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第七章 「最強の潜伏魔法使い」たる所以

 校舎の中はひどい有様だった。そこらじゅうに火の手が回っていて、ガスを吸い込んだり怪我をして動けなくなった生徒がそこらじゅうに転がっている。そして一方で、何やら重装備を身につけたやつらも少数。そこにはグラエナ帝国のエンブレム。やはりそうか。それなら急いで回収しなければならない。全員を。

「――オン」

 転がっていた人間が全員消え去った。どちらにせよミレイが来ないと手当はできない。ならばせめて「隠して」しまおう。

「きゃあっ」

 悲鳴を聞いた。その現場に向かうと、オリエが血を流して倒れていた。その足からは決して少なくない血が流れている。

「ようやく、無力化できたか。手こずらせやがって」

 オリエを取り巻くように重装備の連中が湧いてくる。どうやら彼女はかなり奮闘したらしい。まともに魔法が通じない相手に、それでも善戦したというのはまさしく日頃の訓練の賜物だろう。

「これで抵抗勢力は全滅か。上は全員を回収しろと仰せだ。負傷兵共々運び出すぞ」

「そいつは困るな」

 オリエの前に姿を現す。それに反応して、帝国兵どもは警戒して手元の金属の塊をこちらに向ける。帝国がよく使う「銃」とかいう武器だ。魔法適性がない民族の国である帝国が、武力で優位に立てる理由の全てがここにある。どういう仕組みでできているのかはよく知らないが、なんでも弩の一種らしい。しかしとんでもない速度で連射できたり弾速がとてつもなかったりと、単なる弩とは格が違う。何よりも驚異的なところは、あれが量産できて、才能の有無にかかわらず訓練すれば誰でも使えるということ。一代限りの魔法の才でごまかしている我がフィリテ王国にとっては垂涎もの。輸入品を分析したりしているようだが、研究は遅々として進んでいない。

 しかしまあ、俺からしてみれば金属系魔法と大した差はないのだが。不意打ち以外で喰らうようなものではない。だからこそ、俺は安心して相手に揺さぶりをかけられる。

「いいことを聞いた。全員回収が目的なら、こちら側は全員死んじゃいないな。学園長に恨み言を言われずに済む」

「な、何者だ! どこから現れた!」

 その二つの質問には、いっぺんにこう返させてもらおうかな。

「俺は一応『最強の潜伏魔法使い』なんて呼ばれているもんでね。お前らにも聞き覚えのあるやつがいるんじゃないか?」

 それでやつらはにわかにざわめきだした。全く、未熟な兵士たちだ。そんなだから、オリエを気遣う余裕が生まれてしまう。

「オリエ、意識はあるか」

「……なんとか、ね。遅かったじゃない。肝心のときに遅れてくるんだから」

 弱々しい声が帰ってくる。あまり、容態はよろしくなさそうだ。最後の最後まで抵抗していたのだ、相当無理もしたのだろう。

「済まないな。常にこっちに視界をつないでいるはずなんだが、昔話に意識を向けすぎた」

「珍しいこともあるものね……。けれど、よかった。あなたが来たのなら、もう安心ね。『一晩で全てを終わらせる男』なら」

 そうだよ、もう安心だ。だから休んでいてくれ。

「ちょっとあっち行ってろ。――オン」

 オリエの姿が消える。これで、もう気兼ねなく戦える。ついでにそこらじゅうに視界を飛ばし、生徒たちを回収していく。時間が惜しいのだ。目の前の木偶どもを相手にしている場合ではない。

「ええい、静まれ! あやつが例の潜伏魔法使いだから一体なんだというのだ! こちらはここにいるだけで中隊以上、対してやつはたった一人! いかに恐れられるスパイといえど、所詮はスパイ、軍隊に敵うはずもない!」

 へえ、そういうことを言うんだ。たった今までその「スパイ」の抵抗にひたすら手こずっていた軍隊もどきが。

「撃て! やつを無力化すれば抵抗勢力はいなくなる! 計画に変更はない!」

 今尚俺の後ろからオリエが消えたことにも気づかず、リーダーらしき男が叫び散らす。それを合図に一斉に発射された弾丸の雨は、壁を床を天井をえぐり倒しながら、しかし俺に降り注ぐことはなかった。

「――『天開オン』」

 ただ、一言。それで俺と彼らとの間に隔絶が発生する。飛んできた端からそこに飲み込まれ、消えていく弾を目の当たりにした彼らは、やがて発射の手を止めた。

「……届いていない、だと?」

 見えてはいないんだろうな、やつらは。子どものころ必死こいて習得した「不可視化」がこういうときに役に立つ。見えたら見えたで発狂しそうだが。ここから起こるイリュージョンは、ちょっとやつらにゃ目に毒だ。

「所詮はスパイ、と言ったか。いやはや、軍隊様はさぞ訓練を積んでいらっしゃるんだろうな。実際にこんなふうに学園が攻め落とされているんだ、あんたらがそう言いたい気持ちもわからなくはないさ。だがまあ、それが『最強の潜伏魔法使い』に対しても通用すると思ったら大間違いだ。――オン」

 一番後ろの隊列をまるごと消してやった。それに、先頭にいるリーダーはまだ気づいてもいない。

「そもそもお前ら、俺を一番優秀なスパイか何かだと思ってるだろ。その時点で見当違いもいいところだ。俺なんかより学園長のほうがよっぽど優秀だし、もしかするとさっきあんたらが倒した女のほうがスパイとしての仕事は正確に遂行できるだろうよ。じゃあなんで俺が『最強』だなんてもてはやされているかわかるか? ――オン」

 次は右の縦列を。それでようやくやつらも自分たちに起きている異常に気がついたらしい。驚いて散開し始める。

「な、何が起きた! 第四小隊は一体どこに消えた! マブラーは、ユニは、ハロルドは、どこに消えた!」

 じきにわかるさ。お前らもすぐにそっちに行くんだから。

「単純な話なんだよ。『最強』なんだ。俺という一個人は。潜伏魔法使いなんていうのはカモフラージュさ。そう付けておけば、お前らみたいに勝手に俺を『スパイとして恐ろしいんだ』と勘違いするだろ。俺はさ、単純に一魔法使いとして、純粋魔法戦闘において、この世の誰一人歯が立たないだけなんだ。――オン」

 次はランダムに三人。どこに隠れようとも無駄だ。瓦礫に隠れようとも、角に逃げようとも、全ては無駄だ。俺はお前らの位置を全て「視認」した上で「隠れたものごと」お前らを消す。

「お、お、お前は一体」

 リーダーはもう歯の根が合わないらしい。それでも撤退しようとしないのは見上げた忠誠心というべきか、戦況判断能力の欠如と見るべきか。まあ、どうだっていいか。どうせ逃げ場などないのだから。

「お前らの中に大規模捕獲魔法を使えるやつはいるか? 魔法障壁無視の切断魔法を使えるやつは? どんな攻撃も防ぐ全体防御魔法を使えるやつは? あるいは瞬間移動魔法を使うことはできるか? 全方位を知覚する広範囲索敵魔法を使えるやつは? それと同じようなことをできる道具だってもっちゃいないだろ? 俺はできるぞ。全部、できる。できちまう。だからこんな役目だって回ってきちまう。まったくもう、損な役回りだ」

 ああ、本当はお前らなんて構っている余裕はないんだ。今もひたすら全校に散らばる生徒と不埒者の回収作業に追われている。だからまあこんなふうに言葉で時間稼ぎをしているわけだが、それももう面倒だ。一息に終わらせてしまおう。

「こ、こいつはダメだ! 化物だ! フィリテ王国は化物を飼っている! 撤退! てった」

「――オン。判断が遅すぎる」

 それで、おしまい。目の前でひたすら囀っていたグラエナ帝国兵どもは、一人残らず消え去った。バチバチと炎の燃え盛る音だけが響いている。ああ、くそ。炎の壁よりゃあ植物の壁のほうが数段マシだった。

「――『焉忌バイ』。化物なんて、なりたくてなったわけじゃあない。本当にさあ……。潜伏魔法の無駄遣いだ」


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