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「わしらギルドは契約を最も重んじるのです。契約相手との信頼関係の多寡と報酬の金額の確認は無関係。契約の履行を冷静に確認するだけです」
「ふん。口の減らないじじいだ」
「ゼップさん~」
ラーラとメラニーは困ったような声を上げる。
「中身は銀貨250枚しかありません」
その言葉を受け、ゼップさんは警備隊の者に鋭い視線を浴びせる。
「契約が不履行ですな。報酬は銀貨250枚に加え、金貨14枚だったはず。不足分の支払いを早急にお願いしたい」
「報酬はそれだけだっ!」
警備隊の者は声を荒げる。
「契約ではファーレンハイト商会の遺した財産の範囲内で報酬を支払うことになっていた。それしか財産がなかったんだよっ!」
「おかしいですな」
ゼップさんは鋭い視線を外さぬまま、しかし、冷静に続ける。
「私らギルドも会計はまるっきりの素人ではない。あれだけの馬車があって、金貨14枚の報酬を賄えないほど、財産がなかったとは考えられない」
「ゼップさんは素人なんだよっ! 警備隊は専門家のオッペンハイム商会に査定させて、計上してんだっ! 冒険者風情に何が分かるっ!」
いったん鎮まった僕の中の怒りがまたぶり返して来た。
僕の時のことはもういい。財産は横領されたが、代わりにデリアに出会えたし、強くもなれた。第一、僕の時は、野盗から接収した財産の一部を遺児の僕に渡すという契約がなされていなかった。
だが、今回は話が全く別だ。予め野盗から接収した財産のうち金貨14枚をエルンストに渡すという契約が成立している。
「やはりおかしいですよ」
僕は後ろ手に槍を強く握り、話に加わった。
「警備隊とオッペンハイム商会の契約は契約は金貨40枚で妥結しました。金貨14枚が払えないはずがない」
警備隊の者に焦燥が走る。
「勝手なことを言うな。金貨40枚など受け取っていない」
「そんなことはありません。僕は確かに聞いています」
警備隊の者の焦燥が強くなる。
「警備隊がオッペンハイム商会から金貨40枚受け取っても、ギルドに金貨14枚払わなければならない決まりはないんだよ。この会計の素人がっ!」
次に僕が発した言葉には僕自身が驚いた。
「僕は会計の素人ではありません。ギュンター商会現当主クルト・ギュンターです」
◇◇◇
「!」
僕の言葉に警備隊の者は絶句した。
「ギュンター商会の生き残りであるこの僕が廃業宣言していない以上、ギュンター商会は存在する。ファーレンハイト商会もエルンストとデリアが連名で廃業宣言しない限り存続しているのと同様です」
「きっ、貴様っ! ギュンターのガキかっ! 野垂れ死んだんじゃなかったのかっ!」
「僕の生死もギュンターの遺産も今となってはどうでもいい。8年も過ぎましたしね。しかし、ファーレンハイトの遺産は話が別です。契約も交わされている。金貨14枚お支払いください」
「……」
警備隊の者はしばしの沈黙の後、言葉を継いだ。
「金貨14枚を支払うことは出来ない」
僕の槍を握る力がより一層強くなる。
「何故です?」
「王都の高級宿で10日間やった祝勝会で残りの金は全部使い切っちまった。やむを得ない。祝勝会は必要経費だ」
次の瞬間、僕の中で何かが切れ、警備隊の者に向けて、槍を突き出していた。
「クルト君っ! いけないっ!」
「駄目だっ! クルト君っ!」
デリアとハンスさんの制止の叫びも僕を止めることは出来なかった。
◇◇◇
怒りに燃える僕の突き出した槍をハンスさんはその剣をで阻まんとした。
しかし、ハンスさんの剣は僕の槍の勢いに撥ね飛ばされた。
「ぬおっ」
それでも僕の槍はハンスさんの妨害で警備隊の者の心臓ではなく、左肩に突き刺さった。
「ぐおおっ」
ちっ、仕留め損なったか。しかし、第二撃では必ず。
「クルトッ! やめろっ! 警備隊は王軍と繋がりがある。うちのギルドごと潰されちまうぞっ!」
ゼップさんの叫びも今の僕の耳には入らない。
「ハンスッ、クルトを止めろっ! 今のクルトを止められるのはおまえしかいないっ!」
ゼップさんの言葉にハンスさんは剣を拾い直し、僕の前に立ちふさがる。
「クルト君。強くなったね。こっちも全力で行かせてもらうよっ!」
◇◇◇
僕は激昂していた。警備隊の者だけは許せないっ!
反面、僕の頭の芯は驚くほど冷静だった。ハンスさんが僕の槍の刺突を阻むのなら、柄の一撃で剣を再度撥ね飛ばし、持ち替えて今度こそ警備隊の者の心臓を貫き、確実に仕留める。
そして、それは僕の想定通りになった。
「くっ」
ハンスさんの剣は鉄芯を仕込んである僕の槍の柄で撥ね飛ばされた。
そして、僕の槍の穂先は、警備隊の者の心臓を貫き……
◇◇◇
貫かなかった。いや、貫けなかった。
僕の体は警備隊の者の心臓を貫く直前で動かなくなった。いや、動けなくなった。
それでも、気力で動かさんとした。僅かに動いた。
「ひいいいい~」
警備隊の者はその場にへたり込み、そして、失禁した。
◇◇◇
「驚いたね」
その声の主はナターリエさんだった。
「私の『超・麻痺』喰らって、まだ体が動いたのはクルト君が初めてだよ」
そうか。僕の体を動けなくしたのは、ナターリエさんの魔法! だけど、僕の体はまだ少しずつだけど、動くっ!