閑話 舞台裏の一幕
本編の裏舞台編。
なんとなくネタバレ要素を少し盛り込んでいるため、本編のシリアス感を崩したくない方は読み飛ばし推奨です。
「ほえぇ~~……、あれが騎士種、ですか?」
「うん、そう言われるタイプ。簡単に言えば魔力を膨張させて巨大化するルイナーとは違って、人型になって魔力を凝縮し、人の記憶を使うタイプのルイナーだね」
「なるほどぉ。だからあんなに人っぽさが残っているんですねぇ」
騎士種のルイナーは前世の世界でもかなりの数がいた。
どちらかと言えば厄介な相手ではあったし、その実力はかなりのものではあったのだけれど……うーん……。
ついつい騎士種のルイナーを見て眉を顰めてしまう。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね。さすがに以前から邪神の力を削いだせいか、騎士種にしてはあまりにも弱すぎるなぁって」
「あ、それは私も思いましたねぇ。なんかこう、警戒する程ではないかな、と」
うん、そうなのだ。
実際、ルイナーの中でも騎士種と言えば、前世――つまり以前の世界では災厄と言われる程度には強く、なかなかに苦戦させられた存在だった。
それこそ、国一つとまではいかないけれど、街一つが厳戒態勢を取って対応し、冒険者の最高ランクに近い存在を十名単位で投下しなければならない程度には厄介な存在だった。
でも、今眼下で魔法少女たちと戦っているその力は、お世辞にもそこに届いているとは言い難い。
確かに今まで出てきたルイナーに比べれば洗練されているし、それなりの強さはあるけれど……それにしても騎士種としては弱すぎると言わざるを得ない。
今の僕の力が以前に比べて圧倒的に強くなってしまったというのはあるけれど、そのせいで弱く感じているのかと言われると、そうじゃない。実際僕の感覚はむしろ力を育成していた前世のものが物差しになっているので、敵の強さが分からなくなる訳じゃないからね。
実際、リュリュも警戒しない程度だと言うのだからその感覚は間違っていないのだろう。
「それより、我が主様。ちゃんとこっちを見てくださいよ~。調整できないですぅ」
「あぁ、ごめんごめん。あの騎士種――いや、騎士種もどきに魔法少女たちがこの二年でどこまで戦えるようになったのか見ておきたかったんだ。もうある程度は見れたからちゃんとするよ」
「うふふ、いいえぇ~、分かってますよぉー。でもやっぱり我が主様はお肌もツヤツヤでぷるぷるで、化粧のノリが良くて羨ましいですねぇ」
「そうかな? リュリュだってそんなに変わらないと思うけど」
「そんな事はありません」
「ア、ハイ」
いきなりスンと真顔になって否定されたものだから、慌てて僕も言葉を引っ込める。
「いいですか、我が主様? 私たちは日頃凄まじく手間とお金をかけ、食生活と適度な運動をして、保湿やケアに力を入れて、ようやく……そう、ようやくこの状態をキープしているのです。我が主様のように生来のものとして整えられ、かつこの二年で一度もケアをしていないのにこの肌の状態を保てるなど、世界中の女性から羨まれ、場合によっては嫉妬のあまり刺されるようなモノであるという自覚はありますか? ――いえ、ありませんね。でなければ、そう易易と謙遜なんてできるはずもありません。恵まれていて何もしていないからこそ私たちの血と汗の滲むような肌メンテナンス結果を「あまり自分と変わらないのにそんな羨む程の事じゃないでしょ?」みたいなノリで言えるのです」
「ハイ、スミマセン」
何これ怖い。
目が光を失い、淡々と、滔々と若干早口で喋り出すリュリュの表情は、まるで感情を失った機械兵器みたいに見えてくるよ。
正直、僕にとってはルイナー以上に怖い。
主に何かこうドロドロとした気配みたいなものだけが渦巻いているあたり、表情との乖離ぶりが激しすぎて恐ろしい。
「これに懲りたら、今度から洗顔の方法と化粧水、乳液、保湿ケアぐらいは徹底させていただきますね?」
「え? なんで?」
「何もしていないのにそんなに綺麗なままだと、私もついうっかり感情が暴走しそうだからです」
「やめて? 落ち着いて?」
「この件はアレイア姉様にしっかりと伝えておきますので、徹底してくださいね? いいですね?」
……うん、もう何も言うまい。
僕がここで納得しないと、どうにもこの子が暴走しそうな気しかしないし。
アレイアはあまり僕にとやかく何かを注文したりはしないし、きっとアレイアならリュリュのこの肌への固執というか執着を上手く聞き流してくれるだろうし、ここは素直に言う事を聞いたフリをするのが一番平和だと思う。
そんな僕の内心に気付きはしなかったらしく、素直に頷いたように見える僕の対応を見てリュリュは満足したのか、にっこりと微笑んでから再び僕の化粧を続けた。
「でも、良いのですかぁ? 魔力を浸透させる塗料なんて、こちらの世界ではなかなか手に入らないと思うのですが……」
僕の顔に施している化粧に使っている塗料の事が気になったらしく、リュリュがそんな質問をしてきて、僕は表情を動かさないように小さく口だけを動かしつつ、そっと目を逸らした。
「……スポンサーがね、そういう小道具にケチると安っぽいものになるから、しっかりとしたものを使いなさいって送ってくれるんだよ……」
「……はいぃ? スポンサー、ですかぁ?」
「うん、スポンサーだね……。なんでも投げ銭で稼いだお金――じゃなかった、支援者の心ある融資のおかげでそういう小道具は必要経費として仕入れて送ってくれるんだよ。僕の【亜空間庫】にね……」
「……亜空間庫に直接……? も、もしかして、その、向こうの神様が、ですかぁ……?」
「……自称、スポンサーだから」
「……そ、そうですかぁ……」
「……ちなみにキミ達に僕から支給している女王魔銀蜂のローヤルゼリーを使った化粧品とかも、そのスポンサーから仕入れてるものだよ」
「スポンサー様、感謝しますぅ! 最高ですねぇ! 崇拝します!!」
さすがにやり過ぎなのでは、とか、神がそんな真似を、みたいな顔をしていたリュリュも、自分たちが使っている向こうの世界の魔法薬に該当するような化粧品を提供してくれている存在だと知って、そういう諸々をあっさりと呑み込む事にしたらしい。
実際、向こうの世界の化粧品やスキンケア用品というものは、圧倒的にこの世界のものよりも優れている。
というのも、向こうの世界の植物や天然素材というものは須らく魔力を含んでいるし、そういうものを使った製品は魔法薬のように微量の回復効果等も発揮されるので、この世界のものに比べても圧倒的に効果が高いからだ。
実はこれ、二年近く前の冬真っ盛りの時期にルーミアの肌にポツンと出来物ができてしまい、それが原因でありとあらゆる化粧品、スキンケア用品を試したところ、この世界のものもそれなりに効果こそあるものの、向こうの世界の魔法薬的な効果がない事が発覚した事が起因している。
その話を聞いてイシュトアに相談したところ、利益を還元するという形で向こうの世界の素材を提供してくれるようになり、僕が調薬してルーミア達に提供している、という背景がある。
そう、利益の還元だ。
僕らを勝手に配信コンテンツにし、その利益を得ているイシュトアからの罪滅ぼしというか、利益供与というべきか……。
ともあれ、この二年間はあまり僕が表立って動いていなかった事もあって、動画配信頻度も下がっていたのだけれど、その間を使ってイシュトアも僕らが動き出す際に小道具を使えるようにと、必要な材料や武器、素材というものを提供する体制を整えてくれていた。
今リュリュが僕に施してくれている化粧も、そんな体制が整ったからこそ手に入っている魔力浸透塗料という代物で、刺青、或いはタトゥーのように肌に魔法文字を定着させる際に使う塗料だったりする。
「――よし、完成しましたよぉー」
手鏡をもらって確認すれば、確かに僕が希望した通りのものがそこには描かれていた。
頬から首にかけて描かれている、真っ黒な紋様。ともすれば呪印にも似た形であり、けれど呪術的にも魔術的にもなんら意味のない紋様でしかないそれ。
だけど、この塗料を使う事で、魔力を込めてみれば、塗料は赤く光りだす。
「うん、バッチリだね。ありがとう、さすがだね、リュリュ」
「勿体ないお言葉、恐縮でございますぅ」
うん、これで準備は整ったね。
「じゃあ、リュリュ。ルーミアにそろそろ始めていいよって伝えてくれるかな?」
「かしこまりましたぁ!」
目の前から消えるリュリュを見送ってから、僕は一つ、深呼吸する。
――さあ、ルーミア劇場の始まりだ。




