#094 華仙防衛戦 Ⅳ
魔法庁の魔法少女として今回の作戦における連邦軍への協力を一度拒否してみせたオウカは、連邦軍として魔法少女に協力するという大野の提案を改めて受け、軍用の作戦司令室となる天幕から少し離れた位置に魔法少女用の作戦司令室としての天幕を連邦軍から借りて新たに設置した。
そこに設置されたモニターに映し出されたマップには、有り得ない早さで動く凛央の魔法少女たちの位置を示す地図上に示された光点が表示されており、ジュリーが連邦軍に提供した魔力測定器を用いた対ルイナー用索敵装置が反応を見せる度に、オウカから現場の魔法少女らに次々と指示が飛んでいた。
「――フィーリスさん、北上してルイナーの討伐を」
《かしこまりましたわ》
「エルフィンさんはその場所で待機で構いません、エレインさんが遠隔結界用の魔石を埋め込んでくれてそちらに向かっているので合流してください。リリスさんの先程の大魔法によってルイナーの動きがリリスさんのいる方向に変わりました。その付近で接敵すると思います。――エレインさん、エルフィンさんが光弾を上空に打ち上げます。空を確認できますか?」
《おー、木に登る! ――登った! いいぞー!》
「エルフィンさん、光弾を」
《あいよ!》
《んー……、お、見つけた! そっち行けばいいんだよなー?》
《おー、早く来いよー》
「では、エレインさんとエルフィンさんはそちらで接敵対象が来るまで待機で。――リリスさんもその場で待機で構いません」
《分かりました》
矢継ぎ早に飛ぶ指示、そしてスピーカー越しに返事をして即応してみせる凛央の魔法少女たち。
凛央魔法少女訓練校の魔法少女たちが華仙の魔法少女らと交代する形で防衛ラインを維持しつつじりじりと後退し、オウカと鳴宮とで指定した防衛ラインに調整するのにかかった時間は三十分足らず程度。
防衛ラインは直線距離にすれば数キロ程度だが、そこは道なき道である山を無視した計算であり、常人ではおよそ不可能な早さであったと言える。
その練度の高さはあまりに的確かつ素早く、その場でその姿を見ていた丹田の代わりとして簡単な情報の擦り合わせにやって来ていた連邦軍の現場指揮に関わる数名の軍人たちは唖然とした様子で立ち尽くしてその光景を見ていた。
《――何を呆けている、貴様ら》
低く唸るような女性の声に、オウカを見つめていた軍人らのみならず思わずオウカもびくりと肩を震わせて、声の聞こえてきたスピーカーの置かれた位置、その横にプロジェクターを通して映し出される声の主――鳴宮 奏に恐る恐るといった様子で顔を向けた。
そこに映し出されている鳴宮の表情は、明らかに不機嫌極まりないといった様子だ。
腕を組み、額に青筋を立てながら眉間には皺を寄せ、睨みつけるような冷たい目をして映像越しにこちらを睥睨しており、元々つり上がりがちの目であるためにその迫力は凄まじいものであった。
《華仙の魔法少女が戻ってくるまでに充分に休めるスペースを用意してあるのか? それとも町までいちいち送迎するつもりか? 一から十まで全て教えなければ動けないのか? 馬鹿か、貴様らは?》
――ひぃ、こんな鳴宮教官見た事ないですけど……!?
オウカと、その横にいたカレスは初めて見る鳴宮の軍人らしい態度を目の当たりにしてその表情を引き攣らせた。
そんな動揺を見せる魔法少女組にとって、その怒りは対岸の火事だからこそ怯えている程度で済んでいるとも言えた。
事実としてその矛先を直接向けられている軍人らの顔をちらりと見れば、文字通り顔面蒼白といった有様で、身体も妙に強張らせ、僅かに震えている事が窺える。
しかし、だからと言って鳴宮の怒りは収まらなかったようである。
《上司が無能なら部下も無能か? そんなに丹田とかいう無能のゴミと一緒にいたいなら貴様らも漏れなく僻地に飛ばしてやるぞ? 大佐権限でその程度の事はいつでもできる。遠慮なく言え》
「そ、そんなつもりはありません!」
《ならばさっさと動け、クズ共! 長期戦の食糧、緊急時の避難、索敵の展開、今後の予測立案、言わずともやる事は山ほどあるだろうが!》
「は、はっ!」
鳴宮が一喝した瞬間、蜘蛛の子を散らすように軍人らが軍用の作戦司令用天幕へと駆けていった。
ちょうど一喝したタイミングで天幕の入り口に戻ってきたアルテがぴゃっとおかしな声をあげながらそそくさとオウカの後ろに隠れた。
《――……まったく。手間をかけさせて悪かったわね、オウカさん》
「い、いいいえ! そんな事ありません!」
《ふふっ、ごめんなさいね。さっきのアレは軍事活動用の顔だから、あなたたちには少し刺激が強かったかしらね。ああいう言い方をするのは同じ軍の人間だけだから安心して》
優しく微笑んでみせるのだから、かえって怖いのだと思われていることに鳴宮は気が付いていないようであった。
鳴宮はまだまだ若い女性だ。
そんな女性が女だてらに軍の中で昇進していくと、縦社会である軍では自分よりも歳上の男に対しても命令を下すような立場となり、当然面白くないと考える男も多い。そうなれば、命令を聞かない者、不真面目に応答する者も時には出てきてしまうのだ。
軍部という男社会である事が余計にそうした感覚を強くさせる傾向にあるという点も問題だろう。
そんな男たちに命令を聞かせる上で最も効率的なのは、恐怖による支配である。
甘い顔をしてコントロールするのではなく、圧倒的な上位者であると理解させるのだ。
故に鳴宮は特に厳しい言い方をしつつ、正論で相手の心を折る方法を選択する傾向にあった。
もっとも、魔法少女の前でさすがにそれを見せるつもりはないというのが本音であるし、そもそも鳴宮自身、先程のように感情的に怒鳴りつけるような物言いはあまり好まないところではある。淡々と理詰めするように言ってしまう方が気楽ではあるのだが、そのやり方をしてしまうと相手が反発しやすい傾向にあると数年間の軍生活で学んだ故に、仕方なくやっている、というのが実状であった。
「こ、怖かったですよぉ……」
《あなたたちの前であんな態度を取ったりはしないものね。アルテさんも隠れなくても大丈夫よ》
「……ん、怖かった」
《ごめんなさいね。それにしても……、はあ。華仙の軍部は相当酷い事になっているわね……》
「そうなんですか?」
ここまでの大規模な戦闘に発展した事がないため、オウカや魔法少女らにとって馴染みのない状況ではあるため、魔法少女側としては今の状況の何が酷いのかを理解していないようであった。
今回のようにひっきりなしに次から次へと戦闘が継続してしまっているのであれば、本来ならば長期戦を視野に入れて環境を整える事も含めてやるべき事は多岐に亘る。
しかも朝に比べてルイナーの数はどちらかと言えば増加しているようで、上限が見えてすらいないのだ。万が一の場合には華仙を放棄し、民衆を全て避難させる事も視野に入れなければならないような状況だ。
まして、今はすでに日も傾き始め、あと二時間と経たずに夜が訪れてしまうというのに何もできていないというのだから話にならない。
鳴宮は大野からここの指揮を執るように告げられた際に、その万が一に向けて多少なりとも根回しはしておくつもりだと聞いている。
それだけ状況は芳しくないと察する事ができていた。
だと言うのに、華仙からやって来たこの連邦軍の軍人らは全くと言っていい程にそれらを考えていない。
それどころか長期戦となる準備もできておらず、その先に魔法少女では抑えきれなくなる事態も、街を放棄しなければならない可能性など微塵も考えていない事が窺える。
――魔法少女に頼るだけの無能な連邦軍、か。そう言われてしまうのも頷けてしまう有様ね。
一通りつらつらとそれらの点を説明した後で、鳴宮はあまりの情けなさに歯噛みした。
《――そういう訳で、様々な点に対してテコ入れしなきゃいけない状況なのよ。だからこれから私はあちらの指揮をメインに指示するわね。幸い、こちらはオウカさんに任せていても問題なさそうだから。この回線は常に繋いでおくけど、マイクはオフにしておいていいわ。何かあったらマイクをオンにしてこちらに声をかけてちょうだい》
「はい、分かりました」
魔法少女側の天幕内の通信カメラとマイクがオフになった、その直後。
連邦軍の天幕では凄まじい罵声と怒声が飛び交い、涙目になりながら軍人たちがあちこちに指示を飛ばし、駆け回り、怒声が飛び交う中で天幕があちこちに張られていくという光景が広がる事になる。
華仙の魔法少女たちがその厚遇ぶりに驚く姿を治療に来ていたカレスが見て、それが鳴宮の耳に届き、再び怒声と罵声が司令室に響き渡る事になるのだが、幸いオウカたちはそれを知らないまま防衛を続けていた。
そうした騒動が起こっている事など露知らず、華仙から少し離れたその山奥にて、それは目覚めた。




