#102 魔王 Ⅵ
「凄い……」
《火属性第八階梯魔法、【豪炎星爆】。あの魔法をあの一瞬で構築、発動させているとなると……クラリス、アンタといいライバルになりそうだね》
「……ライバル……。うん、私も負けないよ」
アルテに連れられてようやくやってきた、凛央魔法少女訓練校のエース、ロージア。
彼女の放った魔法に純粋に賞賛を口にしたリリスに対し、ルキナは特に気にした様子はなくそんな言葉をかけつつも、呆れた様子でロージアを見やる。
――二年でここまで鍛えるのかい、【破天】め……やり過ぎだよ、まったく。
そんな感想こそがルキナの本音だ。
第八階梯魔法にまで手を伸ばさせ、しかも実戦でしっかりと使用できる魔法構築時間で扱える段階にまで引き上げるとなれば、相当過酷な修行と、本人の資質が凄まじいものであったからこそ可能だと言える。
しかし、それはかなり厳しい戦い、環境にいなければまず育ちきる前に潰れかねない。
ギリギリの境界を見極め、恐らくは実戦形式の訓練の中で無理やりにでも成長を促してきたのであろう事が窺える。
ロージアの戦闘時の行動に磨きがかかり研鑽されてきていた事については知っていた。
リリスを通して他の魔法少女の魔法、戦闘に関する課題や問題を見ていたが、ロージアに関してはルーミアが鍛える事になり、本当の実力までは暴こうとはしなかった。
結果として、まさかここまでの水準に仕上げているとは思ってもみなかったというのが本音だ。
第八階梯魔法――ルキナの世界では『才能ある者だけが辿り着ける到達点』と一般的に言われる段階の魔法を発動したというのに、特に疲弊した様子も見せていないというのは、ルキナにとっても驚愕に値する。
先程、リリスが第七階梯魔法を発動した事にさえ充分に驚いたというのに、まさかそんな新たな愛弟子と並ぶ存在が身近にいるとは思ってもみなかった。
しかしそれと同時に、ルーミアが育てていると言うのであれば無茶をさせてでも高い水準に持っていくあたりは「アイツならやりかねない」というのが正直な所でもあった。
いずれにせよ、リリスはこの程度の事で腐るようなタイプでもない。
ちょうどいい競い合う相手がいるのであれば、今後の研鑽においてもいい刺激になるだろうと納得しておく事にした。
《さすがに第八階梯魔法の中でも高火力な一撃を直撃したおかげで、騎士種も見事に全滅したみたいだね》
「第八階梯なら、騎士種にも通用するんだね」
《そうだね。あのクラスならどうにでもなるさ。もっとも、あの程度の騎士種なら第四階梯魔法で倒せるというのがアタシの感想だね》
「……え?」
《結局のところ、魔力障壁を打ち破れればいいのさ。あんな大きい魔法を使わなくても、圧縮した魔力密度で放たれた魔法なら充分にダメージを与える事ができるのさ。アンタやロージアって娘もその内できるようになるよ》
魔法は基本的に階梯が上がる事に複雑になり、範囲も広がり、要求される魔力量も増える反面、非常に強力なものへと変わっていく。しかし一方で、例えば騎士種一体に対して先程ロージアが放った【豪炎星爆】のような広範囲魔法を放つような真似をしていては、むしろ無駄があるとしか言いようがない。
故に、注ぎ込む魔力を圧縮し、威力を極端に集中させるという方法で階梯の低い魔法を強化して放つという手を取れるのが一流の魔道士の条件とも言える。
――もっとも、あの馬鹿弟子は威力を極端に収縮して束ね、さらに連結発動なんていう意味の分からない真似をして階梯詐欺みたいな魔法を使ってたけどね。
正式に弟子としてリリスを認めたせいか、そんなかつての弟子を思い出してしまい、ルキナは苦笑する。
「ロージア、すげーなー! さっきのアレ、太陽みたいだった!」
「熱も衝撃も相殺していましたわね……。余程難しい魔法なのでは?」
「あ、うん。でもさっきの魔法はあの内部に魔法を留める結界も同時に組み込まれてるから、発動さえできればああいう風に制御しきれるよ」
絶望から一転して助かったおかげか、他の魔法少女たちも笑顔を浮かべてロージアを賞賛している。
それなりに長い時間の戦闘で、しかも相手はこれまでとは比べ物にならない数の波状攻撃。更には厄介な騎士種のルイナーであった事もあり、リリスを含めた魔法少女たちの疲労感は凄まじいものがある。
だからこそ、ロージアが超火力の魔法によって敵を薙ぎ払ってみせた事で、緊張の糸が切れてしまったという面もあるのだろう。
本来なら戦いが完全に終了したとは言えないような状況だ。
一喝してもう少し耐えろと言いたいところではあるが、ルキナはそれをしようとはしなかった。
――――しかし。
「――いやあ、見事なものだね。ずいぶんと成長したみたいだね、魔法少女ロージア」
「――ッ!?」
パチパチパチと小さく拍手をしながら森から姿を現した、銀髪の少年。
その声を耳にして、誰もが慌てた様子でその声の主である少年に顔を向けた。
「……ルオ、くん?」
そこにいたのは、かつて何度か顔を合わせた事のある少年、ルオ。
異世界からやって来たという少年であり、かつて仲間であったルーミアとは目指すべき先の違いから仲違いしてしまった謎多き少年、というのがロージアや凛央の魔法少女たちの知るところである。
リリスとその契約者であるルキナはルオとは初対面ではあるものの、リリスはこの二年の間に葛之葉奪還作戦での映像を見せられながらルオの事を聞いており、ルキナはルーミアをこの世界に召喚した神の一柱であるという事だけを聞かされている。
つまり、この場の面々にとっては敵でない、という印象であったために過剰に構えるような事はしなかった。
「久しぶりだね、ロージア。それにキミたちも、葛之葉で会った以来かな。騎士種のルイナーを相手に戦っている姿を見て、ずいぶんと成長したものだと感心したよ」
「あ、ありがとう……! ルオくんは……その顔……」
「あぁ、コレかい? いやぁ、少し面白い力が手に入ったんだけど、その証、とでも言うべきかな?」
左頬から首にかけて描かれた黒い紋様、その紋様を見せるようにルオが顔を斜めにして手を当てながらなぞってみせる。
その姿に――否、先程からルオの物言いがいつもの飄々とした物言いではなく、むしろ嘲るような、見下しているかのような物言いになっている事も含めて、ロージアはルオの態度に酷く違和感を覚えていた。
しかしルオはそんなロージアの様子を特に気にするでもなく続けた。
「しかしまあ、驚いたよ、うん。まさかキミたちがもどきとは言え、それなりに力を持った騎士種のルイナーに対抗できる程の力を持っているなんて、ね。率直に言って、まさかこんなに育っているとは思っていなかったよ」
「もどき……?」
「うん、そうだね。アレは騎士種のルイナーの紛い物、劣化品、とでも言うようなものでしかないんだよ。それでもそれなりの強さはあったんだけど……くく、あの程度じゃ使い物にはならないみたいだねぇ」
――使い物にならない。
その一言は、ロージアだけではなくアルテにフィーリスとエレイン、それにリリスとルキナに酷い違和感を与えた。
訝しむような目をルオに向ける一行に対し、しかしルオはくつくつと笑っていたかと思えば、ピタリと笑いを止めて、騎士種のルイナーたちが飛んできていた方向へと顔を向けて突然動きを止めた。
「――まったく……。せっかくこの世界を実験場にしようと思ったのに、せっかく用意したのに台無しだよ。ま、キミたちに壊されちゃうようじゃまだまだダメってことだね。改良するにしても、時間がかかりそうだし、困ったなぁ」
「……え?」
ざわざわと風が山の木々を揺らすように吹き抜ける。
その中で、ルオがゆっくりとロージアたちに顔を向けると、その頬から首にかけて描かれていた黒い紋様が赤く光を放ち始めていた。
「――うーん、キミたち邪魔だなぁ」
ふ、とルオが何かを思い立ったかのように呟いて、虚空から『黄昏』の刃を引き抜いていく。
それと同時に、闇色の真っ黒な可視化された魔力がルオから放たれて、ロージアたちは突然の暴風に激しく吹き飛ばされ、慌てて体勢を取り戻した。
ロージアたちが顔をあげてルオへと目を向けると、ルオは黒い魔力を纏わり付かせるように放ちながら、俯くように佇んでいる。
黒い魔力に覆われながら、その中で浮かび上がるように頬に描かれた紋様は真っ赤に輝いて。
その黒と赤い光のコントラストは、何度も、何度も見てきたものだ。
それはそう、まるで――――
「……ルイ、ナー……?」
――――ぽつりとリリスが呟いたルオを表すその一言は、あまりにも酷く魔法少女たちの心に浮かんだ一つの可能性を的確に表していた。




