表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
魔王降臨編
142/220

#099 魔王 Ⅲ

 僅かに時は遡り、フィーリスが人型ルイナーと接敵するその数分ほど前のこと。

 ルイナーの襲撃が一時的に止み、アルテから支給された食事とスポーツドリンクを受け取り、それらを胃の中へと流し込んだリリスは、周辺を警戒しながらも休息していた。


 心地良い疲労感。

 第七階梯魔法を使って感じた不思議な昂揚感のせいか、まだまだ身体にも精神にも疲労の色は見えない。

 むしろ僅かに不完全燃焼とさえ言える気分を落ち着けるために、食事と水分で空白となっている自らの隙間を埋めるように、それらを終えて深く深呼吸する。


 ようやく落ち着いたところで、通信用につけているイヤホンマイクからジジッと接続に伴う僅かなノイズ音が届いた。


《――リリスさん、聞こえますか!?》


「はい、こちらリリスです。どうしました?」


 切迫した様子で声をあげるオウカから届いた通信。

 基本的に落ち着いて物事を冷静に運んでいこうとするオウカにしては珍しい、取り乱すとまでは言わずとも切迫した様子で声をかけてくるという状況に、リリスは何があったのかと僅かに驚きつつも応答を返した。


《今すぐフィーリスさんと合流をお願いできますか!?》


「ッ、何かあったのですね」


《異常が発生しています! 魔力計測器が何かの接近を示しているのですが、計測不能の反応を見せています! 恐らく、測定しきれない程の力を有したルイナーだと思われます!》


「測定しきれない、ですか……」


 現在軍が利用している魔力計測器は一等級とされているルイナーの魔力値を弾き出し、さらにはその上位種となるであろう特級ルイナーにも対応できるよう改良されたものも存在している。

 改良された魔力計測器でも測定しきれないとなれば、確かに異常事態であると言えるであろう。


「向かいます。すでにフィーリスさんは避難を?」


《それが、どうやらこちらの声が届いていないようです! 恐らくルイナーが放つ魔力が強制的に周囲の魔素濃度を引き上げてしまっているかと思われます!》


「それ程まで、ですか。急がなくては……――ッ!」


 即座に動き出そうと腰を落としたところで、リリスは何かに気が付いたかのように周囲をゆっくりと見回しながら、ゆっくりと腰をあげた。


「……すみません、オウカさん。時間がかかりそうです」


《――――!》


 ザーザーとノイズ混じりの音に切り替わり、オウカとの通信が強制的に切断されてしまい、音という音が消える。

 その中でリリスは警戒しつつ周囲をゆっくりと見回して、僅かな魔力の発露に気が付き、後方へと飛び退って森の奥を睨みつけた。


 森の奥から、枯れ落ちて乾いた落ち葉を踏み締めるような音が断続的に聞こえてくる。

 その足音が間もなく自分たちの視界に映るかと思われた、その瞬間。まるで堰を切ったように滲み出すように高濃度の魔力が周囲を塗り潰すように溢れ出てきて、リリスは思わず目を瞠った。


「……ルイナー……?」


《――……バ、カな……》


「ッ、師匠、アレが何なのか知っているの?」


 姿を見せたその存在、それはフィーリスの元に現れたルイナーと同じく、成人男性のようなシルエットを持つルイナー。しかし成人男性としても背も大きく、身体も筋骨逞しい坊主頭の男性のシルエットとも言える姿。

 フィーリスの元に現れた人型ルイナーは長剣をその手に持っていたが、一方でこちらはハルバードを思わせるような槍と斧が混ざり合うような長大な武器を手にしていた。


《……アンタたちがルイナーと呼んでる存在、それは邪神の眷属だって話をしたのは憶えているだろう。その中でも強く、厄介な上位種とも呼ばれるような存在が現れる事があるのさ》


「……それが、あの人型……?」


《あぁ、そうさ……。魔王と呼ばれるような馬鹿げた力を持ったどうしようもない存在を護るように現れる、人型ルイナー。アタシらはそれを騎士種と呼んでいた。あれは紛れもない、騎士種だ……!》


「……騎士種のルイナー」


《あぁ、そうさ……ッ! アレが出てきたって事は、魔王が生まれたってのかい……? いや、だが魔王を生み出す程の力は今の邪神にはないように思えるし、アタシが知る騎士種に比べれば随分と力が弱く見える……。ともあれクラリス、距離を詰められないように注意しな!》


「了解!」


 返事と共にリリスが視界の開けた先へと後退するように移動を開始すれば、即座に騎士種のルイナーは動いた。

 肉薄し、長大な斧の刃の部分が迫る瞬間をしっかりと見ながらリリスが後退すれば、振り下ろしたハルバードは膝の高さでピタリと動きを止め、そこから真っ直ぐ先端の槍の部分を突き刺そうと突き出される。

 その動きに動揺しつつもリリスが身体を仰け反らせて避けつつ、手をついて後方に回転しながら飛んで距離を取る。


 ――下手に目を離せば、対応しきれなくなる。

 短い攻防の中でリリスはそんな答えを導き出した。


 明らかに相手はハルバードを扱う事に熟達している。

 基礎を学び、戦い慣れ、様々な方法で攻撃を仕掛けてくるその姿は、衝動のままに襲いかかるルイナーのそれとは全く違う。明らかに知識があり、知恵があり、技術を研鑽してきたが故の判断をしている。


 ――恐ろしい相手だと感じる、一方で、リリスは自らの意思とは裏腹に口角をあげていた。


「……ふ、ふふふ……」


 ついには堪え切れず、声が溢れた。

 得てして笑顔とは威嚇であるというが、リリスのその表情は紛れもない純粋な歓喜と、そしてどこか狂気じみた期待を孕んだものだった。


 リリスにとって、ルイナーは斃すべき相手。

 魔法少女は共に研鑽すべき仲間であり、ルキナは師であると言えた。

 そんなリリスが手合わせをして、己の本気を真正面からぶつけ合える機会があるかと言われれば、それは皆無に等しい。何せ魔法少女の中でも最上位に位置するリリスにとっての本気の手合わせともなれば、それは一撃の判断ミスで命を落としかねない程の激しい戦いになってしまうからだ。


 現状、リリスが相手をして生きていられる――いや、戦い合える程の相手と言えば、リリスの周りには一人しかいない。それこそが、この二年で妙に戦いに対する慣れ(・・)を見せ、応用力と判断力が研鑽されているロージアである。

 ロージアはルーミアによってなかなかに過激な戦闘訓練、実戦訓練を積んでおり、その中で研鑽されてきた実力は今やリリスにとっても自分と遜色なく、むしろ実戦経験だけで考えれば自分よりも上にいるだろうとリリスは冷静に評価していた。


 だから、リリスは歓喜する。

 期待する。

 そして、昂揚する。


 目の前のコレ(・・)は――自分が全てをぶつけるに値する実力者であるが故に。


「……師匠、ギリギリまでやらせて」


《……はあ。ホント、アタシが面倒見るヤツぁどいつもこいつも……。アンタもそういうトコはあの馬鹿弟子とそっくりかい》


「え、師匠に弟子なんていたの?」


《……あぁ、いたよ。アンタと似てるよ、まったく。いつも何処か達観して、冷静で、少し捻くれてるクセに、強者に対しては憧憬と尊敬を向けながらも鋭い笑みを浮かべて、嬉々として実力をぶつけたがるところなんかはね》


「そ、そう……?」


 初めて聞かされた弟子の評価は、なかなかどうして危険な人物であったのではと思わせるような内容であった。他人を評する言葉にしては遠慮のない辛辣がそこにはあるものの、その思念で伝わってくる色は優しいものがある。

 そんな優しさを向ける対象と似ていると言われて、何故か嬉しくなってしまうあたり、リリスもなかなかに拗らせているとも言えるが……それはさて置き。


《――いいさ、しっかりやんな、馬鹿弟子(・・・・)


「……ッ、師匠、私を弟子って認めてくれるの……?」


 師匠と呼べとそう言われて以来、しかし一方で弟子として認めるかどうかについては保留にされたままだったリリスとルキナの関係は、むしろ母と娘に近いと言える。

 元々ルキナはリリスに対して「自分を守るための力」を与えるために簡単な魔法しか教えてこなかったが、しかしこの二年という時間の中でリリスは常にルキナに様々な魔法、戦い方、考え方というものを教わってきた。

 今ではリリスだけではなく、魔法少女から探索者に至るまで魔法の基礎はルキナからリリスに伝えられたものが広まろうとしている。


 気が付けば、ルキナはかつての弟子と同じようにリリスに自分の全てを教え込めるかを見極めるようになっていたのだ。

 そしてその結果、第七階梯魔法の発現という形で、リリスはルキナの期待に応え得るだけの下地が出来上がったと、そう判断した。だからこそ、いつしか有耶無耶になってしまっていたその関係を、改めてルキナは師弟という立場を口にする事で明言する。


《フン、喜ぶのはまだ早いよ。まずはアタシの見ている前で、アレを斃して見せな。そしたらアンタを正式に弟子として認めてやるよ。これはその先払いってヤツさ》


「……分かったよ。絶対、斃す……ッ!」


 フィーリスと騎士種のルイナーがぶつかり合う、ちょうどその頃。

 リリスもまた強敵との戦いに身を投じようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ