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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
12/220

#012 地下組織 Ⅲ

 捕らえられていた少女は、黒いドレスに身を包んだ少女だった。

 魔法少女に精霊が同化した影響か、魔力を扱えているように見えない。

 その結果として魔法少女らしい正装というか、ドレス姿のままなのだろう。


 黒髪の正統派美少女と言っても差し支えなく、年の頃はおおよそ中学生に差し掛かるかどうかといった、ロージアやその仲間たちと比べても大人びて見える。


 そんな少女の瞳はまるで無機質なガラス玉のようで、危うかった。

 この目は前世の世界で何度も目の当たりにしてきた、大切な存在を喪った人の目だ。

 絶望に染まった世界の中で、心だけが死んでいる者の瞳。


 魔法少女として精霊と契約できるのは十歳前後の少女だけ。

 しかし、魔法少女となってからは歳を取る事はできる。

 この少女は年の頃から鑑みて、魔法少女となって数年が経過しているのだろう。


 リグから聞いた話によれば、対魔法少女の武器とやらを利用して捕まったという事なのだから、まず間違いなく人の手によって彼女は捕まっている。

 しかし魔法少女は認識を阻害され、常人には平時であれば誰が魔法少女かは判別できないようになっている。

 魔法少女としての能力があれば、さっきのチンピラ程度であれば相手になるとも思えないし、おそらくは能力を引き出す前に捕まってしまった、というところだろうか。


 ――となれば、おそらくは正体を密告されたのか。

 彼女が魔法少女であると何者か、それも彼女にとって親しい存在によって情報が漏れてしまい、そんな彼女に魔の手が伸びて、精霊さえも彼女を守ろうとして手が出せなかった、というところかな。

 無念、悔恨といった感情も少女の体内に同化したであろう精霊から窺える。


 そして彼女を捕まえた者は、彼女の心を折るためにその事実を告げて、絶望させたのだろう。


 自らが守ってきた人間の手によって捕まり、精霊を殺されたのだ、と。

 なんのために、人間を守ってきたのか、と。


 そうして、彼女の心は壊れてしまったのだ。


 ――まったく、反吐が出るね。

 心が折れてしまった者ほど、操りやすい。

 リグの言う海外の組織とやらはそうして魔法少女を囲い、利用しているのかもしれないね。


 もっとも、精霊は人間の生死とは違って力さえ取り戻せば再び姿を現す事ができるようになるのだけれど、それを知る存在はまだまだ少ないのかもしれない。

 ましてやこの世界は魔素が薄く、精霊が精霊として再び具現化するのにどれだけ時間がかかるのか見当がつかない以上、それを僕が教えてあげたところで、ただの慰めに聞こえてしまう可能性は高い。


 何よりも先に、自分が生きている事さえ諦めた人形のように心を壊していた彼女に生きる為の糧を、燃料を与える必要があった。


 その為に僕が敢えて口にしたのが、復讐という冷たい言葉だ。


「キミの精霊は今もキミと共に在るようだけれど、だからと言って納得できるはずもないだろう? なら、存分に復讐すればいい。とは言え、相手は強大だ。故にその為の力を、技術を、僕が与えてあげよう」


「……力、技術……」


「うん、そうだよ。キミに足りないそれらを、僕なら与えてあげる事ができる。今、僕の力の一端を見たよね? あの程度の封印術、僕にとってみれば児戯に等しい」


 実際、あれは未熟な技術だ。

 少しでも魔力の扱いに慣れた者であれば、誰にだってすぐに壊せてしまう程度の代物でしかなく、形にしているあたりはさすがと言うべきかもしれないけれど、それでもまだまだ稚拙過ぎる。

 多分、前世の世界なら魔力を扱えるようになった子供でも捕まらないだろう。


「キミが望むなら、力を与えよう。もちろん、復讐を望まないと言うのなら、それでも構わない。さぁ、好きに選ぶといい」


 答えはすぐには返ってこなかった。

 逡巡していると言うよりも、むしろ再び僕にも裏切られるのではないかと不安になっているといった様子だ。


「……ど、うし、て……」


「どうして自分を救ってくれたのか、とでも言いたいのであれば、それは勘違いと言っておこうか。言い方は悪いけれど、キミの力なんて僕から見れば利用価値はないからね。だから、こうして声をかけているのは気まぐれだ。もしも復讐せずに家族と穏やかに暮らしたいと言うなら、キミを送り届けても――」


「嫌ッ!」


 途端に自らの身体を掻き抱くようにして、少女は身を強張らせ、震えた。


 ――親に売られたのか。

 家族、という言葉を口にした途端に激しい拒否反応を見せる。ただそれだけで、彼女を売り払おうとした存在が何者なのか理解できた。


「行くアテもないなら、しばらく一緒にいるといい。復讐するかしないかは、キミが望むようにすればいい。キミが行く道を決めるまでは、守ってあげるよ」


 ゆっくりと手を伸ばしてそっと頭を撫でてあげると、一瞬身体を強張らせたものの、少しずつ少女の身体の震えが落ち着いていく。


「……わ、たし、は……」


「大丈夫。今は安心して眠るといいよ」


 温かな魔力をそっと流してあげると、少女はそのまま糸の切れた人形のように意識を失った。

 倒れ込まないように抱き留めてあげると、頬に涙の跡が残っている事に気がついた。


「……おやすみ」


 そっと魔法で彼女の身体を拠点のベッドに転移させて、立ち上がって部屋の中に彼女の荷物はないかを見回してから、やってきた階段を戻るように歩き出した。






「お、おう、戻ったのか……」


 階段を上がって拠点となっている部屋へと戻ると、死屍累々――と言っても誰も殺してはいないけれど、倒れている男たちはみんな縛り上げられていた。

 そんな男たちを他所にスマホを片手に座り込んでいたリグが慌ててスマホを隠すようにして立ち上がり、頭を掻きながら声をかけてきた。


 ……なんで隠す必要があるんだろうか。


「あれ、もうこっちの片付けは終わったのかい?」


「あぁ、終わったけどよ……。魔法少女はどうなった?」


「もう僕の拠点に送ったよ。キミももう僕の正体を調べたんでしょ?」


「……まぁ、な。つっても、動画を見たってお前の正体なんて分からねぇ事が判ったぐらいだけどよ」


 実際、僕の正体がそのまま全て暴かれている訳ではないしね。

 ともあれ、僕が魔法を使えると知ったらしいリグは、そっと自分の手を見つめた。


「……なぁ。俺もお前みたいに魔法使えるようになるのか?」


「なるのかならないのかで言えば、なるよ」


「マジかよ……」


 この世界の人々は少ないながらも魔力を有している。

 しかし一方で、その能力そのものはあまりにも弱く、現象を引き起こせる程の出力はない。

 精霊が行う契約は、結局のところ外付けのバッテリーのようなものであって、その出力を代用しているに過ぎない。

 つまり、バッテリーさえ用意してあげれば、それなりに魔法を扱う事は可能という訳だ。

 もっとも、自然に充電ならぬ充魔をしようとしても、魔素が少ないこの世界ではできる環境も限られるだろうけれど、そこは僕やルーミアが補う事ができるしね。


 驚愕しているらしいリグだけれど、あまり悠長にしていられる訳でもない。

 さっき拠点に送ったあの子がいつ目を覚ますのかも分からないし、あそこは結界で常人には立ち入りできないようにしているけれど、事情を知らないルーミアが戻ってきたら困るし。


「それで、決まったかい?」


「……お前の部下になって、俺は何をすりゃいい?」


「魔法を使えるようになってもらうのは前提として、その他にも情報収集だったり、組織の運営だったり、だね。僕はキミが見た動画のように姿を知られてしまっているし、こんなナリじゃ組織のトップだなんて言っても格好もつかないからね」


「組織?」


「うん。僕の手足となって動いてくれる組織だね」


「いらなくねぇか? お前の強さ、シャレになってねぇだろ。なんで徒党を組む必要があるんだ?」


 そりゃあ、アンチヒーロー的な存在と言えば、第三勢力らしい組織がある方が様になる(・・・・)からだけど、言えるはずもなかった。

 もっとも、ただそれだけの為という訳ではないけど。


「いくら強さがあっても手が足りないからね。ここにあるようなアンダーグラウンドの情報を集め、時に潰せるような組織が必要なんだ」


「……それを、俺が指揮するのか? さすがに俺、そんな組織の運営なんてやった事ねぇぞ」


「いいんだよ。キミは組織のトップであり、僕の部下。僕と組織を繋ぐ存在であり、表向きにだけ組織のトップになってくれればいいんだ。実務なんて他に有能な人を探してくれれば構わないから。僕も味方になれそうな人がいればキミみたいにスカウトするし」


「……そういう事なら、俺でもできる、か」


「まぁ、人手を集める前にキミに魔法を使えるようになってもらうけどね。常人と同程度の力しかないんじゃ意味がないしね」


「……はあ。腕っぷしにゃ自信あったが、お前と比べられるんじゃ、そりゃそうだわな……」


 さすがに魔力も持たない常人と僕とでは勝負にならない。

 そもそも魔力を持ったとしても、僕とてシオン達と魔王を倒した身だ。向こうの世界で最強とまでは言わないけれど、戦い慣れた経験なんかを含めても、この世界の人間とは超えてきた場数が違うのだという自負もある。

 現人神なんて不思議存在になったせいで、更に強化されてしまっているしね。


「もしキミが信頼できる人がいるなら、引っ張ってきていいよ。年齢も性別も問わないから、キミと同列の最初の仲間として迎えるよ」


「……いいのか?」


「構わないよ。さすがに乳飲み子とか連れて来るなら保護者ぐらいは一緒にいてほしいけど」


 赤ん坊の世話とかしたことないしね。

 そんな事を考えながら告げると、リグも苦笑を浮かべた。


「……悪い話じゃなさそうだな。なら、乗るぜ」


「それは良かった。仲間を集めるのに何日必要になる?」


「ここを襲った以上、悠長にはしてられねぇからな。今から仲のいい連中にすぐに話をつけに行ったとして、明日の昼にゃ動ける」


「上々だね。じゃあ明日の夕方に、東にある町外れのショッピングモール跡地で落ち合おうか」


「東にあるっつったら、ウェインズモールか。判った。そうと決まったら、さっさと行かせてもらうぜ。お前も魔法で移動した方が早いんだろ?」


「うん。ここの連中を動けなくしてから行くから、先に行っていいよ」


「魔法で何かするのか? まぁ、その方が俺も安心して動いてられるけどな。とりあえず明日の夕方な」


 段取りをつけたところで、リグは拠点となっているビルを駆けて出ていく。

 リグの気配が離れていった事を確認してから、僕は幹部だったという植木鉢に頭を突っ込んでいた男の元へと歩み寄り、その頬を無言で叩いて意識を覚醒させた。


「……っ、て、めぇ……!」


「騒ぎ立てるなよ、自分の立場を分かっていないのかい?」


 リグが縛り上げてくれていたおかげで、手間が省けた。

 魔法で動けなくしてあげても良かったけれど、いかにも自分の自由が奪われているのだと自覚させるという意味では、この方が都合がいい。


 男は僕の言っている意味に気がついたのか、どうにか縛り上げられた状態から抜け出そうともがいていた。


「こんな真似して、タダで済むと思ってんじゃねぇぞ、ガキがぁっ!」


「あはは、笑わせるね。キミこそ、今の僕が、笑顔でからかう為だけにキミを起こしている、と。本当にそう思うのかい?」


 拾い上げたのは、僕に向かってきた男の一人が持ってきたナイフだ。

 刃渡りはそれなりに長く、短刀と言う程ではないけれど、殺傷能力が高い事が窺える代物であった。


 僕が手に持つそれを見て、男は僅かに顔を強張らせた。


「お、おいおい、ガキがそんなもんで脅そうってのか?」


「脅す? いいや、脅すんじゃない――使う(・・)んだよ」


 魔法で浮かび上がらせたナイフが、射出されたかのような速さで中空を飛び、男の足に突き立った。

 何が起こったのかと目を大きく見開いていた男が痛みに声をあげると同時に、ナイフが再び浮き上がり、傷口から引き抜かれる。


 耳障りな声を聞きながら、僕は淡々と続けた。


「これから質問をする。答えなければ、今みたいにナイフがキミを貫く。つまらない嘘を言っても貫く。正直に答えれば、傷を治す。こんな風にね」


 手を翳して治癒魔法を発動させると、傷口が閉じて痛みが消えた事に気がついたのか、男が大きく目を見開きながら自らの足を見つめ、やがて僕を見た。


「お、お、お前、魔法……――ぎゃああぁぁぁッ!」


「いいかい、僕は気長じゃないんだ。余計な口を開かないで、キミは訊かれた質問に答えるだけでいい。分かったね?」


 今度は肩口を刺し貫いたナイフが、再び自らの意思を持つように抜ける。

 傷を治してやれば、男はようやくルールが理解できたらしく、口を噤んで僕を見た。






 ――悪人に情けをかけたとしても、後ろ足で砂をかけるような真似をされるのが関の山だ。

 前世の世界では盗賊は生死問わずだったように、やれ人権がどうの等と騒ぎ立てたところで、それは対岸の火事だから言っていられる安い正義に他ならない。


 僕の顔を見て、リグの事を知っている以上、生かしておく事はリスクでしかない。

 まして、一人の少女を絶望させたような連中だ。


 ――処分してしまった方が、話は早い。

 僕はシオンやルメリアのように、甘くはない。


 一通りの尋問を終えてビルから出たあと、夕闇に包まれた棄民街の一角に何故か晴天の空から落ちた巨大な落雷は、直撃したビルを中心に全てを無に返したのであった。


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