#089 ルイナーの大量出現 Ⅰ
凛央魔法少女訓練校に私――火野明日架――が入学して、二年と少し。
世間一般でいうところ、この春から中学生になっていたはずの私と伽音ちゃんの最年少組とを含めた私たちは、もしも魔法少女だったら制服を着たりもしていたのかもしれないけれど、魔法少女訓練校は年齢で服装が変わる訳でもないので特に変化もない。
ちょっと残念とは思うけれど、そこまで制服に憧れがあった訳でもないのであまり気にしていなかったりする。
義務教育課程を修了し、去年の段階で高校生になる年齢の桜花さんと、今年でその年齢になった楓さんと魔法庁の仕事を二人で行うようになっていて、普通の授業時間中である午前中は訓練校にいない時間が増えた。
律花さんや柚さん、弓歌さんはまだ義務教育課程の範囲である私の一つ、あるいは二つ上だから同じ時間に授業を受けている。
クラリスさんは芸能活動が忙しかった事もあって、本当なら楓さんと同い年だから義務教育課程は修了済みなんだけどそっちで授業を受け続けているけど、成績は優秀だったから、高校生レベルの授業を混ぜて勉強しているらしい。
「――うにゃぁぁぁ……、やぁっと勉強終わりー……。腹減ったなー」
午前の勉強時間を終える十二時ちょうどを告げる放送。
学校のチャイムとは違う音楽だけど、さすがに二年ちょっともいれば聞き慣れたけれど、その音が鳴ると同時に伽音ちゃんが机に突っ伏した。
「あはは……、今日のご飯なんだろうね?」
「肉がいい!」
「伽音ちゃん、毎日それ言ってるよね……」
「だって、肉がないと力出ないだろー?」
「うーん、私はあんまりそんな風に考えたことないかなぁ……」
伽音ちゃんは二年経っても相変わらずというか……うん、自由だよね。
ついついいつも通りの反応に苦笑していると、ちょうど隣の部屋で勉強をしていたみんながこちらの部屋に伸びをしたり談笑したりといった様子で入ってきた。
「あら、伽音さん相変わらず力尽きてますわね」
「律花ぁー、今日は肉かー?」
「な、なんの話ですの……? あぁ、お昼のメニューが気になるのならタブレット端末で確認なさいな」
律花さんは相変わらずお嬢様らしい口調だけれど、最近はなんだかぐっと見た目がお姉さんっぽくなって、大人っぽく、女性らしくなった。ちょっと羨ましい。
そんな律花さんがいきなり肉かと訊ねられて困惑するも、何を言わんとしているのかは察したらしく、呆れた様子で答えた。
実際、私たちのご飯はいつもメニュー表が配られていて、その通りのものが用意されている。
栄養バランスとか家庭での夕飯と被ってしまわないようにとか色々目的はあるんだろうけれど、実際、私もあまり気にしてないんだよね。
私の場合、だいたい自分で作っちゃうから、お昼とは違うものを自分で考えるだけだし。
「あたしは確認しない! 一日の楽しみにしてるから!」
「……ならわたくしに訊かないでもらえませんこと?」
「相変わらず伽音は食いしん坊だなぁ」
「えー、弓歌に言われたくないぞー?」
「なんでだよっ!?」
男の子っぽい口調は相変わらずだけれど、弓歌さんも最近は少し変わった。
前までは一人称も「オレ」って言ってたけど、いい加減中学生になる年齢になったからと家族に矯正するように言われて最近は「アタシ」に切り替えようとしてたりする。
私たちの前だと相変わらず「オレ」のままだったりするけど。
「まぁまぁ、弓歌ちゃん。私も伽音ちゃんには同意だけど、気にしなくていいと思うよ?」
「柚まで!?」
「だってさっき焼肉食べたいって言ってたよね?」
「なんでそれを!?」
「え、独り言のつもりだったの……? 聞こえてたよ? いつも通りだなぁーって思って見てたけど」
「柚!?」
柚さんは以前みたいにおどおどとした様子がだいぶ落ち着いて、あんな風に冗談を言えるぐらいにはみんなともすっかり打ち解けている。
人見知りも少しずつ改善されたのか、最近は当初ほどあわあわおどおどした感じじゃなくなったけれど、今度は一言二言程度しか答えなかったりするんだよね。
弓歌さんが柚さんに詰め寄る、その後方。
一緒に授業を受けていたクラリスさんもそこに立っていて、小さく微笑んで弓歌さんと柚さんのやり取りを見つめていた。
相変わらず綺麗で、もともと大人っぽい印象ではあったけれど、以前よりもその姿に磨きがかかった気がする。というか手足が長くて、可愛いとかじゃなくて綺麗っていう表現が似合うようになった感じだ。
「――帰ってきましたね」
ふと教室の前方に目を向けたクラリスさんが呟くように告げれば、教室の前方に楓さんと桜花さんが姿を現した。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
「おかえりー、楓、桜花!」
楓さんは……この二年で何も変わってないんだよね……。
桜花さんも身長は少し伸びたって言ってたし、胸が大きくなったって言ってたけれど、楓さんは本当に時間が止まっているかのように変わってない。
相変わらず眠たげで無表情に見えるけれど、桜花さんが困った様子で胸が大きくなったって話をしていた時に、自分の胸を確認するように視線を落としてそのままどこかどんよりとした空気を放っていた事にみんなも気が付いていた。
どうやら楓さんは自分が変わっていない事を一番気にしているらしい。
あまり触れてはいけない話題だ。
「お昼が運ばれてくる前に、皆さんに先に共有させてください」
桜花さんが真剣な声で告げるものだから、私たちも空気を切り替える。
弓歌さんたちも自分の席に戻って座ったところで、桜花さんがタブレット端末を操作しながら続けた。
「私と楓さんは今日、『華仙』に調査に行ってきたのですけれど、その件で皆さんにも先んじて報告を、と思いまして」
「『華仙』と言えば、最近ルイナーの出現率が異様に増えている地域、ですわね?」
「はい、その通りです」
短く告げて桜花さんが手元に置いたタブレット端末を操作すると、私たちの正面にあるモニターに大和連邦国の地図が映し出される。
大和連邦国の北西部にある華仙とその周辺が薄っすらと赤く塗り潰されていた。
「世界的にあちこちでルイナーの発生頻度がこの一週間程で急激に増加している、という話は今しがた律花さんが口にした通り、すでに皆さんもすでにご存知かと思います。大和連邦国内ではこの華仙という地域がその影響を受けていると言える街ですね。現状、向こうにある華仙魔法少女訓練校に在籍する魔法少女七名がルイナー討伐と防衛に当たっていましたが、状況はあまり芳しくありませんでした」
「芳しくない……?」
「はい。画面を見てください」
そう言いながらタブレット端末を操作すると、ルイナーを示すようなマークがあちこちに出現しては、その全てが華仙に向かって移動するような動きを見せ、バツ印がついて表示が消えて、という動きを繰り返していた。
「……周辺に現れたルイナーが、全部華仙に向かっている、ということですか?」
「はい、クラリスさんの感想通りです。周辺に現れたルイナーは一直線に華仙に向かっています」
「華仙に何かがあるということですわね?」
「そちらは現在調査中ですが、まだ決定的な事は分かっていません。何より現実的な問題として、一匹あたりの力はそこまでではないようですが、かなりの数のルイナーが現れ、華仙の都市部に向かって侵攻をするような統一された動きを見せています。これを前線で押し留めようとしているのですが、ルイナーの数と魔法少女の数に差があるため、必然的に対応が後手に回ってしまい、防衛線が徐々に押し戻されているような状況であるそうです」
「それは……マズいですわね」
「はい。幸い華仙は周辺が低い山々と海に囲まれていますので最終防衛ラインとなる市街地までは防衛線も猶予はありますが、対策を打たなければ向こうの魔法少女訓練校の生徒たちだけでは押し切られる可能性があると判断し、支援要請を出すとの事でした。その件についてこれから鳴宮教官と話し合ってきますが、凛央は最近はルイナー出現率も低いため、数名は向こうに救援で行く可能性があります。皆さん、そのつもりでいてください」
はい、と私たちが返事をすると、桜花さんと楓さんが小さく頷いてすぐに教室を後にした。
「ルイナーの侵攻が激しくなってきていますわね……」
「なあなあ律花、探索者とかじゃやっぱりまだルイナーを倒せないのか?」
「倒せるとしても五等級の低位のルイナーだけのようですわね。先日、あの『みゅーずとおにぃ』の二人が偶然居合わせた三等級超えを一匹倒した事で話題になりましたけれど、おにぃさんは魔道具使いですし、妹さんのみゅーずさんは魔法少女クラスの戦闘能力を有していますので、あれは例外でしょう」
「そっかー……」
「ルイナーの魔力障壁を打ち破るには、既存の魔導具では魔力が足りませんからね」
律花さんと伽音ちゃんの言葉に続いたクラリスさんが言う通り、魔導具ではルイナーの魔力障壁を破るだけの魔力の密度を維持できないんだよね。だから、最低でも【覚醒者】の中でも魔道具をダンジョンで手に入れていて、かつ魔力制御を行える人材でもなければ数に数えることはできない。
実際、この二年間で何人かの探索者がルイナーに挑んで、そして死んでしまった人もいる。
「せめてあと五年ほどあれば、というところですわね。ルイナーがそこまで待ってくれるような存在であったら苦労はしてませんけれど」
「でも、今のあたしらだったら結構勝てそうだけどなー。なんてったってこの二年で強くなったからなー」
「お前が言うなよな、伽音。クラリスのおかげだろうが」
「おう! クラリスのおかげであたしは強くなったぞ!」
弓歌さんのからかい混じりに煽るように告げたツッコミは伽音ちゃんには全くと言っていい程に堪えなかったらしい。伽音ちゃんがあっさりとそれを認めてしまい、拍子抜けした弓歌さんが苦笑して肩をすくめる。
ちょうど空気が弛緩したところで、私たちのお昼のご飯が届けられて、重くなりかけていた空気が完全に霧散した。
……ルイナーの動きが活発化したと聞くと、ついつい彼のことを思い出してしまう。
葛之葉の一件以降、私たちの前には一度も姿を見せていないルオくんの事を。
私に戦い方を教えてくれているルーミアさんも、ルオくんの痕跡は未だに掴めないと言っていたけれど……無事なのかな。




