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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
魔王降臨編
151/220

#107 唯希の選択 Ⅱ

 ――話をしよう。

 そんな事を口にしておいて、ダラけたまま寝転がっているというのもどうかと思い、唯希には向かいのソファーに移ってもらった。


 ようやく僕の頬も解放された訳だけれど、なんだかまだ触れられていた感触というか、違和感が残っている。

 これ跡ついてたりしないよね?

 真剣な表情で話すのに顔に跡ついてたらさすがに困るよ?


「長い話になるから、紅茶でも淹れようか」


「でしたら私が……」


「いや、大丈夫だよ。こう見えて僕も――」


「――お待たせしました」


 淹れるの慣れてるから――と言おうとしたところで、向かい合うように座る僕らの間に置かれたテーブルの横に、さっきからいましたとでも言いたげに立っているアレイアが紅茶を僕と唯希の前に置いた。

 僕らが固まる中、お茶請けのクッキーまで置いてるけど。


「……いつの間に戻ってきたの?」


「我が主様が紅茶を欲するタイミングで紅茶をお出しするのは、メイドとして当然の仕事。故にいつ戻ってきたかなど、些細な事にございます」


「いや、キミ今あっちの捜査で――」


「――そちらは我が主様の給仕の合間に行います。メイドですので」


 得意の無表情であるのにドヤ顔を浮かべるという不思議な技を披露しつつ、アレイアが何故か堂々と言い切った。

 些細でもなんでもないんだけど。

 え、監視カメラ的な何かでもついてんの?


「普段僕一人の時は割と適当に自分でやってたよ?」


「主様が御一人である時間に私共が動くと気が休まらないかと愚考いたしました。断腸の思いで御一人の時間を邪魔せぬよう耐えておりましたが、今は客人がおります。つまり、メイドの出番です」


「つまり、なのか」


「はい」


 はい、じゃないが。

 ともあれ、アレイアにとって唯希は身内にはまだ値しない、というところであるようだ。


 ルーミアとオルベール家の面々は僕の眷属として今後も一緒に活動する事を誓っていて、僕が動いてきた経緯や真相全てを理解している。

 まあ元々契約で縛っていたからというのもあったけれど、眷属として動く事が決定してからはそこがアレイアにとっての――いや、多分オルベール家にとっての身内か客人かの線引きのラインとなるんだろう。


 唯希は『暁星(スティラ)』には所属している形になっているけれど、僕らの背景を理解し、全てを把握している訳でもない。

 だからあくまでも客人という判断になるのだと言いたいらしい。


 言下にアレイアが言いたい事を汲み取ってちらりと目を向けると、アレイアは「さすがでございます」と言いながら仰々しく頭を下げた。

 別に僕はそういう仰々しいものは求めてないし、もっと気楽にしてほしいぐらいなのだけれど……言っても聞かないんだよね、オルベール家のメンバーは。


「うん、まあいいや。ありがとう、アレイア。調査に戻っていいよ」


「承知いたしました」


 短く答えつつ、アレイアは一度ちらりと唯希に目を向けた。

 その視線に気が付いた唯希が何も言わずに小さく頷く姿を見て、アレイアもまた小さく頷いてから影の中に沈んでいくように消えていった。


「さて、唯希。キミが僕の眷属になりたいという件だけれど……どこまで聞いたんだい?」


「……正直に言えば、深くは聞いていません。ただ、ルオ様は神の一柱であり、もうすぐこの世界での役目が終わり、それが終わればルオ様がこの世界から姿を消すこと。離れてしまうのが嫌なら、眷属になりたいと直接言いなさい、とだけ」


「……なるほどね」


 アレイアも唯希の背景――家族に裏切られ、一度は裏組織に捕まり絶望していた過去を知っている。

 なんだかんだで唯希の面倒を見てくれていたのはアレイアだ。

 給仕のため、なんて言っていたけれど、唯希の背景を知り、抱えていた傷を知っているからこそ、僕の眷属になるという選択についてもアレイア自身が唯希に自ら持ちかけ、焚き付けたとしてもおかしくはない。

 さっきの無言のやり取りも、唯希の姉のような立ち位置に収まっているアレイアがしっかりやるようにと目で訴え、それに唯希が応えた、というところだろうか。


 いつも澄ました表情で「仕事のみに生きています」みたいな顔をしている割に、ずいぶんとまあ面倒見が良いと言うべきか、意外と感情的な面があるね、アレイアは。


「……うん、美味しいね」


 アレイアの淹れてくれた紅茶で舌を湿らせつつ、僕はゆっくりとこれから話す事を頭の中で整理した。


「唯希」


「はい」


「これから話す事は、キミが本当に僕についてくると言うなら憶えていられる。でも、もしもキミがこの世界に残る選択をしたら、キミの記憶からは消させてもらう内容だ」


「後者を選ぶ事はありません」


「……まったく。あまり軽々しく決断しない方がいいとは思うんだけどね……」


 そうボヤいてみせたところで、唯希の視線は変わらなかった。


 きっとこの娘の意見は変わらないだろうとは僕も思っている。

 でも、盲目的に付き従おうとするのではなく、しっかりと自分の意思で考えて決断してもらえないような相手の人生を預かる気はない。


 場合によっては、僕らの存在すらこの娘の記憶から消す事も視野に入れつつ、僕はゆっくりと口を開いた。


 僕が唯希に話したのは、僕の軌跡。

 この世界の平行世界で生まれ、死に、異世界に流れ着いたこと。

 そこで魔法を学び、再び新たな人生を歩むようになって、そして邪神と戦った結果として自らを”楔”とし、邪神の力を大きく削ぐ事に成功したこと。

 そのせいで英雄的な存在として扱われる事になってしまい、信仰を得つつ神の力を受け続けたせいで、僕自身が神の一柱になってしまい、その仕事として邪神対策に回っていることなど。

 この世界にやって来て、あまりの魔法少女の弱さと世界の危うさに裏で動く事を決意し、その矢先に唯希を拾ったこと。

 その後は唯希の知らないところで言うと、この世界の神々に接触し、ダンジョンを生み出させてきた事なんかも含めて。


 ハッキリと言ってしまえば、普通なら信じられないような内容の数々である。


「――要するに、僕はこの世界を救うという目的の為だけにこの世界の秩序を破壊する事だって厭わない、そんな存在だ。時には無辜の民を殺すような事だってあるだろう。でも、それが僕の仕事であるのなら、僕はそこに躊躇しない。そういう存在である事を僕自身が受け入れているからとも言える」


「……それは」


「取り繕ってもどうしようもないよ、唯希。僕は全てを救おうだなんてこれっぽっちも考えていない。あくまでも世界を救う事だけを考えて行動しているに過ぎないんだよ。だから、絶対的な善意の存在であると思っているのなら、それは買いかぶりが過ぎるというものだという事を理解しておいてほしい」


「……違います」


「違わないさ」


「いえ、そうではなく――私はそもそもルオ様が最初から絶対的な善意の存在というような、そんなモノであるとは思っていません」


 うん……うん?


「えっと、それってどういう意味だい?」


「私は『正義を為しているあなた様』の眷属になりたい訳ではありません。ただあなた様のお傍で、あなた様の為す事を支えていきたいと、そう考えているだけです。人間を滅ぼすというのなら滅ぼす事に否やはありません。躊躇もありません」


 ……おっと?

 なんだか怖い事を言い始めてないかい、この娘。

 なんかこう、一瞬だけど目のハイライトが消えているようにも見えて狂信者みたいな感じに見えてしまった。


「人を殺す事になっても、かい?」


「はい。そもそもダンジョンの中で人間を殺した事はありますので」


「え、なにそれ初耳」


「『みゅーずとおにぃ』の二人を連れて探索していた際に、襲いかかってきた者がいたので。私と鏡平さんはその際に人を殺しています」


 ……知らなかったなぁ。

 まあおにぃの方は妹ちゃんを守る為にって割り切って行動できそうな、そういう芯がある人間だろうとは思っていたし、万が一の際にはそういう事もできるだろうとは思っていたけどさ。


 というか、よく唯希に襲いかかったね、その人間も。

 唯希って魔法少女としてもかなり強い存在だったはずだし、正直言って凛央の魔法少女たちと戦っても一人でそれなりに戦える程度には強くなってるはずだけど。


「そっか。大丈夫かい?」


「……? 何がですか?」


「いや、人を殺したショック、とでも言うべきかな。そういうのは多かれ少なかれあると思うけど」


「いえ、特には」


「ア、ハイ」


 うん、まぁ唯希は実の両親に売られて人間嫌いがあったりするからなぁ……。

 かく言う僕も、前世――つまり日本から転生した直後に人を殺した事はあったけど、「こんなものか」っていう感覚ではあったのだけれど。


 というか元々、葛之葉で僕とルーミアが戦っているところに合流した時も躊躇せずにルーミアの首を切り落とそうとしてたもんね、この娘……。


「ルオ様」


「……んー……、そうだなぁ……」


 僕個人の意見としては、唯希を眷属にする事については否定的な訳でもない。

 ただ、今の年齢で慌てて決めてしまうのも、この娘の行末を定めてしまう事になりかねない以上、どうしても考えてしまう。


「……僕について来るとなったら、高校に行ったりもできないよ?」


「元々行く気はありません。他人と関わり合うつもりもありませんので」


「……普通の恋愛とか、そういうのもできなくなるんじゃないかな」


「ルオ様がいれば何も問題はありませんので」


「おぉう……、そっかぁ……」


 一切譲りませんと言わんばかりの表情で、真剣にこちらを見つめたまま唯希は淡々と、けれど前のめり気味に、絶対譲る気はないという意思表示をしながら答えてくる。

 ある意味、僕としては他人の人生を背負うなんていう面倒は避けたいぐらいだったりするんだけど……はあ。


「……分かったよ」


「本当ですか!?」


「ただし、僕の眷属となってしまうと不老不死になってしまう。ルーミア達はあの姿で固定されていたから違和感もないけど、キミはもう少し大人になってからでもいいと思うよ?」


「構いません。どうせ大和人は若く見られますし。それに……」


「それに?」


「……その、肌のケアとかがいらないような年齢で不老不死になった方がいいと、アレイアさんにも言われています。……その、そう言われると確かに、私も同感だなぁ、と……」


 ……そんな理由が決め手になる不老不死って、なんなんだろうか……。

 いや、さすがにこれは口に出さないけどさ……。

 世の中の女性を敵に回しかねないし。


 うん、聞かなかった事にしておこうかな。

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