#083 鏡平の選択 Ⅴ
突然表に出ろなんて言われて困惑する俺を他所に、ルオがそれを止める事もなく、むしろ実力を把握するには必要だという理由には同意する事にしたようだ。
庭へと出た俺と唯希さんが睨み合う形となり、その間に立ったルオが俺と唯希さんを交互に見ながら簡単に説明を進めていった。
「ルールは簡単。おにぃ、キミはあの槍で攻撃していいよ。唯希の魔法障壁を貫くような一撃、もしくはその程度の一撃が入ったらキミの勝ち」
「は?」
「唯希、魔法は第一階梯まで許可するよ。固有魔法はなし」
「充分です」
「魔装は使うかい?」
「いえ、不要かと」
「ちょっと待ってくれ。無手で戦うってのか?」
淡々とやり取りをするルオと唯希さんの二人のやり取りに思わず声をあげると、ルオは不思議そうに首を傾げ、その向こう側に立っている唯希さんは呆れたように溜息を吐いたように見えた。
「いや、俺だって魔法少女、それも序列第二位であるという『絶対』の名を冠しているような相手に勝てるとかは思ってないぞ。ただな、さすがに無手の、しかも妹と同年代の相手に手合わせするってのに武器もないなんてやりにくいだろ」
「あぁ、そういうことか。うん、キミは良くも悪くも普通だね」
「は?」
「いや、なんでもないよ。ま、やってみればいいよ」
短くそれだけを答えて、ルオがトンと足のつま先を地面に叩きつける。
するとルオの足元から突然、光を放つ幾何学模様――
「おおおぉぉぉっ! 魔法陣だ!」
「結界だよ。認識阻害と、魔法が外に飛び出てしまわないようにね」
――美結が叫ぶ内容を聞くに、どうやら魔法陣らしい。
それが一気に広がって、円状の俺と唯希さんの足元を通り過ぎて広がった。
広い庭先全域を対象としているらしく、ちょうど美結が座っている縁側はこの円の外にあるらしい。
ルオが外に歩いて出て行き、美結と並んでこちらを見つめる中、俺は未だに煮え切らないものを抱えつつも槍を構え、正面にいる唯希さんに目を向ける。
が、特に唯希さんは身構える事もなく、悠然と立ったままこちらを見つめている。
合図とか待った方がいいのかとルオに顔を向けようとしたところで、何やら相変わらず冷たい目をこちらに向けて唯希さんが小さく口を開いた。
「いつでもどうぞ」
……どうも合図とかはないらしい。
とは言われても、俺が持っている槍は人の身体だって斬り裂くだろうし、貫く事もできる代物だ。
どうにも乗り気になれないまま苦笑する。
「レディーファーストって事で、そっちから仕掛けてきてくれ」
「……そうですか」
返ってきたのはどうにも呆れみたいなものを孕んだ反応だった。
次の瞬間、唯希さんが片手を上空に掲げると、先程ルオが生み出した魔法陣と呼ばれるようなそれを展開すると、中空に野球ボール大の火の玉が二十ほど突然現れた。
「炎の第一階梯魔法、【炎弾】」
「――ッ!」
二十程の炎の球が殺到する。
その軌道を見極めるように集中していけば、周りの時間が遅くなったように感じられる。
ぱっと見た限り一斉に放たれたようにも感じられたが、どうやら時間差をおいて四発ずつ、多少のズレを生み出して俺の避ける位置を限定して誘導するように放たれているらしい。
体感時間が引き伸ばされる中、俺が避けようと身体を向けた方向に向かって軌道を合わせて魔法を放ってきているみたいだ。
それでも、大きく避ければ全て問題なく回避できそうだ。
そう考えて横へと飛んで移動し、避けきれた事を確認して唯希さんに目を向けようとして――いつの間にか横から突っ込んできていた唯希さんの拳がこちらに迫っている事に気が付いた。
――はや……ッ!
思考を追い付かせる事すらできないまま、その拳を咄嗟に槍の柄を間に差し込んで受け止めようとするが、しかし俺はそのあまりの衝撃に地面を滑るように後方へと飛ばされていた。
「おにぃ! 避けて!」
「え?」
後方へと飛んだ先に、先程俺が避けたはずの炎の球が迫っていた。
どうやら俺を押し込むような一撃は、ただ魔法の着弾地点に俺自身を押し込むという為だけに放たれたのだと、ようやく気が付く。
やべぇ、これは避けれない――!
「……はあ」
僅かに聞こえてきた溜息。
同時に炎の球が突然軌道を変えて、全てが上空に向かっていき、ルオの張った結界とやらにぶつかって消えていく。
それらを見送ってから俺が唯希さんを見れば、唯希さんがどうやら魔法の軌道を操っていたらしく、小さな魔法陣を人差し指の指先に浮かべて上空へと向けていた。
「弱すぎますね。話になりません」
「え?」
「今の私の攻撃は、七歳程度の男の子ですら笑顔で捌き切るような攻撃です。それすら処理できず、あまつさえ一つの挙動の先に何も見ていない避け方で対処できたと僅かに安堵した心の隙。――これを弱すぎると言わず、なんと言えば?」
いや、どこの七歳児だよ、それ。
そうツッコミたい気分ではあるものの、しかし唯希さんは冷たい目を俺に向けていたかと思えば、縁側にいたルオに目を向けた。
「あの御方に馴れ馴れしく話しかける不敬な態度。あの御方がそれを許容しているのだから、一体どれ程の才能を有しているのかと思えば……この程度ですか。その程度でよくもまあ、無手を相手に戦えないなどと宣ったものですね」
「……ッ!」
思わず歯噛みする俺に視線を戻して、唯希さんは続けた。
「少しは目が覚めましたか? なら、殺す気で来てください。それぐらいの気概がなければ、あなたには私のウォーミングアップの相手すら務まらない」
きっとそれは紛れもない本心であり、同時に俺を発奮させるための物言いなのだろう。
いや、割と純粋な本音のような気がしなくもないが。
――立ち上がり、空を見上げるように顔を上げながら一度深呼吸して、気持ちを切り替える。
ルーミアとかいう女に殺されかけて、強くなるのだと決めたはずだ。
だと言うのに、この体たらくだ。
相手が妹と同世代だからと心のどこかで甘く見ていたのだと、今更ながらに思い知る。
まったく、我ながら甘い。
相手は俺よりも圧倒的な格上で、そこに妹と同世代とか、そんなの関係ないというのに。
何を歳上として、男としてなんて甘い考えを抱いていたのやら。
あまりにも自分が愚かで、考えが、覚悟が足りていなかったのだと突き付けられた。
あのルーミアとやらにやられた時にも突き付けられたばかりだと言うのに。
――俺は弱者だと理解していたはずなのに、だ。
「――すまない。もう一度やらせてくれ」
気持ちを切り替えて頭を下げる。
さっきルオが言っていた、俺の感覚に対する感想。
アイツが「良くも悪くも普通だ」と言ったのは、俺に対する評価というよりも、いっそ皮肉だったのだろう。
強くなりたいと願っていながら相手の年齢や見た目で判断するという、いつまで経っても『普通』の価値観を抱き続けている俺に対して、何をいつまでもそんな考えを持ち続けているのかという皮肉。
「……仕切り直しといきましょう。今度は油断などしないように、本気で殺すつもりで来てください」
「感謝する」
再び距離を取るように離れていった唯希さんの足音を聞いて頭をあげ、ちらりとルオと美結に目を向ければ、心配そうにこちらを見る美結の隣で、「ちゃんと気付けたかい?」とでも言いたげににこりとこちらに微笑んでみせたルオと目が合い、頷いて答えた。
――俺は弱者であり、こんなにも強者が溢れているのだ。
「どうぞ」
「――し……っ!」
槍を手に、本気で攻撃を入れる為だけに駆け出しつつも、自分の中で何かが動き出したような確信を得たような、そんな気がした。




