~幸福の街マレイス~
初めての長編のため色々足りない部分もあると思いますが、優しい目で読んでいただけると嬉しいです。
幸せ《不満がないこと。また、そのさま。幸福。幸い。》
その小さな街の中心はいつも賑やかで、人々の笑顔が絶えなかった。
様々な種族が多く行きかうこの場所は争いごともなく”幸福の街”と呼ばれるほど幸せに満ち溢れている。
しかし、この幸福は人々が一つの事実から目をそらすことで成り立つ作られた”幸せ”だった。
ーー
何かが変だ…そう感じたのはここにきて数か月が過ぎた頃。
その日は快晴で、雲一つない青空が広がり、汗が滴るほどの蒸し暑い夏の日だった。
俺は地方からこの街に配属になったばかりで、街の治安を守る仕事ををすることになった。
今は早く慣れるため街中を巡回中。ここに来てからは毎日行うよう習慣にしている。
そして、ここにきて数か月が経ったある日…
傍から見れば幸せ一色のこの街に、ふと違和感を覚えた。
確かに感じるはずなのになんだろう…はっきりしない。
俺はその違和感を探るため、近くを通った住人に話を聞いてみた。
『こんにちは、おじいさん。今少しお時間よろしいでしょうか?』
「ん?おぉ!ソル君か!こんにちは。どうだい?この街には慣れたかな?」
『え?あぁ、おかげさまで。それでちょっと聞きたいんですが…』
”この街で起きた大きな事件”について話を振ってみると気のせいだろうか
一瞬住人の顔から笑みが消えたような気がした。
「…事件?はは、何言ってんだソル君。この街は事件なんか起きやしないよ。そんなことよりーー」
そう言ってまた笑顔で話し始める住人。他の住人に聞いても同じだ。
口を開けば話をそらし、問い詰めようとすると冷たい視線を向けられた。
そこでやっと違和感の正体を確信した。”笑顔”だ。
みんな常にニコニコと笑っている。正直違和感というより不気味にすら感じた瞬間だった。
(やっぱり…この街にはなにかある気がする…)
時計を見るとまだ少し時間があったので少し調べてみることにした。
街にある唯一の大図書館。街の大きさからすると少し立派すぎるほどの大きな図書館だ。
図書館といえばその土地の歴史なんかも調べられるはず…
この街の歴史は結構古いみたいで、何冊も調べていくうちに古い歴史書を見つけた。でもあまりにも中身が非現実的で何か昔話のような内容だった。その本の紙質はひどく、めくるたびにカビの匂いがする。
(理想郷とは、一つの命を犠牲にして成り立つものである…?なんだ?生贄…?童話か何かか?でもここ歴史書の棚だし…)
その本がなんとなく気になり、後で同僚に話してみようとふと時計を見ると、針は午後4時を指していた。
(え!?もうこんな時間か…さすがにそろそろ戻らないと)
慌てて職場に戻ろうと席を立ち、出口へ向かうと視界の端に何かが見えた。さっき通った時には気が付かなかった古びた扉。遠目でよく見えず目を凝らすと鎖のようなもので閉じられているように見える。ハッとして当たりを見渡すけど特に何かが変わった様子はない。俺は生唾を飲み、誘われるようにゆっくりとその扉に足を向けた。恐る恐る近づいて行く。足を進めるたびに周りの人々が本を捲る音や歩く音が遠く感じ、そのうち無音になった。頭ではその異変に気が付いているのに歩みを止められずまるで何かに引っ張られるように前へと進む。その時…
「ソル!!!!」
『!?』
背後から勢いよく聞こえたその声に驚き我に返った。声がするほうへ振り向くと、そこには背の高い赤毛の男が立っていた。優しい面持ちでガタイのいいその男は配属先の同僚、ハンスだった。
『ハンス…な、なんだよ。脅かすなよ…』
「何言ってるんだ。何回も呼んでたのに気が付かないお前が悪い。それより全然戻ってこないから探してたんだぞ?こんなとこでなにを」
ハンスはそう言いかけると俺の後ろに目を向け言葉を詰まらせた。そしてあの住人達同様一瞬顔が強張る。
『…ハンス?』
「ここに、何の用だ…」
『え…あ~…いや、なんでも。それより早く戻ろう!』
「あの扉」
『やばい時間が!先輩たちに怒られるから早く行こう!ほら!早く歩けって!』
「な、おい!押すなって」
俺はまだ納得していないハンスを無視して彼の背中を押すようにその場を立ち去った。あんなに知りたくてここまで来たはずなのに、いつもニコニコしているハンスのあの表情を見た瞬間、扉のことを知るのが怖くなった。そのあともしばらくその事が頭から離れずにいた。
あれから数日が過ぎても、あの日の出来事については二人とも触れることはなかった。
今後もよろしくお願いします。