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幕間 英雄の軌跡 Ⅱ

 この辺りの夏の気候は日本のようにジメジメとしていて不快なものではなく、乾いていて過ごしやすい。

 虫除け対策も兼ねて効能確認と消臭のため、ミントに似た清涼感のある匂いが特徴的な植物の葉と薬草を石で擂り潰したものを川の水で希釈して肌に塗っているのだけれど、そのおかげで体感的に涼しく過ごせるというのもあるけど。

 それに朝や夜も気温がしっかりと下がっていて、夜に寝苦しくなるような感覚もないというのは非常に助かる。

 日本の夏はクーラーがなきゃ地獄だった。


 さて、野生児生活も板について、段々と生活は安定してきたのだけれど、一方で魔法や魔眼についてはなかなかそう簡単に進展しなかった。

 イシュトアに教わったやり方で言うと「魔力を込める」というものなのだが、ぶっちゃけ魔力って言われても分からないし。


 ラノベ主人公よろしく目を瞑って「感じる……」みたいなノリ?

 ハハハ、ないない。

 当然、感じ取る事さえできないものを操れるはずもなかった。


 それでも、ある日をきっかけに魔力を操る事ができるようになった。

 というのも、森の中で食糧探しをしていた際、魔物――いわゆる緑小鬼(ゴブリン)を見つけてしまい、見つからないように身を潜める事になったのだけれど……何故か運が悪くこちらに向かって前進。

 心の中で「来るなよ、来ないでくれよ」と祈るようにその姿を見ている時に、突然魔眼が発動して魔物の動きが止まり、その時に魔力というものを初めて知覚できたのだ。

 

 覚醒した、なんて言い方をして格好つけたいところではあるのだけれど、ただの偶然である。

 よっぽど必死に祈ったおかげでなんとかなっただけなので、劇的なエピソードらしいものはなかったのが如何にも僕らしい。

 これはもう主人公TUEEEじゃなくて主人公DOKOOOとでも言うべきかもしれない。


 ともあれ、魔力というものを知覚できるようになり、魔眼を扱えるようになった。


 最初に使えるようになった魔眼は二つだ。

 空から俯瞰するように周囲の空間を知覚でき、魔力を見る事ができる【天眼】。

 それと、緑小鬼(ゴブリン)を縛り付けた【呪縛眼】という二つ。ちなみに正式名称なんて知らないので僕が命名した。


 それらを使いつつ、魔力を手に集めて火や水なんかを出せないかと試行錯誤しているのだけれど、ぼんやりと身体に魔力を纏ったり、魔力障壁みたいなものを生み出せる事は判った一方で、それらしいものは出なかった。

 生活魔法みたいな、使いやすい魔法一式のご都合主義セットみたいなものがあれば生活も一気に改善できたのだけれど、そう簡単にはいかないらしい。

 まぁ、そもそも属性に分かれている魔法に生活魔法なんていうお得セットが存在するはずもないんだけどね。


 ちなみに、これと同様に存在しないのが鑑定魔法。

 いや、誰がフレーバーテキストやら説明テキスト仕込むのさ、という話。

 データじゃあるまいし。

 神がやる? あはは、イシュトアがそんな事する訳がないじゃないか。


 ともあれ、魔力障壁と一緒に身体強化もどきみたいな、魔力さえ操れればできるものと魔眼があるだけでもだいぶ違った。

 特に非力な五歳児相当の身体では狩りなんてできないし、いくら身体能力を魔法で補っても頭が重いというか、身体に対して大きいせいで運動能力はかなり低いのだ。

 相手の動きを止める魔眼と、腕力を誤魔化せる身体強化もどきがあるだけでも狩りはできるので、そのおかげでどうにかなっている、という状況だ。


 他にも何かできないかと色々試している内に、季節は秋を迎えてきた。

 のか、深夜から早朝にかけてずいぶんと冷え込むようになってきたある日、森の中に誰かが入ってきた。

 一応【天眼】で何者かを調べていたのだけれど、フードを目深に被っていて外套で体型も隠しているようだけれど、身体の線は細く、女性であるらしい事が窺えた。


 ――ずいぶんと仕立てのいい服だ。

 外套一つ見ても明らかにしっかりとした造りであるらしく、薄汚れているようにも見えない。まず間違いなく貧民街の住民ではないだろう。


 城壁の外に女性一人で出るという事はほぼ有り得ない。

 分かりやすく言えば城壁の外は治外法権というか、魔物なんてものがいる以上、どこで何が起こるかも分からない、危険な地域だからだ。

 戦う力もないのでは自衛も難しいし、基本的に城壁の外で人を見かけるとしたら、武装しているか護衛をつけているか、という人ばかりだ。


 けれどあの女性は、武装しているという訳でもないらしいし、魔力が強いのかと言えば【天眼】で見てもそれらしい気配もない。


 さすがに外套の下に武器でも隠し持っているだろうとは思うけど、戦い慣れているようには見えないんだよなぁ……。

 木の根に躓いたり、伸びた枝葉に外套引っかかってたり、お世辞にも森を歩き慣れているようにも見えない。


 うーん……かと言って、声をかける気にもなれないんだよなぁ。


 そもそも僕は無意味に他人と関わり合いになりたいとは思わないし、現状で他人と交流したくない、というのが本音だったりする。

 この世界の常識というものが僕にはなく、他人が何を目的に行動するのかも推測できない程度にこの世界の事を知らない以上、何がリスクになるかも判らないからだ。


 もっとも、逆に言えば野生児である僕に失うものは何もないので、命を取られるリスク以外はそこまで過剰に警戒もしていないけど。

 僕から物盗りしようとするぐらいなら、その辺にあるものを拾えばいいじゃない、というレベルに僕は貴重品を持ち合わせていないしね。


 うん、放置でいいかな。

 見なかった事にしておけばいいや。

 そう考えて、僕はその女性から意識を外し、再び狩りの為に魔眼の準備と食糧採取に精を出す事にした。




 ――――というのが、ある意味僕にとって失敗だったのか。

 それとも、それがあったからこその出会いだったと言えるのか、微妙なところであったのだが。




 それから五日ばかりが経って、魔眼の【呪縛眼】のおかげで兎や鳥を狩れるようになり、お爺さんの遺品としてもらっていた火打ち石で火を起こして食生活が改善されてきた。

 稀に見かける鹿をいつかは食ってやるぞと息巻いて夕飯を食べてゆったりと過ごしていると、なんだか遠くから光の球を浮かべた人間たちがやってきた。


 僕はとっくに火も消しているし木の上にあるマイベッドで寝転がっていたのだけれど、何事かと思って【天眼】で様子を見る事にした。


 光の球を浮かべている武装した男が二人。

 それに、何やら妙に苛立っているように見える、妙にゴテゴテとした飾りをつけて、森を歩くにはあまりにも考えなしな服装のおっさんが一人。

 文句を言っているのか、苛立った様子で声をあげているようで、【天眼】では声は聞こえないものの、夜の森という静寂に包まれたこの場所であるおかげか、こちらまで声が届いてくる。


「――えぇい、まだ見つからんのか! ――……だと!? 死体を確認するまでは安心できん!」


 途切れ途切れに聞こえる声からしても、厄介事である事が窺える。

 面倒臭そう。

 あんなのに万が一にでも見つかったら何かと巻き込まれそうな気しかしない。

 憂さ晴らしに殺そうとしてきたりしそうだもの。


 ――と、余裕を持って寝返りを打ち、関わらないように気配を消そうとしたところで、僕のベッドこと植物の蔦がぶちんと音を立てた。


「――へ?」


 変な音がしたような――と考えるまでもなく、まるで呑み込まれるような、沈み込むように重力に身体が引っ張られ、落下しそうになる。

 慌てて植物の蔦を固定していた太い枝に捕まろうと手を伸ばしたのだけれど、快適な寝心地を求めて少し広めに作っていたのが仇となったのか、手は届かず、虚しく虚空を切ったまま落下した。


「痛っつつつ……」


 せいぜい二メートル半程度の高さであった事と、咄嗟に魔力を纏ったおかげで骨折するまでには至らなかったが、その衝撃までは殺せなかったようだ。

 どさりと無様に落ちた僕が痛みを堪えながら顔をあげると――そこには先程まで声を荒げていたおっさんと一緒にいた武装した男の一人が光球を浮かべて立っており、僕に剣の切っ先を向けていた。


「……ガキか……?」


「おいっ、いたか!?」


「いや、ただのガキだ! 浮浪児か? いや、森の中に浮浪児なんているとは思えないが……」


 もう一人の男に答えた男は僕から目を離そうとはせず、剣の切っ先を向けたまま油断せずにこちらを警戒しているらしい。


 眩しいから光の球消してくれないかな、ホント。

 そんな事を考えつつ、不運に見舞われて巻き込まれる事が確定してしまった僕はついつい面倒な状況に溜息を吐き出した。


 そうしている内にさっきから叫んでいたおっさんともう一人がこちらにやって来て、僕を見下ろした。


「チィッ、浮浪児か? おいっ、殺せ!」


「は?」


「見られた以上、変に口外されても迷惑だ! こんなガキが死んだところで問題にはなるまい! さっさと殺せ!」


 ……うーん、この予想的中ぶり。

 なんとなく嫌な予感がしていただけに、恐怖とか焦りとかよりも先に自分の不運さに対する嘆きが胸中を支配しそうになる。


 恐らくは護衛と思しき二人は命令に逆らえないのか、僅かに困惑した様子を見せているものの、しかし意を決したようにこちらに顔を向けた。

 その決した意を是非とも反逆とかに向けてほしかったのだけれど……そうはいかないらしい。


 ……殺せ、か。

 うん、確かに面倒事がやってくるというなら、それが手っ取り早いだろう。

 治外法権の城壁外である事もあいまって、その判断はある意味妥当だとも思う。


 男が剣を一度引き、突き殺そうと身構える姿を見て、僕もまた一つの決意をする。


 ――殺そうとしたのはお前たちだ。

 そう思って魔眼である【呪縛眼】を発動させると、剣先を僕の前に突き出していた男も、その横にいたもう一人の男も、おっさんもビクリと身体の動きを止めた。


「な……が……ッ」


「人間にも効く、か。良かったよ、今までは動物と魔物相手にしかテストしてなかったから、ここで効かなかったら今頃僕の身体は穴が空いていた訳だからね」


 目の前に突き出された剣を横目にすっと男に近づいて、太ももに巻き付けた短剣とナイフシースとでも言うべきバンドを外して手に取る。

 うん、剣はさすがに僕のこの身体じゃ振れないだろうしいらないけど、こっちのナイフは解体や狩りに使えそうだ。


「……さて、僕を殺そうとしたのはお前たちだ。僕がお前たちを見逃す道理はない。剣を振るったそいつはもちろん、命令したそっちのおっさんも、止めようとしなかったお前も、全員助けるつもりもない」


 もう一人の男の所へと歩み寄り、同じく短剣をゲット。

 ついでにお金とかもないか調べておきたいけれど、人間相手に【呪縛眼】がどれぐらいの時間効力を発揮するのかも調べておきたいところではある。

 けれど、いきなり魔眼が解けて抵抗できそうな武装した男たちは、実験台には不向きだ。

 魔眼の効力が切れて即座に反撃されれば僕が危ない。


 なので、先に剣を僕に向けていた男の首を短剣で掻っ切り、続いてもう一人の男の首も掻っ切る。

 残念ながら僕の背では充分に奥までは届かず即死できなかったようだけれど、首を切られて鮮血を撒き散らしてなお先程から体勢がぴくりとも動かず声も出せないのが【呪縛眼】の怖いところだ。

 【呪縛眼】の効果は、対象の動きを完全に止めてしまう。

 肺も動かず呼吸もできず、どうにか息を吐き出す程度はできるみたいだけれど、新たに息を吸う事すらできなくなるのだ。

 狩りの時に試した事があるのだけれど、この魔眼の影響下にある状況で身体を無理やり動かそうとしても、岩にでもなったかのように身体も動かなくなっていたので、いっそ石化に近い気がしてる。


 およそ数十秒程度で先に首を掻っ切った方が突然どさりと倒れ、続いてもう一人の方も少し遅れてどさりと倒れた。

 死んだら効果が切れるのだけれど、二人とも事切れたらしい。


 二人が出していた光の球は【呪縛眼】で縛った時点で消えている。

 暗闇の中で、僕を殺せと指示したおっさんの前へと歩み寄る。

 動かせるのは目だけ。

 呼吸は浅く行えるようだけれど、息苦しいのか口元から泡を吹き始めそれでもなお僕をただただ見つめている。


 ――実験するならば悪意を向けてきた存在にしよう。

 そんな事を考えていたものの、心のどこかで「もしもそんな事があったなら」と積極的に試そうとはせずに避けてきていたというのが正直なところだ。


 けれど、思っていた以上に僕という存在は他人を殺す事に何も感じない程度に、この世界に適し、前世の世界では壊れていたようであった。


 効果が切れるまで観察していたのだけれど、下手にそのまま死なれると何者かがこの死体を発見した時に見て分かる傷もない事から不審に思われかねないか。

 先程二人の首を切った短剣を逆手に持ち、僕は動けないまま意識が朦朧としていたらしいおっさんの心臓部目がけて短剣を突き立て、そのまま引き抜いた。


 崩折れるおっさんを見やり、血まみれになった短剣を投げ捨てる。


「……【呪縛眼】だけでも充分に殺せそう、か。乱戦でも使えるし、使い勝手は悪くない、と」


 自分の中で情報を整理しつつ、最後に殺したおっさんの懐を漁る。

 お金を持っているかと思ったけれど、どうも持ち合わせてはいないらしい。

 武器も持っていないし、なんなんだ、このおっさん。

 周囲にストレスを与える事に特化した魔物か。


 唯一お金になりそうなのは、なんだか妙に精巧な彫刻のある懐中時計だった。

 これは……却下だなぁ。

 高く売れそうだけど売るにしても足がつきそうだし。


 気を取り直して、先に殺した二人の男たちの懐を漁る。

 こちらは銀貨が合計で七枚と、銅貨が四枚。短剣が追加で一本あったので、おかげで手持ちが二本になった。

 さっき使った一本は拾う気なかったしね。

 さすがに人を殺した短剣で獲物を捌いて食べるというのはなんとなく嫌だし。


 剣は売ってもいいんだけど、何処で手に入れたと言われかねないので却下。

 身につけている皮っぽい鎧も臭いので廃棄確定。

 というかサイズが合わない。


 ……短剣とちょっとのお金、それに魔眼の効果が収穫というところだろうか。


 死体を処理するのも面倒だし、その内血の匂いに惹き付けられて狼あたりがやってくるだろうか。

 いずれにせよこの場にいるのは得策ではないだろうし、ちょうどベッドも壊れた事だから拠点を変えよう。


 まずは返り血を洗い流す事から始めなきゃ。

 そんな事を考えつつ、僕は夜の森をしばし奥へと進む事にした。

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