
それはまた、ずいぶんと剛毅な、とでも言うべきか。
普通に考えて、ずいぶんと迂遠な手を使っているとでも言うべきか、その意図がまったくもって判然としないな。
安い夢物語を聞かせて担いで利用しようとしている……?
いや、それにしては荒唐無稽な話だ。
そもそもリグレッドはそんな夢見がちな青年という訳でもない。
となれば……本気、か?
ふむ、少し興味が湧いたな。
「いいだろう、話を聞こうじゃないか。……それより、さっきからずっと背中を向けているようだが、何をしているんだい? キミの口や目は後頭部についているのか?」
「アホか! お前がそんな格好だからだ! 下着の上に白衣だけ羽織ってんじゃねぇよ! つか、恥ずかしがれよ!」
「おっと、そいつは失礼した。電力も無限ではないからね、空調を節約していて少々暑くてね。ほら、こうして前を閉めておけばいいだろう?」
「あんま変わらねぇだろ、さっさと服着てこい!」
「やれやれ、見た目の割にずいぶんと生真面目な男だね、まったく。お客人の要望だ、応えてあげようじゃないか」
仕方なしに立ち上がり、私は目の前に並べられた幾つもの研究器具に身体をぶつけてしまわぬよう、自室に向かって着替えに行く事にした。
◆
「――さて、それじゃあ詳しい話を聞かせてもらえるかい?」
「あぁ。お前、昨日のルイナーと魔法少女の戦闘の動画が有名になったって事は知っているか?」
「あぁ、もちろんだとも。というより、棄民街の外の情報をキミが知っている方が驚きだがね。棄民街の者じゃニュースを仕入れるのもなかなか難しいと思っていたが。ともあれ、この二人のアンノウンだろう?」
パソコンの画面に映し出した、二人の映像。
もっとも、魔法少女同様に映像では顔が鮮明に映っておらず、表情の部分にノイズが走っているように映像がブレている代物しか存在していない。
かろうじて外見的特徴で判る事と言えば、まだ子供と言える存在と、大人の女であるという点。
そして、二人とも白と銀という、似通った髪色をしている、という点ぐらいである。
「映像を解析してみたんだが、これも魔法少女同様に魔法的な力によって保護されている、という事だろう。鮮明にしようとしても一切処理が通じない。科学技術は魔法の後塵を拝していると見せつけられている気分だよ。それで、この騒動がどうしたんだい?」
「あー……、なんつーか、まぁ。……実は、そっちの小さい方の部下になるんだ」
そんな一言を皮切りに、怪訝な表情を浮かべている私に向かって、リグレッドは昨日の出来事を語った。
偶然にも見かけた少年が、件の少年であった事。
そんな彼に組織が魔法少女を攫ったと話した事。
そして、彼は確かに常人ならざる力を発揮し、組織の拠点を潰した事、などだ。
そうして、リグレッド自身も根城にしていた部屋の荷物を整理したらしい。
今日の夕方に迎えに来るという少年の部下になるために、待ち合わせ場所へと移動するようだ。
「……ふむ」
淹れてきたコーヒーを手に、私はしばし思考を巡らせた。
――リグレッド。
彼はこんな見た目をしているが、基本的には善人と言うべき人種だ。
何せ私のような変人の面倒を見ながらも、私の身体が目的という訳でもないらしく、下着姿を見せても顔を逸してしまうあたり、純情とでも言うべきか。
一応男好きのする身体だという自負はあるし、視線が自然と吸い寄せられている時もある事を考えれば、決して興味がないという訳ではないだろうが……まぁそれはさて置き。
ともあれ、そんな彼が今更、私をくだらない嘘で担ぎ出すような真似をするという可能性は、皆無と言っても過言ではないだろう。
映像の中にあるアンノウンの実力は、魔法少女と比べても一線を画しているのは間違いない。
そんな存在が武力や勢力強化の為だけに部下を欲するとは考えられない。
「……話を聞く限り、騙されているという線はなさそうだね。そもそもアンノウンの力は部下がいなければ勢力を拡大できないようなものではないだろう。何せ魔法を扱える上に、明らかに魔法少女らよりも実力は上だ。なら純粋に、アンノウンが語る通りの目的であれば、人手がほしい、というのが本音だと考える方が自然か」
しかし、そもそもアンノウンの目的は一体……?
魔法少女を助けた割に、魔法庁はアンノウンの存在を味方だと発表もせず、触れてもいない状況のようだ。
少なくとも、ルイナーと敵対しており、魔法少女を救っているという事は、利害関係は魔法庁と一致していそうな気もするが。
……ふむ、ここでどれだけ可能性を諳んじたところで机上の空論だな。
「しかし、キミを利用する理由が分からないな。手下にするのなら武力を持つ者、すでに勢力を広げている者を実力でねじ伏せ、配下にしてしまった方が早いだろうに」
「実力はどうでもいいって感じだったぜ。なんでも、魔法を使えるようにしてくれるって――」
「――なんだって!?」
「うおぅ!?」
「魔法を魔法少女じゃなくても使えると、そう言ったのか!?」
「お、おい、落ち着けって!」
「あ、あぁ、すまない」
思わず詰め寄ってしまったらしい。
リグレッドに言われて我に返り、椅子に座り直す私を見て、リグレットも呆れたような表情を浮かべて私の入れたコーヒーを口にした。
「……お前に声をかけたのは、こうなるだろうって思ったからだ。それに、アイツは女と見て手を出すような柄じゃなかったしな」
「ほう、心配してくれているのかい?」
「心配は心配だろ。棄民街じゃ女と見れば問答無用で襲いかかるようなヤツは少なくねぇ。お前だってそれを理解してるからこんな辺鄙なトコを住まいにしてるんだろうが」
「まぁ、それはそうだね。もっとも、ネット回線を拝借できる建物がここぐらいしかなかった、っていうのが本音だけどね」
なんと言っても、ここはルイナー襲撃で崩れた役所だからね。
大和連邦国内の役所は、ネット回線も電気も非常時に使えるよう設備が整っている。
そのおかげで拝借できるし、何よりも崩れた建物のおかげで一見して中に入れそうに見えない点や、価値がないように見えるという点から、私はここを拠点にしたのだから。
もっとも、私がどうしてもネット回線を必要としていた理由は、何も不便さに耐えられなかった訳ではない。
「――魔法技術の研究のために、こんな所を選んだんだ。お前にとっても悪い話って訳じゃないだろ?」
そう、私がこんな場所に隠れ潜むように過ごす、最も大きな理由。
それこそが、魔法技術の研究だった、という訳だ。
ルイナーの襲撃が起こったのは、私が大和連邦軍直属の研究所で研究員として働き始めて二年程が過ぎた、二十歳を迎えた頃の話だ。
幼い頃から飛び級に飛び級を重ねてきた結果、私は十七歳という異例の若さで博士課程修了後、連邦軍直属の研究所から声をかけられた。
かなりの高待遇であり、当時、知識ばかりを得て社会を知った気になっていた私は、自分の研究ができるのであれば何処に所属しても気にするつもりはなかったが、軍属であるのならば無体な真似はされないだろうと高を括っていた。
しかし、そんな私だからこそ利用しやすかったのだろう。
私の研究成果は上司の名で発表され、手柄や名誉を奪われる日々が続いた。
気に喰わないからと他の研究所に移動しようかとも考えていたが、軍属の研究所を辞めた人間を雇う事は雇用者側にも何かと面倒がある。
まして、一度他の研究所に面接を受けるべくアポを取っただけで上司から呼び出され、監視されているのだと知るハメになったが。
そんな環境に辟易としている中、突如として現れた、ありとあらゆる兵器が通用しない存在。
時を同じくして現れた精霊と魔法少女という、これまでの常識では測れない存在。
そんな未知である存在に、私は強く興味を抱いた。
惹かれた、あるいは魅せられたと言っても過言ではないだろう。
しかし、魔力という格好の研究材料が目の前にあるというのに、まだ若く手柄を奪われていた私は携わる機会を与えられなかった。
そんな私が研究用の器具を専門的に扱っているこの三葉に来た際に、偶然にもルイナーの襲撃が起こった。
その襲撃による混乱の中、総じてルイナー襲撃のせいで行方不明者が大量発生しやすい状況を利用する事を思いついたのは、必然であったと言える。
支給されていたスマホをわざと破壊し、私物も投げ捨て、身を隠す事を優先した。
その時に真っ先に隠れ家としてこの場所が候補に挙がったのは、役所が非常時にライフラインを確保できるよう整備されている事を、軍属の研究所員として理解していたからだ。
ここから接続している事はこちらでどうとでも誤魔化せるしね。
結果として、私の名前はネット上の行方不明者リストに公開されている。
目論見はうまくいき、ここで自作した観測機器と研究装置を利用して魔力の与える影響を調べているという状況だ。
「願ってもない事だ。しかし、魔法を教えてくれる、という事は、やはり体系化しているのか……? それを教われば、既存の技術と組み合わせる事もできるようになるかもしれない。面白い、否やはない。決めたよ、私も行こう。さあ行こう、すぐ行こう」
「……はあ。落ち着けっての。ホントお前、残念な美人ってヤツを地でいくよな」
「見た目が良ければ好感を持たれるという事は理解しているとも。その点で良い評価を得られる遺伝子には感謝している。まぁ、煩わしい事がないとは言わないが。だが、生憎と私はこのナリを武器にしようとする生き方には興味がないんでね」
「理解してるのかよ、ホントに……。まぁ、お前が乗り気ならちょうどいいか。色々持って行くモンもあるだろうけど、その辺はアイツと相談してどうにかするか。ここ以上の設備とかあるんなら、持っていくモノも少なくて済むだろうしな」
ふむ、確かに。
であれば一度は顔合わせを優先するべきなのだろうね。
「とりあえず、俺はもう一人声をかけに行くつもりだから、準備だけしておいてくれ。後で迎えに来るから、それまで出るんじゃねぇぞ」
「あぁ、分かっているとも。一人で外に出たら倒れる自信があるぞ、私は」
「……まぁ、うん。お前ならそうだろうな……」
冗談だと笑ってやりたいところだが、実際のところ冗談にならないので口を噤んでおいた。
地下の水耕栽培設備で食事はどうとでもなっているが、コーヒーや紅茶といった嗜好品類をこまめに持ってきてくれているのは、他ならぬ彼自身だからだ。
ただでさえ治安なんてものがあったものではないこの棄民街で、私が外に出ていない事を彼はよくよく理解しているだろう。
……久しぶりに外に出るのか。
論文を発表する時よりずっと緊張するな。




