幕間 探索者たち Ⅰ
ダンジョンという存在は人間側の都合など考えるはずもなく、稼働している会社ビルの一階、または地下駐車場にも発生するケースも存在しており、そうした場合は会社関係者から探索者ギルドの専用窓口に連絡を入れる義務が発生する。
ダンジョンを独占して利益を独占したいと考える者もいるのだが、どこぞの国が独占を考えて存在を隠蔽しようとした結果、神の逆鱗に触れた事は記憶に新しい。
ダンジョンから魔物が氾濫するケースもあるという旨は探索者ギルド側にも通達され、世間に公表されている事もあり、企業側としてもそこに留まるリスクを負いたくはない。
また、ダンジョン発生による移転等に関する各種費用ついては国側が負担してくれる事も決まっているため、企業側にとっても建物の老朽化、人員増加、または減少によってキャパシティに見合わない現況を国の費用で改善できるという点もあって、非常に協力的に報告をしてくれる体制が整っている。
こうした各種企業の協力によって棄民街を除いたダンジョン付近には探索者ギルド、国の医療機関から派遣された治療所、監視体制強化を行うための軍の派遣所等が早急に設けられた。
その動きに追従するように、ダンジョン周辺にはルイナー登場以降低迷を続けていたアウトドアグッズの販売店から飲食店、シャワー等の貸出もあるカプセルホテル等が積極的に出店するなど、経済的な効果も見えていたりもする。
こうした社会の動きはニュース、インターネットでも大きく取り上げられており、探索者ギルドが本格的に動き出すのは年明けから春先頃になるだろうというのがマスコミ、市民らの見解であった。
しかし治療所、軍の派遣所さえ完成してしまえば、何も普通の店舗に足並みを揃える必要はないというのが探索者ギルド側の本音であり、市井の予想とは裏腹に探索者ギルドは年内に稼働を開始した。
探索者ギルドの内部は、どちらかと言えば銀行に近いものであった。
新規登録、買取窓口、その他相談用等の受付窓口ももちろん存在しているが、登録が済んだ探索者には、ダンジョンに潜る前に探索日数等の予定などを入力する探索申請というものを行う必要があり、そうした手続きだけであればわざわざ窓口に行かずとも端末のみで手続きを済ませる事ができる。
また、その際に同時に素材採集依頼等を受けたりするのも端末を通して受けられるようになっており、詳細表示をタップすれば、液晶には採集してきた実物の写真、そして採集する際のポイント等が簡単にまとめられた説明書きが表示されるなど、かなり充実したサポート体制となっている。
ルオにとってみれば、「探索者ギルドっていうんだから依頼書が張り出された掲示板と受付」という前世の世界のイメージが強かったりもしたため、想像していた光景とは異なる光景となったりもしたのだが、そうしたイメージとこちらのやり方でどちらが効率的に管理や情報の統一が行えるかと言えば、間違いなくこちらの方が効率的であった。
少しばかり夢が壊れたような気がしないでもないが、それはともかく。
ともあれ、春先から様々な事件があり、後に『世界の第二転換点』と呼ばれるようになったこの年もあと一ヶ月というところで、探索者がダンジョンへと足を踏み入れる時代が始まりを迎えたのであった。
◆ ◆ ◆
私――リーン・スフレイヴェル――は今、目の前の探索者用端末と呼ばれるものの前に立ち、「おー……」と情けない声をあげていた。
目の前にある端末の液晶には『探索者証をリーダーから読み取らせてください』と表示されており、その下には探索者カードを読み取るためのリーダーがある。
そこに探索者証を置くと、画面表示が「しばらくお待ちください」になって、やがて案内が始まった。
棄民街暮らしが長い私にとって、こんなにデジタルな感じのもので統一されている環境っていうのはちょっと……うん、なんだかすごい。
あ、そうだ。
スマホのアプリと連動すると依頼達成ポイントとか色々見えるようになって、どこにダンジョンがあるのか更新されるダンジョンマップっていうのも見れるんだっけ。
早速とばかりにアプリを起動して、目の前の探索者用端末に表示されているQRコードをスマホアプリで読み込み、連携だけさせておく。
これでいつでもポイントとかも確認できるようになったみたいだし、依頼達成率、得意戦闘スタイルなんかを登録しておくとパーティ募集とか応募なんかもできるらしいし、連携さえしておけばアプリで探索申請もできるし、いちいちギルドに寄らずにダンジョンに入れるようになるみたい。
昇級試験とか買取とかで結局来なきゃいけなかったりもするんだけど、近くにギルドがない小ダンジョンとかもあるからね。
ダンジョンに入る為だけに遠いギルドに行かなきゃいけない、なんて事にならないならそれに越した事はないよね。
反対にアプリではできない機能だけれど、一応この端末からなら近くのホテル、シャワールームの予約とかもできるみたい。
遠方から来た場合は探索者ギルドに寄って端末を使う事もあったりするのかな。
あと臨時パーティ登録っていう、ここでしか使えない機能もあったりする。
これを使うと、この端末を使っていて、かつ戦闘スタイル、性別なんかで相性のいい人が端末を使った時に臨時パーティ募集の詳細が見れて、組んだりする事もできるらしい。
受付側のブースで職員の人がついてくれて、臨時パーティの条件、決まりごとなんかを仲介して決定してくれるんだとか。
至れり尽くせり、って言うんだっけ?
なんかそんな感じだね。
とは言っても、私はしばらくはソロで動くように言われてるんだよね。
いずれは『暁星』の人たちと組む予定だし、何より私自身が魔法を使うから、下手に誰かと組んでも面倒事があったりするらしいから、というところもあるけど。
後ろに人も結構並んでるし、見るべきところはこんなものかな。
ついでに採集依頼だけ受理してから、読み込ませていた探索者証を手に取ると終了画面に表示が勝手に切り替わった。
おぉー、便利……。
後ろに人も結構並んでいるみたいだし、さっさと人混みから離れる事にした。
人でごった返している探索者ギルドは、この場所が凛央からも近い事もあって、マスコミだったり動画配信なんかをしているらしくスマホに向かって延々と喋っている若い人なんかも結構いる。
さすがに探索者ギルド稼働開始の今日という日は注目度も高いせいか、探索者じゃない見学者みたいな人たちも多くて凄い人集りができている。
見学って、何が楽しいんだろ……。
棄民街で暮らしているとまず見る事のない光景だなぁ。
人がこんなにいるなんて、私も小さい頃は当たり前のものとしてそれを受け止めていたけれど、なんだか息苦しく感じられてあまり好きじゃないかもしれない。
ガヤガヤしていて騒々しくて。
棄民街に慣れてしまっている私にとっては……うーん、うるさい……。
「すみませーん、インタビューさせていただけませんか?」
「はい?」
唐突に目の前に回り込んでマイクを向けてきている若い大人の男の人。
私はついついその人をまじまじと見てしまい、その後で一緒になって歩いてきていた大きなカメラを抱えている人を見て、改めてそちらを見てから男性に向き直った。
「簡単な質問にお答えいただきたいのですが、いかがでしょう?」
「……構いませんが」
「ありがとうございます! ――では早速ですけど、今日はこちらへ何をしにいらっしゃったのですか? 多くの方が見学にいらっしゃっていますが、やはりあなたも?」
「やはり、とは?」
「え? いやぁ、見学は見学ですよ? あなたも見学に来たんですよね?」
何が面白いのか分からないのでそのまま答えると、何故か私がおかしな事を言っているかのような反応をされてイラッとした。
なんか小馬鹿にされてる気がするし、『月光』だったらトレンチを立てて引っ叩いてやるのに。
「……何故あなたがそう決めつけているのか理解できませんが。私は探索者なので、ダンジョンに入る為に来ました」
「え……えぇっ!? そうなんですか!?」
……いや、そんなに驚くことなのかな?
あなたが勝手に想像して、勝手にそうと決め付けてただけじゃない。
何がおかしいのかよく分からないけれど、とりあえずアレイアさんに教わった通り、基本的に親しくない人には感情を見せないように受け答える作戦で私は頷いて肯定だけしておく事にした。
「し、失礼ですが、あなたはまだ若いですよね? 年齢をお伺いしてもよろしいですか?」
「十六です」
「え? あ、その年齢で探索者になるというのは、なかなか珍しいのではないでしょうか? 確か探索者の平均年齢は二十代前半程度と聞いていますが」
「十五歳から登録は可能なので」
「そ、そうですね……」
さっきからこの人は何が言いたいんだろう?
別に私は違反してる訳じゃないし、そんなに年齢に食いつかなくてもいいと思うけど……。
というか、もう終わってほしい。
なんか妙に周りから注目されていて居心地も悪いし。
「お父さんやお母さんは反対されませんでしたか?」
「両親はすでに亡くなっています」
「え……」
「私はあなた達のような人間とは違います。元は棄民なので」
そう告げた瞬間、インタビューをしてきた男性の顔が明らかに何か嫌そうな、マズい事になったとでも言いたげな表情に変わったのを見て、私は悟った。
――棄民、という存在を大々的に扱う事はできない。
アレイアさんから教わった話だけれど、棄民という存在を取り上げて騒ぐ事はマスコミにはできないらしい。というのも、そもそも政府が人間を切り捨てたという現実を大々的に喧伝するような真似をしてしまう訳にはいかない、という考えがある、だっけ?
別にマスコミが騒ごうがなんだろうが、棄民という存在が知られていない訳でもないんだし、そんな事を隠して何になるのか私には理解できないけど……。
インタビューなんて言ってるぐらいだから、棄民が相手じゃ意味がないとでも思ったんだろうなぁ。
私も不愉快だし、さっさと切り上げてほしい。
そう思いながら反応を待っていたのに、男の人は何も言おうとしない。
……はあ。
「話が終わりなら、もう行きますが?」
「……あ、えーっと、はい。ご協力ありがとうございました」
さっさと会話を切り上げて、その人達を放っておく事にした。
なんていうか、やっぱり棄民街で育った私にとって、普通の人はあまり好きになれなさそうだって実感した。
なりたくてなった訳じゃないのに腫れ物のように扱うあの空気感は、居心地が良いとは決して言えない。
なんとなくもやもやしたものを抱えながら、これ以上そういう人達と関わる事がないようにさっさとダンジョンに向かう事にした。




