#106 唯希の選択 Ⅰ
魔王城――と言う名の僕とルーミアがいる拠点。
ルイナーに見せかけて戦わせている『意思なき戦乙女』というヴァルキリー的な見た目をしている空戦向けの召喚魔法を使った防衛は、この世界の人間相手なら充分に通用するらしい。
僕やルーミアはもちろん、オルベール家の面々と唯希にとっては「それなり」という評価になりがちなのだけれど、この世界の魔法少女なら少しは苦戦するし、魔法障壁を持たない連邦軍の戦闘機では相手にならないというパワーバランスになるようだ。
なんだかんだで魔法も使えるしね、『意思なき戦乙女』って。
ともあれ、『意思なき戦乙女』は今、この魔王城の防衛という名の一般人対策と、この城の地下にある邪神ダンジョンの間引き要員である。
普段はこの城の地下、境界門を放り込んである地下のダンジョン常駐して、そこから出てくるルイナーが訓練用と言える程度の数以上に増え過ぎないよう間引き作業に徹していたりするので、まあ防衛用としては重宝していると言えるかな。
下級神が残した分体が暗躍しているという話もあったけれど、そっちはリュリュとアレイアが調査に出てくれているし、人間側の主導も天照ら亜神に一任している。
ダンジョン側も探索者がちょっとずつ魔力覚醒した【覚醒者】とやらが増えてきているらしいし、割りとこの世界も順調に育ってきていると言えるだろう。
ちなみに、今探索者界隈を賑わせているのは当初からその配信と公式探索者として名を馳せている『みゅーずとおにぃ』以外にも何人かいて、その内の一人として名が挙がってくるのが、ジルが雇っている『月光』の元従業員だったりもする。
確か名前はリーンだったっけ?
僕は会った事ないけど、『暁星』の主要メンバーとは違って真っ当な探索者活動をしている少女だ。
一応彼女も『暁星』のメンバーな訳だけれど、すでに『暁星』は僕の手を離れていると言っても過言ではない。
リグレッドが名実共にボスとなって新たに入れたメンバーを鍛えたりもしているし、下部組織を含めればすでに数千単位のメンバーがいるし、そのほぼ全員が僕の存在を知らないのだから。
今更僕が出て行って、部活を引退した先輩みたい歓迎されていないのにデカい顔をするような真似はしないよ。
うん、このままリグレッドに丸投げしておけばいいよね。
今じゃたまに会って話をするぐらいだし。
面倒くさい訳じゃないよ、うん。
そんな風につらつらとこの二年半を振り返りつつ色々と思い返してみたけれど……。
――暇だ。
現状、僕は魔王役をやっているのでほいほい外を歩く訳にもいかず。
かと言って、僕の狙いやらを知っている亜神たちは忙しくて僕が出向いても気を遣わせるだけなのだ。
ルーミアは何故かこの数日、僕の前世の名前を聞いたかと思えばそれ以来ずっと顔を合わせようとはせずに避けるように出かけているし、アレイア達は分体捜索中。ジルもそっちに付きっきりになりながら『月光』の運営で忙しい。
魔王を討伐させ、邪神の力が弱まった瞬間を叩く準備もできているので、後は魔法少女やこの世界の人間たちが動き出すのを待つだけ。
つまり僕は今、邪神対策もある程度準備が整ってしまったせいで物凄く暇しているのだ。
ネット小説や動画なんかも漁って時間を潰すだけの退屈な日々を過ごしているのである。
もっとも、アレイアやリュリュ、それにジルなんかにはずっと動いていたのだからこれを機に少しは休むようにと言われてしまっている。
……神の身体になったせいで肉体的な疲労感なんてものはないんだけどね。
今日もネット小説を読み漁って動画やマンガで時間を潰そうかなぁ、なんて考えつつソファーに寝転んだタイミングで、部屋の扉をノックする音が聞こえて、だらしなく力も入らないまま入るよう返事をすると、唯希が部屋に入ってきた。
「失礼します、ルオ様」
長く伸びたロングの黒髪。
十代中盤から後半へと成長したせいか、子供らしい可愛さよりも大人っぽい凛とした空気を纏う綺麗さに磨きがかかってきている。
十代後半に差し掛かったばかりのちょうど大人と子供の中間とでも言うべき身体の成長と、過去の一件で他者を寄せ付けない空気を纏うせいで放たれる近寄り難さを持った、クール系美少女、という印象だ。
魔装のドレスは無駄な肌の露出を控えていて、ドレスから見える足も黒いタイツを履いているのかどうにも全身黒ずくめという感じである。
唯希はこちらまでやってくると、僕の寝転がるソファーに身体が触れない程度の位置で浅く腰掛け、僕の顔を見下ろすように見つめてきた。
……沈黙。
何か僕に用があったのかと思って唯希の顔を見ているのだけれど、ただただじーーっとこっちを見つめ続けたまま何も言おうとはしないまま、数秒が経過した。
いや、何か言いたい事とかあるのかなって思って待ってるんだけど。
これって僕から声をかけるべきなの?
「……どうしたの?」
「いえ、ルオ様成分を補充しにきました」
「……うん?」
「私も手が空いたので」
「いや、そんな正当な理由ですみたいな顔されても意味が分からないんだけど?」
それが理由になると思っているんだろうか。
というかなんなんだ、僕の成分を補充するって。
「……それで、本当はどうしたんだい?」
「本当にそれだけです――あいたっ!」
手を伸ばして真顔の唯希にデコピンすると、唯希が額を抑えてぎゅっと目を閉じた。
そりゃあ痛いだろうね。
魔力障壁を貫いた一撃にしたし、しっかりとピシッと音が鳴ったし。
「はぁ、まったく……。キミ、嘘吐く才能皆無だからね?」
「えっ?」
「いや、キミの場合、何か用事がないのに僕の所にあまり来たりしないじゃない」
唯希は基本的に今は『みゅーずとおにぃ』の二人を育てながらダンジョン巡りをしている事が多いし、邪神ダンジョンで戦闘訓練をしている事が多い。
僕だってこの数日、というか華仙から戻ってもう一週間近く経つけど、ここにわざわざやってきたのは初めてだし。
「そ、それはその……ルオ様のお邪魔にならないか、不安で……」
「別に邪魔も何もないんじゃない? 忙しいとか手が空いてなかったらここにはいないんだし」
「……はい」
変なところで気を遣う娘だなぁ。
でもこういう窺うような顔をしてくるあたりはまだ年相応というか、子供らしさが垣間見える。
うん、子供は素直が一番だよ。
……見た目は僕の方が子供だけどね……。
この二年間でも僕の身体は一切、これっぽっちも成長していないし……。
器が人間のそれとは違うのだから無理はないかもしれないけどさ……。
くそう、せめて大人に……いや、そこまで行かなくても、せめて今の唯希ぐらいの年齢に育ってくれれば……。
「る、ルオ様……?」
「へ? あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたよ。というか、いい加減にその様付けやめない?」
「何度言われても辞めませんが?」
「うわ、すっごい真顔。しかも何その無駄に譲らない鉄の意志みたいなの」
表情がすんってなったよ、すんって。
今さっきまで少し表情豊かな感じだったのに、一瞬でそれってちょっと怖いからね?
「私はルオ様に救われましたから。これからもルオ様に従い、支えていきたいと考えています」
刷り込みとは少し違うのかもしれないけれど、唯希を助けた状況が状況だっただけに、盲目的に僕に恩義を感じ、返したいという意思は今も変わっていないらしい。
もっとこう、僕としては年相応に恋愛とか友達と遊んだりとか、そういう平和な時間を作ってもらえればと思って『みゅーずとおにぃ』の二人に引き合わせたんだけど、あまり効果がなかったかな。
生きる時間が一緒の人間同士での交流を図ってもらって、少しずつ心をほぐして自由になれたらいいって思ってたんだけどね。
そんな事を考えていたら、唯希が突然僕の顔を両手で挟むように掴んで、真っ直ぐ僕を見てきた。
「ルオ様、お願いがあります。私も眷属に加えてください」
その一言に対して抱いた僕の僅かな困惑。
そんな困惑を読み取ったのか、唯希は僕の顔を掴んだままふっと小さく微笑んだ。
「アレイアさんから、話は聞きました。ルオ様の事も、その目的も」
「……そっか」
僕らの正体と目的について、当初は決して明かそうとはしなかった。
けれど、この一年程――つまり、邪神討伐の道筋が決まった頃から、僕はアレイア達にもしも『暁星』の初期メンバーが望むのなら話して構わないと伝えておいた。
というのも、僕がこの世界で果たすべき仕事は終わりを迎えようとしていて、それさえ終わればこの世界から去る事になるとイシュトアからも聞かされていたからだ。
だから、もしも僕らに対して踏み込み、近づこうとするのであれば、それは僕から提案するのではなく本人からであってほしい。
人間として生きるか、僕の眷属として生き続け、行動を共にするかを決めてもらわなくてはならなくなる以上、僕に中途半端に恩義を感じて「僕から提案されたから」という理由で承諾されてしまう訳にはいかないと、そう思うから。
ジュリーは自らの知識欲から僕らの正体を知りたがってはいるようだけれど、深く踏み込もうとはしない。
そうする必要がないと考えているからだ。
彼女の目的は果たされているし、今更、今の環境をわざわざ捨てたいとは思っていないようだしね。
一方でリグレッドも、なんだかんだで『暁星』を預かる以上、組織の長としての役割に責任を持って向き合っている。
彼についてはもともとそこまで僕に依存している訳ではないし、彼もまたこちらに無遠慮に踏み込もうとしないので、程良い距離感を保っていると言える。
そういう点から考えて、今後もあの二人がこちらに踏み込んでくるような事はないだろうと思っている。
けれど唯希の場合は違う。
この娘は僕に対して、あまりにも傾倒し過ぎている。
世界に絶望して、そのまま僕だけを信じるようになってしまっている。
「唯希。少し話をしようか」
「――ッ、私の意見は変わりませんッ! 私はルオ様と……!」
「うん、分かってるよ。だけどその前に、少し僕の話を聞いてほしい」
拒絶される恐怖を抱えながらも、けれど唯希は決して僕から目を逸らそうとはしなかった。
絶対に曲げないという強い意思を持って、彼女は恐怖に立ち向かい、僕の言葉を待っている。
……とりあえず、いい加減顔から手放してもらえない?
「うん、分かってるよ。だけどその前に、少し僕の話を聞いてほしい」
(力んだ唯希のせいで唇が突き出てタコ口気味)




