#074 光明
下級神が携わった装置と聞いて改めて建物を調べてみたところ、なぜこの建物で奇妙な劣化の差異が発生したのかも理解できた。
魔力の流れに注視してよくよく建物を確認してみれば、微弱ながら人為的に調整されたような形跡が残っているみたいだし、どうやらこの建物にも何か手を加えさせていたのだろう。
それらを繋いでみれば……なるほど。
おそらく下級神はこの建物を再利用でもしようと考えていたのか、ついでに隠蔽するという目的もあったのかもしれないけれど、どうやらこの建物は封印魔法を施されていたらしい。
術式は解析できたけれど、なんというか雑だ。
魔法を理解していない者が言われた通りにやったにしても雑って事は、伝達方法に無理があったとも考えられるけれど、下級神自身があまり詳しくなかった可能性が高い。
なんか色々と残念な神のようだし、後者だろうと決めつけたくなってくる。
雑過ぎて無理やり力技でどうにかした感じだもの。
ともあれ、封印を施した結果時間の流れを隔離していたけれど、正規の手段でそれを解かなかったせいで時の流れが一気に押し寄せたみたいだ。
原型を留めていたのにぼろぼろと崩れるものもあったというのは、封印の強制解除で周囲の植物も急成長し、そのまま枯れてしまったとかかな。
この世界の神が更迭された日に封印が解けたのかもしれない。
とりあえず境界に穴を空けた装置は【亜空間庫】に突っ込んでおいた。
ジュリーに解析してもらう予定だ。
何か魔導具のヒントになるようなものがあるかもしれないし。
「……さて、と」
建物の調査そのものはとりあえずいいとして、元々の目的、つまり邪神対策を行うために境界を穿った穴に魔力を注いで情報を探っていく。
邪神対策として、世界と世界の境界を穿った穴を塞いでしまえるのが一番ではある。そうすればそもそも邪神はこの世界に手を出せなくなるのだから。
けれど、その結果、邪神が他の世界、それもこの世界以上に手の打ちようがない世界を標的としてしまう可能性もある。
たとえばこの世界であれば亜神のおかげで魔法少女が生まれ、一応はルイナーと戦える状況が整っていたとも言える。
そこに僕という存在がやってきて、ダンジョンを生み出しつつ世界へと魔力を拡散する事で、世界が自衛の手段を持った世界へと変化させようとしている。
でも、そもそも魔力の『大源泉』がなければダンジョンは生み出せないし、僕みたいなイレギュラーがいる世界とは限らない。
だから境界の穴を塞ぐというのはナシだ。
イシュトアはもちろん、僕としても可能であればこの世界、この穴を利用して邪神そのものをどうにかしたいところだ。
何か手を打つヒントがないか、邪神がどういう状況か。
それらを調べるために魔力を注いで境界の向こう側へと魔力の侵食を進めていくと、何かに干渉されているような気がする。
何かこう、見知らぬ集団に無遠慮に視線を向けられているような、探られているような感じ、とでも言うべきかな……?
なんだろう、この感じ。
あんまり気持ちいいものとは言えない。
多分だけど、今僕が侵食している場所は邪神の領域か何かなのだろう。
まさか自分が侵食される側になるとは思ってもみなかったのか、こちらを探るに留まっているらしい。
もっとも、排除しようとしてくるなら僕も抵抗してみるつもりではあるけど。
しばらく不快な視線めいた何かを無視して進めつつ、改めて邪神の魔力のパターンを憶えていく。
ルイナーから感じられる魔力はお世辞にも強いとは言えないし、この世界でルイナーの魔力を解析しようとすると、魔素濃度が低すぎるせいかどうにもうまくいかないんだよね……。
解析した魔力を記憶しつつ、邪神の力がどれぐらいのものなのかを確かめようと魔力を流し込み、侵食範囲を拡げていこうとしたところで――
「――へ?」
――魔力が、逆流した?
突然何かに押し戻されるように魔力が強引に引き戻され、僕が侵食していた範囲が一気に狭まってしまった。
んー……どういうこと?
僕の魔力に何かが干渉したというより、僕の意思で魔力を操ったかのように何も感じられずに突然戻ってきたんだけど、これは普通なら有り得ない。
というのも、魔力っていうものは基本的に指紋だとかと一緒で他人とは違うものになる。
だから自分の魔力に干渉された場合は、異物が入り込んでくるような感覚というものが当然発生してしまう。
確認がてら改めて魔力を流し込んでいくと……うん?
さっきみたいな視線みたいな何かも消えていて、違和感や抵抗というものそのものが感じられないし、妙にスムーズに魔力が伝っていっている気がする。
なんとなく思いついた事はあるんだけど……うん、これもイシュトアに要相談案件かなぁ。
僕としては別に問題ないと言えばないんだけど、そのまま無視しておけるような問題でもないような気がするんだよなぁ、これ。
一応イシュトアにも通話かけてみたんだけど繋がらない。
一応報告と相談があるとだけメッセージを送信しておけば、その内折り返しで何か連絡がくるだろうし、今はそれでいいかな。
とりあえずこの穴を使えないように僕の方で封印を施しておく。
来た時みたいにルイナーが大量に溢れていても嫌だしね。
◆ ◆ ◆
葛之葉ダンジョン探索中に現れた、謎の魔法使いルーミア。
その姿を訓練校で配信を見ていた奏は、ルーミアの異様な雰囲気を感じ取り、即座に凛央魔法少女訓練校の生徒を派遣する事を決定。
配信が途切れる頃には転移魔法を使う楓のおかげで葛之葉ダンジョンの入り口へと到着しており、ダンジョンから出てきた鏡平と美結の兄妹と、オウカ、エレイン、カレスと合流し、中にリリスが残った事を報告。
幸い、救助に向かって魔法少女たちが動こうとしたところでダンジョンからリリスが出てきたものの、リリスはダンジョン内で見せた姿とは異なり、いつも通りの態度であったこと。
リリスの契約した精霊が異常を察知し、自分の代わりにルーミアを退けてくれたと聞いた事を周りに説明し、一度訓練校へと戻る事となった。
その後、ダンジョンの出入り口を連邦軍が見張っていたものの、ルーミアらしき存在が出入り口には姿を見せていない。
そんな葛之葉ダンジョン、通称『夢幻廻廊』の調査報告に目を通していた連邦軍大将、大野 佑は、椅子の背もたれに体重を預けると、深い溜息を吐き出した。
騒動から一週間ほど、魔法少女、および鹿月兄妹は無事だと報道される形となり、世間はあまり大きな騒動には発展していない。
もちろん公表されていたら問題にもなったかもしれないが、これに対し、鏡平の傷がカレスによって完治し、殺されかけたという事実については当の本人の希望から世間への発表を伏せる事となったからだ。
「俺と美結の活動の弊害になっても困るし、傷も治った。だから、いちいち大怪我を負ったとか言われて活動に制限がかかっても困る」
報告では腹部を貫かれたと聞いており、常人であれば痛みに絶叫し、ショック死する可能性とてあるようなものであったというのに、鏡平は平然と続けた。
「あの女の目的は分からねぇけど、俺は妹を守るために、あれにだって対抗できるようにならなきゃいけない。立ち止まってる暇はない」
これらは実際、奏に対して鏡平が告げた言葉であり、物言いとてもう少しオブラートに包まれたものではあったが、この報告を見てしまっては大野もまた立ち止まる訳にはいかなかった。
現在、世界各国で発見されたダンジョンの周辺には探索者ギルドという名の国の利権から離れた一大組織であり、かつ各国の神の麾下にある組織が協力して建物を買い取り、あるいは建設している。
この動きに合わせ、ジュリー・アストリーから技術提供を受けた魔導具の製造、販売体制を整えている最中で、有り体に言えば過密スケジュールをこなし続けている状況だ。
現状大和連邦軍は一時的に神祇院と協力体制にあり、人員等も圧倒的に多い軍部が神祇院の依頼を受けて動くケースは多く、さらにかのジュリー・アストリーとも知己がある点からも、大和連邦国軍内におけるダンジョン対策の指揮を執っている人物こそが、他ならぬ大野であった。
そんな大野の頭を悩ませている問題。
それが、棄民街問題である。
とは言え、何も大野が棄民街の現状に憂いており、なんとか掬い上げたいという気持ちから悩み、頭を悩ませている訳ではない。
実のところ、ダンジョンはルイナーによって大規模な被害を受けた葛之葉のような地域で発見されるケースが多く、場所によっては棄民街のど真ん中に発生しているものも少なくないのである。
しかし、棄民街とはその名の通り、行政から見捨てられ、すでに死亡した人物として扱われた棄民たちが集う場所だ。
そんな場所に生きているせいか、必然的に軍という立場の者達を敵視する傾向にもあり、協力を要請したとしても「何を今更」と怒りを買うだけだ。その上、棄民街にはコミュニティが乱立しているため、どこと交渉すれば良いかという窓口すらそうそう見つからない。
そういった経緯から、棄民街に手を伸ばすための糸口が見つかっておらず、双方が合意、納得できる環境を築くための最初の一歩すらなかなか踏み出せない状況なのである。
「……棄民街、か」
大野が知る棄民街出身者と言えば、ただ一人。
今もっとも世界的に有名な人物と言えばと誰かに聞けば、その答えには鹿月兄妹の次ぐらいに入ってくるであろう人物――魔導具という技術を開発、発表した次世代魔法学研究所のジュリー・アストリーである。
基本的に「電話は作業の邪魔になるからかけてきても出ない」と断言されているため、情報のやり取りはメッセージのみとなる。
だいたいが連絡をしても一日遅れ、あるいは三日後などに既読がつくような相手ではあるが、この日大野が送ったメッセージに対してだけは、送ったすぐ後に既読したと分かるマークが表示された。
珍しい事もあるものだと考えている大野に、続いて返信メッセージが届いた。
『――かつて壱ノ葉と呼ばれていた現棄民街。そこに不思議なバーがあるんだ。バーの名前は『月光』。私がかつて懇意にしていた不思議なお店でね。棄民街の事ならあそこのマスターに話を聞くといい。私の名前を出せば話を聞いてくれるはずさ』
棄民街にバー?
ジュリーが懇意にしている?
困惑していたものの、何か足がかりになるものがあるのであれば。
そう考えて、大野は椅子から立ち上がり、早速とばかりに壱ノ葉へと足を伸ばす事にした。




