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第三章 誰かを活かす仕事

 なんだかんだと騒ぎは収束したらしい。俺も最後まで見続けるほど暇じゃあない。涎を垂らしながらひいひい乱れる美女二人の姿を堪能したら、あとは野となれ山となれ。俺は草原に一人寝転がっていた。

 この学園で好きなところは二つある。一つは女性スパイの適正にルックスが影響するおかげで美少女ばかりが入学してくること。もう一つはこの立地。溢れんばかりの自然、山の中。普通に考えてスパイ養成学校なんぞ人の目に触れさせたくないんだから当たり前だが、おかげで空気がうまい。鳥のさえずりも心地いいし、寝転んでいれば野生動物もチラチラ見えたりする。

「……農業、やりたいなあ」

 あるいは、林業でもいいや。子どものころは当たり前にそうなるつもりでいた未来が、今は遠い過去の夢だ。当たり前のように過ぎる日々を、当たり前のように噛み締めて、月日を指折り数えて畑を耕して。自分の作った作物を自分で食べて、誰かに食べてもらって、他のところからお裾わけをもらって、そんな誰かを活かす仕事。なまじこんな力を持って生まれたおかげで、そんな当たり前の生活の一つが望めないようになるなんて。

 魔法なんてのは、人間を助けるものであるべきだろう。そんな当たり前の結論。けれどもそれは、ことここにおいては矛盾している。人間を助けるためのものが、一体何の理由があって人を殺すのだ?

「何かあったのかね」

 ふらりと、老人が現れる。本当に突然。何一つ、予兆一つなく、ついさっきまでそこにいたかのような自然さで彼はそこに現れた。

「学園長、その登場の仕方やめてくださいよ。趣味悪いですよ」

「ふぁふぁふぁ、それはお主にだけは言われたくないの」

 それは性的嗜好の話か、それとも能力の話か。まあ、後者なんだろう。正直俺と学園長の魔法の違いは、潜伏魔法として見れば大したものじゃない。せいぜいが「いる」か「いない」かだけの違いだ。

「また大騒ぎだったようじゃの。また覗きでもやらかしたか」

「……学園長も、俺を責めますか」

 学園長は朗らかに笑う。

「いんやあ、わしも昔はそうじゃったからの」

 覗きのことに話題をすり替えようとしているのが、手に取るようにわかった。この人にとっては痛いところだからだろう。だから俺は逃げられないように言い直す。

「学園長も、無駄遣いだって思いますか。俺の魔法、こんなことに使うのは間違いだって」

 きっと、彼の立場上はそうなのだろう。スパイとして、戦略兵器として、きちんと俺を扱うことが学園長の責務の一つだ。だから彼は、断言を避ける。

 それが、気に食わない。

「そりゃあ俺にだって愛国心はあります。国を守るために俺の力が必要なら使えばいい。でも戦争なんか起こらないほうがいいじゃないですか。俺たちは暇なほうがいい。戦争から身を守るためなら仕方がないが、戦いがなければ酒でもかっくらって可愛い女の子を愛でて、税金泥棒と石を投げられるぐらいがちょうどいい。

 無駄遣いってなんですか。俺の魔法は戦争に向けられるのが正しいって言うつもりですか。人を殺すために使われるのが正しいってことですか。糞くらえだ。俺は自分のために自分の力を使います。自分のしたい生き方が許されないのなら、せめて女生徒の着替えを覗いて怒られて追い掛け回されて、そんな平和な生活のためにこの力を『ただの潜伏魔法として』使います。何か――間違ってますか」

 学園長は何も答えなかった。それからゆっくりと首を振る。

「相変わらずわかっとらんの、お主は。その点、あの落ちこぼれお嬢様はよくわかっとるぞ。スパイというものがなんたるかが」

「……そうですか?」

 あの、行く先々で騒ぎを起こして目立ちまくる、あのお嬢様が? もう少し訊こうと体を起こすと、学園長はすぐに話を切り替える。

「ともかく、覗きはほどほどにしなさい。せめてバレないようにしなさい。一度覗かれただけで心に傷を負う者もいるのだから」

「一度下着姿を見られたぐらいで立ち直れないようなやつはスパイに向いてませんよ」

 やれやれ、といった感じで学園長は額を押さえる。でも、本当のことだろ。何がおかしいんだ。

「そういえば、学園長はよく俺を見つけますよね。ほかの教師たちが束になっても俺を見つけられないのに」

 それはの、と少し含みのある声が帰ってくる。

「人を知ることじゃよ。この学園はどこか闇に潜むことを重視してしまっておるが、スパイの本質はそこではない。隠れるのは手段であって目的ではない。スパイというのは極論、情報を得ることが肝要なのじゃ。その人物の癖、生活習慣、好き嫌い、人間関係。それがわかれば例えばどこに隠れれば見つからないかがわかる。何かを盗んだらいつまで気づかれないかがわかる。どこで殺せば誰にも捕まることなく逃げられるかがわかる。魔法なんぞなくとも、それがあれば我々と同等の働きができるはずなのじゃ。

 わしはお主のことをよく知っておる。お気に入りの場所も、喧騒を嫌うお主の性格も、よく知っておる。じゃからこういうとき、決まってここにいるという推測を元にここに来た。ただそれだけの話じゃよ」

 簡単に言うが、俺だってそれなりに周りに「目」を配っているんだぞ。あんたレベルの潜伏魔法でもなければすぐにほかの場所に転移するというのに。

「……そうですか。それはまあ、辛口なことですね。こんな当たり前なこともほかのやつらはできないと、そうおっしゃいますか」

「当たり前のことを当たり前にこなすということは、実は難しいことなのじゃよ。小手先のものばかりに集中すると、基本を見失ってしまう。だからこそ、それを思い出させてくれる新しい風が必要なのじゃ」

 ああはいそうですか。いい加減あんたのお説教はうんざりだ。ここは俺の聖域だぞ。あんたがいなくならないんなら俺が消えるまでだ。

「俺、そろそろ失礼します。ちょっと用事が」

「畑の様子でも見に行くのかの?」

 ……だからさあ、なんで知ってんだよあんたは。俺は誰にもあの場所を明かしたことなんてないぞ。

「まあ、ええ、そんなようなものです。――オン」

 一言で俺は姿を消す。それを確認して、あちらも姿を消したらしかった。ほんと、あんたもあんただよな、学園長。

 自分の存在そのものを消す因果律干渉魔法だなんて、人間が扱っていい代物じゃねえよ。


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