#001 遠い世界の最終決戦
お久しぶりな方も初めましての方もご覧くださりありがとうございます。
リハビリがてらに新作開始します。
すでにストックで文庫一冊分程度あるので、そこまでは高頻度で投下予定です。
本日はプロローグ含め作品の雰囲気が分かりそうな部分まで、一時間に一話ずつ投稿予定。
本来ならば美しい自然が広がっているはずのその場所は、戦いの余波によって大地は穿たれ、木々は薙ぎ倒され、砂塵を巻き上げていた。
鼻をついた戦場特有の匂いとでも言うべきか、砂塵に混じって迫ってくるそれは、もう嫌になる程度には嗅ぎ慣れてしまったものだった。
――――すでに戦いが始まって半日以上。
共にこの場へと辿り着いた仲間たちをちらりと見回せば、激しい戦いに何人もがすでに倒れ、物言わぬ姿へと成り果てた。
残され、未だに立っている仲間たちもまた無事とは言えず、浮かべている表情は疲労が滲み、肩を上下させるように息を切らせている。
一方で、そんな満身創痍になりつつも総勢十二人で僕らが対峙した敵は、疲労を滲ませる気配もないのだからタチが悪い。
「――まったく、シャレにならん、なぁ」
「ガインさん。生きていたんですね」
「おいおい、勝手に殺すな――と言いたいところだが、聖女の嬢ちゃんの回復薬のおかげでなんとかってトコだ。正直、もう正面から戦えるとは思えねぇ」
巨大な戦斧を肩に担いだ筋骨隆々の肉体と眼帯。剃って丸めた頭が特徴的な戦士であるガインさんの声。
激しい戦い、鋭い剣閃と巨大な大剣が激しく打ち合う前方からちらりと視線をガインさんへと目を向ければ、彼の頑強な肉体を覆う鎧は今はかなりの傷がつき、アンダーウェアは切れ端ばかりが申し訳程度に鎧に引っかかり、鍛えあげられた肉体と生々しい傷が目立つ。足も僅かに震え、立っているのもやっとである事が窺えた。
それでも、ガインさんは――いや、この場にやって来た僕らならば皆、生きている以上は立ち上がるだろう。
すでに倒れてしまった仲間たちの為にも。
ここに来るまでに見送ってきた多くの友に報いる為に、一撃を見舞わせようとする。
だからこそ、僕はそこには触れずに戦いへと再び意識を集中させた。
「さすがは魔王、といったところですね」
「あぁ。一筋縄ではいかないだろうとは思ってたが、ここまでとはな。結局最後まで立っていられるのは、お前たちだったか」
「何言ってるんです。ガインさんだって今こうして立ってるじゃないですか」
「聖女の嬢ちゃんと、お前さんのサポートのおかげだ。俺らだけだったら五分と保たねぇよ」
僕らの戦っている魔王とは、突如として現れた、異界の邪神の欠片を取り込んで生まれたという存在だ。
異界の邪神を復活させるべく、世界を取り込み、その力を邪神へと還元する事を目的とした邪神の配下である異形の化け物によって構成された軍勢を率いた親玉である。
巨躯を有する人型のそれは邪神の軍勢に共通する、真っ黒でどこか金属めいた肉体に禍々しい赤い模様が特徴的な、およそ人とも魔物とも異なる存在だ。
そんな魔王を完全に消滅させることはできない。
僕らにできる事とは、魔王を弱らせ、邪神の欠片を封印する事だけ。それさえ、神の力を借りてようやくできる、といった有様ではあるが、そのために集められた三つのパーティ。
僕たちと肩を並べ、常にこの戦いの前線を引っ張ってきたガインさんのパーティである四名と、今はもう倒れてしまったカインたちを含めた、計十二名による魔王のみに照準を合わせた奇襲作戦。
各国の軍によって魔王の軍勢を抑え、ついにこうして対峙してみたが、ここまで苦戦するとは、想定以上の力を持っていると言わざるを得ない。
すでにパーティは全壊に近い。
疲労した僕らと疲れを知らない魔王との戦いなのだから、長引けば長引く分だけ状況は悪い方向に傾いていってしまう。
「――来ますッ! 防御!」
不自然な魔力の動きを察知して叫ぶとほぼ同時に、魔王の頭上に大量の紫がかった黒い魔法陣が浮かび上がり、同時に邪神の魔力が凝縮した槍のような形となって次々に打ち出された。
前衛に立って守備を担う重騎士たちの防御魔法に加えて支援を得意とする聖女であるルメリアが障壁を張って攻撃を防いでみせたが――しかし雨のように降り注ぐ攻撃をなかなか止まず、じりじりと障壁を傷つけ、徐々に押されている。
「クソッ! 止めるぞ!」
「――応ッ!」
防御一辺倒では耐え切れないと考えた前衛陣が魔王へと肉薄する。
しかし魔王は自らの手に持つ大剣を振るい、衝撃波を放って肉薄した前衛陣を吹き飛ばしてみせた。
そんな中で金色の光の残滓を残しながら、真っ直ぐ魔王へと近づく一人の剣士がいた。
「――だああぁぁぁッ!」
裂帛の気合を伴って振るわれた剣閃は尾を引くように金色の光の軌跡を描き、魔王の大剣を持った右腕を斬り飛ばした。
これまで如何なる攻撃さえも通らなかった魔王の肉体に、ようやく届いた一撃。
その流れを掴んだのは、やはりと言うべきか――神の加護を受けた特別な存在である僕らのリーダー、勇者シオンの一撃だった。
すぐさま追撃に移ろうとするシオンの動きを見て魔王も焦ったのか、態勢を整えるべく後方へと跳んだ。
――この好機を逃す訳にはいかない。
攻撃魔法の雨も止み、いざ攻撃に移ろうにも距離を取った魔王とは離れてしまっている前衛と、続いていた攻撃魔法によって障壁を懸命に維持していたルメリアも、シオンへの補助を優先しているため、手数が足りていない。
――せっかくの好機を、しかしこのままでは押しきれない。
きっとこの瞬間、誰もが刹那の中でそんな事を思わずにはいられなかっただろう。
隠し続けてきた僕の切り札を知らないのであれば。
「――盟約により 開け 時空の扉 理を外れし咎人に束縛を――【神眼 時ノ牢獄】」
本来の魔眼とは異なる神に与えられた力。
この力は僕自身への負担も大きく、いくら神の力であっても万全の状態の魔王を縛れる程の出力を僕自身が確保できなかったため、使う機会を窺っていた。
本来ならば確実にトドメを刺せる瞬間を狙うべきだったが、この好機を逃せばこちらが瓦解するのも時間の問題だ。
「――ぐ……ぅッ!」
両目から鋭い痛みが発する中、歯を食い縛って魔王を見つめる。
空間を割るようにして現れた鎖が魔王の身体を縛り上げ、魔王の動きがその場に縫い付けられるように止まった。
時空を司る女神――イシュトア。
彼女の力を一時的に自分を依り代に発動した神眼は、僕の眼を代償に、確かにその力を発揮した。
発動できる時間は、僕の眼が見えなくなるまで。
持ち堪えられるのはほんの数秒だけだ。
「シオンッ!」
「――お、おおおぉぉぉッ!」
さすがは勇者と言うべきだろうか。
誰もが僕の神眼に驚き、動きを止めてしまったその瞬間であっても、この瞬間こそが最後のチャンスだと感じ取り、全ての力をその神剣へと注ぎ込みながら魔王へと肉薄した。
しかし魔王とてタダではやられるつもりはないらしい。
時空の女神の力を引きちぎるように渾身の力を込めて抵抗を始めた。
その力はまさに命を燃やすような代物で、僕の眼にかかる負担が急激に増し、思わず痛みに声が漏れる。
それでも魔王を視界から外す訳にはいかない。
魔眼と同様に、神眼は対象を見つめていなければその効力を継続させる事ができない。
すでに左眼は光を失い、血が流れる生暖かい感触が頬を伝う中、右眼を大きく開いて魔王を睨みつける。
「いけません、エルト! それ以上は――ッ!」
「――まだだ シオンの刃が届くまでは耐えてみせるッ!」
声をあげたルメリアは、聖女という立場上、神の力とその代償の重さをこの場にいる誰よりも理解しているのだろう。
けれど、今この瞬間、一瞬でも魔王を自由にさせれば、それだけで勝利を取り逃すハメになりかねない。
たとえ眼が潰れて二度と光が見えなくなったとしても。
ここだけの話――今後を考えれば目が見えなくなろうがまったくもって問題ない。
「く、そ……ッ! ――とどけええぇぇぇッ!」
シオンの一撃が届き、僅かに魔王の防御と拮抗し、少しずつ、少しずつ押し込んでいく。
その瞬間を灼きつけるように。
シオンの一撃が魔王を斬り裂く事を祈るように。
誰もがその瞬間を見つめていた。
そして僕もまた、最後の瞬間まで眼を開け続けて――やがて、シオンの刃が振り抜かれ、斬り裂かれた魔王を見送って、瞼を下ろし、膝に手をついて乱れた息を整える。
「……やった、の、か……?」
誰かが呟いた。
目の前の光景が信じられないと言わんばかりに呟かれたその声は、まるで湖面に落ちた水滴が波紋を生み出すように少しずつ周囲の仲間たちに波及し、震えていた。
「おおおぉぉぉッ! やりやがった、さすが勇者だぜッ! やったなぁ、オイッ!」
「あ、はは……、痛いって、ガイン。でも、届いて良かったよ……。あの時はエルトが――ッ、エルトッ!?」
どうやらシオンが駆け寄ってきたらしく、足音が聞こえる。
「え、エルト……?」
「うん、見てたよ。やったね、シオン」
「あ、うん――じゃなくて、エルト、その目は? ルメリア! エルトが!」
「いや、治癒はいらないよ。そもそも僕のコレは治癒できるような代物じゃないからね」
「え……?」
シオンはきっとルメリアに視線を送ったのだろう。
ルメリアがこちらに歩み寄ってくる足音が聴こえてきた。
「……エルト。あの御力は、イシュトア様の御力ですね?」
「うん、そうだね。代償がコレって訳だけど」
「それは……」
安い支払いだ、とはルメリアも言えないだろう。
神の力はそもそも人の身には過ぎた代物だ。命を燃やしきっても本来なら一割程度の力さえ発揮できない。
しかし僕の先程の力――神眼は、充分にその能力を発揮した。
代償として僕の目が二度と光を映さない程度である事を、「その程度で済んでよかった」というのが本音ではあるだろうけれども、口に出す事はできないのだろう。
「……シオン、ルメリア。悪いけど、魔王のトコまで連れて行ってくれるかな」
「あ、うん。それはいいけど……」
「……はい」
シオンには肩に回すように腕を取られ、ルメリアには腕を支えるように両手を添えられた。
目が見えなくなってしまった不便さに足を取られながらも二人に支えられ、肩口から斜めに斬り裂かれた魔王の近くへとゆっくりと歩み寄る。
両目は視えなくとも、禍々しい魔王の力の残滓は感じ取れた。
いや、両目が何も映さないからこそ、余計にその力を感じ取っているのかもしれない。
「――……シオン、ごめんなさい」
「え?」
魔王の肉体から剥離する力の残滓を前に足を止めると、ルメリアが静かに口を開いた。
「あなたに、お別れを告げなくてはなりません」
「ルメリア……、一体何を……?」
「……魔王の封印には、”楔”が必要なのです」
「”楔”……?」
「はい。神の力によって封印を施すためには、常に神の力を受け取る”楔”の役目を果たす事ができる存在が必要になるのです。私は魔王を封印するため、”楔”としての役割を果たします」
――それは有り体に言えば、生贄の存在とも言える。
ルメリアの小さな声は、勝利に喜ぶ英雄たちの耳にも入ったのだろう。
勝利に酔って弛緩していた空気が一変し、水を打ったような静けさがその場を支配した。
「……うそ、だ、ろ……?」
それはシオンの言葉ではあるが、その場にいた皆の気持ちを代弁したものだろう。
僕の神眼同様に、神の力は強力だが制約がつきまとう。
封印を行うには生贄が必要となってしまうというのもまた、強力な封印を行う上での代償。
神の力に耐性を持つ”楔”の存在がなければ、邪神の欠片を封印し、浄化しきる事は神でもできないらしい。
魔王を封印し、何百、何千年という時を経て徐々に浄化し、完全に消滅させるしかなく、その浄化を行うために神の力を受け取れる”楔”となるために、神の力を受け入れる事ができる聖女であるルメリアがここにいる。
だが、到底受け入れられる結末ではないだろう。
何せルメリアはシオンと愛し合っている。
だから。
ポケットから取り出したキューブ。
今の僕の目には何も映る事はないけれど、それは神代文字と呼ばれる古い言葉が刻まれた、神具の一つ。
ありったけの魔力を込めながら、口角を釣り上げる。
「――盛り上がっているとこ悪いね、二人とも」
――その筋書きは、僕が書き換える。
荒れ狂う魔力が魔王の肉体から溢れる残滓を吸い込んでいく。
力の奔流は暴風を生み出し、ルメリアとシオンをも後方へと弾き飛ばす程のものだったらしい。
けれど、使用者であり術者である僕にとっては少々強い風が吹いてくるような、ただそれだけの感覚だ。
「ッ!? エルト、何故それを……!」
「ルメリアが女神イシュトアに渡されたのは、予備に過ぎないんだよ。万が一僕が神眼に耐え切れずに死んでしまった場合にのみ起動できるようになっている」
「そんな……! ですが、神の力を受け、”楔”の役目を果たせるのは――!」
「――だから、僕なんだ。神眼を使うために神とパスを繋げた僕なら、”楔”の役目は果たせる。この役目は僕の役目だ」
「エルト! 何を……ッ!」
「シオン。もうキミとルメリアを阻むものは何もなくなるんだ。救世の英雄と聖女として、平和の象徴となってめでたしめでたし――なんて、物語の醍醐味で、締めに相応しいとは思わないかい?」
確かに本来ならこの役目はルメリアが行うべき役目だったと、僕もまたイシュトアから聞かされていた。
けれど僕が神眼を扱うために開いた女神イシュトアとのパスは、そのまま流用して”楔”の役目を果たすための鍵にもなる。
だからこそ、神眼を使う事に躊躇いはなかった。
僕にとって、失明して魔眼の力を失う事はもちろん、視力を失ってしまう事さえも、封印を受けるための楔になるのであれば何も問題にはならない。
魔王の力を吸い上げる神具に背を向けて、僕はシオンとルメリアがいるであろう後方へと振り返った。
「――二人とも。ようやく、だ。ようやく平和な時代がやってくる。そんな時代を生きるべき英雄は、愛されるべき聖女は、平和の象徴に相応しいとは思わないかい。僕みたいな孤児あがりの冒険者が生き残るよりも、もっとずっと重い意味を持つ」
「ダメだ、エルト! 僕はこれ以上、誰かが犠牲になるなんて認めたくないッ! ルメリアが無事ならいいなんて思えるはずがないだろう!? エルト!」
これだから困る。
シオンは真っ直ぐで、純粋で、それでいてどこまでも優しい。
「――ねぇ、シオン。僕は存外、安っぽくも大団円の物語が好きらしい」
多くの人が、魔王たちの手で苦しみながら死んでいった。
多くの仲間が、想いを託してその生命を燃やし尽くしていた。
時には心が折れそうになる事もあった。
その度に、シオンは成長し、ルメリアもまたシオンを支え、またシオンに支えられていた。
そうやって成長していく二人の姿を見ていたからこそ、思うのだ。
せっかく、魔王なんて厄介な存在を倒したんだ。
だから、そういう辛い旅路の果てで報われてくれなきゃ――世界が平和になったって、割に合わないじゃないか。
「だから――さよなら、だよ」
神具が巨大な魔法陣となり、魔王の残滓を雁字搦めに縛り上げた。
そしてその中へ導かれるように、僕もまたみんなに背を向け、足を踏み進めていく。
「エルトッ! 待って、待ってくれよ!」
「エルト……ッ!」
何かを叫んでいるらしい二人の声は、発動した神具によって荒れ狂う風が大きくて、僕の耳には何かを叫んでいる程度の音にしか聞こえない。
「――二度目の人生、色々あったけれど……キミたちと過ごせて良かったよ」
――平々凡々な日本の高校生活が突然終わり、神と出会った。
そこで与えられた力はお世辞にもチートと呼べる程の万能のものじゃなかったけれど、与えられた魔眼を鍛え、魔女に弟子入りし、そして今日まで歩み続けてきた二十二年。
僕はただただ偶然この世界に来て、二度目の人生を歩めたのだ。
それもまるでゲームやアニメ、ラノベのような、剣と魔法の世界で。
最初は何も考えず、まるで物語の主人公にでもなった気分だったのを思い出す。
そうして僕が十五歳を迎えたその年に、邪神の軍勢が現れ、ついには魔王が現れた。
冒険者として組んでいたシオンが勇者に選ばれて、そんなシオンを神託を受けて支えるルメリアが現れて、仲間が増えていった。
あれから七年。
邪神の軍勢との激しい戦いに身を投じている内に、精霊たちのおかげでシオンとルメリア、そして僕は女神イシュトアと出会った。僕にとってみれば再会だった訳だけれど。
イシュトアは自分の分体を生み出し、それぞれと一対一で話し合うような特殊な空間に僕らを招き入れた。
そこで僕は、シオンには【光の剣】という特殊なスキルが与えられ、ルメリアは治癒能力全般を強化してもらった事を知る。そして、ルメリアが魔王の封印する方法をイシュトアに聞かされ、”楔”となる決意をした事も。
その時、この二度目の人生で初めて目的らしい目的を得たのだ。
ハッピーエンドの向こう側へ、二人を無事に送り届けるという、目的を。
「イシュトア。終わるなら、二度目の人生なんて数奇な人生を歩む事ができている、イレギュラーでしかない僕が終わるべきだ。だから、僕に力を貸してほしい」
そう取引を持ちかけたところ、幸いにもイシュトアは、そんな僕に応えてくれた。
本来なら神の力と繋がるなんて真似は常人にはできない。
それこそ聖女のように女神との関わりが深くなければ。
けれど、僕は転生者としてイシュトアから力を与えられていて、さらに僕自身の魔女との修行によって魔眼の力を強化していたおかげで、イシュトアの持つ神眼を受け入れる下地が完成していた。
結果として神眼を手に入れ、ルメリア以上に、僕の方が”楔”としての能力は高かった。
故に、イシュトアは僕が”楔”となる事を素直に受け入れてくれた、という訳だ。
そして今日、僕は魔王と共に永遠とも言える時の牢獄に囚われる。
何も怖くはない。
むしろ晴れやかなぐらいだというのだから、僕は胸を張れる程度にはみんなの事が好きだったらしい。
「さぁ、邪神の欠片である魔王。聖女じゃなくて僕みたいな男で悪いけれど、永い永い引きこもり生活と洒落込もうじゃないか」
最後に振り返り、シオンやルメリアに向かって笑みを浮かべてみせる。
きっと格好の付かない姿だろう。
両目は閉じて、流れ落ちた血を乱暴に拭った男が笑ってみせているんだから。
「みんな、どうか笑って過ごしてくれると嬉しい。僕は僕で、封印の中からキミ達の幸せな人生を、高みの見物でもさせてもらうから」
そんな別れを告げて、僕の意識は深い深い闇の中へと落ちていった。