#090 ルイナーの大量出現 Ⅱ
お昼を食べ終わって少しした頃、鳴宮教官と桜花さんが険しい表情を浮かべて教室に入ってきた。
その表情は不機嫌というよりも状況に対して思考を巡らせている鳴宮教官の癖みたいで、二年も一緒にいれば私たちもその表情からなんとなく空気を察する事ぐらいはできる。自然と背筋を伸ばして話を聞くよう口を噤んで前を見た。
正面の教壇に立った鳴宮教官の横に控えるように桜花さんが立っていて、先程まで桜花さんと一緒にいたはずの楓さんもその横に立っている。
魔法少女の中でも第一世代と呼ばれる年齢で義務教育課程も修了している。
そういう世代の人は私たちのようなまだ義務教育課程の年齢の魔法少女たちのまとめ役になっていたり、新たに魔法少女になった世代の面倒を見るのが主流になっていて、こういう光景にもこの半年ほどで見慣れたものになった。
そんな事をついついぼんやりと実感していると、鳴宮教官が険しい表情のまま口を開いた。
「お昼を食べたばかりのところ悪いわね。東雲さんから先程説明されたと思うけれど、現在ルイナー大量発生における防衛戦を行っている華仙に、ここから救援を出す事が決定したわ。東雲さん、映像を――って、もう出してあるのね」
さっき桜花さんが見せてくれた華仙の地図が鳴宮教官の背後にある大きなモニターに表示されると、そこに緑色の碁盤目状にエリアを区切る線が入っていく。
その横に、主担当と遊撃担当、そしてここに残ってルイナーが出た際の対応担当という三つに分けられた表示された。
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『【守備担当】
クラリス・ハートネット――リリス――
未埜瀬 律花――フィーリス――
東雲 桜花――オウカ――
皐 弓歌――エルフィン――
【遊撃担当】
凪 伽音――エレイン――
【拠点待機・後方支援】
月ノ宮 柚――カレス――
祠堂 楓――アルテ――
【凛央待機】
火野 明日架――ロージア――』
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「華仙の魔法少女たちも戦いが続いていて苦しい状況が続いているみたいだし、今回はほぼ全員が動いて向こうの子を休ませながら調整していく予定よ。表示された配置で動いてちょうだい。火野さんは万が一凛央にルイナーが現れた時のために待機。場合によっては祠堂さんが転移魔法であなたと誰かを入れ替える予定よ」
「教官、選定理由を教えていただけますこと?」
「未埜瀬さんの衝撃を利用した魔法はルイナーの体勢を崩して、他の魔法と組み合わせて上手く戦えるセンスがある。凪さんは転移に頼らずとも迅速に対応できるし防衛範囲も広いわ。皐さんは木々に遮られた山の中であっても魔法を使って視界を確保して死角に対応できる。拠点防衛に東雲さんと月ノ宮さんがいれば、万が一ルイナーが抜けても結界と攻撃魔法で足止め、殲滅が可能。祠堂さんは転移魔法で人員の移動と、万が一には加勢も可能だし応援を連れて来れる。クラリスさんは多種多様な魔法で状況に応じて戦い方を選択して冷静に戦えるわ。これが華仙救援組の選定基準よ」
「ありがとうございます、納得いたしましたわ。あちこちでルイナーが大量発生している以上、凛央でも似たようなケースが発生する可能性もありますわ。私たちの中でも大量のルイナーを一気に相手にできるクラリスさん、明日架さんのどちらかは残るべきでしょう」
「そっかー。明日架ヤベーもんなー」
「伽音ちゃん!? その表現ってどうかと思うよ!?」
律花さんが信頼してくれているのは嬉しいけれど、伽音ちゃんのその表現はちょっと看過できるものではなかったので思わず声をあげてしまい、周りのみんながくすくすと笑った。
「火野さん」
「はいっ! すみません、思わずツッコミが……」
「いえ、そうじゃないわ。あなただけ残るのは不服かもしれないけれど、凛央はこの国の中心部。万が一ここで何かが起こってしまうと、国の様々な機能が停止しかねないわ。だからこそ、クラリスさんとあなたという、多対一をこなせる実力者のどちらかを残す必要があるわ。それに、前線は山の中での戦いになってしまうもの。乾燥している今の時期だとあなたの得意とする炎は延焼を引き起こす可能性もあるわ。万が一高ランクのルイナーがいた場合、クラリスさんの方が対応しやすい。理解してもらえるかしら?」
私も第四階梯って呼ばれる魔法までは色々な魔法を使えるようになったけれど、やっぱり強いルイナーと戦ったり本気で攻撃するなら炎を使っちゃうもんね……。
「大丈夫です、気にしていません。みんなが気兼ねなく戦えるように、凛央には私が残ります」
「ありがとう、助かるわ」
実際、私はルーミアさんに連れられてあちこちで大量にいるルイナーに対して一人で……というより、厳密には夕蘭様と一緒に戦うという戦法にだいぶ慣れているしね。
ホント……ルーミアさん容赦ないんだもん。
戦い方教えてくださいって言ったのは私だけれど、容赦なくルイナーが大量にいるところに放り込むし、余裕があるとルーミアさんまでルイナーと一緒になって軽い攻撃を仕掛けてくるし……。
この二年でルイナーばかり相手にしてても鈍るとか数が足りないとかなんとか言われて、ダンジョンにも放り込まれたなぁ……ハハハ……。
「早速だけれど、移動を開始しましょう。祠堂さん、転移で救援組の移動をお願い。私は華仙の防衛拠点を指揮する担当官に連絡を入れてくるわ」
「ん、分かった」
早速とばかりに動き出すみんなを見て、一人残される事になった私を他所に慌ただしく準備が始まり、ぼんやりとその光景を眺めながら見送っていく。
結局、私が一人きりになるまで十分もかからなかった。
以前までは楓さんも転移を複数回、それも何度も行うっていう事はできていなかったけれど、最近はそれぐらいは朝飯前という感じでできるようになってるしね。
「うーん、待機かぁ……。魔力の制御訓練でもしようかな」
一応午後からは実技訓練の予定だったし、訓練場は使っていても問題ないはず。
《――なんじゃ、明日架ぼっちか?》
「夕蘭様、起き抜けにいきなりそんな言い方ってどうなのかな?」
《うむ、目が覚めて授業中かと思いきや、ぼっちじゃったからな。励まし混じりの冗談じゃ》
「励まされたら余計に惨めになりそうだよ!?」
頭の中に直接響いてくるような夕蘭様の声に返事をすると、どうにもぼんやりとしたような感じに思える。
普通に声を聞いていたらまだまだぼんやりとしていて呂律が回っていないような、そんな思念というか、無防備な感じというか。
うん、眠そうな感じっていうのがしっくり来るかも。
「夕蘭様、最近よく寝てるよね? 体調悪いの?」
《体調が悪い、というのとはちと違うかの。おぬしとルイナーや魔物と戦っておる内に魔力を多く取り込んでおるようでな。精霊としての格をあげるための一時的な休眠状態に入ろうとしているのやもしれぬ》
「え、そんな事ってあるの? 初耳だけど……」
精霊がそんな風に成長するなんて聞いた事がないし、私には分からないけれど……それってもしかして結構たいへんなのかも……。
「ねぇ、夕蘭様。もし休眠状態になっちゃったら、隔離結界を張れなくなっちゃうってこと?」
《うむ、本格的な休眠状態に入ると外界の出来事を一切感知できぬ。それに加えて自身の意思で起きる事もできなくなってしまうからの》
「そっかぁ……」
《なに、今のルイナー共の大量発生時期に休眠には入るつもりはないからの。それに、おそらくそう長くかかっても季節一つ分というところが関の山、早ければ二週間程度で目が醒める事もある》
「あ、そうなんだ」
ルイナー対策の隔離結界については実際あまり心配していない。
隔離結界は一対一である事が前提となってしまうし、大量にルイナーが発生している今の状況で、隔離結界の中に入ってしまうと、今度は外の状況が判らなくなってしまってリスクが大きくなってしまう。
できる限り街に被害が出ないように結界を構築してはいるけれど、そんな時間もかからず一瞬で倒せる場合はさっさと倒してしまう、みたいな事も最近は珍しくないしね。
弱いルイナーなら隔離する前に倒してしまえる程度に強くもなっているもの。
もちろん、すごく強いのが一体だけとかだったら隔離結界も必要になるかもしれないけれど……それはともかく。
お父さんとお母さんが死んでしまって以来、夕蘭様はずっと私と一緒にいてくれてる。
そんな夕蘭様とそんな長い間離れていた事はないから、なんだろう……ちょっと不安というか、寂しくなりそう。
でも、だからって今のまま眠たそうにしている状態が夕蘭様にとって好調と言えるものでもないと思うし……。
「……無理してない、よね?」
《うむ、心配いらぬ。こんな状況で眠気に負けてしまうほど、妾は弱くないからの》
……今お昼過ぎなんだけど、それは負けてないって範疇に入るってこと……?
夕蘭様、いつもは朝は起きてるのに。
《それで、何故ぼっちになっておるんじゃ?》
「あ、うん。最近のルイナーの大量発生で、連邦国の華仙ってところが被害を受けているんだけど――――」
そんな言葉を皮切りに、状況を説明していく。
夕蘭様は静かに相槌を打ちながら時折質問を交えてくるような形で一通り情報を確認すると、小さく唸るように「ふむ」と呟いた。
《なるほど。単純に大量に、それこそ物量で押し通すような真似をしてくるようなルイナーならば妾と明日架ならば対応はできる。もっとも、散発的にとなると話も違ってくるがの》
「うん。まあそうなる前に救援を出す事になるだろうけどね。で、私は待機だから魔力制御の精密操作訓練でもしようかなって思って」
《うむ、悪くはなかろう。妾は……いや、今の状態では精密操作は難しそうじゃな。半休眠状態で眠っておるから何かあれば声をかけるのじゃ》
「あ、うん。分かった」
うーん……、やっぱり夕蘭様、一回休眠状態に入れるようになってもらった方がいいのかな……。
魔力の精密操作訓練も難しいってことは、多分だけど集中しきれないぐらい眠いような状態なんだと思うし……。
かと言って、精霊に詳しい人って心当たりがないし……と、そこまで考えてふと、ルーミアさんを思い出した。
あの人は精霊がどういう存在なのかも含めて色々知っていて詳しいし、魔力や魔法に対する造詣が深いもんね。
早速とばかりにルーミアさん宛に、精霊が休眠しようとしているような状態の対策をどうすればいいのか教えてもらえないかとスマホからメッセージを入れて、私は訓練場に向かった。




