幕間 研究所にて
次世代魔力学研究所。
そんな大仰な名に相応しく、魔導具という魔力を持たない者たちであっても魔物を倒せる武器を生み出し、この世界の時計の針を大きく進めた存在。
各国が研究してきた対ルイナー用魔力兵器が成果を出さず、ただただ魔法少女らに平和を託してきたこの六年という歳月の中で、唯一実用化に漕ぎ着けてみせた事もあってか、各国からの評価も非常に高い。
そんな世界的な名声を手に入れた私――ジュリー・アストリー――なのだが、ここしばらくはなかなか新しい技術を生み出せるような段階には至れずにいた。
理由は単純なものだ。
何よりもまず、時間が足りないのである。
「アレイアくん。キミなら一日を一週間ぐらいにできる超不思議空間とか用意できたりしないかい? メイドですから、とか言って」
「無理ですね」
「あっさりだね……」
「できない事をできないと言い切るのもまた、メイドですので」
「お、おう……」
最近じゃアレイアくんの「メイドですので」を聞くと妙な説得力があるように思えるぐらいだけれど、その言葉、よくよく考えればなんでもありだよね?
その内、その説得力に毒されてなんでもできなきゃメイドじゃないって本気で考える子とか出てきたりしないよね? 『暁星』とかに。
「お忙しいというと、ダンジョン素材の解析ですか?」
「あぁ、そうだね。年末のダンジョンオープン以来、探索者たちが取得したものの魔力計測なんかは軍の研究所がやってくれているんだけど、特殊なパターンを持つものなんかはこっちに流れているんだ。それらを魔力、魔素という視点で解析するのが私の役目だね」
軍としてはダンジョンで採取できた素材を使って魔法薬等をどうにか作れないかというところ、それに魔導具では耐えられない出力を出せる素材がないかという点を優先的に調べているらしい。
魔導具に使っている金属や合金が魔力量によって耐久の限界値を迎えてしまうせいで、どうしたって魔導具の出力は低いものになってしまうのは事実だ。だが、できればルイナーと戦える程の魔力に耐えられる素材などを見つけ出したいという気持ちは分かる。
もっとも、そんな素材を魔導具に活かすのは五年、十年先の話にしておきたいところだというのが私の本音だ。
魔力に覚醒する【覚醒者】が増えない状況で兵器だけが優先的に充実してしまえば、銃なんかの兵器と同じような扱いになりかねない。魔力障壁を発生させつつ銃を使った犯罪、なんてものだってできてしまうかもしれない訳だ。
魔導具の生みの親という立場にある以上、【覚醒者】が増える前に対抗できないような圧倒的な力を持った魔導具を生み出してしまい、犯罪に利用されるなんて許容し難い。
だからこそ、私は誰よりもそういう素材を知らなければならないと考えている。
もちろん、新素材、新技術という未知に対する興味は尽きないが、生み出したものの行く末すら考えられないような人間にはなりたくないからね。
「そろそろ私の下で働ける信頼のできる部下を入れて雑務をそちらに任せたいところだね」
「そういう事ならすでに選定に入っておりますのでご安心を」
「え? ちょっと待って? 私聞いてないよ?」
「言ってませんでしたので」
「えー……。私、ここのトップだよ? 普通私に相談したりするべきじゃない?」
「私はメイドですので」
「メイドの裁量広いね!? ビックリだよ!?」
まったく、アレイアくんは……。
私の会社なんだから私に相談ぐらいして然るべきなんじゃないかな?
「ではお訊ねしますが、人を雇った経験はお有りですか?」
「……ないけど」
「面接を担当した経験は?」
「……ないね」
「雇用するにあたっての各種手続き、必要書類の作成はできますか?」
「…………」
「どんな人材を雇えば効率的であるか、どんな人材なら業務をこなせるかを理解していらっしゃいますか?」
「………………」
「面接の時間、方法、対応を行えますか? それに雇用の条件や会社規則、社会保険の手続きに雇用保険――」
「――ごめんなさいっ!」
「はい、結構です」
……いや、うん、ホントごめんなさい。
大して物事考えてなかったし、どうせその辺の手続きとかってアレイアくんがやってくれるからって簡単に考えていたけれど……やる事多いね……!?
「面接にはご参加いただくつもりでしたが、今の博士にはそれだけの時間がないと判断しています。録画データを残しておきますので、そちらを空き時間に確認するようお願いします」
「……なんてこった……、至れり尽くせりだった……っ!」
「メイドですので」
「メイド凄すぎるよねぇ!?」
どうしよう、私アレイアくんがいないとホント無理。
何その会社規則とか定款がどうとか雇用の条件とか……私そんなの一切タッチしてないよ。
むしろそういう手続きは専門家を使っておくって言われただけだから、「へー、専門家ってすごいねー」ぐらいにしか思ってなかったよ。完全に畑違い過ぎて任せておけばいいやって丸投げしてたよ……!
それらもこなすメイドって……うん、さっきメイドをイコールなんでもできる人っていう認識は間違いだって言ったけど、間違いじゃないね。
メイドはなんでもできるからメイドなんだね、うん。
きっとそう。
そうとしか思えないもん。
「でも、そう簡単に人が集まるのかい? さすがに知識や研究の経験がない人間を入れてゼロベースから育てるなんてしている暇はないんだけれど」
「問題ありません。すでに一人は引き抜き……いえ、勧誘している最中ですので」
「ねぇ待って? 今引き抜きって言った? 大丈夫?」
「大丈夫です。その人材の下につける形で新規の研究員を増やしていく形にしますので、博士はお気になさらず研究を進めていただいて問題ございません。関わる必要はありません」
「ねぇ待って? 私社長だよ? ちょっとはこう、「キミィ、あれやっといてくれたまえ」みたいな事とかしてみたいよ?」
「……フ」
「鼻で笑った!?」
「いえ、それぐらいならやっていただいても構いませんよ」
「ホントに?」
「はい。その滑稽な姿を見て私もまた鼻で嗤ってさしあげますので」
「絶対やめておこう……ッ!」
アレイアくんの前で下手な事をすると倍返し以上に酷い方法で私に返ってくるじゃないか……。
いや、私だって嫌な上司のせいで辞めた人間なのだから、おかしな真似をするつもりなんてさらさらないけどね?
「ところで、その引き抜きの人っていうのは実力は確かなのかい?」
「確かな環境にはいたので、恐らくは、というところでしょうか。実際、魔力や魔素に関しては博士以外に成果を出している人間はいませんので、実力についてはなんとも言えない部分ではありますね」
「ま、それもそうだね。確かな環境っていうのはどんな所なんだい?」
「ARC製薬、という製薬会社ですね」
「ARC製薬っていうと、相当大きな会社だったと思うけど……。確かあそこも今、ダンジョン産の素材を連邦軍を通して探索者ギルドに購入申請を出しているって話じゃなかったっけ?」
ARC製薬は相当大きな会社だったはずだ。
そう思いながらタブレット端末で検索をかければ、やっぱり一発で出てきた。
一般用医薬品から健康食品、スキンケア製品なんかを手掛けていて、医療用医薬品には手を出していないらしい大会社だね。
そんな会社もダンジョン産の素材に目をつけるとなれば、下手にウチに招き入れたりしたら技術を漏洩されたりするんじゃないかな、なんて思うんだけど……。
「はい、そうです。ですが、あの会社でダンジョン産の素材に触れられるのは、早くとも二年後というところでしょうか」
「え? 何故?」
「そうと決められたからですよ、我が主様によって」
「……え!? ルオくんが!? ちょ、ちょっと待ってほしい。どうして我らが総帥閣下がそんな事を……? というか、どうやって……?」
「詳細には回答しかねますが、それだけの事を可能にする力を持っているから、とでもお答えするべきでしょうか」
「……力、ね。なるほど、権力も力の一種という訳か」
……まったく、そんな力をどうやって手に入れたんだか。
最近は私も忙しかったし、あまりゆっくりと話す機会もなかったし、たまには顔を出してくれてもいいだろうに。
「で、どうやって、っていうのはまあ分かったよ。その理由は教えてくれないのかい?」
「単純な話ですよ。あそこの会社の研究室の人間が、とある国のとある兵器に力を貸していた事が発覚したので、そのペナルティとして、です」
「とある国のとある兵器に、か……」
それはまた……なかなかに物騒な話だったみたいだね。
あまり私みたいな人間が興味本位に首を突っ込むような話題じゃない、という事なのだろう。
「……あぁ、なるほどね。その不祥事が発覚して、連帯責任を負わされるようになった研究者たちがいた、というところかい?」
「えぇ、その通りです。ですので私が声をかけている人物が首を縦に振ってさえくれれば、その部下だった者たちもこちらに流れるかと」
「……そこに不祥事に関与していた人材がいないと言い切れるのかい?」
「言い切れます。というより、そもそもそういった悪意を持った存在はこの研究所にも入れないので」
「あー……、そういえばそんな結界とやらがあるんだったね……」
以前アレイアくんがそんな事を言っていて、半信半疑ではあったんだけどね。
つい一ヶ月ばかり前、研究所を訊ねてきたらしいいかにもセールスマン的な男性が結界に弾かれて吹っ飛ばされていく映像を見せてもらったんだよね……。
元々魔法の事を教えてくれているのもアレイアくんだし、彼女が言い切れると言うのならどうにでもできるのだろうね……。
「それに、もしもここでの研究内容をどこかに流そうとすれば、契約を交わしてその人物の命を消す事も可能ですので、ご安心を」
……安心できない物騒な話題なんだけど?




