#082 鏡平の選択 Ⅳ
「お互いに有名な以上、紹介する必要はなさそうだけれど。まぁこうして面と向かって話すのは初めてになる訳だし、唯希」
「はい。魔法少女フルールとして活動している唯希です」
言われた通り挨拶だけしました、とでも言いたげに区切られた言葉。
俺も美結ももう少し何かあるだろうと考えていたせいか、奇妙な間が生まれてしまった。
「……あの、名字は?」
「捨てました。私は親に捨てられた身ですので」
「え……」
「お気遣いは結構です。私の名前だけ認識していてくれれば。あなた方に私の身の上についてまで知られたい訳ではありませんので」
「あ……、はい……」
魔法少女フルール、序列第二位『絶対』。
唯希と名乗った彼女の口から紡がれる言葉は、刺々しさこそはないものの突き放すような淡々とした物言いで、美結もすっかり尻込みしてしまったらしい。
俺もまたそうだ。
まさかここまで冷えた目を向けられながら、まるで興味がないと言わんばかりにちらりと目を合わせられた程度の態度に、先程の美結への返答。
さすがに俺もこれにはどう答えればいいのか悩む。
そんなフルール――いや、変身していない以上は唯希さん、か。
彼女の横に座っていたルオが、唯希さんにデコピンをしてみせると、スパンッ、と軽快かつデコピンじゃ絶対に鳴らないような音を奏で、唯希さんの頭が勢いよく後方へ仰け反った。
「――っ!?」
「まったく。初対面から噛み付こうとしない」
「うぅ……、だからって魔力障壁を貫くなんて……。しかも衝撃まで加えてましたよね……?」
「もうちょっと強めにいっとくかい?」
「ごめんなさい!」
どうやら唯希さんは魔力障壁を纏っていて、それをルオがデコピンで貫いてしっかりと痛みが届くように工夫したらしい。
美結も俺もびくっと身体を反応させる程度には音が過激だったんだが……、大丈夫なのか、それ……。
首折れるんじゃねぇかと思うわ、あんなの。
「……いや、お前らな……。いきなり超人めいたやり取りを見せられたこっちの身にもなってくれよ……」
「超人めいたやり取り?」
「魔力障壁をそんな無造作に貫くなんて見た事も聞いた事もねぇから。普通はかなり強力な一撃じゃないと破れないんだろ? それに、そもそもそっちの唯希さんだって、魔装を解いたのに魔力障壁を張ってるとか」
魔法少女のドレス、つまり魔装とやらは魔力の発露によって構築される戦闘用の装束だそうで、同時に魔法少女の魔力障壁を構築する役割を持っている、という話だったはずだ。
つまり、魔法少女らしいあのドレス姿でなければ魔力障壁が発生しない、というのが魔法少女の常識のはず。
それを無視して魔力障壁を張った唯希さん。
そして、そんな唯希さんの魔力障壁を貫通し、しかし肉体には重大なダメージを与えない程度に抑えたデコピンを放ってみせたルオという二人のやり取り。
こんなもの、俺から見れば常識の埒外で行われているやり取りにしか見えないのだ。
実際、俺が指摘する横で美結も頷いている訳だし。
「ふぅん、なるほどね。ねぇ唯希、この反応が以前までキミのいた側の常識としては正しい、という訳だね」
「そうですね。今にして思えば、その程度でしかなかった頃から私は序列第二位だの『絶対』だのと持て囃され、それを自負して強者であると錯覚していたのですから……なんだか恥ずかしいです」
「その程度……?」
「えぇ、そうです。今の私が我が主様に出会う前の私と戦ったとしたら、三秒もかからずに終わると思いますので」
「二秒で負けるの?」
「違いますよっ!? 判ってて言ってますよね、主様!?」
「あはは、冗談だよ」
それぐらい聞かなくても「三秒とかからずに勝てる」って意味で言っているだろう事は判ったし、ルオもそれをからかう為に言ったんだろうが、ルオがからかったせいか唯希さんは冷静、冷徹といった先程までの印象からは一転して、感情を表に出してルオに突っかかり、不貞腐れたように頬を膨らませていた。
すごいな、この反応の違い。
明らかに俺と美結に対しての態度とルオへの態度が違う。
「……なあ、美結。唯希さんってお前より歳上だよな……?」
「……すっかり忘れてたけど、違うよ。魔法少女フルールは十四歳、私の一つ歳下」
「美結の一つか二つぐらい上かと思ってたんだが……、そうか」
まあそう考えれば、むしろルオへの反応の方が年相応とも言える、か。
妙に大人っぽい態度の子だから、てっきり美結より年上かと思っていたんだが、そうか……。
女の子の年齢って、判らん……。
「その、質問していい、ですか?」
「敬語は結構です。今しがたあなた達が小声で話していた通り、私はあなたの一つ歳下のようですし。何より、主様に対して敬語を使っていないあなたが私に敬語を使うというのもおかしな話ですので」
「えっ!? あ、えっと……ル、ルオくんにも敬語使った方がいい?」
「うん? いや、別にいいよ。今更だし、そもそも敬語でどうのなんて一度も考えた事もないし」
「あはは……、そ、そっか。うん、じゃあタメ口で! えっと、フルールちゃん……じゃなくって、唯希ちゃんはどうしてルオくんの事を、その、主様、なんて呼んでるの?」
「私は主様に全身全霊を以てお仕えしていますので」
「え……?」
「は?」
美結に対する唯希さんの回答を耳にして、思わず声を漏らしてルオを見やる。
いや、なんだそれ。
コイツ、十四歳の女の子に仕えさせるとか、そういう趣味でもあんのか?
変態か?
これ、ルオが大人だったら事案じゃねぇか?
そんな事を考えていたのだが、対するルオは俺と美結の視線を受けてか苦笑した様子で肩をすくめてみせた。
「あー、語弊があるね。唯希はとある事件に巻き込まれていたんだ。それを僕が助けて、僕が戦い方を教えているんだ。だから僕は主とかそういうのじゃないんだけど、唯希がね……」
「主様は私の主様です」
「ほら、この調子だよ。ねぇ、唯希? キミ、人の話聞いてる?」
「主様のお言葉は一言一句聞き漏らさず聞いています」
「うん、それは確かに聞いているとは言うかもしれないけど、理解してないのかな? というより、納得してないってことだね?」
「はい」
「はい、じゃないけど。……まあ唯希がそれでいいなら何も言わないけど」
「はいっ!」
……俺の中で序列第二位『絶対』のイメージがどんどん崩れていっている気がする。
それにルオも、なんとなく他人を自分の懐に入れる事に対して厳しく線引きしている印象があっただけに、あっさりと受け入れてみせるあたりは意外と言えば意外な反応だ。
唯希さんはルオの中の懐に入れてやるべき対象になっている、ってことなのかもしれないが。
「まあ話を戻すよ。キミたち兄妹には、今後探索者ギルドの仕事以外で唯希と一緒にダンジョンに入ってもらいたいんだ」
「えぇっ、フルールちゃんと!?」
「うん。探索者ギルドが今までキミたちに用意してきたのは、簡単に言えば極端に死ぬ確率の低い、安全圏のみに絞られているんだよ。でも、あの程度のダンジョンは確かにキミたちの安全には繋がるけれど、その一方で強くなるにはあまりにも弱すぎる環境だと言わざるを得ないのさ」
「えっと、どういう意味?」
「キミ達が行っているダンジョンは魔素濃度が低い。だから魔物も弱いし、キミ達の強化にもならないっていう意味だよ。キミ達のように後天的に魔力を扱えるようになるには、何よりも先にキミ達の身体を魔素濃度の濃い環境でも活動できるように適応させつつ、身体を作り変えていくのが最短の近道になるんだよ」
「なるほどな。だからそういう場所よりも厳しい環境に行けってことか」
「そういうことだね。唯希はキミ達が危険だと判断したら護衛をしつつ、ダンジョン内で魔力制御の指導と魔法を教える事になる」
ルオが言っている意味はいまいち俺にも分からないが、強さを得るためには必要なこと、という訳か。
まあコイツがそう言うって事はきっと間違いなく事実なんだろうという、謎の信頼がある。
わざわざコイツが俺たちを騙して殺すなんて真似をする労力なんてかける意味もないしな。
「唯希さんは協力してくれるのか?」
「我が主様の命令ですので」
……不服ではあるけど、ルオの命令だから納得してるって感じか。
さっきのルオとのやり取りを見る限り、唯希さんが俺らを殺すなんて事もしないだろうし、ある意味心強い味方になってくれるだろうとは思える。
ぶっちゃけ、ルオが直接手伝う訳じゃないと知って、俺は少し安堵していたりもする。
ルオが俺たちを鍛えるなんて言い始めてダンジョンに連れて行く事になったら、俺と美結が初めて行ったダンジョンの最後の敵よりも強いようなのがごろごろいる所とかに放り込まれそうだしな。
笑いながら殺し合いさせられて、血だらけになってる俺に「あはは、弱いね、キミ」とか言い出しそうだ。
「あぁ、唯希と一緒に行くダンジョンは配信しないようにね」
「え、ダメなの?」
「うん。キミ達は無闇矢鱈に言いふらすような類の人間ではないと思っているし、実際周りにも言っていないようだけれど、できるだけ僕、それと唯希と繋がっている事は誰にも言わないようにしてくれるかな?」
「そりゃ誰にも言わねぇけど……なんでだ?」
「僕と繋がってるって知られたら、まず間違いなくルーミアが襲いにくるよ? 唯希が僕と一緒にいる事も彼女は知ってるしね。そんな唯希と一緒にいるって知られたら、それはもう当然のように――」
「「――絶対言わない」」
余計な事は絶対に言わないと心に誓った俺と美結の食い気味の返事は、まったくもって同じ返事であった。
さすがにアレにまた襲われる理由が分かっているのなら自分から引き寄せたりはしたくないしな。
「じゃあ、唯希」
「はい。――早速ですが、実力を見せてもらいます」
「……は?」
「表に出ろ、と。そう言っているのです」
何故か額に青筋を立てている姿を幻視させるような表情で、唯希さんは俺に向かってそんな言葉を言い放った。




