#109 ルーミア VS 唯希 Ⅰ
「……あなたがルオ様の仲間だったとは、信じられませんね」
「あら、こっちの台詞を代弁してくれるなんて親切なのね」
「……フザけないでください」
「フザけているのはあなたじゃない? その程度の実力でよくもまあルオの仲間になろうなんて考えたわね」
「な……ッ!?」
……うーん、すっごい険悪。
まさに一触触発という空気がひしひしとこっちにも伝わってきていて、少し寒気がするレベルだよ。
なんかこう、一歩間違えたら巻き込まれそうな気がして、ついつい距離を取りたくなるような空気の重さである。
「だ、大丈夫、ですかね……?」
「ん、リュリュ。キミも来てたんだね」
「はい……。ルーミア様に連れられて……」
「あぁ……、おつかれさま……」
なるほど、つまり巻き込まれた、と。
真正面で睨み合っている当事者の一人、ルーミアによって。
そう、今まさに言い合いをして一触触発の空気を出しているのは話題に出たルーミアと、先程まで僕の頬を弄んでいた唯希である。
僕の話を聞いてルーミアが仲間だと知った唯希に対し、ルーミアが挨拶というか見定めというか……まあそんな感じでやって来たのだ。
けれど、見事に険悪な空気になってしまったのである。
「……演技でルオ様と敵対していたと聞いています。が、だからと言ってルオ様に傷を負わせたこと、私は許していません」
「いつの話かしら?」
「ッ、葛之葉でルオ様に怪我を負わせたこと、忘れたとは言いませんッ!」
……葛之葉……?
あー、そういえば僕、葛之葉でルーミア劇場で刺される形で演出したんだった。
あの時も唯希が現れてルーミアを殺そうとしたんだったなぁ……。
だから唯希がピリピリしてるのは分かったけど……うーん?
ルーミアは余裕があるように見えるけど……。
「二年前のアレのこと? ふふ、あれはルオも承知していた事よ? それに、私やルオならばいくらでもあの程度、対応できるわ」
「それとこれとは話は別です! ルオ様に怪我をさせるなんて言語道断です!」
「……はあ、話にならないわね。ねぇ、ルオ。こんなのを味方に引き入れる必要なんてなかったんじゃない?」
「こんなのとはなんですか!」
「あなたにとっては大事かもしれないけれど、私たちにとってはそれぐらい『許容する範囲のモノでしかない』のよ。それが分からないからこそこんなのとしか言えないのよ」
「なぁッ!?」
唯希、如何にも心外と言わんばかりのリアクションである。
なかなか面白い。
さすがにああいう言い合いや空気を操って見せるやり方なんかは、やっぱり権謀術数渦巻く宮廷生活を生きてきたルーミアに分があるみたいだね。
相手と同じようにヒートアップしているように見せておきながら、相手の感情を操って失言を招いてみせつつ揚げ足を取っている。
……言葉にしてみると相当タチ悪いね。
改めてああいう怖さを見てしまうと、つくづく前世で貴族にならなくて良かったと思わずにいられない。
さすがにそんな会話にまで気を遣わなくちゃいけないなんて面倒臭いよ。
「だいたいあなた、私に傷一つ負わせられなかったのを忘れたの?」
「……二年前の私と今の私は違います。今の私なら、あなたにも届く」
「ふふ、言ってくれるわね。いいわ、試してあげる。――ルオ、訓練場に行くわ。あなたも来てちょうだい」
「へ? 僕も?」
「えぇ、もちろん。あなたが認めた娘の実力を見極めるための試験だもの。あなたがいてくれなきゃ話にならないでしょう?」
「あー……、まあそうなる、のかな……?」
そう言われると僕もいた方がいいっていうのは分かるんだけど……なんだかずいぶんとルーミアが愉しげというか、面白い玩具を見つけたみたいな顔をしているのが気になるんだよなぁ……。
ルーミアはもちろん唯希も退く気はないらしく、やる気満々でこっちに頷いてみせてるし。
「分かった、行くよ」
「そう来なくちゃ。リュリュ、あなたもよ」
「は、はいぃ!」
……うん? リュリュも連れて行くの?
そう考えつつ部屋の外へと歩いて行こうとするルーミアに顔を向けていると、ルーミアが僕の隣に来てそっと肩に手を置いてから耳元に口を寄せてきた。
「あの娘、リュリュが面倒を見るのでしょう? だったら戦い方ぐらい見せておいた方がいいわ」
「最初からそのつもりだったのかい?」
「そうよ。あとは、あの娘の蟠りを少しでも解消しておかないといけないでしょう?」
「なるほどね……。ありがとう、助かるよ」
ルーミアに言われて、僕も今更ながらに気が付いた。
僕やルーミアは前世の世界で割り切っている。
それは人の命に対してもそうだし、自らが傷を負ったとしてもそれが必要ならば忌避せずに最大限利用するだろう。
ルーミアならば民を守るために、政敵を欺くために己を利用する罠をかける事だってあっただろう。
僕は勇者と聖女を守るために、傷を負った僕自身を囮にする事も厭わなかった。
そういった必要な犠牲を厭わず、最大限利用する事を考えてきた。
一方で唯希はこの大和連邦で生きてきた、いわば日本人に近い価値観を有している。
人間に対してはすでに見限る事に慣れた――いや、慣れてしまったというべき唯希も、まだまだ自分や自分の仲間を犠牲にする、利用するっていうのはなかなか割り切れないところにあるのだろう。
その点を僕はすっかり失念してしまっていたものだから特に気にしていなかったけれど、唯希としては崇拝……いや、心酔しているらしい僕を傷つけたルーミアに思うところがあるのは間違いない。
それを無理やり「それぐらい演技だし納得して」と言ったところで納得させるのは難しい、か。
反省しつつ、部屋を出ていくルーミアと唯希についていく。
魔王城。
前世ではあちこちの国を立ち寄ったけれど、日本でも資料なんかで見た海外の古城を思わせるような西洋風のお城が実際に街の中に建っている姿は、なかなかに感動的な光景だったものだ。
そうして見てきた幾つものお城に比べても、この魔王城は非常に大きく中庭も広々と取ってあるのだけれど、その一部が王族の訓練用区画になっているのだ。
一応騎士団用の棟とかも本当はあったらしいのだけれど、そっちは造っていない。
邪魔になるだろうし。
ともあれ、その中庭の訓練場が今回の唯希とルーミアの戦いの場になるらしい。
唯希は隠そうともせずにピリピリとした空気を放って無言を貫いているけれど、一方でルーミアは特にそんな気にした様子も見せずに話す事がないとばかりに無言で歩いている。
むしろどの程度の力があるのか愉しみでしょうがない、という顔だ。
まあ唯希には気付かれないように少し遅れて歩いているみたいだ。
僕には丸見えなんだよなぁ……、その顔。
さっきの行き届いた配慮、あれ本当だよね?
ちょっと唯希を可愛がる為に挑発して、少し腕を見ようとしているだけとかじゃないよね?
ついさっき感心したばかりだっていうのに表情のせいで帳消しになりそうだよ?
なんとなく嫌な予感を覚えつつもしばし歩いている内に、僕らは訓練場へと辿り着いた。
唯希とルーミアの二人が訓練場の中心へと歩いて行く。
中心へと着いて向かい合って真っ直ぐルーミアを睨みつける唯希とは対照的に、ルーミアは微笑を湛えて佇んでいる。
ヒートアップして激しい戦いにならないように止めるつもりだけれど……ルーミアのこの感じだと大丈夫だろう。
「我が主様、この戦い、どう見ていらっしゃいますかぁ?」
いつも通りのどこか間延びしたリュリュの喋り方になんとなく力が抜けつつ、僕はリュリュのすぐ傍の椅子に腰掛けて頬杖をついて二人を見やる。
「ルーミアの圧勝にはなるかな。ただ、ルーミアが油断しているのなら唯希も一矢報いる事ぐらいはできるだろうね」
「ルーミア様に、ですかぁ……? 失礼ですけどぉ、この世界の人間ですよねぇ……?」
「まあ普通に考えればそうなるだろうね」
ルーミアの戦闘能力は非常に高い。
身体を纏う魔力障壁も普通の魔法じゃ破れない程度に堅牢と言える。
もしもこれが唯希じゃなくてロージアだったら、ルーミアの障壁に罅を入れる程度はできる、というところだろうか。
けれど――
「唯希の魔法は空間系魔法だからね。その特性上、多少の魔力差ぐらいは無視してしまうんだ」
――唯希の魔法は、そういう魔法なのだ。
簡単に言えば、魔力障壁の耐久値が百だとしたら、百以上の魔力を込めた力をぶつけなくてはならなくなる。しかもこれは減産するようなものではなくて、常に術者から供給され続けるもの。
つまり、最大値で在り続ける魔力障壁を破るため、七十を二度ぶつけても意味がないという事になる。
ルーミアの魔力障壁が百であるなら、唯希の魔力では八十五程度が限界というところ。
けれど空間系の魔法であるのなら、その法則は――
「――しッ!」
「……ッ! へえ、やるじゃない……」
――倍程度の差がないのでは防ぎきれない。
「ッ、そんな……!?」
「今の唯希の魔力なら、そうなるだろうね」
早速とばかりに始まった二人の戦いは、やはり予想していた通りの展開になった。
魔力障壁すら貫けずに戦いにもならない、という展開は避けられた。
けれど、唯希の表情は苦々しげで、ルーミアはやっぱり目を爛々と輝かせている。
次々と繰り出す空間切断系の攻撃だけれど、しかしその尽くがルーミアにあっさりと読まれ、避けられてしまっている。
「……んー……、惜しいですねぇ……」
戦いの推移を見守っているリュリュが、つい思わずといった様子でそんな言葉を呟いた。
「惜しい、っていうのは?」
「そうですねぇ……。あの娘は多分、手数に特化したタイプだと思うんですよぉ」
「手数?」
「はいぃ~。一撃に重きを置いて攻撃を放ちがちですけどぉ、あの展開速度なら連撃に特化していてもいいと思うんですよねぇ」
「……なるほど」
唯希の得意とする空間切断魔法は凄まじい威力と展開速度の早さが長所と言える。
もっとも、それを扱えるようになるにはかなりの修練が必要になるだろうけれど。
「それに、武器の使い方もまだまだ甘いですねぇ……」
それは唯希の弱点とも言えるかなぁ。
実際、近接戦闘という点では魔法少女はまだまだ荒削りだと言える。
「キミならどう鍛える?」
「……私にくれるんですかぁ?」
いつもの間延びした声だというのに、剣呑な光を宿したリュリュの目がこちらを見つめて問いかけてくる。
……え、こわ。




