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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
幕間 2年の軌跡
121/220

幕間 価値の基準

「――……これは、本当か……?」


「えぇ、我々も確認しておりますとも」


 夜、『月光(ルーケス)』の営業時間が修了した頃。

 店内に一人残った大野は、ジルから手渡されたタブレット端末に表示されている大和連邦国の地図を見つめて息を呑んだ。

 画面に表示されている地図は機能している街が青、ゴーストタウンと化した箇所は赤みがかったオレンジが徐々に棄民街に入るに連れて赤くなり、棄民街は真っ赤。そんな色合いで色付けされた地図ではあるのだが、凛央を中心として放射状に広がるかのようにターコイズブルーの色合いがその赤みがかった場所を塗り潰していた。


 ターコイズブルーは、即ち『暁星(スティラ)』が制圧した箇所であり。

 すでに凛央周辺の棄民街は全てがその色に染まり、その範囲が広がっている事を指していた。


「……これが、『暁星(スティラ)』の実力という訳か……」


「そうですな。もっとも、制圧したとは言え彼らは制圧した棄民街には元々いたコミュニティの中でも信頼が篤く、器として適していると判断された者らがトップを務めるよう指示しております。『暁星(スティラ)』は直接的な統治には興味はないようですからな」


「……なるほど。実に厄介なタイプ(・・・・・・)だな」


「ほう、なぜそのような感想を?」


 大野が警戒するような感想を口にすれば、対するジルは少々の感心を抱きつつもどこか愉しげにその根拠を求めた。

 そんなジルの視線を受ける側となった大野とて、ジルの思惑を見抜いて「分かっているだろうに」とでも言いたげに胡乱げな目を向けて返してから、カウンターに置かれたコーヒーを一口飲むと、一つ溜息を吐き出した。


「単純な話だ。守るべきものを持とうとしない。となると、有事の際にこちらが交渉のテーブルに乗せられる材料が分からん。交渉が成り立たない相手で在り続ける存在ほど厄介なものはない」


「ふむ、それは仰る通りですな」


 たとえばジルが取引先であると思わせている『暁星(スティラ)』が実質的な支配に乗り出したというのであれば、物資やインフラの整備、支援といった様々な方法で『暁星(スティラ)』に対して交渉を持ち掛ける事もできた。

 しかし『暁星(スティラ)』は統治せず、その役割を元々その棄民街でも信頼に篤い人物らを中心に任せていると言う。そんな所に交渉したとしても、確かに棄民街の者たちには恩を売る事ぐらいはできたかもしれないが、『暁星(スティラ)』そのものには何も恩恵がないため、優位性を保てない。故に大野はそれを厄介だと評した。


 交渉とは互いにメリットがあって初めて実現するものだ。

 しかし今の大野――延いては連邦軍、政府という表側の人間は『暁星(スティラ)』に対してパイプを有しているとは言えず、何かを持ちかけようとしても目の前の男、ジルにその情報が抜かれてしまう、とも言えた。


 大野は、ジルの背後にいる何者か(アンノウン)は、恐らくはそれなり以上の権力や財力を有しているような人材であるだろうと考えている。そもそも棄民街に手を伸ばそうとするという事はそれだけの余力がある人間である事が前提となるからだ。

 そんな存在の本質が敵か味方かも判らない以上、あまり情報を与え過ぎてしまうのも得策ではないというのが本音であり、可能であれば一度『暁星(スティラ)』とも直接交渉しておきたいと考えているところではあったのだ。

 棄民街を守ろうとするのであれば、それを交渉材料とする事も視野に入れていたのだが、当てが外れてしまった。苦い感想が出るのも当然であった。


「時に、そちらの主は棄民街に自治を任せてしまって良いと考えているのか?」


 ここまでの動きの中で、ジルの背後にいる存在にとってのメリットがどうにも見えて来なかった。

 棄民街の実権を握るというのであれば、それこそ棄民街の統治をジルの背後の者が積極的に行っても不思議ではなかった。

 しかし先程のジルの言葉では、統治に対しても元々その場にいた棄民に任せるという方針であるようで、どうにも狙い、あるいは棄民街に手を出したメリットが見えなかったのだ。


 慈善事業として行っている、とは思えない。

 何かしらの意図はあるだろうに、しかしそれを一切感じさせないというのも不気味だったからこそ、大野は探りを入れるつもりでそんな問い掛けを投げかけていた。


「心配はご無用です。すでに棄民街の統治者候補たちには、こちらから物資と共に統治体制に関する知識を持った存在を派遣しております」


「……抜け目のないことだ」


「お褒めに預かり光栄です」


 矢面に立つつもりはなく、あくまでも裏からというスタンスであるらしい。

 ジルの言葉から狙いを汲み取って吐き捨てる大野へ、ジルは何喰わぬ顔で答えてみせた。


 実際に派遣されているのは『暁星(スティラ)』のメンバーが保護した、学歴などがある大人たちである。信頼に篤く人望が集まっていたとしても、必ずしもその人物が知識を有しているとは限らない。

 そうした人材を知識面等で補佐できる人物を探すのはなかなかに骨が折れたが、棄民街にはそういった存在も稀に紛れ込んでおり、そんな人材を保護し引き込んでいたのだ。数は少ないが、そこは『暁星(スティラ)』のメンバーにいる転移魔法を覚えた者がタクシー代わりを務めているおかげでどうにかなっている。


 そんな内情を知らない大野にとっては、実質的に棄民街をジルの背後にいる何者かに牛耳られている状況に対して苦いものを抱いてはいるが、しかし現状、国は何もしていないのだから関与させてほしいとは言えるはずもなかった。


「ダンジョン周辺の地域の建物は有効活用できるか?」


「正直、全てを吹き飛ばして街を一から作り直した方が早いでしょうなぁ。いつ崩れるやもしれぬ建物が多く、道路のど真ん中にダンジョンの入り口が発生しているケースもあれば、建物の中に入り口があるものもあるようです。調査を含め、建物の建造やライフラインの確保なども含めて考えるなら、早めに動いた方が良いかと」


「だろうな……。やれやれ、頭の痛い話だ」


 ダンジョン周辺の調査、撤去を含めた建設作業によるダンジョン周辺の整備、棄民たちとの交渉、支援、これらを含めた国との折衝。

 大野もすでに棄民街の件は幾人かの議員を含め関係各所に情報を流しつつ協力体制の構築に急いではいるが、そんな大野の想定を遥かに上回る速度で棄民街が制圧されているというのが実状であった。

 もっとも、国との折衝についてはすでにルオが天照と神宣院を通して「()く対応せよ」と命令を出していたりもするため、お役所仕事特有の細かな指摘やくだらないルールをかなり無視させて体制を整えていたりもするのだが、それは大野も与り知るところではなかった。


 やるべき事が山積みになっていて目眩がしそうだ、とコーヒーを口にして苦笑する大野に、ジルは一枚の名刺をそっと差し出した。

 前へと出された名刺に思わずコーヒーを噴き出しそうになったが、大野は持ち前の精神力を発揮してどうにかそれを堪え、コーヒーカップを置いて名刺を食い入るように見つめた。


「こちらは、我々の主より貴方様へ、と」


「……さすがに驚いたぞ。どうやってこの御方(・・・・)の名刺など……」


「さて、私めは主よりこれを貴方様にお渡しするように、としか。あぁ、それと国との交渉はこの名刺の御方が行ってくださるそうですので、要望を早めに伝えよ、と言付けされているだけですな」


 半ば震えた手で手に取られた名刺、そこに置かれた名刺に書かれていた名は、神楽 誠。

 天照の側近にして神楽家の当主、そして現在の神宣院の長のものである。

 名刺の裏には丁寧に携帯電話の電話番号までしっかりと直筆――文字通りの筆で――で書かれていた。


 神宣院の当主に直接連絡が取れるような方法など、大野も聞いた事はなかった。

 事実として神宣院へと話を通すとなれば、連邦軍の大将である大野でさえ幾つかの部署を通して連絡内容を検閲され、承認を取り、初めて神宣院の誰かに文書が届けられ、最低で手紙の返信、最高で代理人からの直接連絡がくる、というような相手である。

 そのため連絡を取り合える人物となれば、国の上層部の中でもかなり限られた人材しかいない。


 そんな神宣院の当主である誠の電話番号が書かれた名刺など、紛失してしまえば大問題に発展しかねない代物であった。

 おもむろに大野は自らのスマホを取り出すと、名刺の表と裏をしっかりと写真に収めはじめた。


「……何をしていらっしゃるので?」


「……これを持ち帰ろうとして何かの拍子に落としたら、俺の首が物理的に飛ぶ。マスター、撮影が終わったら俺の前でこれを燃やしてくれ」


「……左様でしたか。えぇ、かしこまりました」


 屈強な肉体を持ち、ガタイの良い大野が唐突にスマホを取り出して写真を撮り始める姿になんとも言えない感想を抱いていたジルは、この名刺をルオに渡された際にはトランプ投げよろしく放り投げられたとはさすがに言えないなと、ひっそりとその記憶を胸の内にしまっておく事にした。

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