表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
魔王降臨編
139/220

#096 駆け引き

 世界と世界の境界は、イメージとしては網目の細かいネットのようなものだ。

 時々このネットの網目から零れ落ちるように魂、あるいは肉体ごと異世界に落ちてしまうようなもの、それが異世界転生、異世界転移と呼ばれる代物の正体である。


 これは僕が日本という国から以前の世界、つまり魔王を討伐した剣と魔法の世界、ゲームやアニメ、小説やラノベ等で言うところのファンタジージャンルと言えるような世界に転生してしまった経緯であり、同時に零れ落ちた僕の魂を異世界に適応させてくれたイシュトアが告げた世界の真相。

 極稀にそういった異世界転生、異世界転移という事態が起こってしまう一方で、しかし神々の目線で見ればその世界の技術革新、産業革命といったものを引き起こし、世界を成長させる意味でも悪いものとしては捉えていないらしい。

 あまり危険過ぎる知識、専門的過ぎる知識はフィルターするらしいけどね。


 ともあれ、問題はその世界と世界の境界、網目の細かいネット状の境界。

 これを邪神という名の世界の残滓が恨み辛み、怨念や悔恨といった負の意思と融合した存在によって強引に喰い破られ、異世界を巻き込んでいくという今の状況を打破するために、僕とイシュトア、そしてこの世界の亜神らの協力によって大きすぎる穴ではなく小規模の穴を意図的に作り出した事で、この世界各地にルイナーが大量に現れるようになった。


 要するに、この状況はコントロールされた状況だと言える。


「――そのはず、なんだけどなぁ……」


 完全に魔力を隠した状態で華仙から離れた場所、その上空で胡座をかくような体勢で見下ろながら、ぽりぽりと頬を掻きつつ独りごちる。


 僕が見下ろした先にあるのは、世界と世界の境界に繋がる出入口として設けられた漆黒の扉。

 本来なら同じ場所から邪神の眷属が大量に出てくるとなれば、相応に大きな力を持った邪神の眷属が大きく境界を食い破り、その場所から袋の中の水が漏れていくように出てくる、というものなんだけど……。


 あれ、どう見ても何者かが調整して境界の穴を固定できるように生み出したものなんだよね。

 境界門、とでも言うべきかな。


 僕らが境界を緩めたの事実だけど、ここまで局所的な発生に偏らせるものではなかったんだけど、どうやらあの境界門のせいで偏ってしまっているようだ。


「ルオ、お待たせ」


「ん、悪いね、ルーミア。急に呼び出して」


「いえ、構わないわ。――それよりも、アレ(・・)の事が気になったのね?」


 ルーミアもまた僕が見ている先にある境界門を見やる。

 周辺の魔素濃度もかなり濃くなっているし、境界門(アレ)をどうにかできるような人間はこの世界にはいないだろう。


「うん。境界門と呼称しているんだけど、アレ、明らかに何者かの手が入っているよね」


「わざわざ趣味の悪い彫刻まで施してあるんだし、まず間違いないでしょうね。もっとも、常人じゃまず不可能だとは思うけれど。境界門なんてトンデモ存在を生み出すっていうのもそうだけれど、あの魔素濃度はこの世界の人間には耐えられないわよ」


 うん、ルーミアの言う通りだ。

 境界門の周りの魔素濃度は非常に高く、正直あそこまで高いとなるといっそ毒になるレベルである。

 この世界の探索者はもちろん、魔法少女も、そして魔法少女の更に上の実力者である唯希、絽狐や胡狐なんかでも耐えられないかな。

 葛之葉でようやくギリギリ半日程度は耐えられる、というぐらいだろうか。


「で、ルーミア。あんな存在を生み出した存在について、ルーミアはどう推察する?」


「……十中八九、あなたと同じような存在によるものじゃないかしら?」


「ま、そうなるよねぇ」


 あんな境界門を生み出せるのは、世界と世界の境界に干渉できる存在しかいない。

 まず真っ先に考えられるのは、この世界の元管理者である下級神であるはずだけれど、現在その張本()はすでに捕まっていて、イシュトアのような存在が管理しているとなればそこから逃げ出すなんて事は容易ではないはずだ。


「他の神が干渉してきた、かな? いや、それでもこの世界の注目度はあまりにも高すぎるし、そこにこんな形で干渉するのはあまりにもリスクが高いはずだ。となると、リスクを承知してでもやらなければならないと考えた存在による仕業かな?」


「そのどちらかで言えば、後者の可能性が高いわね」


「うーん、けどそんな存在に心当たりがないんだよなぁ。一応イシュトアにもメッセージを送って確認したんだけど該当する存在がいない、っていう判断になってしまうらしい」


「あら、そうなのね。というかルオってば、謎を解明しようって気にはならないの? そんなのであっさり解決してしまうなんて無粋じゃない」


「そうかい? 答えが判る方法があるならそれをさっさと使った方が早いじゃないか」


 残念ながら僕は謎を解明していく、なんて真似をしたい訳じゃない。

 結局のところ、世界を救うという目的、ゴールが定まっているのだからそこに向かって極力最短距離を走っていきたい。だって面倒臭いんだもの。


「――気に入らないわね」


「あれ、ルーミアって謎を解明していきたいってタイプだったのかい?」


「あぁ、違うわよ。ルオの言う通り、使える手段を最大限使って最高効率で物事を進めるというのは私も推奨するわ。そうじゃなくて、あの境界門なんていう存在を作った存在が気に入らないのよ」


 あぁ、そういう事か。

 てっきりルーミアは僕のやり方が気にいらないのかと思ったのだけれど、違ったらしい。

 明らかに不機嫌になったものだから、てっきり僕が詰られるのかと思ったよ。


「気に入らないって、そこまでかい?」


「だって、陰で全てをコントロールして最高の舞台を演出するのは私たちの役でしょう? そんな舞台にぽっと出のおかしな演出を突っ込まれるなんて、面白くないじゃない」


「あぁ、そういう……。危機感があるとかそっちじゃないんだね」


「危機感なんてないわよ。黒幕がいるなら叩き潰せばいいだけじゃないの」


「わお、強気だねぇ」


 なるほど、ルーミアはそういう意味で不機嫌になったのか。

 うん、僕とてルーミアの気持ちは分からなくもない。

 これまで色々と手を加えてきたし、確かに魔法少女たちに攻撃を仕掛けようと思って境界を緩ませたけれど、境界門なんてものを作って僕らの筋書きに便乗されるように利用されてしまっているのだから。


 舞台を大事にしているルーミアにとってみれば、こんな野暮な真似は論外なのだろう。

 僕が結界で覆っているからいいものの、境界門以上に怒りで魔力が放出されてしまっているような有様だよ。


「とりあえず結界を解いてもらえるかしら?」


「うん? なんで?」


「決まってるわ。あの不愉快な門を灰燼に帰すからよ」


 ……うん、今のキミならやりかねないね。

 ただ、それをやると同時にこの辺り一帯が更地になってしまいかねない気がするんだよなぁ。

 それに、できれば黒幕も調べておきたいし。


 ただ、このまま宥めるだけじゃきっとルーミアは不機嫌なままだろうし……うーん。


「ねえ、ルーミア」


「なに? 結界解いてくれるの?」


「あはは、いや、そうじゃないよ。ただ――キミなら境界門すらも演出の一部に使って舞台を盛り上げるぐらい、やってのけるんじゃないかなって思っただけさ」


「…………ふぅん? ルオってば、私を上手く乗せようっていうの?」


「ま、誤魔化すつもりなんてないよ。ただ、このまま叩き潰すだけならできるだろうけど、それじゃいたちごっこになりかねないし、面白さに欠けるとは思わないかい?」


「……なるほどね。続けて?」


「大した事じゃないんだけどね。僕としてはあの境界門を生み出した存在を野放しにはしたくないし、調べておきたいっていうのは確かに否定しないさ。壊すのはそれからでも遅くはない訳だしね。でも――」


 そこで一度言葉を区切り、僕はルーミアを見上げるようにニヤリと笑ってみせた。


「――せっかくルイナーを固定した出入口から出してくれるっていうなら、それをうまく利用してキミの舞台装置の一つとして利用してやれるんじゃないかなって、そう思ってね。この二年ほど、キミの舞台は休業状態だしね」


 実際、葛之葉の一件以来、ルーミア劇場とでも言うべき僕らの表立った劇は上演されていないような状況だ。

 ルーミアとしてもこの二年間は大人しくロージアを鍛えていたし、状況が状況だけに僕も忙しくてあまり大きく動けなかったしで、どうしようもなかった部分がある。


 今回の騒動は、ある意味で劇として上演するに相応しい演目じゃないだろうか。

 ルーミアの怒りを鎮めて境界門の破壊を思い留めさせると同時に、怒りのままに破壊してしまうという行為を防げるのではないだろうかとふと思い立って、そんな提案をしてみたのだけれど……ルーミアはしばし沈黙してじっと境界門を見つめた。


「…………ふふ、ふふふふふ……」


 え、こわ。

 いきなり笑い出すとか。

 あ、でも渦巻くように荒れていたルーミアの魔力が随分と落ち着いてきた。


「いいわ、ルオ。今回はあなたのその提案に乗ってあげる」


「そうしてもらえると助かる――」


「――ただし、そこまで私を焚き付けたからには、今回は舞台の背景設定をしっかりと伝えるから、それを演じてくれるのよね?」


「……えっ?」


「ふふふ、ふふふふ……! いい、いいわ。凄く楽しみよ、ルオ。あなたが自分から舞台に立ってくれるなら、幅が広がるもの! その為ならあんなゴミみたいな門、どうでもいいわ!」


 妖艶さは鳴りを潜めて、無邪気に、にっこりと笑ってルーミアが僕の顔を覗き込む。

 そのあまりにも少女的というか、どこか楽しげな笑顔の眩しさを見て――今更ながらに僕は気が付いた。


「……もしかして僕、嵌められた?」


 僕がルーミアを落ち着かせるために提案した、ちょっとした煽りみたいな物言い。

 けれど、この笑顔を見て、今更ながらに気が付いた。

 今のは『僕がルーミアを宥める為に提案した内容』ではなく、『ルーミアが僕に譲歩を引き出させるために言わせた内容』だったのだ、と。 


「ふふ、さあさあ、二年ぶりの劇の始まりね、ルオ♪」


「ア、ハイ」


 ……今回は完全に僕がやり込められてしまったようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ