エマルフ……を狙う2人の影、遭遇。
自遊坂四十郎は殺し屋だ。
建前上犯罪者を捕まえるのが彼の仕事だが、本来の仕事は警察とは別にある。
街で犯罪を犯し、人を殺し、住人を脅かす存在を殺すという仕事。
仕事というからには、所属している組織が存在するが、その組織の名はこの場では伏せておきたいと思う。
自遊坂は数年前まで、別の国の警察を務めていた。その務めていた地域ではそこは殺人事件が多発しており、そのタイミングで自遊坂は配属し、犯人を見つけ次第、殺していた。その国の警察の仲間たちは、自遊坂が犯人を始末しているという事を周知しており、社内の守秘義務として民間には口外してはならないという約束がされていた。
しかし、現在、務めている地域ではいかなる理由であれ、人を殺すことが許されない国のルールに従い、署内の人間にすら口外しておらず、いざ、犯人を見つけても人前で殺すことをしていない。
これまで犯人という確信がある者を見つけ次第、3人殺しているが、その後また殺人鬼の出現が絶え間なく発生しており、本来ならミッションを完了次第、当国での勤務は終えるのだが、現在は継続して勤務し続けている。
自遊坂が組織から任されている任務というのは、とある、暗殺集団の人間の消滅という任務で、これまで殺した3人もその暗殺集団だという事は確信した上で殺している。
「It's a inconvenient country……」
病院の屋上で自遊坂は任務に邪魔が入ったと上司に連絡をしたスマホをポケットにしまった。勿論その上司は、警察側の人間とは別の組織の人間だ。
「いっその事この国の理解できない人間達を殺してしまった方が……」
最悪な事を考え始めたが、当然、独りでそんなことは出来ないし、世界的にもどんな上司から認められないのは分かっている。机上の空論に過ぎない。
脳内からその考えは捨てたところで、背後から2か月馴染みの男の声が掛かった。
「おい、ここで何してる」
振り向くと光接がいた。
彼はそのまま隣まで来て欄干に腰かける。
「もう大丈夫なのか?」
「俺も良く分からないんですけど、病院のベッドに着く前には身体は軽くなってました。一ヶ月ぶっ通しで働いたくらいの披露がさっきまであったんですけど、今は全然大丈夫です」
「そうか。無理するなよ。まあ、お前は明日休め。ちょっと厄介な事になったからよ」
「厄介な事?」
「お前、三角帽子を見たって言ってただろ」
「はい、黒い外套の……」
「あいつ、人間じゃない事が鑑識の調べで分かった」
「調べて分かるものなんですか? そもそも何を調べたって言うんですか?」
「説明するのは難しいんだが……。あー金属探知機ってあるだろ?」
金属探知機? そんなもので人間か否かってのが分かるのか? まるで人間以外に磁器があるみたいじゃないか。
自遊坂が自分の想像できない話かと考えていると光接が続ける。
「人間の命や、動物、虫の命や、形跡を確認できる装置があるんだ。そいつを使って、人間には人間と反応し、機械が判別する。虫であれば世界で確認しデータに保存されている虫と判別する」
「そんなものがホントに使えるんですか?」
「信じようが、信じまいが、それ以外に頼れるのは勘だけだ。見た目でどうやって人間と判断する。人間には人間の細胞がある。しかし、中身までは肉眼で判別できない。だから、機械を使う必要がある」
「……」
「まあ、任せろ。俺がこれまでとっ捕まえてきた奴の中には死神がいたもんだが、人間が本気で掛かれば仕留められるもんだ。10年近くいるが、恐いモン無しだ。あるとしたら……」
言いかけたところで、光接の携帯が鳴り、着信に応答する。
まもなく電話の向こうのモノと話を済ませ、自遊坂に向き、
「ま、そういう事だ。明日も具合に問題が無ければ明後日来い。じゃあな、俺は仕事に戻る」
光接はそのまま屋上を下りて行った。
「ふぅ……」
聞かれてない、よな……。
先までの独り言を聞かれていなさそうだと自遊坂は安心する。
「ねえ、おじさん」
「ん? なんだ、子供か、いつからいた?」
目の前に7歳くらいの子供がいた。
真っ直に下ろされた黒い髪に少し釣り目で大人しくまっすぐコチラを見上げている。いかにも読書好きそうな、勉強が出来そうな少女だ。
「おじさん、警察でしょ。それもバケモノ処理の部署。なんて言ったっけな。あのクソジジイが言ってたの忘れちゃったの……。まあ、いいや。ねえ、聞いてる?」
「お嬢ちゃん、盗み聞きは良くないよ。俺は病人なんだ、あまりからかわないでくれ」
「もうとっくに治ってるくせに寧ろ、今朝よりも体が軽いんでしょ」
「? 何を言ってるのかな」
「わたしはおじさんと無駄話をしに来たんじゃないの。わたしは魔法使いを探しているの。おじさんが探してるのと同じ」
「からかわないでくれって言ってるじゃないか、魔法使い? そんなものがいるって言うのかい? それと俺の身体がかるくなってるってそれってどういう――」
「まだ、気付いていないの? おじさんが昨日会ったとんがり帽子は魔法使い他ならないのよ。だから、さっきのイ○ツブテみたいな頭のおじさんの上司のおじさんが言ってたとおり、人間じゃないんだよ。そういう部署にいるのに気付けよ」
「言葉キツイねえ……。なんで、君はとんがり帽子の男の事を知っているのかな?」
「カレの事はウチのクソジジイからの指示だから。おじさん、何か知ってるんでしょ、とんがり帽子の事。教えて欲しいんだけど」
「逆に君の方が知ってそうだけど、ぼくに教えてもらえるかな? ……? ――!?」
目の前にいたはずの少女がいなくなっていることに気付き、その瞬間腕に激痛を覚え、その腕が後ろに回され、少女にその身なりから想像出来ないほどの力で握られていた。自遊坂の身体はのけぞり、身体を前にも後ろにも移動させる事すら出来ずバランスを自分でコントロール出来ない。
……なんて力だ。
少女の力とは思えない力に圧され自遊坂は僅かに狼狽える。
しかし、暗殺組織に所属している者だけあり、少女がただモノではないと頭を切り替え腕をつかんでいる少女の手を解くと少女は跳ねるように自遊坂から距離を取る。
「流石、暗殺集団の人間だけのことはあるわ。うぶの警察でも出来るような事でもあるのかしら。まあ、どちらにしても実力者って感じね。キャーこわい。少女に向けてナイフを向けるなんて」
「全く恐がってるようには見えないけど。……暗殺集団ってなんの事だ?」
少女は両頬に手をやってかの『ムンクの叫び』のようなポーズをとっているが、目は全く感情が無く無輪郭が歪んだだけで真顔は変わっていない。
「もうちょっと口角上げろよ、可愛くねえ」
「女の子に失礼ですわ……!」
少女はひざまずき傷ついたような素振りをする。顔は下に向き「うぅ~」と唸っている。恐らく泣いているのだろう。
「ごめんごめん、流石に言い過ぎた」
「人間として最低ですわ!」
そう放ち少女が顔を上げると、涙の一つも流れておらず相変わらずの真顔だった。
「少しは感情を顔に表せ! 分かりにくい!!」
「あなたは、世界政府の機密組織の暗殺集団に所属しているShipの人間でしょ。それぐらいは知ってるわ。あなたの顔が素顔ではない事や、偽名だっていう事も目的も。でも、わたしはあなたの目的には興味はないの。ただあなたが知ってるあのアホの事を居場所を知りたいの。アホと何か話した筈よ」
「そこまで知ってるなら、お前、俺の事でも見張ってたんじゃないのか?」
すると少女はこれまで以上に目玉を大きく見開き、驚いた表情といった感じで、
「――勘、よ」
「勘かよ!!」
「あのアホは大体人前に出れば何かしら自分の不利な状況があれば駆け引きみたいな事を言い出すの。もし何かしら話していたのであれば、それを話して欲しい。ただそれだけの事よ、おじさん」
「分かったよ、嬢ちゃん。でも、柄にもないがお互いに情報の交換こってのは出来ないかな? 嬢ちゃんが知っている情報と」
ルービックキューブで遊んでいた少女はコチラを振り向き、
「へえ、おじさん、人間のクセに生意気じゃん」