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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
幕間 2年の軌跡
128/220

幕間 探索者たち Ⅳ

 自称メイドと名乗った少女。

 華奢な身体はお世辞にもあまり鍛えているようには見えず、強く腕を握りしめれば苦痛に顔を歪ませそうな程には頼りない。

 しかしそんな彼女が見せた戦闘に対する動きは、目を瞠るものがあった。


 そんな彼女は短くこちらの問いかけに答えるだけ、といった有様だった。

 彼女は結局最後までこちらに興味を持とうとせず、軽い応答を済ませるなりさっさと第三階層へと向かってしまった。


 その姿を見送った俺――工藤 泰人――はようやく深く息を吐き出せた。


 ……あり得ないことだ。

 自分よりも圧倒的に歳下で華奢な少女を前に、俺は確実に警戒していた(・・・・・・)

 いや、正しくは警戒させられずにはいられなかった、とでも言うべきだ。

 あの戦闘能力、常人じゃないと言える動きを前にして、俺は最悪すら頭のどこかで想定していたのだ。


 ようやく解放されて弛緩する身体に空気を送り込むように息を吸う俺に向かって、水野が声をかけてきた。


「班長、あの子は……」


「あのなぁ、ここでは班長はよせっての。あぁ、恐らくは【覚醒者】だろう」


「あれが、ですか……」


「あれに勝てってのは、なかなかに骨が折れそうだねぇ……」


 水野に続いて辟易とした様子でぼやくように呟いたのは、水野の同期である藍川だ。

 彼女ら二人は女性でありながらこの仕事――警視庁警備部警護課の仲間。

 謂わば俺たちは要人警護任務を行う隊員だ。


 魔力という存在がこの世界の常識を覆すという事実を、俺たちはルイナーという異形の怪物たちがやってきたあの日に嫌というほど味わった。

 そんな異常事態であっても犯罪は起きる。

 いや、異常事態だからこそ、か。

 火事場泥棒などとは程度は違うが、要人を避難させるという俺たちの任務は過酷であり、ルイナーから逃げるケース、そして犯罪者から逃がすケースによって警護の方針なども大きく多様性が求められるようになった。


 そして今回、魔力という存在が人間にも変化を与えること。

 魔力に目覚め、魔法少女らと同様に魔法という未知の力を扱えるようになった【覚醒者】という存在が今後急増してくるであろう事を鑑みて、俺たちのような存在もまたそれに追いつこうとダンジョンの探索者となった。


 しかし現状【覚醒者】という存在はまだそう確認されていないとの話だったはずだ。

 確かあの兄妹の配信者『みゅーずとおにぃ』という二人がようやく【覚醒者】の初期段階に差し掛かっていると言われていたはずだが……。


 しかし、まだ見ぬ在野に先程の少女のような存在がもっと多くいるのだとすれば?

 考えもしなかった事ではあるが、その可能性をもっとしっかりと考慮する必要がありそうだ。


「いや、正直に言ってナメてたかもな。ありゃあもう人間じゃどうしようもねぇよ」


「桐島……」


「お前だって実感したんじゃねぇか、工藤。さっきの動き、俺らは僅かに反応するのが関の山だっただろ」


「……あぁ、そうだな。正直、あれが【覚醒者】の常識となるなら、想像していた範疇を軽く超えている。あれは普通の人間で相手できる次元じゃない。【覚醒者】でなければ対応しきれないだろう」


 俺の相棒で同期の桐島。

 諦めたように軽い調子で言っているが、その表情はぎこちない強張りが見えていた。


 実際のところ、【覚醒者】とは言ってもその実力は束になれば止められるであろうというのが警察側の見解だった。だが、今しがた見たあの動きは、常人が束になったところでどうにかする事ができる代物ではない。


 あの少女が最初にナイフを投げた事にさえ、俺たちは気付けなかったのだ。

 俺たちが声をあげたその時にはすでにナイフが藍川の斜め後ろにあった木にいた魔物とやらを貫き、縫い止めていた。

 そうして何事かと問いかける間もなく、先程の少女は魔物に向かって一瞬で距離を詰めた。


 そう、一瞬だ。

 俺たちの意識が蛇の魔物に向いた瞬間だったとは言え、十メートル程はあろうかという距離を、一瞬で詰めていたのだ。


 しかも蛇の魔物を貫き、木に縫い止める程の貫通力。

 速度が乗っているとは言え重量がない小ぶりのナイフでは、せいぜい突き刺さるぐらいが関の山であるはず。

 それが蛇の口を突き抜け、勢いをそのままに木に縫い付けるように突き立った。


 あれらが常人の技であるはずもないだろう。


「もしも【覚醒者】となった者が犯罪者として立ちはだかった時、そいつに立ち向かえるのは【覚醒者】のみ、という事だろうな……」


「……マズいですね。私たちの班は【覚醒者】という未知に対抗するためにこうして探索者としてダンジョンに来て【覚醒者】になろうとしていますが、他の班はその考えを持っていません」


「他の班だけじゃないよねぇ、マキ。警察組織全体に言えることだよ、これはぁ」


 水野、藍川の言う通りだ。

 現状警察組織では【覚醒者】に対する意識は低い。

 俺たちは要人警護という観点から、凶悪犯罪者を含めてありとあらゆる危険性を考慮して【覚醒者】も警戒対象にするべきだと考えて、訓練の中に今回のようにダンジョン探索を組み込む事もできた。

 しかし一方、他の部署では通常業務で複数名が穴を開ける訳にもいかず、全体的な改革が必要になるため動き出す気配すらない。


 ――もしも【覚醒者】が強盗、通り魔などを行ったら?

 ――魔法少女のように魔力障壁で対抗してきたら?


 これらの対策を取るべき警察組織だと言うのに相変わらず考えが甘い、と呆れていたものだが、こと【覚醒者】そのものの動きを見た今となっては、呆れて静観を貫き続けているという訳にもいかない。


 魔法少女が犯罪を犯したケースは今のところ奇跡的に発生していないが、それはあくまでも彼女らが少女であり、精霊という導き手が共にいてくれるからだ。

 大人となり、政治的な思想、犯罪を犯しても構わないという感覚を培ったものが【覚醒者】となれば、当然ながら犯罪にその力を利用する者も想定されるというのに。


「最低でも特殊部隊と呼ばれるような連中は【覚醒者】になるためのダンジョン探索は必須だな。藍川、明日中に最優先でレポートを仕上げてくれ」


「了解」


「水野、お前は明日、俺と一緒に連邦軍との打ち合わせに同席しろ」


「了解です。先程の少女の事をお伝えするのですか?」


「あぁ、そうだ。【覚醒者】はともかく、魔法少女ならばどこまでできるのか参考資料なども提供してもらえればと考えていたが、あの少女のように早期に【覚醒者】へと至っている人間もいるとなると、悠長に構えていられない。警察は連邦軍の下請けのようなものだからな。組織全体に圧力をかけてもらえないか交渉する」


「それは……大丈夫なのですか?」


 ルイナー出現前まで、警察は国内を、軍は国外をという役回りであったとも言えるが、春先の粛清以降、今では軍と警察の関係性は割りと良好である。

 もちろん警察組織の領分を軍が侵してくるような事態はそうそう起こり得ないが、魔力が関与している事態であると考えればルイナー相手に魔法少女と連携を取っている軍の方が詳しい情報を持っているのは間違いない。

 連邦軍がそれらのデータを提供して軍から警察組織へと【覚醒者】対策をしっかりと取れと命令してさえくれれば、独立した気風の強い警察組織であっても従わざるを得なくなるであろう事は明白だ。


 ある意味警察組織にとっては余計なお世話を焼かれる事となれば、警察組織内の情報を漏らした存在を割り出し、報復を考える事も有り得る。

 それを危惧したらしい水野が心配そうに声をかけてきたが、俺は頷いて答えた。


「なに、気にするな。これは俺の独断でやる事だ。お前たちに迷惑はかけない」


「ですが、それでは工藤さんが!」


「背に腹は代えられない。警察から追い出される事になったら、民間の警護会社に就職するか、軍にでも入隊するさ」


 警察学校を出てもう七年、俺もいい歳だ。

 軍は大粛清と言うような大きな変化を迎えたが、警察組織は変わらず、そんな組織の古臭い体制に嫌気が差すなんて事も何度もあった。

 これで俺のクビが切られたとしても、文句はない。


「おいおい、工藤。お前だけで責任を被ろうとすんなよ」


「ですねぇ、ウチらはチームなんで。いっそ警察辞職して探索者になって、全員が【覚醒者】になって専門警護会社とか立ち上げるとかも楽しそうですよぉ」


「そ、そうです! だから工藤さん、自分だけなんて許しませんから!」


「……お前らなぁ……。桐島はともかく、藍川も水野もまだ若いだろうが」


「アラサーもまだまだ若いだろ!?」


「子供にはおじさんって呼ばれる年齢ですねぇ」


「藍川、お前なんてことを!?」


 やめろ藍川、その言葉は桐島と同期の俺の心にもくる。


「ふひひ、ごめんなさいって。ま、警察組織のカビの生えた古臭い縦社会なんて今の時代にナンセンスですからねぇ。辞める覚悟というか、辞めるなら辞めても構わないんで~」


「私もです!」


「俺もだ、工藤。いいじゃねぇか、探索者だって稼げるかもしれねぇんだし。生きてく金を稼ぐならいくらでも方法はあるぜ」


 藍川に同意する水野、それに桐島の三人は何も迷っているようには見えない。


 ……まあ、そうだな。

 ガキの頃は素直に憧れていられた警察ってのも、蓋を開けてみて思うところはたくさんあった。

 今更それにしがみつくような生き方ってのも藍川の言う通り古臭くもあるだろうし、探索者としてそのまま【覚醒者】になって稼いでいくやり方もある。

 特に俺らの世代あたりからは、縦社会ってもんが嫌いなヤツも増えてきてるしな。


「……はあ。分かったよ。どうせ俺が言っても止まらないんだろ? だったら、最後まで付き合ってもらうぞ」





 そんな話をした、翌日。

 打ち合わせの場にオンラインで同席したのは、まさかの連邦軍大将の大野さん。

 同席したのは神祇院の人間。

 俺たちの提案はあっさりと通り、警察組織には軍と神祇院からの圧力という形でダンジョン探索が義務付けられる事になったのであった。


 内部は荒れに荒れて犯人探しみたいなものが始まったものの、しかし俺たちが原因でそんな話になったのかどうかはバレなかった。

 どうやら大野さんと神祇院の人が色々と根回しをしてくれていたらしい。


 だが、それでも犯人探しを続ける内部の有様にうんざりとしてしまい、俺は桐島と水野、そして藍川と共にその二ヶ月後には辞職し、独立する事になったのであった。

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