#073 下級神の思惑
前二話分のサブタイ変更しました。
やっぱりサブタイは数字のみの方が楽…。
《――その世界はルイナーの養殖場として整えられた世界だった。そう言えば、私が怒っている意味が分かる?》
ルイナーの養殖場。
そんな一言を聞いて思わず首を傾げた。
いや、普通に考えればルイナーを養殖するなんて有り得ない。
世界を管理する立場にありながら、世界を滅ぼし、飲み込もうとする存在を養殖するメリットなんてないはずだし。
「養殖場って、何が目的で?」
《目的まではまだ判らないわ。ただ、その世界が一度滅んでしまったのは下級神が元の世界に干渉し、ルイナーを招き入れた事が起因しているみたい》
「招き入れた……?」
《えぇ、あなたの眼の前にある装置。それをイメージとして神託で研究者に送りつけ、造らせたのもアホが介入したせいみたいね》
「なるほど……?」
どうやらイシュトアも僕の方を視ているようで、装置の存在に気が付いているみたいだ。
相変わらず怒りを抑えきれないという感じの声色だけれど、そこまで人間味を帯びた反応をされると、僕としてはむしろ感心する方が大きい。
というかついに『下級神』という呼び名から神という単語が消えて、ただのアホ扱いになってるよ。
まぁ、さすがにそんな真似をした以上、神という立場を完全に剥奪する事になっているんだろうけど。
「あれ? って事は、その下級神が元々僕のいた世界の神でもあったってこと?」
《いえ、元々のあなたの世界を管理していた神の下で見習いというか、研修を受けていたのよ。でも、あなたのいた世界で分岐が生まれた》
「分岐?」
《えぇ、あなたが転生した後、世界を巻き込む大きな戦争が起こった未来とそうではなかった未来という分岐よ。その世界は起こらなかった方の世界線ということね》
「世界を巻き込む戦争ねぇ……」
《えぇ、そうよ。多くの人間が殺し合い、自然が破壊された。人口はもちろん、人が住める環境そのものまでが大きく減少してしまった大きな戦争が起こったみたい》
「あぁ、やりそうだね」
《えっ》
「え?」
《……あなたのいた世界の話よ?》
「うん、そうだね。だから?」
《……驚いたり悲しんだりしないの?》
「ん、だって僕がいなくなった後の話だしね。あの世界は奇妙なバランスで成り立ってたから、いつかは起こっても不思議じゃないなって思ってたよ」
そもそも僕はその世界で死んだ人間だ。
死人に口無し、なんて言ったりもするけれど、ハッキリ言って僕には「あぁ、やりそう」という感想しか浮かんで来ない。
テレビやネットではしょっちゅうどこどこの国がミサイルどうのとか、核をどうのとかやっていたし、爆発する寸前の爆弾のようなものだったからね。
もちろん、たとえばこれが僕に歳の離れた仲のいい弟や妹、あるいは子供、孫なんかがいたりもしたなら、そりゃ思うところはあったかもしれないし、心配だったりもしたかもしれないけれど、そういう存在もいない以上、すでに僕の中では終わった話だもの。
というか、僕は転生して二十年と、さらに二千年ぐらい魔王と一緒に眠っていたんだし。
今更感があるよね、実際。
《……まぁ、気にしないならいいわ。神として適応してきたからかとも思ったけど、あなたの場合は元々の気質というところかしら》
「うん、そうだね。まぁ人に対する興味は元々あまりなかったから」
《……よくそれで英雄なんかになったわね》
「僕もそう思う」
師匠に育てられ、シオンとルメリアという二人と出会ったからこそ、だけどね。
そもそもあの二人がいなければ、きっと僕は魔王に辿り着く前にどこかで死んでいたと思うし。
《ま、いいわ。話を戻しましょう》
そんな一言で会話を一度区切ってから、イシュトアは続けた。
《基本的に平行世界の扱いは管理者不在のまま世界は放棄される。その世界が持つ可能性や危険性があって、管理者をどうしてもつけなくちゃいけないと中級神が判断した場合と、研修を修了した下級神が平行世界に新たな管理者となる場合のみ、世界を存続させる事になるわ》
「へぇ、じゃあ放棄されたらどうなるんだい?」
《ゆっくりと生物の滅亡に向かう形になるわね。そして世界はいずれ消滅する》
なるほど、ある日突然天変地異が起こって世界が終わるとか、そういう感じではなく、あくまでも緩やかな衰退、そして滅亡というような形になるという事か。
まあ確かに大きな分岐がある度に平行世界が増えてたんじゃ、そりゃ管理するのも大変だろうし、神の数だって足りなくなりそうだし、取捨選択っていうものは必要なのは分かるけどね。
《で、あのアホはそこの世界の管理者になった。さすがに新任にいきなり滅亡しかけた世界を任せる訳にもいかないでしょうし、その判断は妥当だと思うけれど……ただ、あのアホは自分に監視の目がない事に気が付いて、世界への直接干渉を始めたのね》
「あぁ、それでこの装置を造らせたんだね」
《えぇ、そうよ。目的はまだ判然としないけれど、邪神を招き入れたという事は、恐らくあなたのおかげで邪神が弱った事を知って、目をつけたのでしょう。アホが管理者になった時期はあなたが魔王を封印して眠って間もない頃の話だし、タイミングはバッチリね》
邪神に目をつけた、か。
まぁ確かに邪神は相当弱まったらしいし、元々の力がどの程度であったかはともかく、下級神ぐらいでも御せる程度になっていたんだとしたら、邪神を何かに利用できると考えて実行したとしてもおかしくはないのかな。
「邪神に利用価値なんてあるの?」
《邪神っていうのは世界の残滓、怨念なんかが溜まった力の集合体であるとも言えるわ。まだ推測の域を脱していないけれど、おそらくあのアホはその力を何かに利用しようと考えたんでしょう。だから、自らの管理する世界に邪神の眷属を呼び寄せようとして、その力の制御実験なんかを行っていたみたい》
「へぇ、力を手に入れようとしていた、というところかな。その為に世界と世界の境界に穴を空けようと介入して、この装置を造らせた訳だね」
《そう。でもうまくいかなかったみたいね。だからアイツは神としての力を使い、世界を強制的にリセットしたのよ。より邪神の眷属――ルイナーを扱うのに適した世界を作り上げるために。そして、亜神という端末を生み出して世界の方向性をリセット前に合わせるよう調整してきたのね。時には亜神を通して介入して技術を発展させ、時にはわざと戦争を引き起こさせて、という具合に。それが今のあなたのいる世界が出来上がった経緯でしょうね》
あぁ、なるほど。
なるべく元の世界に似せつつも、その一方でルイナーを扱うのに適した世界に調整してきた訳だ。
おそらくこのあたりの目的は亜神たちには伝えられてすらいないのだろう。
実際、ルイナーと戦っている魔法少女の契約する精霊は亜神によって生み出されたって話だし。
「養殖場ってさっき言ってたけど、じゃあアホはルイナーにわざとこの世界を喰わせるつもりだったってところかな?」
《私はそう見ているわ。魔力を限定させて対抗戦力をなくした上で、人間を育成して喰わせるための世界だもの。緩やかな滅亡ではなく恨みが蓄積しやすい環境を整えた餌場として機能させられるということは、邪神の根源に近い環境を生み出せるということ。わざと同じ悲劇を生み出し、邪神に取り込ませれば、邪神は肥えるわ》
「あぁ、そういう考え方もあるんだね。なるほど。でも、それなら最後までキミに情報を渡さなければ良かったんじゃ?」
そもそも僕がこの世界にやって来たのだって、そのアホ……じゃなかった、下級神からの報告がイシュトアに出されたからだ。
今までの情報から察するに、秘密裏に計画を進行しようとしていたのであれば、最後までそのまま秘密裏に済ませていた方が良かったんじゃないだろうか。
《拷も……尋問中だからまだ確定的とは言えないのだけれど、多分、アホにとってあなたという存在はイレギュラーも甚だしかったみたいよ》
今明らかに拷問って言おうとしてたけど、まぁそれは置いておくとして。
「イレギュラー?」
《あなたは私の力を直接受け続けていたせいで、私たち上級神に近い力を持っていると言ったわよね?》
「うん、そうだね」
《そんな存在がほいほいイレギュラー対応に行くって事そのものが、今までに前例がないの。普通、まずは状況確認だけを行う訳だから、最初から解決に向かってもらうような役割も与えないのよ。せいぜいが下見に、亜神に届くか届かないかっていう程度の力しかない見習いが行くぐらいのものなのよ》
「へー、そうなんだ」
《……まあ、あなたにとってみればその程度の反応なのかもしれないけど。ただ、今回こっちは従来とは全く違う動きをしたの。だから、それがアホの計画を狂わせたみたい。凄いのよ、あなたへの罵詈雑言》
「嬉しくないね、一応は神からの罵詈雑言なんて。呪われそうだし」
《あなたの方が上位なんだから呪いなんて効くはずないけどね》
知らないところで恨まれていたらしい。
というかそれ、イシュトアのせいじゃないかな。
僕は言われるままにこっちの世界に来たんだし。
《で、多分だけど……あのアホはおそらく、あなた――というより、私が派遣した存在を捕らえるなりなんなりして、利用しようと考えていたんでしょうね。だから敢えて私に報告したんじゃないかしら》
「あぁ、おびき寄せようとしたのか」
《そういうことね。スライムを捕まえるぐらいの気持ちで見ていたらドラゴンが出てきた、みたいな気分でしょうね》
あー……。
それは、うん、あれだね。
ないわーってなる。
「つまり、凄まじい時間をかけて計画通り動いていた。けれど、その中の一部にキミの部下を利用する計画があり、それを実施しようとしたところで、強すぎて手を出せないイレギュラーが登場。さらにキミの動画配信のせいでこの世界に神々から注目が集まり、陰謀を張り巡らせて行動しようとしていたのにあっさりとお縄についた状況ってことかな?」
《……そう言われると、そうね》
「そこに加えてしらばっくれていた所に、今回の件で追加証拠があがってしまって、完全に裏取りまでされてしまった、と?」
《…………そう、ね》
「で、肝心のルイナーの為に整えた世界なのに、僕がいるから養殖場としても機能していない、と」
……うわぁ、字面にしてみると酷く物悲しいものがあるね。
イシュトアも今冷静になって考えた結果、「あれ、これ問題ないんじゃね?」みたいな空気を漂わせている気がするんだけど。
「ついでに言うと、キミに報告したって事は計画も最終段階に入っていて、何かが完成する寸前だった、とか? それが目前まできて御破算となった、と」
《…………ねぇ、ルオ》
「うん?」
《……サプライズを仕掛けようとして準備したのに予定が変わって実施できなくなった時の気持ちって、こういう事を言うのかしら?》
「違うと思うよ」
《じゃあ、今ならアホにも優しくなれそうなんだけど、これは慈愛かしら?》
「憐憫からくる同情。もしキミが笑顔なんだとしたら、それも多分慈愛の微笑みじゃなくて嘲笑の間違いじゃない?」
………………。
その後、イシュトアはしばらく何も言わず、進展があったらまた連絡すると言って通話を切った。
……さて、調査を再開しよう。
~ルオ登場前~
アホ神「ふーはははっ、もうすぐだ! もうすぐ計画は完成する! 長かった! あとは上級神の力を持った○○さえ手に入れば!」
~ルオ登場~
アホ神「……え、こわ。なにあれ、上級神と同じぐらいじゃん、こわ。手出せないじゃん。えー、早く帰ってくんないかな」
~ルオ、居座り開始。ルーミア召喚~
アホ神「ちょ、うそじゃん。どう見たってヤベーヤツ召喚してるじゃん。無理じゃん、あんなの。手出せないって。……はああぁぁぁ~~、やってらんね。不貞寝しよ」
~中級神による逮捕~
中級神「起きなさい、このアホ神!」
アホ神「のわぁっ!?」
中級神「何をサボっているんです? ん? 調べにきてみたら、なんですか、この世界は?」
アホ神「え、あ、……その、サボってました」(バレたくないので誤魔化し)
~幕間 精霊と魔法少女 より抜粋~
イシュトア「その下級神、眠り続けていたのよ」(勘違い)
ルオ「それはまた、なかなかに怠惰な神だねぇ」(他人事感)




