#104 魔王 Ⅷ
「もう、機嫌直してよ。ね?」
「…………」
「ふふ、ルオってば~。ちょっと張り切りすぎたのは謝るから。ね?」
「…………はあ」
深い、深い溜息が漏れる。
あの戦いから一夜明けて、僕とルーミアはこの二年の間に用意した拠点の一室にてそんなやり取りをしていた。
ルーミアは謝罪してご機嫌取りをしているのだけれど、さっきから時折僕の頬をぷにっと押してきて笑っていたりと反省の色が見えなかったりする。
ええい、やめるんだ。
キミ、地味に楽しんでるじゃないか。
そう、結果として僕らのあの一幕は舵を切ることになった。
せっかくルーミア劇場に今回はちゃんとした役として台本通りのセリフをつけて、脚本通りに演出したというのに、魔法少女ロージアが気絶してしまったからだ。
元々の予定では、僕の闇属性魔法攻撃を受けたフリをして影で移動し、控えていたアレイアによって同じドレスのボロボロになったものへと早着替えさせ、満身創痍気味になりながら「一旦退くわよ!」と言いつつルーミアが魔法少女たちを連れて退避しようとしたところで、僕が堂々とあるものをお披露目する予定だったのだけれど、それをする観客がいなくなった訳だ。
つまり、一つの大きなイベントがまるまる潰れてしまったのである。
本人曰く、「興が乗ってつい思わず。でも楽しかったわ!」とのこと。
ぽんこつかな?
その結果大爆発が引き起こされ、その余波から魔法少女たちを守ろうと慌てて影で覆い隠したのは、まあ我に返ったのだろうと思う。
さすがに僕も相殺しようとするなんて思ってもみなかったから結界を張るのが遅れてしまったというのは否定しない。むしろ台本にない動きをされて、正直僕も想定外な対応に目を丸くする事になったぐらいだしね。
けれど、よりにもよってルーミアの――というよりも、夜魔の一族が使う影の魔法を使って保護しようだなんて、なかなかに無茶だ。
彼女たちの影は常日頃から魔力を織り込んだ、いわば高濃度の魔力集合体だったりする。
必然的にそんなものに包まれる事になったら、術者と同等かそれ以上の魔力耐性を有していないと、その濃度に耐えられずに意識を失う事になるのだ。
つまりこの世界でルーミアの影に包まれて耐えられる存在と言えば、僕と、恐らくジル達オルベール一家なら短い時間は耐えられる、という程度だろうか。
天照なんかの亜神も耐えられるだろうけれど、ぶっちゃけ亜神たちの力ってジル達とほぼ同等程度だと思うから、似たような結果になると思うし。
まぁそんな訳で、僕とルーミアはあの後、脚本を大幅に修正する事になった。
ルーミアには予定していた衣装に着替え、傷を負いながらもロージアたちを彼女たちの拠点へと連れ帰り、僕という存在が邪神の力に汚染されて正気を失い、その上で融合を果たし、魔王を名乗った、と宣言。
僕はそれに合わせるように空に、凛央の北部、ちょうど「V」字型のこの大陸の上部中央の空白部分にあたる海上上空に、魔王城――という名のルーミア監修による元ローンベルク城を再現して黒く染めたお城――を出現させた。
本来ならキメキメの僕のセリフがあり、「僕を止めたければ歓迎しよう」とか宣言するつもりだったというのに、ルーミアがやらかしたせいで魔王宣言と魔王城演出がグダグダになってしまったのである。
せっかく僕がセリフを忘れたり噛んだり恥ずかしがったりしないように耐えていたのに。
そりゃ僕だって不機嫌にもなるさ。
ちなみにこの魔王城こそが、僕らの拠点であり、正直に言えば一年近く前に完成して、ずっと中空に浮かんでいた。
幻影結界を張って隠し続けていただけだしね。
演出の為に空に浮いた魔王城が欲しい、と言い出した時は正気を疑ったけどね。
お城が欲しいって、どんな要望だろうか、と。
しかも空に浮いた城って言われると、どうしても破滅の呪文で落ちるイメージしかないんだけど。
宇宙まで飛んでエンドロール流れるよ?
まあそんな訳で、せっかくのラスボスインパクトは成功だか失敗だかに終わり、あとはルーミアがフォローしてくれる、という流れになったのである。
《いやぁー、面白かったわよ! ルオの配信もめっちゃ盛り上がってたもの!》
「やめてイシュトア、その言葉は僕に効く」
「あら、イシュトア様もご覧になっていらっしゃったのね?」
《当たり前よ~。なんたってルオが初めて本格的な演技に、しかも悪役路線に入る瞬間だもの! 観ない訳にはいかないわ!》
壁にかけられたスクリーンに映し出されたイシュトアが、凄く嬉しそうに称賛して親指を立てた。
どこで覚えた、サムズアップ。
さて、何故イシュトアが堂々と顔出ししていて、しかもルーミアがいるのにこんな風に接してきて、尚且つフレンドリーな感じになっているのかと言えば、だ。
僕から言わせてもらえば、「あぁ、類友だもんね」の一言に尽きる。
僕らの魔法少女に対する姿勢や設定という名の舞台において、脚本と演出という立場にあるのはルーミアだ。そんなルーミアと、僕の正体を明かさずにこの世界の事を神界で動画配信している、日本のサブカル普及に努めるイシュトア。
そんな二人はついにこの城を造るにあたって僕のスマホを通して邂逅を果たし、意気投合してしまったのである。
おぉ、神よ。
そんなほいほい姿を見せて良いのですか、と言いたくなる。
というかむしろ言った。
僕の眷属という立場になるなら力を貸そうと神は言う。
ルーミアが快諾した。
僕の知らないところで。
イシュトアが僕が持ってるスマホと同じスマホをルーミアに渡していた。
僕の知らないところで。
……なんかこう、あれだよ。
僕の知らないところで盛り上がって今じゃマブダチ、みたいなノリなんだよ、この二人。
類友なんだよ。意気投合までのスピードが凄まじかったよ、うん。
魔法少女たちに申し訳ない気分になるね。
彼女たちにとってはメチャクチャシリアス展開爆走中という状況だというのに、こちらは女子会みたいなノリでルーミアとアレイア、リュリュがイシュトアと仲良くなっちゃって、台本とかもその悪ノリが反映されているんだもの。
こっちはもう、なんというかふわっふわだよ。
驚きの軽さだよ。
キャッキャしながら魔王城を造らされ、境界門の件で嵌められた結果、キャッキャしながら台本と脚本を渡されたのだ、僕は。
この真相は絶対に魔法少女たちに知られないようにしなくてはならない。
じゃなきゃきっとあの娘たち、怒り狂うよね。
僕が彼女たちの立場だったら、きっと神殺しになろうと本気で決意するよ、きっと。
ともあれ、せっかくイシュトアもいるのだし、いじけてる場合でもないか……。
気を取り直して、僕はスクリーンに映るイシュトアを見つめた。
「ところで、イシュトア。あの境界門についてはその後どう?」
《アレね。まだ確定じゃないけれど、恐らくは下級神が予め仕組んでいた仕掛けじゃないかと思っているのよね》
「やっぱり。でも確定じゃないって、本人が黙秘してるとか?」
《いえ、知らないみたいね》
……うん?
「知らないのに本人が仕掛けたってどういうこと?」
《神の分体って分かるかしら?》
「なんとなくは、かな」
分体って言うと、神様がよくラノベなんかで主人公と会う為に下界に下りる為のご都合主義的な肉体みたいな、そんな感じじゃなかったっけ?
まぁラノベが正しい知識とは言わないけど、大体そんな認識で合ってるはず。
《そういえば正確に教えた事もなかったものね。簡単に言えば、世界に直接出向かわなくてはならない際に使う、力を制限した器ね。世界のバランスを壊さない程度の力に抑えた器を用意して、自分の代わりに仕事を行うもの。意識を移す事もできるけれど、基本的には予め決められた目的を遂行するだけの存在だったりするわ》
うーん、どちらかと言うと遠距離操作の人形、みたいな感じなのだろうか。
普段は自動操縦で手動にも変えられる人形とか、そんな感じかな?
「つまり、その分体を下級神が用意していた、と?」
《そうみたいね。どうも世界を巻き戻すような力を使う前に、分体を生み出して眠らせていたらしいのよ。力がなくなって万が一境界が緩んだ時に自分が動けなかったら、その分体が指示に従って動くように備えてみたい。それが世界の境界が緩んだ今のタイミングで目覚め、動き出した結果じゃないかと考えているわ》
「……ちょっと待って、二人とも。もしそれが正しいんだとしたら、境界門を生み出せるだけの力や知識が、その下級神にはあったってことになるんじゃないかしら?」
《そう、私もそこが気になっているのよね。あの下級神にそこまでの力はないし、知識だってないはずよ。それはルオが見つけた研究所を見れば分かると思うけれど、下級神が自在に境界門を生み出せる程の段階には進んでいない事は明らかだわ》
ルーミアの問いに返ってきたイシュトアの答えについては僕も同意だ。
あの研究所は境界に穴を開ける事を目的にしていただけで、あんな境界門なんて代物を作る技術や知識があったとは思えない。
技術や知識がなく力でゴリ押しできるというのなら、そもそも世界をリセットする前からできていたはずという矛盾も生まれてしまう。
「うーん、僕らの知らないところで何かが動いているって事は確かだね」
《それはそうね。もっとも、あなたがいるのに大事に至るとは思えないけど》
……うん、まあ、パワーバランス的な意味ではそもそもピンチらしいピンチになるような前提が崩れてしまっているからね、僕の場合。
「すでに境界門はルオが城の地下、というよりダンジョンを生み出してその中に転移させちゃったものね」
《邪神ダンジョンって感じよね、アレ》
うん、そうなんだよね。
そもそもこの城を浮かしている地上部分は大陸を切り取ったかのような見た目をしている訳だけれど、その地下はイシュトアの協力を経て僕が生み出した『大源泉』である。
何故そんなものが城に地下にあるのか、っていうのは単純な話。
演出のために空に浮かんだ城を造るのに必要だったからだ。
つまり、イシュトアとルーミアの悪ノリのせい。
そんな訳で、ダンジョンにする環境自体は整っていたのだ。
ダンジョンコアはイシュトアから預かっていたし、『大源泉』程じゃなくてもダンジョンを生み出そうと思えば生み出せたのである。
まさか境界からこの世界へとやってきたルイナーも、よりにもよってダンジョンの中に突っ込まれるとは思わなかっただろうね……。
可哀想、とは思わないけど。
しばらく地下ダンジョンは『暁星』のメンバーと唯希の修行スポットとして運用していくかな。間引きついでに。
僕が魔王としてルイナーを操っている、みたいな演出はしやすくなったしね。
ダンジョンの中のルイナーを転移させて僕の目の前に出せばいいんだから。
僕に襲いかかってきたらどうするって、そんなの消すだけだよ。
ルイナー「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! おれは境界からこの世界に飛び出したと思ったらいつのまにか違う世界にいた……。な、何を言ってるのかわからねーと思うが……」
ルオ「いや、キミらにそこまでの状況判断能力ないでしょ」
ルイナー「」
ルオ「そもそも喋れないじゃん」
ルイナー「これが後書きの魔力だ」
ルオ「え、なにそれ」




