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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
魔王降臨編
138/220

#095 華仙防衛戦 Ⅴ

 凛央の魔法少女らが華仙の魔法少女らと完全に交代して、一時間半程。

 年の瀬もほど近いこの時期は陽が落ちるのもずいぶんと早くなり、徐々に闇が侵食していく逢魔が時。

 ルイナーの勢いは止まらず、かつて葛之葉で対峙した『都市喰い』クラス――つまりは一等級のルイナーさえも散見される。


 二年半程前ならば絶望的とも言えたその状況。

 しかし今となっては一等級のルイナーと言われても倒せない相手という訳ではなく、場合によっては前線で戦うリリスとフィーリス、エレインが一時的に一等級のルイナーの対処を優先し、オウカが遠隔結界によってルイナーを足止めして時間を稼ぐという形で対応を続けており、最終防衛ラインが更に後退するような事態には陥っていない。


 一見すれば順調だと言える。

 しかし、前線の五人に指示を出してこの状況を演出してきているオウカの表情は、ちらりと天幕の外が薄暗くなっている事を確認すると深い溜息を吐き出した。


「このままではまずいですね……」


「え? ど、どうして?」


 不意に口を衝いて出た本音に、華仙の魔法少女たちの治療を終えて司令室へと戻っていたカレスが問いかける。


「ルイナーの等級が上がっているという報告が入っているのは先程からこちらにいたカレスさんも理解しているところかと思いますが……」


「はい、聞いてます」


「そう、それが問題なのです」


「え……? でも、今も順調に対応できてますよね?」


 一等級、二等級のルイナーが出ている中であっても前線で戦うリリスらは大きな怪我もなく、長期戦を視野に入れているのであれば、極力負担を減らすようにペースを配分しているだろうという事は見て取れる。

 カレスはどちらかと言えば順調に防衛ラインを維持できているという感覚でいたために疑問を口にしたようだが、実際に指揮を執っているオウカはこの状況の危険性を感じ取っていた。


「一等級と二等級は、確かに私たちなら対処できます。ですが、華仙の魔法少女たちだけで支えられない可能性があるんです」


「……あ……!」


 確かにカレスの考えは正しく、防衛ラインを維持する事はできている。

 しかし凛央の魔法少女らが出てきてから徐々にルイナーの等級が上がってしまい、一等級や二等級といったルイナーが次々に現れる今の状況に対し、休憩から復帰した華仙の魔法少女を入れた場合に対応していけるかどうか。凛央の魔法少女たちが休息を取れる程に安定するかどうかが不明瞭なのだ。


 ――いえ、恐らくは不可能でしょう。

 オウカとしてはあまり考えたくない事実ではあるのだが、頭の中の冷静なところでは華仙の魔法少女では支えきれないだろうという結論を導き出していた。


「魔法の体系化と訓練を行っているとは言え、魔力制御の重要性に逸早く気が付いた火野さんのおかげで魔力制御に注力していた凛央の魔法少女たちと他の魔法少女訓練校の生徒たちの間には、スタートラインから大きな差がありました。それに加えて、魔法というものを操れるリリスさんがいたからこそ相談や助言が可能で、早い段階で習得できました。ですが、他校はそうそう上手くいっていないのです」


 実際、この半年程でオウカも魔法庁の魔法少女として義務教育課程も修了した事から、他校の魔法に関する育成状況に関する資料には目を通す機会もあったが、その資料を見た所感として、凛央魔法少女訓練校との乖離が大きい点は気になっていた。

 とは言え、徐々に魔法を浸透させていき、魔法少女訓練校と探索者で取り入れられるよう体系化させるという目的もあり、切迫した状況でもなかったため、そこまでは問題視していなかったのだ。


 しかし今の状況ではその考えは甘かったと言わざるを得ない。


「魔法に対する試行錯誤を行いつつ助言を受けられる環境にいた私たちと他校とでは習得速度に大きな差があるんです。一等級、二等級のルイナーとの戦闘であれば、恐らく今の華仙の魔法少女たちでは全員で一匹に当たり、相性が良く、かつ連携が上手くいけば辛勝できる、というところでしょう」


「そ、それじゃあ……」


「えぇ、当初は長期戦だけを視野に入れてましたが、少し作戦を変えるべきですね。カレスさん、鳴宮教官に繋いで今の話を伝えていただけますか? 今の内に私は前線組に少し体制を整えてもらい、時間を作れるよう調整します」


「わ、分かりました!」


 カレスが鳴宮に対し状況説明をしに向かっている間にオウカはリリスたちの戦況を確認し、少し作戦を変更するために魔力を温存した状態で防衛ラインを維持するよう伝えると、鳴宮と通話が繋がっている場所の近くへと移動した。


「教官、お忙しいところすみません」


《いえ、構わないわ。今カレスさんからあなたの見解について聞かせてもらったわ。私もどうにかできないかと発生源を特定できないか、山の中をドローンと無人偵察機を飛ばして探っているのだけれど、まだ何も見つけられていないわ》


「そうでしたか……。ですがこのままの状況というのは……」


《えぇ、そうね。そろそろ空も完全に陽が落ちてしまうし……まったく、調査すらしていなかったなんて》


 防衛戦が数十分単位で続いた時点で普通であれば発生源や周辺を調査するはずだが、しかし華仙の軍人らはそうした調査を怠っており、ただ防衛だけを魔法少女に任せていたというのだから手に負えない。

 もっとも、その結果として華仙の連邦軍に対する鳴宮からの雷が落ちる事となったが。

 ともあれ、上空からの探索が夜になってしまうと非常に難しくなってしまい、凛央の魔法少女たちが休息を取れなくなってしまう可能性も出てくる。


「華仙の魔法少女は戦闘型の魔法少女が六名で、こちらは前線五名。お互いに三対二で組み合わせてローテーションさせるという事も考えましたが……」


《厳しいわね。それだと凛央側の負担だけが大きくなるわ》


「はい、私もそう考えました。結界でカバーする事もできますが、それも長時間となると難しいかと……」


 オウカが結界を本気で張っていれば一等級ルイナーだろうが足止めする事は可能だ。

 しかしそれだけの結界を張り続けるとなると、魔力の消費は凄まじく、おそらく一時間と保たずに魔力が尽きてしまう。

 凛央以外の魔法少女に応援を要請したとしても、華仙と同程度の実力の魔法少女が集まったところで犠牲が増えてしまいかねないというのが実状である以上、選択肢があまりにも少なすぎる。


《……背に腹は代えられないわね……。オウカさん、魔法庁側にいるあなたに決定権は委ねるけれど、私なら一つの勝負に出るわ》


「勝負、ですか」


 現在のオウカの立ち位置は魔法庁の魔法少女という立場であり、いくら教官であった鳴宮とて彼女に対する指揮権は有していない。故に鳴宮は提案という形でオウカへと考えを伝えるつもりなのだろう。

 現状手詰まりとも言えるような状況にあるオウカにとって、鳴宮という軍で軍事を学んできた相手、それも教官として自分たちを守ろうとしてきた人間の意見は非常にありがたい。


 続きを促すように映像越しに自分を見つめてくるオウカの姿を見て、鳴宮は意を決して告げた。


《華仙の魔法少女は休息を完了後、凛央に送るという勝負よ》


「――ッ! 教官、それは……」


《えぇ。あの子(・・・)をそちらに送り出して、機動力の高いエレインさんと探索能力に特化したエルフィンさんで発生源の発見を最優先に行動するしかないと思うわ》


 鳴宮の提案とは、即ち魔法少女ロージア(明日架)という凛央魔法少女訓練校のもう一人の最強の一角をこの場に喚び出し、防衛をリリスとフィーリス、そしてロージアに託して根本を断つ方向に完全にシフトする、というものであった。


《幸い凛央は今のところ何も起こっていない。なら、あの子の代わりに防衛戦ではリスクが大きい華仙の魔法少女の数名を凛央と華仙に回してあの子に出てもらうという選択肢を取れるわ》


「ですが……」


 もしもその通りに動いて発生源を叩いてしまえるならば、その選択肢を選ぶ価値はある。

 しかし発生源と呼べるようなものがそもそも存在しているのかも、ましてや発生源をどうにかできるのかも判らない今の状況で賭けに出るのは、些か性急過ぎるとも言えた。

 そう考えて渋るオウカを他所に、鳴宮は更に続けた。


《あなたの言いたい事も理解できるわ。でも、防衛しているだけじゃ瓦解しかねない今の状況で、黙って指を咥えて見ていても状況が改善されるとは思えないわ。消耗して倒れるしかないというのなら、一縷の望みを懸けて前に出るしかないと思うわ》


「……ロージアさんを凛央から動かしてしまってもいいのですか?」


《凛央に彼女に残ってもらったのは、彼女がいなくてもこの防衛戦を乗り越えられるという前提があったからこその選択よ。けれど状況が変わった以上、彼女程の力を遊ばせておく必要なんてないもの。何も問題なんてないわ。むしろこのままにしておいて何も手を打たずにじりじりと追い詰められてあなたたちが死んでしまう方が余程の問題よ》


 ロージアの実力が非公式サイトとは言え『まほふぁん』内で常に序列第一位を守り続けるリリスと同等、あるいは場面によってはリリスすらも上回る力である事を、鳴宮は当然理解しており、大野にもその報告をあげている。

 だからこそ、万が一の場合に備えてリリスと並ぶ最強の一角と言えるロージアには凛央には残ってもらいたいという要望もあり、魔法庁もまた今回の防衛戦は全力を注ぐ程でもないと判断し、その要望に同意した形になる。


 しかし、一等級や二等級のルイナーがここまで出てくるとなれば話は変わってくる。

 あれらが華仙に到着してしまえば、華仙は滅ぶ。

 まして、原因も判らないまま華仙に向かっているが、ふとした拍子に華仙とは別方向に侵攻を開始しようものなら、それこそ大惨事を招きかねない。下手をすれば誰も止める事ができず、大和連邦国全域を蹂躙される可能性すらあると考えられる。


 防衛戦に余力や余裕があった当初の状況と今とでは、大きく状況は変化しているのだ。

 探索者はもちろん、他の魔法少女ですらあてにならない以上、ここで叩くしか道はない。


《時間はまだあるわ。それまでにルイナーの攻撃が止んでくれるか、等級が下がればいいけれど、大抵の物事において希望的観測っていうものは外れるものよ》


「……分かりました。では、現状を維持しつつ、このままの状態が継続されるようであれば、華仙の魔法少女が復帰する予定となっている二〇〇〇(フタマルマルマル)に、入れ替えを行います」


《分かったわ。こちらから彼女には伝えておきます》

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