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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
魔王降臨編
135/220

#092 華仙防衛戦 Ⅱ

 桜花と大野の二人がお互いに奇妙な共通認識を芽生えさせて肩を落としている、その頃。

 リリスは風魔法で自分の身体を押し出すようにして飛び上がり、森の上を滑空するような形で移動を続けていた。


《――クラリスさん、そっちの状況はいかがかしら?》


「こっちは戦闘中みたい。周辺のルイナーも囲まれていると言う程ではないにしろ、複数の魔力反応も感じられる」


 耳につけたイヤホンマイクから聞こえてきたのは今しがた分かれたフィーリスの声であった。

 遠方に見える防衛ライン上では今も戦いが続いているようで、衝撃音と木々が倒れるような音、砂塵が舞い上がっている事が激しい戦いの最中である事を雄弁に物語っている。


 すでに防衛戦が始まって七時間以上が経過している。

 体力、魔力的に余裕がないであろう魔法少女らがいつ倒れてもおかしくない状況である事を把握しているリリスは、更に加速する事を決意した。


 このまま進めばちょうど魔法陣にぶつかるような位置となる前方に魔法陣を構築、展開。

 自身の身体がその魔法陣を通り抜けた瞬間、魔法が発動する。

 発動させたのは暴風を発生させ対象を吹き飛ばすという魔法だ。


 魔力障壁がなければあっさりと人間の身体を吹き飛ばすような暴風を生み出す魔法ではあるが、魔力障壁は衝撃すらも通さないため、直撃してもダメージを負うような事にはならない。

 しかし一方で、魔力障壁の強度を意識的に引き下げ、魔法と拮抗するような状態を保つ事ができれば、身体には直接衝撃を通さないまま吹き飛ばす事ができるのだ。


 この方法はリリスと契約している、【暝天】の名を冠する魔女、ルキナから教わったものであった。


 ――「空を飛ぶ魔法は制御が難しいけど、これなら大して考えなくても推進力を得られるんじゃないかなって思ってやってみた。最初は意外と怖かったよ、うん……」。


 そんな感想をつけて遠い目をしながら語ったらしい、ルキナの親しい人物が編み出した魔法の利用法であった事を聞かされた際には、リリスも思わず「……これは怖いのは当たり前なんじゃ……?」と呆れて閉口したものであったのだが。ともあれ、慣れてしまえば長距離移動は非常に楽だ。

 他の生徒たちに教えてみたものの、なかなかに制御が難しい上に速度も凄まじい事から使う人間は限られているが、今ではこれを使った一瞬の肉薄という戦法も練習していたりと、なかなかに応用の幅を見せていた。


「――接敵開始」


《了解ですわ。華仙の魔法少女はそのまま退却するよう伝えてくださいまし》


 フィーリスは返事を待つつもりはなかったようで、そのまま通信を切ったようだ。機械装置の微量な電子音が消えた事からそう判断したリリスは刃の部分が長大な大きな槍を生み出すと、先程まで自分を吹き飛ばしていた魔法陣と同じものを前方に生み出し、その勢いをそのままに手から離した。

 真っ直ぐ突き進む槍が魔法陣の内部を通過すると同時に暴風を生み出し、ぐんっと槍が速度を上げ、姿を曝していたルイナーの魔力障壁を物ともせずに貫き、同時に二トントラック程はあろうかという身体を貫いたまま押し出していった。


 対峙していた魔法少女は突然の光景に半ば唖然としていたようだが、魔法を駆使して空中で勢いを殺したリリスが降り立って姿を見せた事で、その目をさらに大きく見開いた。


「……な、んで、アンタがここにいるのよ……、リリス……」


「……戦っていたのはセリカさん、でしたか」


 青みがかった長髪が毛先に向かうにつれて桃色に変わっていくという、なんとも不思議な色合いをした髪に、整った表情の少女。

 まるでマーチングバンドの制服にひらひらとしたフリルを付け足したような魔法少女装束に身を包んだ少女は、リリスを見るなり驚愕を浮かべた表情から苦々しいものへと表情を歪ませていった。


 少女の名前は魔法少女セリカ。

 非公式魔法少女ファンサイトである『まほふぁん』にて序列五位に位置する魔法少女であると同時に、リリスが半年前に脱退した(・・・・・・・・)アイドルグループ、『魔法世界』のセンターを務める少女であった。


 セリカはその見目の良さとファンサービス時の愛嬌のある笑顔から多くのファンに愛されるタイプのアイドルとして人気を博しており、普段は涼やかな表情も見せるリリスとは方向性が違っている、正にアイドルらしいアイドルと形容されるような少女だ。


 しかし、彼女こそがリリスを裏切った(・・・・)張本人でもあった。

 ルキナに教わっている事を伝えた結果、歪曲させた物言いでリリスには虚言癖があるだの、センターだからって特別さをアピールしようとしていると周りに言いふらした人物。

 センターを務めるという、いわばトップにいるリリスに対する嫉妬を抱く者は非常に多かった。

 表向きは疑っていたり、信じていなかったとしても、そういう噂があるというだけで人は他人を嫌う事ができてしまう生き物なのだと、リリスは幼いながらに理解した。

 そうした経緯もあり、かつトップであるからこそソロでの仕事が多かったことも相まって、リリスとメンバーの間には決定的な溝ができていた。


 しかし、凛央魔法少女訓練校にやって来て、立場は全く違えど、こうした嫉妬や良からぬ噂を向けられる事など日常茶飯事だと言い放つフィーリスと親しくなり、今では親友と呼べる程度には仲が良くなった。

 もともとリリスが『魔法世界』として活動していたのは、かつてのお手伝いさんに自分はここにいると伝えるためというものであり、アイドルそのものに執着していた訳でもなかったというのも大きく、アイドルである必要性というものを感じられなくなったのは必然の流れであると言える。


 結果として『魔法世界』に残り続けるのは自分にとっても不健全だと判断して、半年前の義務教育課程修了と共にリリスは完全に『魔法世界』を脱退を発表した。


 それ以来連絡も取らず、顔も合わせていなかったセリカとこんな場面で再会するとは思っていなかったリリスも、僅かに気まずさを覚えはする。

 しかし、今はそれどころではないと私情を胸の内に仕舞い込んで、表情を変えずにリリスはセリカを真っ直ぐ見つめて続けた。


「華仙魔法少女訓練校所属、魔法少女セリカさんと見受けました。こちらは凛央魔法少女訓練校、魔法少女リリスです。凛央魔法少女訓練校より本作戦、華仙防衛戦の応援に入ります」


「は……?」


「華仙魔法少女訓練校所属の方々は一度後退し、休息を取ってください。その間は私たち凛央魔法少女訓練校が防衛に当たります」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、リリス! 何よそれ!? そんなの連邦軍の人達から聞いてないわよ!」


「もともと、連邦軍に私たち魔法少女に対する正式な指揮権、命令権は一切存在していません。よって、連邦軍の命令を聞かなければならないという道理はありません」


「え……? ……うそ、だって……」


 何かに困惑しているような、まるで信じられないとでも言いたげに狼狽してみせるセリカの表情を見て、リリスはぴくりと眉をあげた。


 ――命令を受ける必要がないと告げただけで、どうしてこんなに狼狽を……?

 セリカの様子を見る限りまるでそんな事すら知らなかったと愕然としているようにすら見える有様だ。

 この程度の事ならば、凛央魔法少女訓練校では当たり前のものとして誰もが認識していたものであり、鳴宮自身も「教官という立場である以上、しっかりとやってもらうけれど、実質的な作戦命令権は軍にも自分にもないわ」と公言している。


 これは一度、桜花に報告した方がいいだろう。

 そう判断しつつ、リリスは改めて口を開いた。


「現在、華仙魔法少女訓練校所属生徒、並びに私たち凛央魔法少女訓練校所属生徒に対する現場指揮権は、魔法庁所属の魔法少女オウカが有しています。華仙魔法少女訓練校所属生徒は継続戦闘時間が長すぎるため、一度戻ってしっかりと休息を取ってください」


「……え……? だって、そんなの、正しくない(・・・・・)じゃない……」


「正しく……? ともかく、この件についてはすでに連邦軍にも通達し了承を得ています。命令に従ってください」


「……あ、そう。それが正しい(・・・)なら分かったわ」


 先程からおかしな言い回しをするな、と訝しみつつもリリスはふと過去の事を思い返す。

 そういえば確かにセリカは何かと正しさというものを主張してきたような気がする、と。

 てっきりそれが自らの言い分の正当性を主張するためのものであるのかと考えてリリスも深くは考えてこなかったが、どうにもその様子が引っかかっていた。


「……結構です。セリカさん、華仙の魔法少女たちとの連絡方法は?」


「連絡方法なんてそんなのある訳ないじゃない」


「……ない、と?」


「……? 何言ってるのよ。スマホだって作戦時は持ち出し禁止だもの。必要な時は軍の人が伝令で伝えてくれるし、定時で地点に戻ってお互いに情報交換をするのが訓練校のやり方でしょ?」


 そんなはずある訳がないだろう、とリリスは思わず口を衝いて出そうになる言葉を呑み込んだ。

 連絡を取り合う必要がある以上、スマホという現代科学の叡智は利便性が非常に高い上に、軍部との連携においてもやり取りが簡単に済ませられる。

 対人戦闘であれば傍受の恐れこそあるが、対ルイナー、対魔物戦闘において傍受される心配などする必要もないのだから、使わない理由はなかった。


 そう否定するのは簡単だが、先程から正しさとやらに固執するセリカは、そのような当たり前の思考さえ無視しているように見える。その姿はどうにもセリカの考え方や対応方針には気味の悪い誤解とでも言うべきか、おかしな考え方が植え付けられているように思えてならなかった。

 これ以上この場で否定の言葉を口にしたとしても、下手をすれば混乱するばかりで何も解決しないのではないかと思い留まったのだ。


《……チィッ、胸糞悪いったらありゃしないね。あの娘っ子、洗脳されてるよ》


 不意に言葉を選ぶリリスの脳裏に、ルキナが苛立ち混じりに呟く声が届けられ、リリスは僅かに目を見開いた。


《……ルキナ、どういう意味?》


《どうもこうもあるかい。あの娘っ子はいいように思考を洗脳されちまってるのさ。何が正しいのかを教え込み、それが教えに沿った正しいことなら過剰に褒め称え、教えにそぐわないものなら激しく叱責する。そうやって『正しいこと』を都合良く刷り込まれてるのさ》


《……そんなこと、できるの?》


《子供の頃からそういう行動を徹底してなきゃ愛されないような、そんな家庭にいたんだろうさ。だから周りに言われ、『正しいこと』だけをやって大人に認められたがる。だから愛想も良く振る舞えるし、悪気なんてものもない。『周りの大人が言う正しいことかそうじゃないか』しか判断基準を持ってないのさ》


《……それって……》


《……あぁ、昔のアンタがそのまま誰にも会わなければ、もしかしたらアンタもそうなっていたかもしれないね》


 ――もしもお手伝いさんに出会わなければ、自分もそうなっていたのかもしれない。

 もしも自分がお手伝いさんに感情を教えられる事もなく、もしもルキナという存在が自分にはなく、自分を導いてくれるものが、愛し、大切にしてくれる存在がいないまま、ただただ愛情を求めるように、承認欲求を満たしたいがために『正しいこと』を選び続けていたかもしれない、と。

 そんな事をリリスは何故かすとんと自分の中で納得させられたような気がした。


《アンタの「あいどる」とやらの活動には興味なかったから関わろうとはしなかったし、たまに意識を浮上させても表面的なものしか見れなかったから気付かなかったけどね。こんな状況で、それも恐らく洗脳の当事者が命令を覆したせいで、信じているものが揺らいでズレ(・・)が生じたんだろうさ。おかげで確信したよ》


《……どうすればいいのかな、ルキナ》


《ああいうのは一度徹底的にあの子の『正しいこと』を壊すしかないだろうね。信じているものが目の前で砕け散りでもしない限り、周りの言葉なんて聞きゃしない。『正しいこと』を教えてくれる大人の言葉以外、届かないさ》


《そう……。なら、もしかしたらどうにかなるかもね》


 先程の前線拠点での一幕にて桜花が糾弾していた現場を知っている以上、セリカに『正しいこと』とやらを教えていた者たちは、おそらく丹田と同じような立ち位置にいるような者である事は想像に難くない。となれば、桜花ならばうまく話をまとめ、処分の対象になる可能性は高い。


 例えばこれが、セリカが本当にリリスと親しい相手だったのなら目を醒まさせてあげようとリリスも考えたかもしれないが、リリスにとってみればセリカという存在はそういった得難い仲間、友人とは言い難い存在だ。


「――分かりました。セリカさんは一先ず後方へと戻り、休息を取ってください。これは連邦軍にも納得していただいている作戦です」


「……そう。そういう作戦なのね。分かったわ」


 敢えて連邦軍も納得していると口にしてみれば、すんなりとセリカは命令に従う事を選んでみせる。その姿に面倒事にならずに済んだとほっとする気分と共に、そんな判断基準で行動するだけの存在だったのかと呆れるような気持ちも芽生え、リリスは去っていくセリカを見送るなり深く深く溜息を吐き出した。


 大人の身勝手さに翻弄され、正否も判らないが故に歪んでしまう。

 その理不尽さを思えば、セリカに対して抱いていた僅かな憎しみさえどうでも良かった。


 ――フザけるな。私たち(こども)は大人の道具なんかじゃない。

 そんな怒りが沸々とこみ上げてきて、リリスの目が剣呑に光る。


「……ひと暴れしようかな。幸い、八つ当たりにはお誂え向きな状況だし、ね……」


 やるせない気持ちをぶつける対象となるルイナーにとってはいい迷惑ではあるのかもしれないが、リリスはなんとなく暴れだしたいような、叫び、怒鳴り散らしてやりたいような気持ちを戦意――という名の殺意の糧にして、早速とばかりに魔力を解放した。

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