#072 ルオと謎の廃墟 Ⅱ
島にいるルイナーは、葛之葉奪還作戦で現れた蠕虫型ルイナーこと通称『都市喰い』と蜘蛛型ルイナーの大量発生時と同じように、同種のルイナーを多数用意しているという構成になっているらしい。
ここのルイナーは三種類らしく、蝶々型、百足型、そして猿型の群れという構成みたいだ。
魔力を垂れ流しているおかげでこちらが探さずとも次々とやってくるのだけれど、如何せん数が多すぎるので、接近戦では『黄昏』を振るって斬り捨て、遠距離からやってくる群れに向かって魔法を放つという戦い方をメインに殲滅を行っていく。
囲まれれば『黄昏』に魔力を込めてぐるりと一回転して魔力刃で斬り裂き、あまりにも数が多ければ上空に転移して魔法を放ってと、なかなかに忙しい戦いだ。
ただ、自身の身体のスペックというか、現人神という存在になったが故に持て余していた自分の力の感覚を確かめるという意味ではちょうどいい塩梅ではある。
けれどその一方で、『黄昏』にかかる負荷は大きい。
魔力を込めて戦う場面が多いおかげで刀身に物理的な負荷がかかって刃こぼれをしたりという事は避けられている一方で、込められた魔力に耐えきれなくなってきているらしく、許容範囲を越えてきているようでカタカタと刀身が揺れている。
このまま無理すると折れそうだなぁ……。
ルイナーの数自体はいちいち数えてはいないけれど、おおよそ数百匹程度を屠ったところで、『黄昏』を【亜空間庫】へと放り込み、魔法での一掃に切り替える。
使う魔法は威力が強いものではなく、かなり低い階梯のものを大量にばら撒いていく方向で対応していく。
数もだいぶ減っているしね。
「……ふぅ。久々に暴れた感じだ」
一通り掃討が終了したのでため息混じりに見渡す限り、なかなかに荒れている。
倒木が吹き飛んでいたり薙ぎ倒されていたり、地面が焼け焦げて黒く染まっていたり、凍っている場所もちらほら。
地面も激しく抉れてしまっている場所もあったりする。
少しやり過ぎた気がしなくもない。
……うん、見なかった事にしよう。天変地異かな、アハハ。
気を取り直して空へと飛び上がり、目的地となる島の中心部へと向かっていく。
遠く上空から見たらいまいち判然としなかったけれど、ここの島は「山」の字の中心部を外側の縦線よりも短くしたような地形だ。
日本にも似たような島があったはずだけれど、名前なんて憶えてないや。
その中心部の出っ張った部分に向かって飛んで頂上へと近づいて行けば、背の高い木々が鬱蒼と生い茂っている姿が見えた。
空から下ろすようにそれらを見ていると不意に風が吹いて木の枝葉が揺れ、その拍子に微かに見えた、枝葉で隠されていた地上。そこに自然物には似つかわしくない白い何かを発見して、そこに向かって降りて行く。
「……人工物……? いや、それにしたってこれは……」
白を基調としたコンクリートに似た何かで覆わた建造物の廃墟。
上部に丸みを帯びた屋根にでもなっていたらしく、格子の残骸のようなものが見える。
その中心部には、内側からその屋根部分を突き破るかのように、樹齢何百年はあるだろう巨大な大樹が貫いていた。
ぱっと見た印象だけれど、建物の造りは今の大和連邦国内にあったとしても遜色ない程に近未来的で、いっそジュリーの為に建てた研究施設の造りに近い印象を受ける。
この世界の歴史は、かつて日本で学んだものに近い技術進化を行っていたはずだ。
それこそ、縄文時代から平安時代、戦国時代から産業革命にも似たような出来事が起きていて、まさに僕が生まれ育った日本の平行世界だろうと言える。
だからこそ、思うのだ。
目の前のコレはおかしい、と。
確認しに再び空へと飛んで大樹の横、天井の穴部分から建物内部に入れば、内部は明らかに現代に近く、むしろ現代でも洗練されたデザインだと言えるような内装に思える。もっとも、かなり朽ち果てているせいでそこまでではないけど。
内部を見回しながら大樹の根本に行けば、どうやらこの大樹はデザインされて最初から建物の内部にあったものという訳ではなく、床を貫いて育ってきたものであるらしい。
この大樹だけじゃなくて、建物の床を貫いて出てきた植物、それに枯れた残骸などが目立っている。
朽ちてから数百年以上の時を経ているであろう植物たち。
この光景に似つかわしくない技術が使われている歪さは、いっそ僕が未来にやってきたような――と、そこまで考えて気が付いた。
スマホを取り出して調べる。
検索ワードは、「過去、文明、崩壊」というワード。
しかしそれで出てきたのはどこかの誰かが唱えているらしい与太話めいたものであったり、フィクション作品、雑誌やネット記事だったりというもので、現実に起こったというような話ではなかった。
その代わりと言うべきか、「過去、超文明」なんかで検索すれば、日本でもあったようなムー大陸やアトランティスと同じような創作物を発端とした超文明の話が出てきて、やはりフィクションの域を出ない記事が表示される。
有り得ない与太話か、それとも隠された事実だったりするのか。
眼前に広がる光景を目の当たりにしている以上、どうにも後者に思えてならない。
イシュトアに訊ねてみるのが手っ取り早い気もするけれど、まあ今は過去を究明したいという訳でもないし、後で天照あたりに訊ねてみるとしよう。
神眼を発動させて、世界と世界の境界を曖昧にさせている場所を改めて確認すれば、どうやらこの建物、奥の方には地下にも何かがあるらしい。
建物の内部の確認がてら探索を続け、地下へと続く道を探そうかな。
廃墟の中は暗く、光球を浮かべて進む。
建物の内装は住居なんかではなく、研究所っぽい感じだろうか。
あまり生活感がない感じもするし、ジュリーの研究所を見ているだけに、それっぽくしか見えない。
せめて生活感があったり、朽ち果てていなかったら判断もできたのだけれど……何かしらの資料とかが残っているなんていう期待はできそうにない。
ただ、物の劣化がまちまちで、どうにも違和感が酷い。
普通なら数百年も経過していれば朽ち果てているものばかりのはずで、むしろその方が多いぐらいなのに時間の流れがそれぞれに違っているように残っていたりだ。
なのに、比較的無事そうなものであっても手に取ってみるとまるで砂の塊であったかのようにぼろぼろと崩れ去っていくものだから、今になって時の流れを思い出したかのように見える。
ここを調査するなら、ジュリーあたりを連れて来た方がいいかも。
いや、研究者としてのジャンルとか違うだろうけど、なんか知ってそうだなっていう雑な思いつきでしかないけど。
考えてもしょうがないので、めぼしい物がない限りは構わず奥へと進む事を優先した。
地下に続く階段は、どうも雨水が入り込んだ影響か水没してしまっているらしい。
さすがにこれを潜って奥に行くというのは嫌なので、溜まった水を操って壁に穴を開け、そこから外へと放水していく。
一瞬【亜空間庫】の中に突っ込もうかなって思ったけど、なんかこの水で『黄昏』がビショビショになっていたりしても嫌だったので却下だ。
戦おうと思って魔法陣から引き抜こうとしたら柄が濡れてるとか、異臭があるとかだったらテンションガタ落ちである。勘弁してほしい。
排水しながらスマホでポチポチとイシュトアにメッセージだけ送っておく。
内容はこの建物の件と、ついでにこの世界の歴史に超文明のような何かがあったのかという質問なのだけれど、既読はついたものだけれど返事はない。
いつもならすぐに通話してくるか返信してくるというのに、珍しい反応だ。
まぁ、上位神なんて立場なのだから忙しいのだろうけれど。
しばらく創作物側の超文明の概要がまとめられたページを読んだりしながら排水を続けて、おおよそ十分程。
排水が完了したようなので魔法を解いて、さらに奥へと進む。
ぬるぬると足元がぬかるんで滑るようなので、低空飛行状態ですーっと進んでいく。
肝試しに人が来たりしたら、きっと僕が幽霊みたいに見えたりするのだろうか。
そんな益体もない事を考えて進むと、エレベーターでもあったのか、円柱状の穴が地下に続いている事に気が付いた。
それ以上に妙に魔素濃度が濃くなってきたみたいだし、この先が正解らしい。
そもそも世界と世界の境界は物理的に見えるという訳ではないのだけれど、繋がってしまった場所はその限りじゃない。
基本的にはルイナーが出てくる際に空間を割っているように見えるソレがそのまま修復されて消えるのだけれど、修復されず繋がりっぱなしになってしまっているという訳だ。
そのため、境界地点は常にルイナーが入り込める奇妙な真っ黒な穴のように見えるし、魔素濃度もそこからの影響で必然的に濃くなってしまう。
光球を大量に発生させて投げ込み、奥を確認してから飛び降りる。
その先はまるで喰い破られたような鉄の扉の残骸が佇み、その中は高校の体育館程度の広さがある実験所然とした広いスペースが広がっていて、ご丁寧にその先、奇妙な装置の先端と思しき場所が向いている先に、その大穴は存在していた。
「……これじゃ、まるで……」
――人間が世界と世界の境界を繋いでしまったようだ。
そんな心の声が思わず漏れそうになったその瞬間に、僕のスマホが鳴動したのでポケットから取り出すと、着信表示はイシュトアを示していた。
「もしもし、イシュトアかい?」
《あなたのおかげで大変な事が判ったわ……ッ! もうっ、あの下級神、やってくれたわ!》
「どうしたのさ?」
《あなたがさっき送ってくれた施設の画像を見て、あなたの世界の履歴を一度徹底的に洗い直したのよ! そうしたらとんでもない真似をしてくれていた事が発覚したわ! 亜神っていう管理者を増やした理由もハッキリしたわ、あの下級神! 力の消費が激しかったのはそのせいだったのよ!》
「あー、まあ落ち着いて」
怒りを顕にしているせいか、どうにも意味が理解できずに訊ね返せば、イシュトアは通話越しに何度か深呼吸していた。
怒りまで完全に再現できるようになった辺り、ある意味実に人間らしい存在になったものだ、とついつい感心してしまう。
しばしそんな感心を胸に抱きつつ黙っていると、手負いの獣よろしく呼吸を荒らげていたイシュトアが一つ深呼吸して、落ち着きを取り戻した。
《……ルオ。私は以前、その世界はあなたが生まれた世界の平行世界と、そう言ったわよね?》
「うん、そうだね」
《じゃあ、あなたにとって平行世界とはどういうものだという認識?》
「んー、確か……何かを分岐に分かたれた世界、かな。本来の流れがどちらかというより、どちらも有り得た場合に枝分かれして進んでいるというか」
《えぇ、言わんとした事は分かるし、それで正しい認識だわ。平行世界というのは、即ちとある大きな分岐を経て異なる形になったもの。当然、歴史や地名には大きな変化は出ないはずなのよ》
「……なんだって?」
それはおかしい。
そもそも日本と思しきこの国は大和連邦国っていう名前になっているし、大陸の形も全く違ったはずだ。
でも、平行世界の定義がイシュトアや僕の認識通りという事は、そもそもここまでの大きな変化は有り得ないという事になる。
《やっぱり……。その世界の歴史は、あなたが生まれ育った世界と大きく変わっていたりするのね?》
「まぁそうだね。とは言っても、時代の変遷というか技術進化なんかは全く同じような形で進んでいるけど……それが普通じゃない、ってことなんだね?」
《そうよ。その世界はあなたの元いた世界の分岐とは言えない方向にズレ過ぎているの。その証拠に、時代の流れは似たようなものであっても、あなたが知る歴史上の偉人と同姓同名の人物はいないんじゃない?》
「あぁ、そうだね。確かにこっちの世界は全然違う名前だし、男女も違っているパターンもあるね」
日本では誰でも知っている織田信長なんていう有名な武将。
彼のような存在もいないらしいしね。
あまり気にしてなかったけども。
《平行世界として、それはおかしいのよ。今まで私も詳しい調査を入れなかったから気付かなかったけれど、その施設を見て改めて調べてみて、その理由が判明したわ。私クラスじゃないと痕跡すら辿れないように手を加えていたんだからタチが悪い……!》
「……何かあったって事だね?」
《単刀直入に言うわね。その世界は下級神のせいで一度滅んでいて、それを隠したままリセットして正史をなぞる形で作り直された平行世界。完全に下級神の意思によって進むべき道を調整されてきた箱庭世界とでも言うべきね》
……ん?
なんだ、それ?
「どういう意味?」
《――その世界はルイナーの養殖場として整えられた世界だった。そう言えば、私が怒っている意味が分かる?》




