表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/220

幕間 英雄の軌跡 Ⅲ

Merry Christmas!



 森の中で襲われ、返り討ちにした後、森の奥深くへと隠れる事にした。

 夜の間に新たな騒動等は起こらなかったし、まだあのおっさん達が死んだ事に気が付いていないか、それとも帰ってこなくても騒がれないような連中であったのか。

 あの偉そうな態度とゴテゴテの服、それにあの妙に精巧な懐中時計なんかを見る限り、後者であってほしいとは思うものの、後者である可能性は限りなく低いだろうというのが僕の見解だ。


 まぁ、ともあれ僕の生活が変わる訳でもない。

 基本的に貧民街を通って壊れた外壁の一部から外に出ている時も、周りに誰もいない事をしっかりと確認して出入りしているし、僕のような浮浪児と大人三人の遺体を結びつけるような存在もそうはいないだろう。むしろあまり身を隠し過ぎてもかえって怪しまれるかもしれない。

 何よりも秋が深まる前に、昨日の戦果であるお金を衣服等に変えておきたいというところだ。


 そんな訳で、翌朝には再び王都へと向かい、市の中にある幾つかの露店で見繕っていた古着や布を扱う店へと足を進めた。


 王都の市と言えば、基本的には朝市だ。

 というのも行商人たちは前日の夜に街に着き、野菜などについては鮮度が良い内に売り出し、早々に現金化したがる傾向にあるため、必然的に朝市の方が賑わうのだ。

 午後は少し余裕のある行商人等が店を出しているのは軽食を売る露店が多く、人通りも朝に比べれば幾分か落ち着いている。

 だから僕が市を観察するのは少し落ち着いた午後の方が多い。


 今日僕が朝市に顔を出す事にしたのは、単純に午後からゆっくり時間を使わないと寝床を作りきるのにどれぐらいの時間がかかるか分からないから、という理由だったりするのだけれど、やっぱり朝市はかなりの人混みとなっていた。


 人混みに呑まれてしまわない気をつけつつ、ようやく目当ての露店の前に辿り着いた。

 そんな僕に気が付いたのか、店主がギロリと睨むようにこちらに目を向けた。


「あん?」


「少し大きめの外套が欲しいんだけど、ある?」


「……金はあるのか?」


「それなりに。予算は銀貨一枚とちょっと」


 見た目五歳児――但し発育不良――と、店主――但し筋骨隆々のゴリマッチョ――の会話がここに始まった。

 じろじろと僕の服装――ボロボロの七分丈程度のズボンと所々破れたシャツを見て顔を顰めてみせたものの、だからと言って邪険にして追い払うような真似はするつもりもないようで、気付かれないように胸を撫で下ろす。


 実はこの店主、この前見た時に買い物に来ていた子連れの母親がやって来ていて、店主の強面ぶりを見て子供が泣き出してしまって慌てて機嫌を取っていたのだ。

 そこから子供嫌いではないだろうと踏んでいた。


 とは言え、それが母親である客の前だからと取り繕っているのかとも思い、少し様子を見ていたのだが、どうも子供に泣き出されてしまった後に落ち込んでしまったのか、溜息を吐いて肩を落としていたのである。

 見た目に似合わず、ずいぶんと繊細な一面を持ち合わせているらしい。


 僕の着ている服はどう見ても孤児らしいぼろぼろぶりではあるものの、けれど森で身体をある程度清潔にしているおかげで浮浪児には見えないだろう。端から見ればそれなりに貧しい農家の子供に見える程度には整えられている、というところだろうか。


 店主の男性はしばし考え込んだような様子を見せた後で、ゴソゴソと後ろにあった箱を漁り始めた。

 そうして取り出したのは、どこかの村で買い取ったのか、子供向けのズボンと長袖のシャツ、そして暗めの灰色をした少し大きめな外套だった。


「……本来ならこれで銀貨二枚ってとこだが、まぁお前の予算で一式売ってやらぁ」


「いいの?」


「気が変わらねぇウチに払うもん払え」


「ありがとう」


 短く告げて銀貨二枚を渡すと、店主は一瞬ぴくりと眉を動かした。

 予算と聞いて有り金全部とでも思ったのだろう。


「お釣りの代わりにそっちの布の切れ端もつけてもらえる?」


「あん? あぁ、構わねぇぞ」


 僕が指差したのは、恐らく客に売った布の切れ端だ。

 横に二十センチ、長さだけなら六十センチ程度はあるようだけれど、服としても使えないしなかなか売れにくいサイズである。

 元々棄てる予定だったのか、店主はあっさりと頷いて、その布もつけて一式をこちらに手渡してくれた。


 やっぱりあの店主、見た目とは裏腹に子供が好きなのだろう。

 明らかに元を取れるかどうかという程度だろうと思われる量を渡してくれた。

 ありがたや。


 改めてお礼を告げて諸々を受け取り、路地裏で人がいない事を確認して着替える。

 ぼろぼろだった服は手拭い代わりにするために適当に丸めてズボンのポケットに突っ込み、さっさと王都を出る為に歩き始める。


 買い食いしてみるのも良かったのだけれど、やっぱり今は素直に帰る事にした。

 というのも、服を買った姿を何者かに見られ、まだ金を持っていると思われるか、或いは身ぐるみを剥ごうと襲われても面倒だからだ。

 短剣は先程までの服装では服の内側に隠しておけるようなものでもないし、森の中に隠してあるため武器もない。外套が手に入ったおかげで短剣も外套の内側に隠せるようになったし、今後は持ち運んでいてもいいかもしれない。


 そんな事を考えつつ、【天眼】を発動させながら適当に散策する振りをしながら尾行されていないかを確認したのだけれど……案の定、どうやらこちらとつかず離れずの位置をずっとついて来ている男が三人いる。


 買い物をしている姿を見られていた、という訳ではないだろう。

 さっきまではなかった反応だ。


 おそらく、孤児がふらふらと町中を歩いていても標的にはならないけど、しっかりとした服を着た子供が一人で歩いているとなると、人攫いか何か、かな。

 いずれにせよ碌でもない手合いである事は間違いない事は確かだろうなぁ。


 わざと捕まって魔眼でアジトを奇襲して金儲け、なんてリスクを抱えるつもりはない。

 目隠しされると魔眼は使えないし、僕が知らない何かの力を使って魔眼を封じる事さえできてしまうかもしれない以上、魔眼の力を過信するべきではないしね。

 魔眼を封じられれば他に対抗する手段がない以上、素直に撒いてしまう方がいい。


 ふらふらと歩き、あっちにこっちにと興味が映って露店を行き来する子供のように見せかけつつ、周囲を【天眼】で確認する。

 路地裏に入って走って逃げようとすれば、相手も本気で追いかけてきそうだ。

 体力や肉体的にこちらが不利な状況になりかねないので、敢えて路地裏には入らない。


 そうして、ようやくお目当て(・・・・)がやってきた事を確認して、ふらふらと歩きつつ――そのお目当て(・・・・)とすれ違った瞬間、一気に人の波を縫うように駆け出した。


 ちらりと振り返れば、如何にも悔しそうに表情を歪める柄の悪い男たち。


 こちらと男たちの間を歩いているのはお目当て(・・・・)とは、衛兵の事だ。

 もしもこちらを追いかけようと衛兵の目の前で突然走り出そうとすれば、怪しまれ自分たちが追われかねない。


 一瞬だけ立ち止まり、小馬鹿にするようにくすりと笑ってみせると、男たちは顔を真っ赤にしながらも衛兵との距離が近づいて怒りを必死に押し殺していた。

 もう少し煽って衛兵に声をかけさせるというのも手だけれど、衛兵がそれさえも無視して逃げ切れないのでは本末転倒だ。

 その内に僕は再び人の波に呑まれるように男たちの視界から姿を消した。 




 森の拠点は昨夜の襲撃のせいで新しくする必要があり、それをする為には手頃な高さで良い枝の配置の木を探す必要がある。

 昨日は木の枝に乗って座ったまま寝ていたのだけれど、お世辞にも寝心地が良くなかったし、早めに拠点は手に入れておきたいところだ。


 多分、ベッド代わりに撒いていた植物の蔦が劣化してしまい、必然的に体重を支えきれなくなったというのが落下の原因だろう。

 とりあえずは同じようなものを作るとして、近場で洞窟を探しておき、動物たちがいない事を確認してから入り口を隠しておき、そこが動物の縄張りになっていて戻ってきたりしないかを確認する予定だ。

 幸い短剣も手に入ったおかげで、それなりに加工するっていう選択肢も取れる。簡易の扉を作るのも難しくはない。


「……あ、忘れてた……」


 今更ながらに昨日の蔦のベッドを完全に撤去し忘れていた事を思い出した。

 初めて人を殺して、自分でも気が付かない内に早くあの場から離れなきゃ、とでも気が急いてしまっていたせいかもしれない。

 あの蔦のベッドの痕跡は人がいたと思われかねないし、あのままにしておくべきじゃなかったのに。


 しばらく死体が獣や魔物に処理されて、調査なんかが来てやり過ごすまではあの場所に戻る予定はなかったのだけれど……うん、仕方ない、か。

 下手に滞在している痕跡が見つかって虱潰しに森の中を調べられたりしても厄介だし、時刻はまだ太陽――厳密には太陽とは違うかもしれないけど、太陽的な役割をしているのでそう呼んでいる――が中天に差し掛かるにはまだ時間がある。


 今はまだ調査の手も伸びていないであろう事を祈りつつ、昨日までの拠点に向かいつつ溜息を吐き出し、【天眼】を発動する。


 死体は思ったよりも傷付いていないようだけれど、ちょうどそこに一頭の狼が座っていて――刹那、まるでこちらに気が付いたかのように狼が空から見ている僕に気が付いたかのようにこちらを見つめてきた。


 ――え……。気付かれた……?

 一瞬、ほんの一瞬の焦りで思考が停止した。

 その一瞬で、突然【天眼】に映った狼が雄叫びをあげて、その場から凄まじい速度で駆け出した。


 ――こっちに来る……!?

 慌てて【天眼】を解いてその場から離れようとしたところで、すでに肉眼で確認できる位置まで狼がやって来ている事に気が付いた。


 慌ててその場を離れようと振り返ったところで、目の前の景色が歪み、次の瞬間にはそこに、黒に近い紫色の長い髪を揺らした、紫紺のローブに身を包んだ女性。

 年の頃はおよそ二十代前半ぐらいだろうと思われる、しかし冷たい空気を纏っていてどこまでも、何に対しても興味を持っていないかのような眼をした女性は、こちらを一瞥した。


「お前が、アレらを殺した犯人だね」


「――ッ!?」


 感情の起伏に乏しい無感情な言葉を向けられて、ぞわりと悪寒が走る。

 断定してきた物言いといい、明らかにコイツは格上な存在だと本能が警鐘を鳴らしていた。


 咄嗟に逃げようと足を踏み出すと、しかし眼前に氷の壁が生まれて思わず仰け反った。

 後方から今もこちらに向かって駆けてきている狼に振り返れば、すでにその距離は詰められ、こちらに向かって飛びかかってきていた。

 慌てて【呪縛眼】を発動して動きを縛ると、巨大な狼は飛びかかろうとした体勢のまま電池の切れたロボットのように動きを止めてその場で転び、滑っていく。


 次は――と振り返ろうとしたところで、僕の後頭部に衝撃が走った。


「が……ッ」


「実用レベルの魔眼、ね。面白い力だけれど、眠ってな」


 刈り取られた意識が暗転していく中で告げられた声は、先程よりも幾分か感情が込められていたように思えた。



ルオ「……クリスマス、かぁ」

ルーミア「あら、何それ?」

ルオ「ん、まぁとある宗教では意味のあるもので、一般人にとってはちょっとしたお祝いの日って感じだね」

ルーミア「ふぅん?」

ルオ「お祝いにかこつけた多種多様の分野における販売戦略の成れの果てとも言うね」

ルーミア「……うん?」

ルオ「恋人に、家族に、子供にプレゼントする日なんだよ。何かと理由をつけて様々な販促が行われて一般的になったのさ。で、時が経つにつれてその日を大切な恋人だとか好きな人だとかと過ごせば勝ち組、そうじゃなければ負け組みたいな風潮ができていったんだ」

ルーミア「……そ、そう。おかしな風習ね……」

ルオ「まぁね。似たようなのが2月ぐらいにもあったりするんだけど、まぁそれは置いておいて。でも、この世界にもあるのかな、クリスマス」

ルーミア「この世界って、大和連邦国のことよね? 今の話の流れだと私のいた世界の話になるのだけれど」

ルオ「あぁ、うん、大和連邦国のある今のこの世界の話だよ。というかなにそれ? どういうこと? 今の話の流れって?」

ルーミア「あら、ルオってば気付いてなかったの? これ」

ルオ「……『【Xmas特別編】とある英雄の軌跡【真相編】』……? え、なにこれ……配信してるの……? 僕の、過去を……?」

ルーミア「これって真実なのね?」

ルオ「うん、そうだけど……――って、ルーミア!?」

ルーミア「ちょっと用事ができたから少し姿を消すわね? ふふっ、これ最初から観なくちゃ♪」

ルオ「あっ、ちょっ!? くっ、転移された……!」

唯希「ルオ様? どうしました?」

ルオ「唯希! ルーミアを探すんだ! 僕の過去が観られてしまう!」

唯希「え!? ど、どういう事ですか!?」

ルオ「イシュトアが僕の過去を勝手に放送してるんだ……! ルーミアがそれに気が付いて逃げたんだよ……!」

唯希「……へ、ヘェー、ソウナンデスカー」

ルオ「……ねぇ、待って? なんでキミスマホ持って……あれ? それ、どうしたの?」

唯希「ワタシモサガシテキマス!」

ルオ「……なんでキミまでそのスマホを……ッ!? こらっ、待て!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ