エマルフ、警察と遭遇
「あいつ来ませんね」
フラットな格好をした男二人は車で近くのアパートを見張っていた。
2人は警察で最近の近所で発生している通り魔事件の犯人と疑わしき男のアパートに張り込みしていた。
まだ現在の情報だけでは確証がなく、確保も顔を合わせる事すらできる状況ではない。
警戒されて行動を制限されれば謎のままになってしまう。
ところが、今週ずっと張り込んでいて毎日のように朝の7時には帰宅していたのだがまだ対象の男は返ってくる様子はない。
対象の男――奥原敬は仕事に出るのが夜の7時から、帰宅時間が朝の7時。一昨日までは尾行し、確実その時間で帰宅していたのだが、訳合って昨日の夜からは尾行できておらず、現在どこにいるのか分からない。
本来ならもう帰ってくるのが見えていい筈なのだが。
「お前が昨日追尾中にしょんべん行って戻って来たと思ったら騒いでいたから見失ったんじゃねえか。先週も先々週も張り込んでたにもかかわらず犯人の疑いがあるやつが見失った途端殺されてるんだ。これじゃ警察として顔が立たねえだろ。今回こそ本物じゃないと上が黙ってねえだろ」
「だ、だって、バケモノがいたんですからしょうがないじゃないですか!!」
「警察がバケモノだなんだって騒ぐな。その正体を暴くのが俺らの仕事だろ。それなのにお前は逃がしやがって……。本来の標的も見失っちゃ足手まといのなんにでもないぞ」
「そ、そんなこと言わないで下さいよぉ……」
「あいつが帰るまで念のためそのバケモノの事詳しく教えろ」
「コンビニのトイレから出て車に戻ろうと歩いていたらですね――」
――5時間前
都内某所
住宅街のすぐそばに並ぶ商店街の中にあるバーに入った男が出てくるのを車で待っていた2人の一方1人はトイレへ行き、車へ戻ろうとしていた。
そこで目撃したのは、道路で人が大勢集まり、その中心で何かもめごとが起こっている。そこで警察である彼が止めに入るべきだったが、入社半年もたたず、新人の中でトップの未熟者である彼は、「まず、相手の様子を見なければ」と明らかにすでに状況が分かるにもかかわらず逃げ腰になりかけている彼は一部始終をただ様子を伺っていた。
その現場では、中心にいた人間が――暗く全くどんな人間かは特徴は分からなかった――突然燃え始め、一瞬にて焼死してしまったのだ。それを見て「もう手遅れだ」と現場を後にしようとしたところ、集まっていた人達が黒い霧のように一瞬にして消え、その中心に残った一人の男と目が合い、悲鳴を上げながら逃げ、やっと車に戻ったのだ。
――現在
「それ普通に事件じゃねえか。火事だぞ。救急車呼べよ」
「え? でも消えましたよ」
「その犯人の顔は見たのか?」
「まあ、見ましたけど……。ハロウィンじゃないのに魔法使いみたいな格好してました。こうでっかいとんがり帽子と真っ黒な外套で」
「すぐそれを報告しろ!!」
「一応、場所と、状況、似顔絵を書いてデータで、上に報告しました。なんかすみません」
「いつの間に……。まあ、それならいい。お前にしてはよくやった。本来なら、その場で職質するべきだったんだけどな」
「多分、あいつ人間じゃないですよ」
「ん?」
「そのとんがり帽子に外套。火。きっと魔法使いですよ」
「現実見ろ。現実で起こる魔法みたいなことは人間の手の加えられた科学で起こるんだ」
「そうですかね~?」
「それより……あいつ帰ってこねえな……」
「死んでたりして」
新米はそんな言葉を漏らしアパートのほうを見る。
「あれ、誰かアイツの部屋の前に来ましたよ」
※ ※ ※ ※ ※
警察署 取調室
「おい、あいつどこ行きやがった!?」
警察は部屋のドアを開け中の状況に驚き、男の身分証明書を床に落とした。
先まで職務質問から昨晩何をしていたかまで確認をしに取調室へ連れてきたはずの男が部屋からいなくなっていたからだ。
※ ※ ※ ※ ※
「いやあ、まいったまいった。まさか人に見られてるとはね。不覚だった」
すっかり昨晩人間を燃やした直後に悲鳴を上げて去っていった男の事など忘れているエマルフは警察の取り調べから脱走していた。
簡単な職務質問程度にも思えたが、犯人だと疑われていた。
取り調べで本人確認できるものを要求されたので、昨晩燃やした男がちょうど落としていた者に自分の顔を貼り付けて渡した。名前は修正していないが、そのまま同じ名前を告げた。
エマルフが警察に告げた『すずきまさふみ』というのはなんとなく適当に思い付いたの名前を伝えただけだ。
そして、その身分証明書に書いてあったのを頼りに今は亡き男の家に着いた。
今日から――彼の名は冴岸ひがりだ。それがエマルフが殺した男の名だ。
その男の生い立ちなど知る由もないがエマルフは気にせずアパートの部屋に入る。
鍵は身分証同様に男が落として逝った物の中に含まれていた。
「いやあ、独り暮らしって感じか。身分証忘れてきたからその内警察来るかもしれないからそう長いも出来なそうだな」
と言ったところで部屋のインターホーンが鳴った。
「もう来たのか? 車でも来れるような距離じゃない筈だが」
そういいながらドアスコープを覗くと黒い服を着た男が一人立っていた。
ほっそりとした正社員では働いてなさそうな様相と言ったら偏見に過ぎないが。無地の黒いシャツにジーンズであまりおしゃれでも綺麗な感じもなく整った格好をしていない。表情も覇気がない。
この部屋の知り合いか? と疑いながら、こっそり、チェーンを掛けてドアを開ける。
「なんでしょう?」
「ど、どうも、こんにちわ。あ、あれ? 部屋間違えたかな?」
「どうしましたか?」
「い、いえ、この部屋敬君の部屋だと思ったんですけど、あれ? 敬くんち隣だったかな?」
「奥原敬ですか? それなら合ってますよ」
「あ、け、敬君の友達ですか?」
「まあ、そんなところです」
エマルフは、チェーンを掛けたまま少しだけ開けたドアの隙間から男の表情を読み取り、相手が嘘をついているという事を見抜き、話を進める。
エマルフは相手の表情や、声、体臭、体温等から相手の心理が読むことが出来る。
更によく見ると、相手はドアスコープから覗いたのより、服で着やせしているようだが、並の人間以上の筋肉質な肉体をしているのが分かる。
警察と言ったところか。
警察が殺人未遂……。というか、ボクは実際にあいつに刺されたんだよな。あんな奴になんのようだ? すでにあいつに殺されたわけでもないが、あいつが俺の事を刺していたのを見たやつがいるのだろうか。もしくは……。
いろいろ疑いながらエマルフは「今日遊ぶ約束してたんだけど、上がってもいいかな?」と言われてあげる事にした。
エマルフはそんな疑いも容赦なく口にする。
「警察がなんのようだ?」
「あれ、なんで警察ってばれちゃいました!?」
「ぽけっと」
「え?」
エマルフに言われ自分のポケットを見ると警察手帳がはみ出していた。
※ ※ ※ ※ ※
数分前
「誰か来ましたよ」
奥原敬の自宅を見張っている警察2人は奥原の部屋にターゲットではない男が現れたのを認識し、上司――光接啓穀の指示により部下である――自遊坂四十郎が直接詮索しに立ち会う事になった。
「お前ちょっと行ってこい。アイツの知り合いなら何か聞き出せるだろう」
「分かりました」
「ついでに部屋の中も見れたら確認してこい」
※ ※ ※ ※ ※
「どうやって、この部屋に入ったんですか?」
「鍵だよ」
「奥原から?」
「いや、違う」
「拾ったんだよ、道に落ちていたんだよ。こんなかわいいぬいぐるみのキーホルダー付けてるのあいつぐらいだよ」
「それで届けに来て入った、と? 本人がいないのに。連絡はしたんですか?」
「ボク携帯持ってないから連絡手段が無いんだよね」
※ ※ ※ ※ ※
車から携帯を通話中にし四十郎と部屋の男の会話を聞いている光接はタバコをふかしたままターゲットの部屋を監視していた。
四十郎着いて即効警察ってバレるなよ……。警察手帳くらいちゃんとしまっておけ……
部下の状況に飽きれ窓の外に煙を吐き出したタイミングで携帯が鳴り始めた。
現在通話に使っているモノとは違う方だ。こちらの音は向こうには聞こえないように向こうの携帯はコチラの音をミュートにしてある。
「本部からか」
部屋の会話にも耳を傾けながらもう一つの携帯をとり通話に繋げる。
「おつかれで~す」
その電話の向こうから入った連絡は近くで現在追っている男の血液の発見と、関係者と思われる男の身元を捜索中で、告げられた特徴の男を見つけ次第保護しろという連絡だった。
電話を切った後の光接の表情はかなり焦った表情になっていた。
そして、気付いた。
部下の携帯と通話状態にしていた携帯から全く音が聞こえなくなっていたことに。
※ ※ ※ ※ ※
「正直な事を言うなら、ボクはオクバラという男とは友達でも知り合いですらない。昨晩初めて会ってお酒を交わしただけだ。ボクにお酒を奢ってくれたのは感謝しているけどね」
「どういう事だ、それじゃ不法侵入じゃないか!」
「法律ねえ……。ボクには正直関係ないんだよな」
「何を言ってる? この国で生きる以上この国のルールに従え。今すぐお前を逮捕してやる! 腕を出せ」
「手帳はポケットからはみ出していたのに、手錠は忘れているみたいだよ」
「!?」
「食料を調達したいだけだったんだ」
先ほど部屋に入って近くの冷蔵庫からとった総菜パンを片手に告げる。
「すまないね、ボクの不手際で勘違いさせて。オクバラという男が何をしたのか最後に教えてくれないかな。じゆーざかしじゅーろーさん」
「なぜ俺の名前を……!?」
「なるほどなるほど。通り魔ねえ。人間界では物騒なモノがあるものだ」
「なぜそれを……!?」
「君の考えたことはお見通しだからだよ。知りたかったことは知れた。後は、ボクから君に伝えておきたい事が一つあるんだ」
「うるせぇ!!」
四十郎はエマルフに飛び掛かる。
しかし、エマルフのいるその先には一瞬にして彼はいなくなっていた。
「おっと、危ないな。人の話をちゃんと聴こうよ」
背後から声が掛かる。
「いつのまに……!?」
「大丈夫、君に僕を捕まえることは出来ない。ただ一つ、ボクが正直に君に告げておかなければならない事がある。昨晩……、まあ、今日みたいなものかな。ボクはオクバラという男を殺した」
「な!?」
「しかし、彼は生きている。まだ、生きていないが、あした、彼が近くのX○○公園に訪れる。そこで君が確保して上げなよ。それと、一緒に――」
※ ※ ※ ※ ※
「四十郎!!」
急いで飛び込んだターゲットの部屋には四十郎だけ一人が残されていた。
ただ、四十郎の姿は、脱力感に襲われ、今にも崩れ落ちそうなくらいに覇気が無かった。
「せんぱい……」
上司の登場に気付いた四十郎は出すのでやっとな声で告げる。
「またターゲットが殺されました」
そのまま四十郎を担ぎ、急いで車に運んだ。
完全に見た限りけがはないが、異常な体力の消費をしている。
顔も青ざめている。
「何をされた! あいつはどこ行ったんだ!!」
「何も……されてません……。身体が勝手に力が抜けて……。部屋に来た男は、目の前で消えました……」
「くそ! 窓から逃げたのか……!? まだ近くにいる筈だ……!」
「いえ……あいつは目の前で消えたんです……。窓からではなく、消えたんです。多分追っても、近くにはいません」
「消えた? どういうことだ!? ――いや、やっぱり、と言った方が良いのかもしれない」
「……?」
「さっき、本部から連絡が入ったんだ。あまり信じたくなかったから考えは保留したんだが、恐らく、あいつは――魔法使いってヤツだ」
――「こうなったら、本当に俺たちの仕事だ」
彼らは警察と言っても一概に一般の警察官とは外れた立場にある。
事件性の高いものを対象とする者の、非現実的な事態を対象とすることが専門と言った方が良いだろう。
現在人間界において、人間離れした力で犯罪を犯す者が現れる事が多々ある。公害する事は出来ないが、魔法のような理屈上不可能な事を起こし、人を殺す、モノを紛失、盗むと言った者がいる。それらを解決するのが彼らにとって本来の仕事だ。