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第八章 ミレイの生命魔法

「――オン。オン。オン」

 俺には炎を消す力は無い。いや、燃えているものを消すことはできるが、建物を消すと階上にいる生徒たちが落下してしまう。だからひたすらそこらじゅうに「目」を飛ばし、怪我人の回収に明け暮れる。それがあまりに集中力を使うんで、かなり近くになるまで俺は駆け寄ってくる足音の存在に気付かなかった。

「――ミレイ、こっち! ようやく一人発見!」

 角から顔を出したのは……確か、ミレイを探していたあの少女。それが俺を発見するなり大声を出す。

「ああ、守備範囲外か。ミレイも来ているのか?」

「……守備範囲外?」

 少女が首をかしげているうちに、もう一人が顔を出す。

「よ、ようやく見つけましたわ……。あなた、一体何がありましたの? 校舎が燃えているのに、人が――人が一人もいませんの」

 ああ、そりゃあそうだろうよ。俺が今絶賛回収中だからな。けれどもそう、今話しかけられても困る。正直、煙にやられる前に全員を回収するのは結構骨なんだ。

「……聞いてるの? おじさま。っていうか、うちの制服じゃん。もしかして老け顔?」

 老け顔かどうかはこの際どうでもよろしい。おじさんには多分片足突っ込んでる。でも今はほっといてくれ。カツラを指摘された学園長並みに今の俺には余裕がない。

 そもそも、こいつらに俺の魔法が知られるのはよろしくない。いたずらに生徒の危険を増やすのは俺だって嫌だ。なんとかごまかせないかと回収作業を続けながら考えていると、視界の端に天井が崩れる様子が目に入った。

「ねーえ、燃えてる中佇んでると危ないよ。いつ崩れるか」

 言うが早いか、二人の頭上の天井が崩落する。それに気づいて、悲鳴を上げる彼女たち。くそったれ、仕方がない。

「――オン」

 降ってくる瓦礫を全て消し去った。守備範囲外のほうはただただ唖然としていて、ミレイはどこか確信を持った表情で俺を見る。

「……やっぱり、あなたの仕業ですわね。どういうことか、説明してもらいますから」

 だから、今は、ちょっと待って。というか、炎も生徒の怪我も俺の仕業じゃあないからな。


 外に出て、炎の立ち登る校舎を振り返る。このままでは木々に燃え移って山火事となるだろう。結果として学園の位置がバレて、任務成功がグラエナ帝国に知れてしまう。それは、嫌だな。それにこの近くには俺の大切な場所がある。だから一時隔離だ。

「――オン」

 一瞬で、校舎が消え去った。後ろでミレイと守備範囲外が懲りずに驚きの声を上げた。お前ら、もう見ただろうに。ミレイに至っては何度となく見たろうに。お前らは前に見た手品でも最初と同じように驚くのか。

「これが、俺の魔法だ。潜伏魔法にも使えるだけでさ。実のところ俺は異空間制御魔法の使い手なんだ。無数の異空間とこの世界を、好きなようにつなげられる。そしてその門を、好きなように移動させることも、通したいものだけ通すことも」

 たったそれだけしかできない魔法だ。何かを別の場所に「隠す」ことだけしかできない魔法。それでも、軍事目的には大いに利用できる。だから王国は俺を手放したくない。

「……とてつもない魔法ですわね。実際にどういうことができるのか、非常に気になりますわ」

「今はそんな場合じゃないんだ。ミレイ、とにかくお前の力が必要なんだよ。いいか、『取り出す』ぞ。――オン」

 一言で眼前に現れたのは、まさしくこの世の地獄だった。火傷で皮膚が爛れた女子、咳が止まらずに息が絶え絶えな男子、意識を失った教員。この学園のほぼ全員が何らかのダメージを負って草原に倒れ伏していた。奇跡的に無事な生徒たちは怪我人の看病に明け暮れている。彼らは周囲が一瞬で変わったことに驚きこそしたが、目の前で苦しんでいる人間を放って騒ぎ立てるようなことはしなかった。彼らは彼らなりに、魔法を使って怪我人を助けようと必死だった。

「……これは、もしかして」

 守備範囲外がポツリと呟く。ああ、そうだよ、そのとおり。

「済まない。俺のせいだ。俺が間に合わなかったばかりに、こんなことになってしまった。俺の魔法じゃ、時は止められない。とにかく一時的に隔離することしかできない。俺じゃ『隠す』ことしかできないんだ」

 だから、本当は俺はミレイのような魔法が欲しかった。俺は誰かを助けるために自分の魔法が使いたいんだ。なのに俺に与えられたのは、こんな力だけ。だから俺は、悔しさに奥歯を噛み締めながら頭を下げるしかない。

「助けてやってくれ! 俺にはこんな手品もどきしかできないんだ。本当に魔法じみたことは、何一つできないんだ。本当は俺が助けてやりたいのに、こんなときばかり俺の力は役に立たないんだ。だからお前に頼むしかない。お前の魔法で、あいつらを救ってやってくれ!」

 それを聞いて、ミレイは少し顔を歪ませた。それが一体どういう感情からのものなのか、俺には慮る余裕がない。

「ええ、ええ、わかりましたわ。お任せくださいまし。あなたが、『最強の潜伏魔法使い』たるあなたがそこまで切実に頭を下げるのですもの。私に断る道理などありませんわ」

 ふわり、草木の薫りが舞った。とても優しい風が吹いた。彼女の魔力に呼応するように、それは徐々に強さを増した。

「――始めます。『虚空に満ちる大王、極楽の香る夕の庭園。花は閉じ、号令と共に開宝す』」

 彼女の手の中に、いつの間にか蓮の花が浮いていた。その花びらは一つ一つ落ちては、砕け散り風に乗って漂う。

「ミレイ、その魔法は」

 守備範囲外が声を上げるが、ミレイは振り向いてニコリと笑うだけだ。

「『風に歓びを、美水に癒しを。幾度夜を迎えようとも、大王は再び君臨し、その御名をここに轟かす。崇めよ、讃えよ、其は輝かしき生命の証。降り注ぎて我らに寵愛をもたらさん』」

 少しだけ、ミレイが苦しそうに呻いた。……魔力が足りていない? いや、そういうふうには感じない。もしやこの魔法は、そもそも「そういうもの」なのではないか? そんな考えが頭の片隅で駆け巡る。

「『受け皿をここに。民に寵愛を分け与う砂の杯をここに。たとい杯が崩れようとも、その木漏れ日は彼らを芽ぐむ。それならば今、我が固地を以てこの大地に杭を打つ。』――包みなさい。『愛と繁栄(フロース・エ)のために(ト・アニマエ・)捧ぐ我が身を礎に(ディステントールム)』」

 その手からはらり、はらりと蓮の花びらがこぼれ落ちるほどに、目の前に転がる彼らから呻き声が消えて行き、代わりにミレイの呻き声が強くなる。そうして全ての花びらが砕け散ると、彼女はふらりと崩れ落ちた。

「ミレイ!」

 とっさに抱えるが、彼女は既に気を失っていた。守備範囲外が歩み寄ってくるが、その顔はあまり芳しくない。けれども少なくとも、ミレイはきちんと息をしていた。命に別状があるというわけではないらしい。

「……オン」

 彼女を一時的に異空間に隔離する。せっかくなので音が聞こえないようにしてやった。ゆっくり、休め。お前は十分によくやった。

「さっきの魔法、ミレイ自身のもつ生命力を分け与える魔法なの。あの子は自分の魔力特性上、ものすごい生命力を持っているから、普通ならとても使い勝手のいい治癒魔法で。でも、こんな大勢に分け与えるとなると」

 守備範囲外がそんなことを説明してくれる。なるほど、生命力の枯渇、か。しかしあいつのことだ。どうせすぐに復活することだろう。

「……悔しいな、こいつは」

「悔しい?」

「こういうのはな、大人が背負うべきもんなんだ。こちとら二十七だぞ。対してあいつはまだ十五かそこらだ。世の中もろくに知らないだろう。そんなやつが、多くの人間を助ける力があって、それをするだけの覚悟があって、何のためらいもなくそれをやってのける。本当、悔しいよ。情けないよ。俺たちはさ、お前らを守るために日々戦っているっていうのに」

 全く、やるせない。ため息混じりに空を見上げていると、横で守備範囲外が胸に手を当てているのが見えた。なんだ、お前のサイズじゃあ抑える必要なんぞないはずだが。

「……どうした? 何か変なことでも言ったか」

 よく見ると顔が紅潮していて、息がどうも止まっている。わなわなと体が震えていて、何か大変なものを見たかのように目を見開いている。

「……今、すっごいきゅんってきた」

「……はい?」

 きゅん? 何を言っているんだこいつは? 今俺はふざけるような気分じゃあないんだが。

 俺が困惑していると、やがて彼女はまくし立てるようにしゃべりだした。

「やっばい、今すごいきゅんってきた! 胸の奥が空前絶後にきゅううんって鳴った! やばいやばい、何今の! 何あの哀愁漂う声! 遠くを見つめる目! 切なげな表情! やめて、やめちゃって、こんなの刺さるに決まってるじゃん! 無理だって、無理無理! 私みたいなオジサニストにこんなの無理だって!」

 あの、いや、だから、何がだ? オジサニストって何だ?  というか、こいつの俺を見る目が、なんか異様な、気が。例えるならそう、発情した犬? あるいは獲物を見つけたハイエナ? 背筋に危機感を覚えるような熱視線だ。顔を背けるような格好だが、その眼光は鋭く俺を捉えている。

「ね、ねえ、おじさま。お名前は……」

 名前、か。そういえば名乗っていなかったか。正直こいつに今教えるのはちょっと嫌な予感がするが、聞かれて答えないのも失礼に当たるだろう。

「シャッガイ。シャッガイ・イクサスだ」

「そ、そうなんだ。わ、私はね、リリマっていうの。リリマ・クアンソ。え、えと、それで」

 それで? 何か用があるのか、俺に。俺は今にでも異空間に隠れてしまいたいんだが。

「それでそれで! おじさまはどこ出身? ミリディッスとかそのあたりの都会? それともアグラみたいな田舎出身かな? 好きな物は食べ物で言ったら何? 逆に嫌いな物は何? 何人兄弟? 姪とか甥とかいる? 彼女とかいるの? もしかしていない? 今まで何人と付き合った? 別れたきっかけとかわかる? 別れたら元カノからもらった物とかきっぱり捨てちゃう系? 思い出の品と言ったらズバリ何? あー、大事なことを忘れてた、誕生日はいつですか!」

 やべえ、怖え。

 女性をここまで怖いと思ったのは初めてかもしれん。今までまともに色恋沙汰に近づこうとしてこなかったが、もしや色恋が絡むと女の子ってのはここまで獰猛になるものなのか。考えるだに恐ろしい。俺はなるべく動揺を声に出さないようにしてその問いを拒絶する。

「知らん。そんなことより今はみんなの容態を確認するべきだろう。あくまで生命力の譲渡なら、怪我が治りきっていないやつもいるかもしれん」

「あ、そ、そうだね! うん、行こ! それでそれで! おじさま的にはやっぱりご飯はふりかけですか!」

 お前さ、それを俺に訊いて一体どうしようって言うんだよ。


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