#100 魔王 Ⅳ
黄色がかった閃光が真っ直ぐ疾駆する。
迎え撃った黒と僅かな赤が混ざった閃光もまた真っ直ぐ突っ込み、激しく衝突した。
お互いの閃光がバリバリと耳障りな音を立てながら拡散し、放射状に大地を駆け抜け、周囲の大地を疾走り、木々を焼く。
中心地となったその場には、互いに双剣をぶつけ合い鍔迫り合いよろしく向かい合うエレインと騎士種のルイナーと呼ばれた人型のルイナーの姿が燃える木々に照らされて顕となった。
リリス、そしてフィーリスの戦いが始まったちょうどその頃。
エレインもまた双剣を構えた騎士種のルイナーと対峙し、戦いを始めていたのだ。
「――ふっ!」
息を吐きながら力を抜いたエレインが敢えて後方に倒れ込むように体勢を崩す。
覆い被せるように押し込んでくる騎士種のルイナーから横に一歩踏み出し、身体の側面に向けて双剣に自身の固有魔法である雷を纏わせて振るう。
しかしルイナーもまた双剣をその場で振るってエレインの斬撃を受け止めると、今度は逆の手に持っていた双剣をエレインの腹部に突き立てるように突き出す――が、その攻撃をエレインはくるりと身体を横に回転させるように避けると、その回転の勢いのままにルイナーの側頭部に目がけて蹴りを繰り出し、これが見事に命中した。
吹き飛ばされるルイナーを他所に着地したエレインが両手に持った双剣を掲げ、「十点満点!」と元気よくポーズを決めてみせた。
「んー……、コイツ強いのか弱いのか分からんなー」
もしもこの場にリリス、そしてフィーリスの二人がいれば思わず言葉を失ったであろう感想を口にしながら小首を傾げたエレインは、立ち上がった騎士種のルイナーを見て思考する。
確かに、人間のような技術を持っている、とはエレインも思う。
魔力の量にしても今までに戦ったルイナーとは比べ物にならない程に大きく、もしも油断をすれば自分の魔力障壁すら一瞬で貫いてくるだろう危険な力を有している事も、すでにエレインは理解している。
しかしエレインにとってみれば、「だからどうした?」という感覚の方が強いのだ。
魔力障壁を貫かれるのは確かに脅威ではある。
自分の攻撃が容易く相手の魔力障壁を貫けないという今の状況も、なかなかに厳しい戦いになるだろう事も判る。
だが、エレインにとってそんなものは当然なのだ。
むしろ戦いとはそう在るべきだと理解しているし、お互いの実力が均衡してワンサイドゲームのようになる方がエレインにとってみれば退屈が過ぎる。
要するに、危険性を理解こそするが、そんなものはエレインにとって価値のない情報でしかなく、受け入れて当然なものでしかないという事だ。特別に警戒したり、無意味に昂揚したりするような事でもなければ、強く、厄介ではあるけれどただそれだけの相手、という印象であった。
「ま、いっかー。色々と試しても壊れなそーだしなー」
なんの前触れもなく、気負うでも集中する素振りを見せるでもなく、刹那で魔力を纏い、雷を纏って閃光となったエレインがルイナーへと肉薄し、双剣を振るう。
反撃に対し、舞うようにルイナーの攻撃を避け、時には突き出した腕を蹴って距離を取り、飛び越えて蹴りを見舞う。
「――ほらほら、こっちだよー」
声に反応するように振り返るルイナーの前には、すでにエレインはいない。
振り返ると同時に反対側から双剣を振るわれ、ルイナーの魔力障壁をぐぐぐと強く押し込んでいく。
慌てたようにルイナーが距離を取ろうと離れれば、「ばあっ!」と驚かすように声をかけたエレインがすでに眼前に迫っており、その双剣が振るわれ、再び魔力障壁をついに貫き、騎士種のルイナーの頬を双剣が掠めた。
その一撃に焦るように魔力を放出し、その衝撃波でエレインを吹き飛ばして距離を置く選択を取らざるを得なかったルイナーとは対照的に、エレインはくるくると中空で回転しながら余裕を持って綺麗に着地してみせた。
この状況は、何も双剣の騎士種のルイナーが弱いから、という訳ではない。
エレインという少女が戦いに於いて圧倒的な戦闘センスを有しているが故に、これ程までの圧倒的な差が生まれている。
エレインは近接戦闘に特化しており、一方で放出するような魔法の使い方では十全にその能力を発揮できていなかった。
しかしリリスによって魔装の武器化という手法を教わり、高速移動を駆使しつつ近接戦闘にのみ絞った戦いに於いては今ではリリス、ロージアを大きく上回る実力を有している。
詰まるところ、相手が巨大なルイナーである方がエレインにとっては戦いにくい相手であり、討伐に時間がかかってしまうという欠点がある一方で、同じ人間サイズ、あるいは多少大きい程度の相手となれば、自らの強みを十全に活かす事ができるのである。
故に、エレインにとって騎士種のルイナーという存在は「強いか弱いか分からない」という感想に至ってしまう。
自らの強さや矜持というものに固執しないエレインは、相性が良いかどうかではなく、何よりもシンプルに「斃せるか斃せないか」の二択でしか相手を見ない。興味を抱かない。
騎士種のルイナーが不運であるとしか言いようがない、この状況。
しかしそこに輪をかけて、ルイナーにとっては冗談にならない声が鳴り響く。
「じゃ、アレ試させてもらおっかなー!」
もしもルイナーに人間並の思考回路が存在し、感情があったとするならば、それは絶望的な発言であった。何せその一言で、エレインはまだまだ本気ですらないのだと、理解できたのだから。
騎士種のルイナーを相手にしてなお、エレインの土俵で戦うには到れない。
その暴力的な力を有していてなお、脅かすには至らない。
その現実を、ルイナーには理解できなかった。
ただルイナーに理解できたのは、前方に佇むエレインが双剣の一本を消し、一本を軽く頭上に投げると同時に、両手の手のひらと手のひらを向かい合わせ、そこに魔力を注ぎ込んでいるという事実だけだった。
ルイナーにあるのは衝動だけ。
生存本能のような代物はない――そのはずだった。
なのに、その騎士種のルイナーは悟った。
――アレをそのままにしておく訳にはいかない、と。
即座に距離を詰め、双剣を振るおうと距離を詰め、踏み出した、その瞬間。
ジジッと耳障りな音が鳴り響いたかと思えば、直後に轟音――激しい光がそのルイナーの世界を塗り潰す。
ルイナーに向かって雷を纏った短剣が目にも留まらぬ速度で射出されたそれは、正しく超電磁砲のそれだった。
上空から見れば、激しい光と共に一直線に光が放たれたようにすら見えたそれはルイナーの身体をあっさりと呑み込み、大地と直線上の木々を諸共呑み込んで突き進み、やがて消えていく。
「……ありゃ? もしかしてこれ、強すぎた……?」
かなり魔力を抑えての試験は成功していたが、フルパワーで放ったのはエレインにとっても初めての試みである。
そのため、どの程度の威力が出るかという想定はまったく予想しておらず、エレインにとってみれば、「ルイナーにダメージが入ればいいな」という程度のものであったのだが――結果は、凄まじいの一言に尽きた。
魔法の程を一言で表すならば、空間諸共に穿った、とでも言うべきだろう。
爪痕は前方の同程度の山の姿まで見える程度に至っており、途中にあった僅かな小山は頭がすっかりと円形に欠けてしまっている。
木々すらも呑み込み大地を削り取ったその一撃は、前方にもしも人がいればそれすらも巻き込んでいたであろう威力を物語る。
――まずい、これは怒られるかもしれない。
エレインは目の前に広がった魔法の影響、惨状に対し嫌な汗を流した。
《エレインさん!? 聞こえますか!?》
「ごめんなさいっ!」
《えっ!? 何があったのです!?》
突然鳴り響いた通信越しの声に反射的に謝罪の言葉を口にするのも無理はない。エレインとてここまでの威力を放ってしまうとは露とも思っていなかったのだから。もっとも、声をかけたオウカは何に謝罪されたのか困惑する事となってしまったが。
ともあれ、エレインはオウカに今しがた戦っていた人型ルイナーに関する情報を告げ、それを討伐した事を説明していく。
《――斃した、ですか……?》
「おー、斃したぞー。なんか人っぽい感じであたしと同じ双剣使ってたヤツだなー」
《エレインさん、怪我は!?》
「んにゃー、無傷だよー。なんかあたしより随分下手くそだったしなー」
それは騎士種のルイナーに対するエレインの素直な感想であったが、オウカには何が言いたいのかはいまいち判然としなかった。
しかし、騎士種のルイナーを討伐できると聞いて、今はエレインを遊ばせている余裕はないと、そう判断する。
《エレインさん、すぐにフィーリスさんに合流をお願いします! 今、リリスさんとフィーリスさんが恐らく人型ルイナーと戦闘中です!》
「お、そーなのか? んじゃ行く! アルテが送り迎えしてくれるの?」
《いえ、アルテさんは今、他の件で動いてしまっているので身動きが取れません! なのでエレインさんの高速移動だけが頼りです!》
「おー、りょうかーい!」
フィーリスの居場所なら、先程から大気を伝わってくる魔力の動きでエレインもすぐに把握できた。
もっとも、本来であればそれだけの情報では誰が相手であるかまでは理解できないものではあるのだが、エレインはこの魔力の動きを「癖があるから誰か判る」という、もしもルオが聞いたら「キミ、野生?」とでも言いたくなるような理屈で判別している。
ともあれ、こうして才能の塊と言えるエレインは、対騎士種ルイナーにおける最大戦力として知られるようになったのであった。
一方、そんなエレインの活躍を知らないアルテは、見知った建物の一室へと三人の魔法少女を連れて転移していた。
「来たわね」
「ん、時間がない。だから――」
部屋の中にいた鳴宮が呟くその横で、アルテはその部屋の中にいた一人の少女を真っ直ぐ見つめた。
フィーリスと共に戦う事すらできなかったアルテの手は震えていた。
身体の内側からせり上がるように悔しさ、怒りといったものを呑み込んで、自分にはできない役割を、目の前の相手に託さなくてはならないからだ。
一度言葉を区切り、自分の惨めさすらも押し込めて、アルテは続きの言葉を口にした。
「――……お願い。みんなを、助けて」
「当たり前です。アルテさんがいてくれるから、私も助けに行けるんです」
短く、けれど決然として少女――魔法少女ロージアは力強く頷いてから、ふっと微笑んで柔らかく返した。
その言葉に、自分の内側に燻るものを見透かされたような気がして、アルテは泣きそうになりながらもロージアへと手を伸ばした。
「行ってきます、教官」
「誰一人、欠ける事なく帰ってきなさい」
「はい、必ず」
アルテの手を取ったロージアが頷いたところで、アルテは再び戦場へと転移魔法を発動させた。




