#085 遭遇と提案 Ⅰ
《……疲れたのう……》
「……うん。なんかこう身体に力が入らなくなる疲労感っていうか……」
お互いに取り繕う余裕もなく、ぐったりとした様子の声を届けてきた夕蘭様に続いて私――火野 明日架――も苦い笑みを浮かべた。
クラリスさんに魔力の制御方法と自分の器というものを拡げる方法というものを教わりながら、私たちは今、ほぼ毎日魔法の発動訓練と構築訓練を繰り返している。
あの一件は伽音ちゃんも相当悔しかったみたいで、のほほんとしていてマイペースなあの子も常に本気で訓練に取り組んでいるぐらいだ。
葛之葉ダンジョン、『夢幻廻廊』。
あそこで突然現れた、あの葛之葉でも出会ったルーミアという異世界からやってきたという女性は、公認探索者として今もっとも注目を浴びている『みゅーずとおにぃ』のおにぃさんに攻撃を加えたらしい。
たった一人足止めし、戻ってきたクラリスさんが言うには、彼女以外に残らない状況になってしまった事に興味を失ったように去って行ったという話ではあったのだけれど……あのルーミアって人は本当に危険だ。
それでも、クラリスさんはそんな人を一人で足止めしたんだ。
あのルオくんでさえ殺されかけるような相手を、たった一人で。
私だってもっと頑張らないと……。
《――あまり気負うでないぞ、明日架》
「え?」
《今や魔法少女だけが戦わなければならない時代は終わりを迎えようとしておる。軍の内部告発による粛清、魔法少女との関係改善を図り、協力体制を構築すべく訓練校が設けられた。魔導具という名の魔法攻撃を可能とする武器やダンジョン、一般人の魔力覚醒。魔法少女もまた、あのリリスとやらによる固有魔法以外の魔法で戦える者は圧倒的に増えてきておる》
「……うん、すごいよね。なんだかこの一年で色々なものが変わった気がするよ」
《うむ、それもそうじゃな。まるで誰かが仕組んだかのように、色々なものが良い方向へと動いてきておる》
「あはは、こんなこと、誰も仕組んでできるものじゃないと思うよ?」
《それはそうじゃな。とは言え、妾はともかくおぬしら魔法少女にとっては良い方向へ流れているのは事実じゃ。それが誰かの手引きによるものであるかそうでないかは別としても、ルイナー登場以降、絶望的な状況が続いていた今までよりは余程良い》
いくらなんでも、誰かが仕組んでやれる事じゃないよね。
でも、そっか。
魔法少女になって、戦うこと。
魔法少女として、ルイナーから人々を守りたくて戦ってきたけれど、魔法少女以外の人だって魔導具を使ったり、ダンジョン産の魔道具を拾ったりする事で、数はきっと増えてくるんだろうね。
「ねぇ、夕蘭様?」
《なんじゃ?》
「ルイナーを倒し切ることって、できないのかな?」
《……葛之葉の一件に関する話か》
「……うん」
ルオくん、そしてルーミアさん。
あの二人がいた世界というのは、邪神の眷属――ルイナーによって滅ぼされてしまった世界だという。
あんなに簡単に鯨型ルイナーを倒したり、『都市喰い』を殲滅するような魔法を放っていたルオくんや、そんなルオくんと対等に戦えるようなルーミアさんなんていう存在がいるのに、滅ぼされてしまった世界。
……きっと私たちが戦っているルイナーは弱い。
ゲームで言うところ、スライムとかゴブリンとか、そういう弱い敵みたいなものが出てきているだけで済んでいるような状態だと思う。
もし本当にそうだとしたら、そりゃルオくんたちにとっては弱い敵だよね。
「私たち魔法少女がもっと強くなって、普通の人の中にもおにぃさんみたいに魔道具を使って戦える人が増えてくれたら、ルイナーを倒し切ることだってできるのかな、って」
《……異世界より来たという彼奴らの実力。その本気というものを見た事もないが、彼奴らがその世界の頂点に近い実力者であると思っておる。事実、特別な一族とやらであるような話も出ておったからの。しかし、その長と思しきルオという童の姉は戦いに散ってしまい、世界も蹂躙されておるという話であったな》
「……うん、そうみたいだね」
《……自らの世界を取り返したい、という気持ちは分からんでもない。が、少なくとも妾たちはあのルーミアという女だけは止めねばならぬ。ルイナーをこの世界に連れてくるような真似はできぬようじゃが、しかし葛之葉ダンジョンにてルーミアという女は直接魔法少女を襲うような真似をした。今後あの女が魔法少女を殺して回るような真似をしようとしているかもしれぬからの》
……そう、なんだよね。
あの人の目的は、ルイナー全体をこの世界に移動させて、元の世界を復興させること。
その世界の人がどれだけ生きているのかも分からないけれど、その為にあの人はこの世界の人にはルイナーに負けてほしいと、そう考えているんだと思う。
だからあの人は、対ルイナーとして戦力になる私たち魔法少女を邪魔だと考えている可能性が高い。葛之葉ダンジョンの襲撃でその可能性が高くなった。
一方、ルオくんは私たちを守ろうとしてくれている。
この世界の人たちに協力を仰ごうと考えていて、けれどこの世界の人たちじゃ戦力にはできないと判断して、巻き込まないようにしてくれているんだと思う。
だから、あの二人は敵同士になっちゃってる。
本当は、願っているところは一緒のはずなのに敵同士になるなんて……きっと辛いよ。
「……ぬ~~ん、どうにかできないのかな……」
《……なかなか難しいであろうな》
私たちにとっても、ルオくんやルーミアって人にとってもいい方向に進むような道があれば、もしかしたらあの二人とも協力できたりもするかもしれないのに。
けれど、ルオくんもあの葛之葉の戦い以来姿を見せてくれないし。
……呪い、大丈夫なのかな。
姿を見せられない程の重症だったりするのか、それともあっさり治って、私たちにいちいち報告する義務もないからと好き勝手動き回っているのか。
なんとなくだけど、ルオくんの場合後者な可能性が高い気がするんだよね。
笑いながら「あはは、キミに報告するような必要ないよね」とかあっさり言われそう。
……想像したらちょっとむかっとして、気が抜けたせいかお腹が鳴った。
「……お腹空いた……」
《……そういえば、おぬし今日は敷地外に買い物に行くのではなかったのか?》
「……あ」
訓練校の外に冬用の服と食材買いに行こうと思ってたのに、すっかり忘れてた……。
冷蔵庫の中も空っぽ気味だし、お姉ちゃんにも買い物頼まれてるから他の日にもできないし、行かなきゃ。
「……しょうがないよね。はあ、行こう……」
走り回ったりした訳でもないし、肉体的には疲れてないから気分転換にもなるよね、多分。
訓練校の居住区から敷地外まではシャトルバスが出ていて、私たちや軍の人たちは外のショッピングモールまでそれで移動する事ができる。
歩いたら三十分ぐらいかかってしまうけれど、一時間に二回往復してくれる駅までのシャトルバスに乗ってしまえば十分ぐらいで行けるので、よく訓練校のみんなもシャトルバスを使って外に買い物に出ているらしい。
今は十六時……。
お姉ちゃんと約束している門限は二十時だし、早く行かなきゃゆっくり買い物する時間も取れないし、行かなくちゃ。
「夕蘭様も一緒に行く?」
《うむ、ルイナーが出てきたら厄介じゃからの》
ダラダラしていたい気持ちがない訳じゃないけれど、行くと決めたら早くしなきゃ。
シャトルバスの時間も少し急げばちょうど間に合うと思うしね。
買い物を一通り澄ませて、ちょっと帰る前に夕蘭様に付き合って着物の生地とかが売っている売り場も覗かせてもらった。
さすがに買うつもりがなくて冷やかしになっちゃうからと夕蘭様を止めようと思って店舗の入り口でまごついていたら、店員さんが「見学だけでもいいのよ」と優しく声をかけてくれて、結局お店の中に入る事になってしまったり。
荷物もそれなりにあるし、早く帰ろうと声をかけても夕蘭様が着物のデザインがどうのって全然話を聞いてくれなくて……。
「――で、歩いて帰るはめになっちゃったんだけど」
《……すまぬ》
「あはは、いいよ。最近訓練ばっかりであまりこういう時間も作れなかったしね。身体は割りと元気だから」
外灯が照らす住宅街の中、落ち込んだ様子の夕蘭様を慰めながら歩く。
一本乗り遅れてしまったせいで、シャトルバスを待っていたら門限に間に合わない時間になっちゃったし、なんだかんだ私も夕蘭様から着物の話を聞くのも楽しかったからね。
お腹空いて、つい肉まん買って食べちゃったから、夕飯前の軽い運動だと思えば悪くはない。
すっかり夜になっちゃったけど、ルイナーが出たって夕蘭様と一緒ならすぐに対応できるし、魔法少女に変身しなくても魔力を扱えるようになったから、変な大人の人とかに絡まれても逃げ切れるしね。
むしろそういう力がないお姉ちゃんとかが一人で夜遅くに帰ってくる方が心配なぐらいだよ。
そんな事を考えながら、季節も冬になってきて年の瀬も近くなってきたなぁ、なんて思って歩いていたのだけれど――不意に、魔力の揺らぎを感じて足を止めた。
「……夕蘭様」
《うむ。何かがあるようじゃな》
「誰かが巻き込まれるかもしれないし、行くね」
《仕方ないの。微弱な魔力の揺れじゃしの、危険も少なかろう。確認ぐらいはしておくかの》
さすがにこのまま無視して、とはいかないもの。
夕蘭様も同意してくれたし、私は即座にその場から魔力の反応があった方向へと駆け出した。
そこまで離れていないみたいだし、この先には小さな公園があったはずだけど、その辺りかもしれない。
そう考えて公園まで駆けて行くと――そこに、それはいた。
「――いらっしゃい。待っていたわ、魔法少女ロージアちゃん?」
薄暗い公園の中、ぼんやりと照らされた灯りの下。
紫黒色のドレスを身に纏い、豊満な胸の下で腕を組んで立っていた白髪の女性。
そう、そこにいたのはルーミアさんだった。




