幕間 探索者たち Ⅱ
ダンジョンの出入口に向かって歩いていくと、軽食を売ってる露店や包帯やちょっとしたケア用品なんかを売っているテントなんかが並ぶエリアがあった。
包帯とか消毒液とか、あと小さめの水筒とかも売ってるみたい。
多分準備不足の人向けかな。
探索者ギルドでは荷物類を大きなバッグに入れてまとめて運ぶ人――荷運人の同行を推奨している。
戦いに参加しない代わりに荷物を運ぶんだけど、搾取されないよう報酬の割合なんかもパーティ契約に盛り込まれていたりもするらしい。
こういう探索者同士のパーティ契約は神前契約と言って、これを守らなかったり騙して搾取したり、また危険だからって誰かを囮にするような真似をした場合、その通知が探索者ギルドに伝わり、警告、資格剥奪という罰を与えられ、さらに警告を無視したりした場合や、見過ごせないと神様が判断したら天罰が落ちる、らしい。
どうやってそれを判断してるのかは分からないけど……神様の力なのかな。
神様の力ならそれぐらいできると納得する程度に、今になって神様の力や天罰と言われて甘く見るような人はいない。
実際、世界全体に神託が下った事もあるぐらいだし。
詳しくどうなるのかは教えてもらってないけど……うん、怖いね。
私の場合、ジルさんから魔法鞄っていう、見た目を無視して荷物が大量に入る斜めがけのバッグを渡されているから、見た目はほぼ手ぶらみたいなものだったりするし荷運人を同行させる必要もない。
実はこれ、私がアレイアさんに連れて行ってもらった次世代魔力学研究所っていうところで製造しているモデルタイプらしくて、運用に問題ないかを私がテストする事になっている魔導具。自分の魔力じゃなくて『魔力変換器』を動力にしているので、ウエストポーチと斜めがけのバッグを背負う形になっている。
ウエストポーチ状に腰につけてる『魔力変換器』と本体のバッグがケーブルで繋がってるから、戦闘時に邪魔にならないかを見ておいてほしい、だそうだ。
この試作機と、さらに改良型もテスター協力御礼って事で貰える事になっているらしく、私が今後探索者として活動するにあたって必需品になりそうだし、お仕事だもんね。
気になる点なんかはしっかりメモを取っておく予定だ。
ダンジョンの入場口まであと少しという所になると、今度は探索者として初挑戦するパーティみたいな人達がちらほらと見えるようになった。
探索者ギルドもパーティを推奨しているけれど、ソロで入ろうとする人は少ないらしく、そういう集まりを横目にスタスタとダンジョンの入り口に向かってポータルから中へと入ろうとしたところで、横から声をかけられた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「はい?」
声をかけてきたのは二十代後半ぐらいのお姉さんだった。
慌てた様子で声をかけてきたみたいだけれど、胸ポケットの位置に探索者ギルドのギルド員である事が判るよう、カードの入ったケースがクリップで留まっている。
ダンジョンの入り口で荷物を持っているか、装備をしっかり用意しているかをチェックする人がいるって聞いてたけど、この人がその担当者の人みたいだ。
「あなた、見学の人、よね?」
「いえ、探索者ですよ。……どうぞ」
私の顔から服装を確認するように視線を動かしてから、どこか訝しげな様子で問いかけられた。
さっきのインタビューとは違って探索者ギルドのギルド員だと判っているからいいけど、なんでこんなに見学者だと思われるんだろ。
相手は探索者ギルドの人だし、とりあえず私も探索者証を見せた方がいいかなと思って探索者証をポケットから取り出して見せると、その女性は探索者証を見ながら驚いたように目を大きく見開いた。
「あなた……【覚醒者】なのね」
「えぇ、そうです」
ダンジョンが発生して以来、世界各地で魔力を多少なりとも扱えるようになった存在は確認されている。魔法少女のような力とまではいかないし、その魔力の強さも人によってまちまちではあるけれど。
そんな人間の事を、探索者ギルドでは【覚醒者】と呼称していて、常人とは異なる超能力者というか魔法使いというか、そんな常人のワンステージ上の人間を指すような言葉として浸透してきている。
この人が驚いたのは、私が【覚醒者】として探索者登録をしている事が確認できたから、かな。
というのも、探索者証のカード、探索者ナンバーと呼ばれる数字とアルファベットの組み合わせの横につけられた五芒星のマークは【覚醒者】の探索者証にしか刻まれないので、探索者証を見れば判るようになっているけど、実際【覚醒者】は少ないらしいし。
正直、それだけで他の探索者の人たちとか、探索者ギルドの人たちからは珍しい存在のような扱いを受けるけど……。
だって『暁星』のみんなは魔法なんて使えて当たり前だし、この前なんてアレイアさんが店先に現れたルイナーをトレンチを投げて両断したりしてみせてくれたりだもん。
そんな人たちが周りにいるのに、自分が凄いなんて微塵も思えないんだよね……。
「ごめんなさいね。【覚醒者】ならその格好も頷けるわ」
「格好、ですか?」
「……あなた、自分が周りからどう見えているのか理解していなかったのね……」
「はい?」
「【覚醒者】は魔力障壁を展開できるでしょう? だから装備品なんて特に気にする必要もないでしょうけれど、【覚醒者】じゃない探索者なら、耐衝撃、耐斬撃なんかの軍用の軽装備が安く売られているミリタリーショップとかで購入してきたような服を着ているのが一般的なのよ。ほら、周りの服装、どれも軍人とか特殊部隊とか、そういう感じでしょ?」
言われてから周りを見回して、確かにそうだと今更ながらに気が付いた。
「……なるほど――」
……あー……、そっか。
私は魔力障壁も展開できるから動きやすさを重視した服装だし、そういう専門の服でもない。
だから見学って思われたんだね、この人にもさっきの人にも。
……なんかこれ、私が空気読めてない、みたいになっちゃってるってこと……?
「――何か問題でも?」
アレイアさん直伝、他人に感情を見せないメイド流表情術があって良かった……!
もし素のままだったら多分顔を赤くして両手で顔を覆って逃げてたよ……!
しらばっくれていても内心泣きたくても無表情してられるよ!
私の表情術を駆使した堂々とした物言いに、私を止めていたお姉さんがビクッと肩を震わせてから背筋を妙に伸ばして敬礼してきた。
「え、あ、いえいえ! 問題はないです!」
「そうですか。では、入場しても?」
「はい! お気をつけて!」
「ありがとうございます。では」
何故か敬礼しているお姉さんに軽く会釈だけして、逃げるようにポータルへと足を踏み入れれば、私の視界は一瞬光に包まれた。
ポータルの光に染め上げられた視界が落ち着く前に感じる、僅かな浮遊感。
そうして中へと足を踏み入れた私がゆっくりと瞼を押し上げると、ダンジョン特有の空気感というか、魔素濃度の高い場所だと身体で理解する。
私たちの家とも言える『暁星』の拠点に設けられた訓練所は、ここ以上に魔素濃度も高い。そこに慣れてしまっているせいで外はこう、息苦しいという程ではないけれど酸素が薄いような、なんかそんな感覚に陥るのだけれど、ダンジョンの中に入った途端にようやく新鮮な空気を取り入れているような気がする。
こう、身体の中にしっかりと沁み渡る感じ、とでも言うのかな?
届いていない深いところにまで空気が入るような感じ、かな。
ついつい帰ってきた気分でほっと溜息を零してしまうけれど、ここには魔物もいるし、私が今までアレイアさんに放り込ま……拉致さ……あ、うん。連れて行ってもらったダンジョンに比べても濃度が濃い事は理解できた。
ここまで差があるってことは、やっぱりそれなりに深いダンジョンだと思う。
ダンジョンの内部は森のようになっているらしい。
少し周囲の様子を窺いながら待っているけれど、後続の人もやって来ないみたいだし、入り口がランダムに振り分けられるタイプみたい。
ダンジョンはまず、ルートが決められているタイプとランダムに入り口が振り分けられるタイプで分かれる。あとは場所によっては次の階層に繋がる出口も変わったりするらしい。
内部環境も変わり、昼であったり夜であったり、極寒であったり砂漠のような暑さであったりと、階層によって環境も大きく異なるので、同じようなマップで出てくる魔物だけが違う、みたいな事はないみたい。
少なくとも私が放り込まれたところは環境と魔物の相性が良い組み合わせが多く、魔物の特性を活かせるような配置になっている。
まあ、地上なのに水棲生物系の魔物とかがいてもどうしようもないしね。
夜目なのに昼型ダンジョンにいるとか。
そういうおかしな組み合わせになる事はまずないと考えていい、とアレイアさんも言っていた。
……アレイアさん、魔法も知ってるしダンジョンにも詳しいし、ホントたまに何者なんだろうって思っちゃうよね。
訊ねてみても「メイドです」しか返ってこないけど。
――接近してくる魔力、三つ。
第一階層から単体じゃなくて複数体の襲撃なんて、なかなか珍しい気もする。
結構な速さだし、これは――と考えたところで、前方から魔物が駆けてくる姿に気が付いて、こちらも足元から糸を張り巡らせていくように魔力を浸透させていく。
狼型の魔物、森灰狼。
他のダンジョンでも見た事があるけれど、常に囮役、奇襲役に分かれて群れで敵を襲う知恵を持った、なかなか大きな魔物。囮役を倒しても隙があれば奇襲役は止まらないし、逆に逃げ切れる場面で囮役を倒すとさっさと逃げて他の囮を待とうとする、狡猾さも持ってる相手だね。
しばらく引き付けるように動かず、ただ地中に糸を張り巡らせ続けていると、囮役は私が追いかけるようなタイプではないと判断したのか、わざわざ正面から襲いかかるように見せるために真っ直ぐこちらへと駆けてきた。
同時に、奇襲役が私の斜め後方からゆっくりと近づいてきているのが分かる。
こういう時の対処方法は幾つかある。
一番いいのは、そもそも囲まれるような状況を作らないこと。
次に、囮を早めに叩いてしまいつつ、奇襲役に牽制の魔法を放つこと。
あとは敢えて囮役に突っ込んで、囲まれている状況を打破すること。
でも、アレイアさんが言うには――三頭まとめて殺してしまった方が早い。
「【魔蜘蛛の罠】――」
足元から地面を通して張り巡らせた魔力を通して発動させた、遠隔発動型の魔法。
アレイアさんに教わった闇属性第二階梯魔法【魔蜘蛛の贄】は、張り巡らせた魔力の及ぶ領域で指定した対象を大地から突然発生する真っ黒な闇の縄で縛り上げた。
突然足元から現れた真っ黒な縄に捕らわれて、魔物たちが激しい呼吸音を奏でながら脱出しようともがく横で、私はもう一つの魔法を同時発動させた。
「――【結べ】、【闇の凶槍】」
もがく狼の腹の下から禍々しい漆黒の槍が剣山のように突き出され、森灰狼を突き刺し、貫き、その生命を屠った。
……ふぅ。
相変わらずなかなかおぞましい光景ではあるけれど、うまくいった。
魔法から魔法を結ぶ、連携魔法と呼ばれる魔法。
これを行うには緻密な魔力操作と思考能力というものが要求されるらしいのだけれど、どうやら私にはそれが向いているらしく、アレイアさんに教わったもの。
特に私は闇の属性がかなり相性がいいらしくて、アレイアさん曰くメイド向き、なのだそうだ。
……闇属性に向いているのって、メイドなのかな?
そんな事を考えながら、私は森灰狼が霧散して魔石を落として消えていく姿をぼんやりと見つめていた。




