#101 魔王 Ⅴ
「――ぐ……ッ」
ルイナーから次々に振るわれる長剣の連撃。
激しい攻撃を受けて、フィーリスは苦しげに乱れた呼吸を整えながら衝撃の魔法で距離を稼ぎつつ後方へと下がり、仕切り直す。
エルフィンをアルテに預け、実際に交戦を開始してから二十分程度といったところ。
その間にフィーリスの魔装である薙刀で長剣による攻撃を防ぎつつ反撃を入れているが、傷の度合いはフィーリスの方が圧倒的に多く、いっそ相手はほぼ無傷と言っても良い。
時間を稼ぎ、リリスが到着してくれると信じていたがどうやらそれもなかなかに上手くいかないようだと悟っている。
結局のところ、この状況で希望的観測だけに縋っていても仕方がない。目の前のルイナーはそれ程甘い相手ではないのだ。
集中しなければあっさりと殺されるだろう、とフィーリスは気持ちを切り替えて、防御に比重を置いた対応を心がけてなんとかこの状況を維持していた。
フィーリスが学んできた薙刀術は元々幼い頃より学び続けてきたものだ。
これは未埜瀬の家の理念と彼女自身の淑女像に対する勝手なイメージではあったが、「大和撫子たるもの、守るべきモノは自らの手で守る事こそが肝要である」という考えから学び続けてきたもの。
以前は魔法少女をイコールして魔法の杖、というイメージになりがちな幼い頃に魔法少女となってしまったために魔装は杖を持っていたのだが、リリスによって魔装を己のイメージに合わせて作り変えられると知り、慣れ親しんだ薙刀に切り替えるようにしている。
人型ルイナーが相手となってもどうにか凌げているのは、幼少期からの研鑽の賜であると言える。
しかし、状況はあまり芳しいとは言えない。
魔法の系統的にも遠距離特化のフィーリスでは、どうしても攻めあぐねてしまう、というのが実状だ。
――さて、どうしたものかしらね……。
乱れた呼吸を整えるよう、深く息を吐きながらフィーリスは人型ルイナーを睥睨しつつ思考を巡らせる。
このまま戦い続ければいずれ自分は負けるだろう。
それを覆すというのはなかなかに難しい事は重々承知していた。
しかし一矢報いてやりたいという気概を棄てた訳でもない。
何か一手でも、相手の不意を突くような何かがあれば――と、そこまで考えて、フィーリスはその音に気が付いた。
枯れ葉が舞う乾いた音の中にある、僅かに似たような甲高い、けれど独特の音に。
――いける。
僅かに口角をあげつつも、その音と気配に気取られないようにとフィーリスが己の魔力を一気に、爆発させるように放出させつつ、ルイナーへと突っ込んだ。
「――やああぁぁッ!」
これまで幾度となく打ち合ってきたが、このルイナーは技術こそあるが、勝機を逃している。
これがもし相手が人間であるのなら手加減していると言えなくもないのだが、しかしフィーリスは異なる予測を打ち立てていた。
確かに研鑽されてきた技術がある事を感じられる。
人間らしく首を傾げた事からも、目の前の相手に思考能力があり、知恵や知識があるのではとも思っていたが、恐らくそうではないのだ、と。
ルイナーは、恐らく記憶と反応しかないのだ。
要するにプログラムされたものが目の前の状況に対して、予めインプットされた行動しか取れないように、このルイナーもまた、その場で考えて行動しているのではなく、予め入力された情報通りにしか動いていないのではないか、というのがフィーリスの見解であった。
だからこそ、フィーリスは無意味に魔力を練り上げた。
強烈な攻撃を行う度に魔力を練り上げるというのがこれまでの自分の戦い方であったのは確かであり、それに反応するようにルイナーは自分に対して身構えた。
その反応を見て、フィーリスはくすりと笑ってピタリと自らの動きを止めて、言い放つ。
「――ごめんあそばせ。騙し合いは淑女の嗜み、ですわ」
パチン、と指を鳴らしてルイナーの左足の地面を抉ってみせると、不意な重心の移動に僅かに体勢が崩れる。
それと同時に、横合いの森の中から突き抜けるように迫っていた黄色がかった白い閃光がルイナーの後方を通り抜けると同時に、ルイナーの首が胴体と泣き別れた。
「……さすがですわね、エレインさん」
「にしし、フィーリスが体勢崩してくれたし、魔力を練る時間を作ってくれたしなー! あれだけお膳立てされたらそりゃーなー」
霧散したルイナーの横、黄色がかった白い閃光となっていたエレインが無邪気な笑みを浮かべて答えれば、フィーリスもまたふっと微笑んでみせた。
フィーリスは気が付いていたのだ。
枯れ葉がカサカサと風に流されて音を奏でる中、パリッとエレインが扱う特有の雷の魔法が鳴る音と、僅かに感じられたエレインの魔力に。
だからこそ、フィーリスはルイナーの注意を惹く事だけに注力し、先程までの戦いの中で何度も見せてきた動きを敢えて途中まで再現した。
結果として、ルイナーの反応はそれまでのものと全く変わらなかった。
知恵もなく、思考のないルイナーであるからこそ、同一のパターンに対して同一の回答しか用意できなかった。
それらを戦いの中で見抜き、誘導し、僅かな隙を生み出す。
そのタイミングをいちいち口にせずとも、何度も共に戦ってきたエレインならば、見逃すはずもなく――結果として、ルイナーは致命的な隙を曝し、エレインによって刈り取られた。
どうにか倒せたと言いたいところではあるが、フィーリスもさすがに満身創痍と言ってもおかしくない程度に疲弊している。
少しの休憩と軽い手当てをしながら、エレインとの情報を擦り合わせていく。
「――なるほど、そちらもですのね……。となると、リリスさんも今頃交戦中かもしれませんわね」
「おー、そだなー。数もいないみたいだし、親玉って感じなのかなー?」
「そうだといいですわね。さすがにさっきのような存在が大量に出てくるとなると、手に負えませんわね。エレインさんなら対処できますか?」
「んー、一対一ならどうにでもできるけど、普通のルイナーみたいにわちゃわちゃ出てきたら厳しいかなー」
「それでも充分ですわね。とりあえず、オウカさんに連絡を取ってみましょう。――オウカさん、こちらフィーリスですわ」
《フィーリスさん! 無事でしたか!?》
耳に手を当てて通信機越しに話しかければ、しっかりと通信は届いたようで、すぐにオウカの慌てたような声が響いてきた。
「無事、とは言えませんが……エレインさんのおかげで命拾いしましたわ」
「にしし、間に合ったぞー」
《そうですか……、良かったです……。リリスさんも対処を終えてそちらに向かってもらっていますので、一度合流してください》
「やはりリリスさんの方にも人型ルイナーが?」
《はい。フィーリスさんの援護に向かってもらうつもりでしたが、接敵しました。武器を持った人型ルイナーは暫定的に騎士種と呼称する事にしましたが、騎士種はどうやらそれぞれの場所に一体ずつ現れたようですね》
騎士種、という呼び名はリリスの中にいるルキナが呼んだものだが、それをリリスからオウカが報告を受け、統一する形となったようだ。
確かに武器を持っている人型であり、その強さも突出していると言える以上、そういった呼び名がつくのもおかしくはないなとフィーリスも納得した。
「……それぞれに一体ずつ……。まるでわたくしたちを狙って現れたように聞こえますわね……」
《私もそれを感じています。他のルイナーの動きが止まっているので、現状では散開する必要性もないと判断しています》
「なるほど……――と、来ましたわね」
魔力に気が付いたフィーリスが目を向ける先、森の中からリリスが姿を現し、エレインも気軽に手を振って迎えた。
リリスは無事を確認して胸を撫で下ろすと共に、フィーリスの身体に多くの傷がついている事に気が付き、慌てて近寄った。
「フィーリス……!」
「さすがに厳しい戦いでしたわ。エレインさんが来てくれなければわたくしは負けていましたわね」
悔しくないと言えば嘘になるが、それでもフィーリスは決してその悔しさを表に出さないように、冷静に自らの実力と先程までの戦いを判断して苦笑しながら断言した。
そんなフィーリスになんと声をかければいいのか迷うリリスであったが、口を開こうとした瞬間、オウカからの通信が全員に向けたものへと切り替わり、リリスとエレインの耳にもオウカの声が届けられた。
《皆さん、無事で何よりです。エルフィンさんも意識は取り戻していないものの、カレスさんのおかげでリハビリこそ必要でしょうけれど腕もしっかりと治りましたし、無事にルイナーを退けたと言っていいでしょう。アルテさんが戻り次第――》
「――ちょっと待った! リリス、フィーリス、あれ!」
ほっと胸を撫で下ろし、警戒態勢を解こうとしたところでエレインが切迫した様子で声をあげ、上空前方を指さした。
リリスとフィーリスもエレインが指差しさ先に顔を向けると、夜空でいまいち判然としないが、空に何かが見えた。
いまいちハッキリと見えないその何かを確認するべく、リリスが光球を上空へと打ち出し、空高くへと光球を打ち出したところで、翳した手を握ってみせると、光球が巨大化し、眩い光が周囲を照らした。
「……うそ、でしょ……」
照らされた光によって夜空に浮かび上がったシルエット。
それは、つい先程まで戦っていた騎士種のルイナーと同じく人型のルイナーが背に大きな翼を生やしており、そんな存在が数十は確認できる。それらが真っ直ぐ三人の元へと向かって飛んできている、そんな光景であった。
空すら飛び、しかも先程まで相手していた一筋縄ではいかない騎士種が大量にやってくるとなれば、その絶望感は凄まじい。
――勝てない。
フィーリスもリリスも、その光景を目の当たりにしてそんな感想を抱いた。
エレインとて、さすがにあの数に一斉に飛びかかられては対処できないだろうと理解する。
「……あんなの、どうすれば……」
おそらくあと十数秒程度で自分たちの元へと辿り着くと予想できた。
しかしそれまでに慌てて今から魔力を練って遠距離魔法でどうにかしようとしても、そう簡単に崩れてくれるような相手ではない事を、フィーリスもリリスも理解していた。
そんな中、三人の背後から突然巨大な魔力の反応が生まれ、三人が振り返る。
そこには――
「――炎属性第八階梯魔法【豪炎星爆】」
――空に片手を翳したロージアの一言と同時に、展開された巨大な魔法陣が光を放ち、次の瞬間には騎士種のルイナーが迫るその場所で急激に魔力が圧縮されていく。
その気配にリリスとフィーリス、エレインが気が付いて目を向けるように、空を飛ぶルイナーも気が付いたのか、避けようと散開を開始する――が、すでに遅い。
景色が歪み、収縮するかのよう空中に巨大な球体状の空間が歪み、中心から眩い光を放って凄まじい爆発音を奏でた豪炎が生み出された。
まるで太陽がその場に現れたかのように丸い超高熱の球体が生み出され、ルイナー達を呑み込んだ。
熱波を外に漏らさず、円形に萌え続ける太陽のような炎の塊が周囲を明るく染め上げるその光景に唖然とするリリスとフィーリス、そしてエレイン。そして、突如この場に現れたロージアを連れてきたアルテを他所に、ロージアは何事もなかったかのように明るく声をあげた。
「みなさん、お待たせしました! ……あ、あれ?」
ルーミアとの訓練を繰り返し、あの程度はどちらかと言えば珍しい光景でもなんでもないと考えているロージアの認識が間違っている事に気付くのは、ほんの数十秒後の話である。
――――こうして、役者は揃った。
その光景を見ていたルオが、ついにルーミアとの打ち合わせ通りに動き出した。




