#087 エピローグ
「……なんだって?」
《だーかーらー、アナタが魔法を教えてるロージアって子。アレ、私が戦い方を教える事になったから》
「……はぁ?」
深夜の凛央魔法少女訓練校敷地内。
自室にて身体の持ち主であるクラリス・ハートネットが眠った後、かつてルオやルーミアが生きてきた世界の【暝天】の名を冠していた魔女、ルキナは身体の制御権を奪い、夜中にやってきた一羽の烏――使い魔として隷属契約を行った烏を通して告げられた言葉に耳を疑った。
烏の口を通して告げられる声はルーミアの声だ。
妙にうきうきとした声で通例となった毎週一度行われる秘密の情報交換、その中で告げられた衝撃的な報告が、ルキナに聞こえなかったという訳ではない。
単純に、『一体何がどうなったらそんな関係になるんだ』という意味で訊ね返しているだけに他ならない。
「一応確認したいんだけどね、ルーミア。アンタは魔法少女たちとは比較的敵対関係にあると思ったんだけどね。裏では何かの取引でも行ってたってのかい?」
《そんな事する訳ないでしょう? 子供相手に何を取引しろっていうのよ》
「いや、そりゃそうなんだけどねぇ……」
葛之葉ダンジョンで奇しくも再会する事になった相手、ルーミアが神の一柱であり、ルオと名乗る神と同行して裏で動く役割を担っている事についてはルキナも説明されている。
しかしその動きもルーミアのそれは魔法少女らの味方のような立ち位置を貫いているルオに敵対するようなものであり、同時に葛之葉ダンジョンでも鏡平を攻撃した点から、今後は魔法少女を優先して襲ってくるのではないか、とも言われている。
さらにそこでクラリスを通して聞かされた内容では、あの葛之葉を奪還する際に、自分と組んでいる神の一柱に呪いをかけた、なんていう話まで共有されている。
それらの動きが何かしらの理由があるとは思っているが、魔法少女としてもどう見ても敵対的であるとしか言いようがないような状況である。
そんなルーミアが、何がどうなったら凛央魔法少女訓練校の中でも成長著しく、実力という意味ではトップにいると聞いているロージアこと火野明日架を弟子にするような流れになるというのか。
背景を知るルキナだからこそ、余計にその経緯は理解できるものではなかった。
《ちょっと探りを入れるつもりだったのよね》
「探りだって? なんだってそんな真似を」
《アナタが魔法を教えているという事を、あっさりと私にバラしてしまうような愚かな子ではないかどうか。どう考えているのかを一応探っておこうかなって思ってね》
「……はあ。まったく、心配してくれたってのかい?」
《当然でしょう? あなたじゃ外の情報を収集をして裏を取るなんて真似だってできないでしょうし。それに、こうして週に一回、しかも休日の前日の夜中じゃなきゃ連絡がつかないっていうのも、その宿主の身体と精神を大事にしてるからでしょう。だからあまりそういう裏を取るような動きはできないんじゃないかって思ってね》
前回のルーミアとの邂逅時、クラリスの精神は眠りに就いてルキナの意識が表層化する事となったが、そもそもそれはあくまでも緊急措置に他ならない。というのも、ルキナは自分がすでに死んだ存在であると自覚しているし、クラリスの人生に関わらないという訳にはいかずとも、クラリスの人生はクラリスの為にあるべきだと考えているからだ。
だからこそ、この秘密の情報交換についても週に一度、寝坊しても良い休日の前の夜、それも三十分程度で終わるようにと時間を設定してクラリスに負担が及ばないようにと配慮もしている。
こうしたルキナの配慮の理由を察しているからこそ、ルーミアはルキナの――延いてはクラリスの周囲にいる魔法少女たちが、あっさりとルキナのおかげで魔法を覚えているとバラしてしまうような人物かを見定めたい、という目論見があってロージアと接触したのだ。
その結果として、思わぬ方向に話が転がってしまう事になったのだが、当の本人であるルーミアはころころと楽しげに笑うばかりであった。
《【暝天】が魔法を教えて、【破天】が戦い方を教える。贅沢な話ね》
「……そりゃあそうだろうね。というより、その名を知るあの世界の住人たちなら、周りに言い触らそうもんなら寝言は寝てから言えって引っ叩かれるんじゃないかい?」
《ふふ、それもそうね。ま、でもある意味これでバランスは取れたはずよ》
「バランス?」
一体何の話をしているのかと訊ね返すルキナの視線の先にいる使い魔の烏から、ルーミアの愉しげな声が続いた。
《これから激化する戦いでは、あなたが直接魔法を教えているその身体の持ち主と、私が戦いを教える子が世界の主人公。そんな二人と探索者という存在が民衆にとってのヒーローということ》
「――ッ、ちょいと待ちな! 激化するってどういう意味だい!?」
《この世界で邪神を完全に討滅する。それが我が主様の意思よ》
「な……ッ」
《邪神の本体を引きずり出すために、場合によってはルイナーをこの世界に更に呼び込む事になるわ。もちろん、いきなり全部とはやらないみたいだけれど、必然的に戦いは激化するでしょうね》
「……そういうこと、かい……。ダンジョンができて魔力をこの世界に拡散させる。確かそんな目標だったはずだけれど……これもアンタの主とやらの策ってことだね? 全ては、ルイナーを滅ぼす舞台を整えるためだった、ということかい」
《あら、惜しいわね。半分正解ってところかしら》
「半分だって?」
《えぇ。最初はただこの世界の自己防衛能力を高めようとしていた、っていうのが本音ではあったみたいよ。けれど、邪神をどうにかできそうな算段がついたみたいで方針変更したというところね。だから半分正解》
「方針変更、ねぇ。それにしたって、いくらなんでもこの世界で邪神の軍勢をどうにかしようってのは無理な話じゃないかい? いくらなんでも被害が大きすぎると思うけどね」
《別にこの世界の人間たちを捨て駒にこの世界を戦場にしようなんて考えてはいないわよ。ルイナーだって、強すぎるものは私たちが間引いていくつもりだもの》
「……手に負えないものはアンタとその神とやらが消していく代わりに、この世界の住人で対応できるものは手を出さない。そうなれば、必然的にルイナーの出現頻度は高くなっていく。激化ってのはそういう意味だね」
《そうなるわね》
「……ふん、その策を立てた神ってのはなかなかにいい性格しているみたいだね」
皮肉めいた一言のように吐き捨てはするものの、ルキナは一方で「なるほど」と唸りたいところであった。
ルイナーの出現率が高まれば、戦う力に対する需要は今以上に否応なくあがっていく。
すでに魔導具の需要は高まっている中、ルイナーの出現頻度が高くなれば、これまでは自分たちでは手の出しようがなかった存在ではあるものの、魔導具やダンジョン産魔道具があれば、と考える者だって当然増えてくるのは必然の流れと言える。
まして、ルイナーによって家族、親族、恋人、友人を失った者であれば、間接的に仇討ちを考える者とて少なくはないだろう。
ルイナーと戦う理由がなかったとしても、魔道具を売って一儲けしたいと考えるような者、魔法薬やダンジョン内の素材を売って金を稼ごうと考える者も一定数存在はしているのだから、そこにルイナーが増えるという状況はダンジョンに足を伸ばす存在の後押しにもなりかねない。
需要と供給がしっかりと成り立ち、かつ世間を騒がせた神託騒動を含め、探索者ギルドによって搾取されない事も分かっている。
探索者となって一攫千金、なんてものを夢見る者も少なくはないだろう。
この世界の魔力に対する順応を加速させ、かつ邪神を引きずり出す舞台を整える一通りの流れはすでに完成しているとも言える。
ならば当然、邪神などという厄介な存在をどうにかしたいと考えるのは必然とも言える流れだとルキナも悟っていた。
それらを意識して作り上げたのか、それともルーミアが言う通り方針を変更しただけなのかは定かではないが、それでもこの機会を十全に利用してやろうという腹積もりのルオという存在は、なかなかにいい性格をしていると思わずにはいられなかった。
「……そのルオって神は、邪神と直接やり合うつもりかい?」
《えぇ、そのつもりみたいね。もちろん、私だってそれに参加するつもりよ。神殺しなんてそうそう体験できるものではないでしょうしね》
「……そう気楽に言うもんでもないだろうに。けどまぁ……、人間がその邪神の一部をどうにかするために犠牲にならなくて済むってんなら、悪くない話なのかね」
《あら、戦って命を落とす者だって当然いるわよ?》
「いや、そういう意味じゃあないよ。戦場に立った以上、それぐらいは当たり前の話だからね。なんでもないよ」
《あら、そう? ま、そういう訳だから、魔法は制限せずに教えて構わないわよ》
一方的にそれだけを告げて、ルーミアは交信を切ったようで、交信が切れて自我を取り戻した使い魔である烏がバサッと翼を広げてみせた。
その仕草を見てからルキナが木の実を手のひらに乗せて渡してやれば、それを咥えてさっさと深夜の夜空へと飛び立つ烏を見送りながら、ルキナは小さく呟いた。
「……少なくとも、あの馬鹿弟子は納得して魔王なんぞと一緒に眠っちまったし、仇討ちってのもちょいと話は違うけどねぇ……」
それは達観した物言いではある。
しかしもしもここにルーミアがいたのなら、ルキナの瞳には決意とも取れる何かが宿っていると気が付いて、物言いとは全く別の感情を秘めていると気が付いたかもしれない。
魔法少女と探索者という役者は出揃った。
世界という舞台にて上映される物語は、ついに終演へと向かって加速していく――――。
第三章はここまでとなります。
諸々の勢力の動きが集結する章ではあったのですが、気が付けば評価が2500ポイントを越えていました。
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少し幕間を挟んでから第四章に続きます。
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